あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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第17話

 自分の荷物を手早くまとめて飛行船へ。元々そんなにある物ではないから鞄にも余裕がある。

 飛行船の迫力は凄い。間近で見ると尚の事。輸送だけでなく空母としても扱われる。なんというロマンの塊みたいな乗り物だろう。

 格納庫の出入り口付近にナツオさんを見つける。あちらも私を見つけたのか、手を振っている。こっちに来いという仕草で。

 

「お待たせしました」

「おぉ! 今から震電を飛行船に積み込むから手伝ってくれ」

「勿論です」

 

 以前ナツオさんに震電の動作確認及び点検を依頼した事がある。

 結果は良好。機体そのものに異常は無く、補給すべき物は詰め込んでくれた。勿論、搭載されている五式三十粍固定機銃にも。四挺も搭載されているけど使う機会が来るのだろうか。

 機銃を使いたくないだとか、撃ちたくないとか、そんな考えはない。イジツに来る前に一通り動作確認の為、地上で試し撃ちをした事があった。戦闘機に乗るのとはまた違う迫力で興奮したのを覚えている。

 問題はだ。何かしらの機会があって空戦になり、相手の後ろに取る事が奇跡的に起こり、撃てよ! 臆病者! いや、これは正面からだ。そんな状況がはたしてやってくるだろうか。

 イサオさんとの模擬戦は全敗。キリエとの勝負も後ろをつかれたまま敗北したようなもの。今のところ、私の前に戦闘機が飛んでいた試しがない。そしてイジツにやってきてからは一度も空へ飛ぶ事も無く、日々調べ物に追われている。

 まっ、飛ばなくて済むならそれでいいや。遠出しなければならない時はコトブキに依頼を頼んでみよう。私は私の出来る事を一つずつ。目標を忘れるべからずだ。

 

「しかし震電に搭載されていたエンジン。興味深かったぞ。液冷で配置も初めてみる位置だ。飛燕に積んでいるエンジンと似ているようで似ていない。苦労したぞぉー」

 

 じとぉーとした目つきで片手を腰に当て、上目使いになるような体勢で見つめてくるナツオさん。その体勢のままポケットから折り畳まれた紙を取り出してヒラヒラと動かす。

 あの紙には曽祖父が書き写した震電に関する事が記載されている。オリジナルは手元にある手帳に書かれているのだが、そのままナツオさんに見せた時は読めない箇所がいくつもあった。

 イジツ語と日本語。そこへきて曽祖父の達筆という要素が加われば分けが分からなくわけで。

 私がイジツ語を理解しているかと問われると、日常で使う文字しか覚えていない。だけど毎日会う温和で爽やかな酔っ払いが私には付いている。ウィスキー一本で釣り上げる事に無事成功する。

 そうして極短期間で出来上がったイジツ語のマニュアルをケイトに託してナツオさんの元へと届いたのである。

 

「エンジンを起動させた後のケイトは見物だったぞ。今すぐにでも飛ばしてみたいって顔に書いてあったからな!」

 

 感情を表に出すことは無いケイトだが、あくまで表面上は。という事に最近気が付く事が多い。表情は変わらないが内側にある感情の動きは意外と流動的だ。

 アレン曰く、レオナに預けた事で少しづつ今のケイトに近づいていった。とのこと。昔はもっと無感情だった。まぁそれも可愛かったけどね。

 なんて話すアレン。お兄ちゃんをしていて少し驚いた。

 

「そのまま飛ばしてあげたかったですけど、残念なことに時期が悪かったとしか」

「そうだな。まっユーリア議員の手腕に期待して、無事にラハマに戻ってきたら飛ばしてみたらどうだ。機体の色は変えて、だけどな」

 

 ニカッとしながらも少しだけ悪巧みを考えていそうな笑い方をするナツオさん。釣られて私も声を押し殺すように笑ってしまう。

 

「ケイトに飛行試験を頼む時、アレンと一緒に見ようって約束してたんです。ナツオさんも一緒にどうです?」

 

 これもありますよ。親指と人差し指を傾ける仕草。お前も段々とこちらに馴染んできたんじゃないか。おかげ様で皆さん濃い方ばかりなので。抑えていた笑い声は楽し気な声に変っていった。

 

 

