本日も快晴。イジツの綺麗な青空が見れる朝。万年寝坊助だった自分がこんなに清々しく朝を迎えられる日が来るとは。
宿の前で軽く背伸びをする。こうしてイジツで生きていられるのもマダムのおかげだなぁーと感謝の気持ちで一杯になる。せっかくだから太陽にでも拝んでおこう。
気持ちが通じたかは分からない。ただ太陽を背に何かが空から降りてきたのである。前回と同様に躍動感溢れる着地。
「グワァァァ!」
「ひぃぃぃ」
鳴き声と共に降りてきたのはドードー船長。一人きりの時に突然現れると前回のような対応が出来ない。あの時は自分が驚く前にレオナの悲鳴が聞こえてきたから。
「船長! 驚かさないでくださいよ。心臓が止まるかと思いました」
「グワァー」
少しだけ低音になる鳴き声。すまなかったと伝えたいのだろうか。ふと見ると船長の足元に何かが落ちている。
「ブラシ?」
「グワワァー」
もう一鳴き。翼を広げてピタリと動かなくなる船長。つまりこれでブラッシングをしろというわけですか。鳥はおろか犬猫ですらやった事ないのですが。
定番の頭からやってみよう。船長。帽子取りますよ。グワァー。痛くならないように軽めにブラシをかける。
すんなりと通るブラシ。サラサラとして綺麗な毛づや。日頃から誰かにしてもらっているのを今日は私がやっているのだろう。
翼に当たらないように気を付けながら背中もブラシを通す。気持ちがいいのか船長の鳴き声も心地よさそうにも聞こえる。鳥も人間も気持ちよさは変わらないみたいだ。
次はお腹周りなのだろうか。怒らないよね。とか考えていると太陽を遮るモノが再び現れる。飛行船だ。
現在、ラハマで建造中の第二羽衣丸。初めてみた時は大きさに驚いた。それと同じぐらいの大きさなのだろうが、実際に浮いて動いているのを見るのは初めてである。
「船長。おっきー船ですねぇ」
「グワァァー」
お腹にブラシを通しながら船長と会話をしていると、一人の男性が走ってこちらにやってくる。あれはサネアツ副船長かな。
「はひぃー。ハルト君、よかったまだ宿にいたんだね」
「副船長。おはようございます。息を切らしてどうしたんですか」
おはようと返事があるものの。呼吸を整えるので精一杯の副船長。そんなの関係無しでブラシを通されている船長。あれ、鳥が船長なの?
「いま飛行船がラハマに到着したのは見たかい?」
「えぇ、船長のブラッシングをしていた時に。大きいですよねぇ」
「ガドールの飛行船は中の装飾も凄くてね。まるでホテルかと思うぐらいに……ってそうだよ! ユーリア議員が到着されたので今すぐマダムの所に来て欲しいんだ!」
「あぁなるほど。あれはガドールのだったのですか。あれ、でも予定より早いような」
「そうなんだよー、突然連絡が入ってそろそろ着くわ。ですって。こっちの予定も考えて欲しいよぉ」
「急を要する事をしてしまった身としては謝る他にないです」
すみません。軽く頭を下げる。副船長はいやいやハルト君が悪いわけじゃないからとフォローしてくれる。良い人だ。
「そんなわけで船長。私に用事が出来ましたのでこれでブラッシングは終了です」
「グワワァァァー」
船長が頭を下げる。つられてこちらも下げる。頭に帽子を戻してあげてブラシは……咥えて帰りますか。
帰り際に副船長の前で立ち止まる船長。ジーっと副船長を見上げた後、脛に蹴りを放つ。
「あいたぁぁぁっ!」
「グワァァァ!」
副船長の泣き声で満足したのか船長は歩いて帰っていく。飛ばないんだ。
「大丈夫ですか! 副船長」
「うぅ、今朝は忙しくてブラシを通してあげる暇が無かったんだよぉ。それを怒っているのかなぁ」
「普段は副船長がやってあげていたのですか」
「朝、早々に部屋まできて起こされるんだ。だけど今日はドタバタでいつもの時間には部屋にはいなかったんだよぉ」
「それで今日は私の所にやってきたのか。でもなんで私だったのだろう?」
「さぁ? 船長の行動はその時で違うから余り考えない方が良いと思うよ」
泣き声の混じる副船長の脛を擦りながらの会話。もうイジツの出来事はそこまで深く考えない事にするぞ。毎日のイベントが多すぎる。
ありがとう。と言って立ち上がる副船長。
「もう平気ですか」
「なんとか。それよりマダムに怒られる方がマズイからそろそろ行こうか」
「了解です」
