歓迎会を受けた数日後。マダムに呼び出されたので一人寂しくオウニ商会の館へと足を運ぶ。
コトブキの皆はそれぞれお仕事に出かけている。なんでも最近は空賊の出現率が数字の上でも分かるぐらいに増えているとのこと。
おかげで仕事には困らないのだが、あまり歓迎できる状態ではないな。とはレオナさんのご意見。ごめんなさいレオナさん。イサオさんのせいです。
気が付けばマダムの部屋の前まで通される。失礼のないように気を引き締めながらノックをする。
「ハルトです」
入って頂戴の声。お邪魔します。
マダムはいつもの赤いドレスを身に纏い、キセルを吸っていた。喫煙者でいらしたのですか。
席に着くように指示をされたので素直に座る。また対面面接ですか。優しそうなお顔をされているのですが美人で恐縮してしまう。
「短めに用件を伝えるわ。一週間後にラハマに向けてガドールから議員が来るわ」
「ガドール……のですか。でもそれが私に何か関係が」
「ユーリアって名前に覚えは?」
「反イケスカ連合の実質的なリーダーだった方。であっていますか?」
「そう、そして大のイサオ嫌いよ」
戦争したぐらいなのだから嫌いでしょうなぁ。
「なんでそのイサオ嫌いの方がラハマに?」
「ハルト君と震電が目的よ」
何故にどうしてと思うが思い当たる節も盛り沢山。
「ハルト君が乗っていた赤い震電。既に色々な所で噂になっているの。イサオが戻ってきた。イサオの意思を継ぐものが現れた。ラハマに監禁されている。とかね」
「どれも間違いだらけじゃないですか」
「そう、間違いだらけ。でもこのまま噂が流れていけば本気にする奴等も出てくるわ。イサオを支持する過激派とかね」
恐ろしい単語が出てきて思わず頭を抱える。イサオ派とか過激派とか。カリスマの塊みたいな人だから支持者がいるのは分かる。けれど過激派までいるのか。本人が一番、過激と言ってしまえばそれまでだけど。
「そういう事もあってね、早めに手を打っておきたいの。ラハマの治安問題に発展する前にね。噂を鎮静させる為に私が彼女を呼んだのよ。突然でごめんなさいね」
「いえ、気になさらないでください。イサオさんの残党? みたいな人達が事を進めたがるタイプでしたら、早めに対処しておかないとラハマにまでご迷惑かけてしまいますし」
「ありがとう。貴方は素直で良い子ね」
微笑みながら感謝を伝えてくるマダム。一枚写真を撮らせてくださいとお願いしたくなるぐらいに母性に満ち溢れたお顔である。
あれ、やっぱりこの世界では子供扱いされているよね、私。
「ユーリア議員が震電を確認したいのは分かりますが、私と会って何を聞こうとするのでしょうか」
「ユーハングにいるイサオの事を根掘り葉掘りと質問してくるわよ。彼女、本気でイサオ嫌いだから」
嫌いすぎて逆に好き……なんて言ったら何されるか分からないけど、ユーハングで何をしているか、イジツに戻ってくる可能性があるか、そこら辺かな。
イサオさんがイジツに戻ってきた場合は、どうなるのだろう。イジツに来る前にちょっとだけ思い付きで考えてた事を伝えたら笑われたけど。
あのカリスマ性があれば人を集めるのは容易いだろうし、探索に成功したらイジツの可能性も広がるし名前を残せ……もう残っているか。悪党としてだけど。
やっぱり戦争かなぁ。はたまた対話路線に変更かな。いやあの人に限って無いわー。
「ハルト君は震電と共に彼女の飛行船の搭乗してもらって、アレシマに同行して貰う可能性があるわ」
「私もですか? あとアレシマって?」
「イケスカの南方にある物流で栄えている町よ。評議会や議員の対談場所として指定される事の多い所ね。同伴する理由は少しでも正確な情報が聞きたいからでしょう。彼女の事だからラハマで震電の積み込みと補給が済み次第、出発したいと思うわ」
「ユーリア議員とは付き合いが長いのですか? 相手の事をよく知っているような話し方ですが」
「ただの幼馴染よ」
幼馴染かぁ。私には縁のない出会いだったなぁ。
「でもどうやって噂を払拭させるつもりなのでしょう」
「ハルト君が乗ってきた震電を評議会の連中に公開して、イサオが搭乗していた物では無いと押し切れるかは彼女次第ね」
「大丈夫なのか不安になるのですが」
「あら、素人でも分かるぐらいに機体のパーツが違う箇所があるじゃない」
私でも分かるイサオさんの震電と違うパーツ……。あぁエンジンか。
「あの震電にはイジツには存在しないエンジンが積まれているわ。イサオが作りあげたプロペラ付きとプロペラ無しのどちらでもないエンジンがね」
「とはいえ、貴重な機体に存在しないエンジン。ではこの震電はなんだという話になりません?」
「イサオが穴と共に消えてからは色々とあったわ。指導者を失った連合の内戦も続いてるような状況。そんな状態では何処からか貴重な何かが闇市に流れてきてもおかしくない程にね」