 飛行船が出航し、ラハマの町が少しづつ遠くなっていく。この世界に来て初めての遠出。地図だけで見れば端から端といっても問題ないぐらいの距離。

 端と端。イジツの世界も丸い説として考えれば、西側にあるラハマから更に西に移動するだけで東側のイケスカに辿り着く事が出来る。

 図書館に通い、その発想に行き着いた人達がいた事も知る。空には砂嵐。地上には危険な生物が盛り沢山。まるで行く手を遮るかのように。ある一定の距離から突然と発生する。

 戦闘機はもちろん、飛行船で突破も出来ない程の風。そして落ちればアノマロカリスの毒ガス。やるだけ無謀だとその本には書かれていた。

 そうとなればロケットを打ち上げて成層圏ギリギリ辺りからパラシュートで落下撮影を試みるのが比較的安全でかつ命の危険も少ないか。

 実行するにはどれもこれも、日本から持ち運ばなければ無理な話ではあるけれど。イサオさんの欲望を支配、独占からずらすにはまだまだ考えなければならないなぁ。

 

 

「さて、長い旅路の始まりよ。私の暇を潰して頂戴」

「それでは、ユーハングに辿り着いたイサオさんの話から始めますよ。マダムにさえまだ話をしていない事も含まれますがよろしいですか?」

「良い隠し玉持っているじゃない! 聞いてあげるから早く始めなさい」

 

 イサオさんからの出会い。私の目的。イサオさんが知りたがっていた数々の知識に関する事。ユーハングという世界の在り方。

 これらを伝えては質問を返し、気が付けば外の景色は黒一色となっていた。

 ユーリア議員は紅茶に手を付けて一口。

 

「少なくとも、私の政治信念に間違い無いということね。これが分かっただけでも貴方と話をしたかいがあったわ」

「基本はとにかく話し合いです。対話による解決を最優先とし、武力を持って制する時代はほぼ終わっていますが、それでも定期的に紛争は発生していますよ」

「そこは人間ですもの。感情だけを優先して行動を起こす馬鹿なんてどこの世界にもいるわ」

「後は結局、自分の身は自分で守れ。それが出来ないと潰れていきますね」

 

 そんな事当たり前よ。そういってユーリア議員が立ち上がり窓辺に顔を移す。

 

「空賊離脱者支援法だなんて言っているけど、現実は問題が山積み。生活援助、雇用、おまけに元空賊だから信頼できない。なんて声もね。それでもこのイジツで生存していく為にはそういった奴等の力も必要。何かするにも物資もお金も人手も足らない。空賊なんてやる暇があったら少しでもイジツで生存確率を上げる方法を知恵を絞りだして見つけていかなければならないのに」

 

 ふぅ、とため息を付くユーリア議員。その表情には少し憂いを帯びた顔。理想を現実にする為に前に進む女性が見える。何か手助けをしてあげたいという気持ちが湧くのはおかしな事だろうか。

 イジツに来てから……イサオさんと出会ってからなんだかお節介焼きになっている気がする。あんまり良くないなぁ。

 

 ユーリア議員を見つめながら考え事。視線の先に居る人からの手招き。椅子から立ち上がって傍によぉぉぉ。

 

「ハルト! 貴方、イサオに付くの!? 私に付くの!? 今すぐここで決めなさい!」

 

 両肩を掴まれたと思ったらそのまま揺さぶられる。そして唐突な選択肢を提示される。

 そんな事をいきなり言われましても。一先ず両肩に掴まれているユーリア議員の両手を掴み返し、肩から引き離す。

 揺れは収まったがユーリア議員の手に込められた力は変わらない。

 尚も掴もうと猛襲してくるユーリア議員の手を捌きつつも、最後は私の体勢はエビ反りになり、お互いの指が絡んだ状態で静止する。

 

「付くとか付かないとかの問題でしょうかね!?」

「問題に決まっているでしょう!! いま! ここで!! イジツの未来が決まるのよ!!!」

「私一人でそんな大事になりますかね!?」

「現に貴方一人が現れただけでこの状況よ! なによりも穴の先。ユーハングで自由に動ける人間が目の前にいるのよ! 使えるモノはなんでも使わないと生きていけないわよ!!」

「ならイサオさんも使えばいいじゃないですか! 空賊相手でも手を取り合っていかないとマズイんでしょう!?」

「私は! あのカス野郎が!! 死んでも大嫌いなのよ!!!」

 

 私に正論をぶち込んできた今朝までのユーリア議員はどこへ消えたのだろうか。自身が発していた理想とは真逆の事を口に出し、目を見開き、今なお手に力を加えて私を地面へと押し付けようとしている。

 イジツは力こそパワーなのか。たとえ見た目麗しい美女でも中身は肉食系なのか。草食系などと言われた世代にはキツイ。怖いのに凄く綺麗だと思ってしまう。

 そのお顔が近距離にある事。イサオさんごめんなさい、何かを手伝うのならおっさんよりおば……お姉さんの方がいいです! 