朝から男二人、並んで女性の元へ足を運ぶ事になる。まずは震電から始まった噂の問題を片づけ、執事さんに会い、ユーハングの痕跡を見つけなければ。
焦らずに一つずつ解決していけばイジツでの調査も捗る様になるはずだ。
「アンタ! イサオがどういうヤツか知っててそんな事を言えるわけ!?」
マダムの幼馴染であるユーリア議員。今回の件で大変お世話になる人である。
長く綺麗な黒髪で深緑で統一された服装を身に着けている。大きな帽子も良く似合っていて美しい人。口を開く前はそういうイメージであった。
「簡単にイジツで起きた……起こした事は本人から聞いていますが」
「ハァ!? そんな一方的でかつ自身の都合の良い事しか言わないクソ野郎が言う事を真に受けてここまでやってきたわけ!? 既にアンタが搭乗してきた震電のおかげでこんな事になっているのは気づいているのかしら。今のイジツは世界的に不安定になっていてそこら中にイサオの残党やら空賊やら増える始末。そんな状態にも拘わらず自身の都合の為だけにユーハング来たあげく、穴と共に消えたイサオが搭乗していた機体でやってくるなんて最高に頭パッパラパーなのかしら。クソ野郎の話ですら聞いていれば想像は容易いでしょうに。少しはその脳みそを動かしなさいよ。何のために頭がついてるのよ!」
いざとなればその残党とか空賊側に震電を見せつけて、こちらの目的を果たそうとしていたなんて死んでも言えない。
とはいえ実際にこちらの都合で迷惑をかけている事は確か。申し訳なさで胸が一杯になり少しだけ涙腺が緩くなりそうである。
ユーリア議員の顔を見ていた視線も徐々に下がっていく。いけない。このままでは。
この世界の人達に迷惑をかけてでもやり遂げたい事があるのに。頭の隅に押し込んでおいた事を正面から言われただけで心が軋む。だけれどきちんと聞いておかなければ。必ずしも歓迎を受けられる身ではないという事を。こういった意見もある現実を受け止める事を。
「ユーリア議員。そこまでにしておいて頂戴。彼はオウニ商会の大切な客人よ」
「ルゥルゥ! 貴女だってイサオのせいで飛行船を無くしたじゃない!」
「あれは私の判断よ。私のすべき事をして事が成しただけ。結果的に飛行船は無くなってしまったけれど」
「それでもコイツの目的に手を貸すつもり!?」
「えぇ勿論。彼はイサオでは無いですもの。他の、一人の自立した人間よ」
ユーリア議員に睨まれる。だけど視線を外す訳にはいかない。甘んじて受け入れる他に。そのせいで睨み合いの状態になる。私は涙目ですが。
マダムが紅茶を一口飲み息を一つ。
「ユーリア議員。貴女の力が必要なの。彼とイジツの世界にこれ以上の荒波が発生しない為にもね。それに貴女。その性格と言論のせいで自分にも責があると悔やんでいたじゃない」
「それは! 確かにそうだけど……」
「ならばこれが始まりよ。自分を見つめ直して前に進む為にも」
立ち上がっていたユーリア議員が席に戻る。そのまま目を閉じ、しばらく沈黙が続く。
「アンタ。ハルトって言ったわね」
「はい。そうです、ユーリア議員」
「ユーハングの政治か経済か、言葉にして伝えられるかしら?」
「可能な限りは、ただどうしても時間が必要になりますよ?」
「いいわよ、アレシマまでそれなりに暇だから。私の喋り相手になりなさい。それで今回はチャラにしてあげるわ」
「ありがとうございます」
思わず立ち上がり頭を下げる。辛い現実を突き詰めてくる相手から救いの手を差し伸べられた。これほど嬉しい事はない。先程の涙目もまた意味が変わった。
「ちょ、ちょっと頭を上げなさいよ! まるで私が苛めてるみたいじゃない!」
「実際に苛めていた事には変わりはないでしょうに。しかも年下の子を相手に」
「ルゥルゥっ、もう! いいから支度に取り掛かりなさい! 準備ができ次第、アレシマに向かうわよ!」
「はい、ありがとうございます! 支度をしてきます!」
失礼にならない早さで部屋から出ていく。急いで用意しなきゃ。
「……はぁ、なんなのよあの子は」
「誰かさんと違って素直で良い子よ」
「まるで私が底意地の悪い人間みたいじゃない」
「あら、自覚はあったんじゃなかったかしら?」
「……ルゥルゥー」
ユーリア議員には早口で罵詈雑言を浴びせられたい気持ちで一杯なのですが、好き好みがあると思いますので本日は次話も掲載させていただきます。