そうか。貴重な機体ではあるけれど試作機も含めれば震電が一機だけのはずはないのか。
「好事家が闇市で仕入れた部品を組み上げて飛行。あるいは誰かの手に渡ったのが今回の事で発覚した。という所でしょうか」
「落としどころとしては、そこが限界でしょうね。イサオはイジツにはいない。これだけを突き通せればいいのだから」
なるほどなぁ。そこを強調してイサオ一派に噂はデマだと圧力をかけて馬鹿な事をするなよ。と警告するのか。
イジツでのイサオさんの影響力の大きさには私が想像していたよりも遥かに大きいものだったようだ。そのイサオさんが搭乗していた震電は相手にすれば象徴ともいえるような機体だったわけだ。
とはいえ、その震電でイジツに来なければ私はキリエに撃墜されていた可能性もあり、そもそも震電じゃなかったら襲われてへんやろと頭がプスプス。
口からは出ない溜息一つ。マダムが言葉をかけてくる。
「余り悩まない事ね。キリがないもの」
「とはいえ、噂の段階で既にラハマにご迷惑をかけているのも事実ですし」
「反イケスカ連合に加わって自由博愛連合と戦った以上は、こういった事が起こるのは想定内よ。だからこの事は気にせずに、貴方がこの世界でやらなければならない事をやりなさい。私は私の為に動いているだけですもの」
この世界の女性はつようい。自分の行動には責任持って行えと。自分探しの旅に海外旅行に行かなくても何か見つかりそうな勢いですよ。ここ違う世界だった。
「そう、もしハルト君がアレシマに同行する事になった場合には、彼女に帰り際にイケスカに寄るように伝えてあるわ」
「イケスカは確かイサオさんの本拠地だった町ですよね」
「そうよ。貴方がこの世界に来た理由が本当ならばイジツにあるユーハングについて最も詳しい人間がイケスカにいるわ。彼に会うなら彼女の力が必要ですもの」
「会うのに議員の力が必要な方なのですか?」
「彼はイサオの執事だった男よ」
ここにきていきなりイサオさんからの頼み事が達成できそうなチャンスが転がってきた。
だけど会って言付を伝えたとしたら、また何か起こるんじゃ……と、考えても仕方ない。考えればいくらでも可能性が出てきて身動きが取れなくなりそうだ。
せっかく頂いたチャンスだ。自分のするべき事をしよう。でも一応、マダムには伝えておこう。
「会わせて頂けるのはとても助かりますが、余り良い結果にならないかもしれませんよ?」
紅茶に口をつけるマダム。一つ一つの動作が華麗で引き込まれそうになる。音を立てる事もなくティーカップを置く。
「その時は、私の見る目が無かったという事だわ」
言付。
イサオさんから頼まれていたちょっとしたお願い。生存報告。
執事さんにどうやって証明をすればいいだろう。そしてこの世界のユーハングについて教えて貰う方法。
信じさせるという点では問題は無い。スマホの中にはイサオさんが写っている写真や動画がいくつかある。ブーメランパンツ姿のとか。
でも伝えた事で何かが動き出すのではないかとも思う。主人が生きているのが発覚した場合。執事が取るべき行動は?
脳みそプスプス。そしてまた唸る。この世界に来てから脳みそが何度パンクした事か。
アレンは疑問を感じる事は良い事だよ。なんて声をかけてくれる。
マダムとの会話が終わった後に、この数日で日課となりつつあるアレンとの共同作業であるユーハングについての研究。
作業といっても文字の翻訳であったり、アレンの持論について分かる範囲で返事をするぐらい。だけどアレンは楽し気にニコニコと笑っている。少しは役にたっているという事だろうか。
「十分すぎるぐらいに助かっているよ」
「そう言ってもらえるなら少し楽になれるよ」
「ハルトは悩み過ぎるのが短所かな、でも長所でもあるよ。僕の事で悩んでくれているって事だろうからね」
「お給料が発生していますので」
二人して笑う。日中はこんな感じで過ごしている。
ユーリア議員と会う前にラハマ近郊にあるというユーハングの工廠を見に行く事になっている。
全て調べ尽くした後だというが、私もついて行けば新しい発見があるかも。とアレンが言う。
その為にラハマの町長に立ち入り許可のお願いをしに行ったり、護衛を探したりの日々。
意外だったのがウェイトレスのリリコさんが護衛を引き受けてくれたという事。ウェイトレスに護衛が出来るのだろうかと浮かぶ疑問に、ウェイトレスだから大丈夫とリリコさん。あ、これは昔ちょっとねパターンかと曽祖父を思い出す。
ケイトも参加したいとの表明をしていたので私も含めて四人で行く事になりそうだ。
陸路で行ける距離で危険はさほど無いようだけど、用心しておくに越したことはない。なんせ私は異世界人。