 心も身体も折れかけた時、扉からノックをする音が聞こえる。ユーリア議員が何っ! と返事をする。少し驚いた声と共に所属と名前を伝える相手。レオナさんだ。

 

「レオナさん! たすけてぇ!」

「ユーリア議員! 失礼します!」

 

 返事を待たずに扉を開けるレオナさん。中の状況を見て、扉のドアノブを握りしめたまま固まる。

 

「たすけてぇ……たすけてぇ……」

「ゆ、ユーリア議員。何をなさっているのです!?」

「話し合いよ。一対一の真剣なね」

「とてもそうには思えませんが。と、とにかく一度、席に戻られては?」

 

 チッと言わんばかりの態度で私を軽々と引き戻すユーリア議員。やはり力こそ神の世界なんだ。胸の鼓動が止まらない。ゆっくりと呼吸を整えてから二人の方に姿勢を向ける。

 

「今日はこれぐらいにしておいてあげる。コトブキも警備の交代が済んだのでしょう。一緒に夕食でもとりなさい」

「ハッ。了解しました」

 

 失礼します。レオナさんと共に部屋を出る時に聞こえた、また明日。生まれてこの方、また明日の言葉に恐怖を覚えるのは初めての事である。

 しばし無言で歩く。部屋から距離が取れた辺りでレオナさんが心配そうに声をかけてくる。

 

「ハルト、大丈夫か?」

「おかげさまで助かりました。ありがとうございます」

「いや、いいんだ。私は警備の交代報告に来ただけなのだから」

「それでも助かりました。もう少しで心も身体も折れそうでしたから」

「一体、何をしていればあんな体勢で話し合いになるんだ……?」

「イジツの未来について。ちょっとだけお互いに譲れない部分が発生したのです。多分」

 

 どう考えても後半は子供同士の駄々っ子としか思えない。私だってユーリア議員があのような行動に出るとは思わなかった訳で。ってレオナさん。何を立ち止まっていらっしゃる? 

 

「ハルト……お前は自身の目的の事だけでなく、イジツの事も考えてくれていたのか」

「は、はぁ……」

 

 もしかしなくても盛大な勘違いをされている。そりゃイサオさんがこの世界に再び戻ってきても、政治は無理でも探索活動ぐらいは許されないかなぁとかは考えてはいる。

 あの欲望の塊と行動力も上手く使いこなせればイジツの世界に利益をもたらす事になるのかもとは思っているが、そんな未来はまだ先の事で。あぁ何故私は出掛けにあんな事を言ってしまったのだろう。

 

「レオナさん。そんなに真剣に受け止めないでください。本当に、軽く、表面上の話し合いですよ?」

「それでもイジツの事を考えてくれたのは間違いないのだろう?」

「それはそうですけど」

「ケイトから聞いたぞ。アレンの足に関しても治療する方法を模索してくれていて、器具の作成を班長に頼んできたと」

「あ、あれは確かにそうですが。私は医者でもないですし。同じように一時的に足が動かなくなってしまった時の父親の記憶が蘇っただけでまだ治るという確定では」

「可能性が上がっただけでも十分だ。あのまま打開策も浮かばなずに歩けなくなる未来に比べれば」

 

 レオナさんの前向きな姿勢。なんというタフネス。バイタリティ。

 行動には移せても結果がいまだ何も生まれていない身としては尚の事、姿勢を正し、精進していかないといけない。

 まずはザラさんにレオナさんの事で相談をしてみよう。物凄く前向きに勘違いされたのは過去にもあったのだろうかと。

 

 

 夕食。コトブキの皆と一緒に食べる事になった。いつも話は絶えないので、各々から私に話を振られた一部だけ抜粋する事にする。

 

「ハールトー。パンケーキ作ってよー」

「作ってと言われても既に食べてるじゃないですか」

「勿論、これも美味しいよ! だけど前にハルトが作ってくれたパンケーキが食べたい! リリコさんやジョニーともまた違った美味しさがあって好きなんだよー!」

 

 前回、キリエにパンケーキを作る機会があった。実はその前にジョニーさんとリリコさんの元に向かい、パンケーキの作り方を伝授して貰ったのは秘密。

 こちとら既製品をちょちょいっとした程度のパンケーキしか作った事がなかったので、これを同志に出した日には蹴りでも食らいそうな気がしたのだ。

 二人は快く承諾してくれて、基本的なパンケーキ作りに没頭した。失敗品も成功品も食べきったのでしばらく食べたくない。

 そのパンケーキ耐久レースの最中に、味を変えながら食べたりもした。バターは基本として、アイス、メープル、チョコレート、果実類にはたまたチーズを載せてみたりと。頭に覚えている限りのトッピングを用意した。

 これが意外にも二人に対しても受けが良く。いくつかはもう少し試行を重ねていけば商品として出せそう。とまで言われた。

 こうして唐突にも関わらず無理難題を引き受けてくれた二人に謝礼を渡そうとしたが、断られる。では三人で作ったレシピの中でお店に出せそうなのがあればそれはジョニーズサルーンのメニューとして使ってください。という事で手を打つ。

 ジョニーさんにはこちらが貰いすぎていると言われるが特急料金だからと念を押す。リリコさんも援護してくれた。

 

 そういう経緯の元、同志キリエにパンケーキを差し出す。見た目は分厚く二段のパンケーキにホイップクリームを載せた物。

 

「同志ハルトよ! 見た目はごく普通のパンケーキとお見受けするが!」

「同志キリエよ、食べて頂ければ分かります」

 

 うんむ! といってナイフを通すキリエ。その場にいたエンマとチカの目線は明らかに馬鹿かな。といいたげである。

 その視線もなんのその。キリエが口にパンケーキを放り込む。一口サイズが相変わらずでかい。

 しばし食感を楽しんでいたのだろうが突然表情が変わり、飲み込む。そしてナイフとフォークを持ったまま机をドンと叩く。エンマが抗議するも聞こえぬふり。

 

「同志ハルトよ! このパンケーキは一体なんだ!」

「同志キリエよ、お望み通りユーハングで流行りのパンケーキを再現させて頂きましたが。お口に合いませんでしょうか?」

「違う! 逆! 口にいれた時のふわふわ食感がしばらく経つと解けて消えていくの! そう、あの雪解けのように……」

 

 キリエって雪見た事あんの? あるわけないでしょう。ひそひそ話が聞こえる。

 

「つまり?」

「美味しい! すっごく! こんなパンケーキ初めて食べた!」

 

 それを伝えた後はひたすらパンケーキを頬張るキリエ。あ、あぶねぇ。二人に頼み込んだおかげで出来た試作品が成功して良かった。

 ころころと表情が変わるキリエ、味が気になるのかチカが一口と言ってもヤダ! ケチ! そんな言葉の応酬に辟易するエンマが自分とチカの分もお願いできないかと伝えてくる。ただし一枚で十分とも。

 了解しましたと伝えてパンケーキ作りに戻る。その間にもキリエからおかわり! の声。これ850キロカロリー以上あるんだけれど、まぁいいか。そんな出来事があった。

 

「作ってあげたいのは山々だけど、材料と少し下拵えが必要ですぐには作れないんだよ」

「えぇー久々に会えたのにお預けなのー」

「ま、まぁアレシマに材料が売っていて、厨房を利用する許可をユーリア議員から頂ければまた作ってあげますから」

「ホントに!? 約束だよ! 裏切ると凄い事が起きるよ!!」

「約束。約束です」

 

 ヤッター! と両手を挙げて喜ぶキリエ。あそこまで正直に喜びを表してくれると作り甲斐もあるものだ。

 

 

「ハルトハルト! 海のウーミは読んだ!?」

「貸して頂いた本ですよね、お酒が好きなカニの出る話」

「そうそう! それ! ちゃんと読んでくれたんだね!」

「勿論。お話が描かれている本は色々と想像が膨らんで楽しい気持ちになりますよね」

「うんうん! ハルトから本物の海を見せてもらってから絶対に読んでもらいたかったんだ!」

 

 本。といっても区分としては絵本に入るものだと思う。強欲でお酒好きのカニさんがお酒を独り占めする為に色々とした所、突然お酒が沸かなくなってしまったという話。

 独り占めやみんなの迷惑になる事はしてはいけないよ。と伝えたい絵本なのかなと思いながら読んでいた。

 

「あの本の他にもね! 友達のミスかい子や、友達が作れないフグのウーミの話もあるんだよ!」

「続編があったのですか。いつか見てみたいですなぁ」

「うんうん! 図書館で見つけたら借りて持ってくるよ! 一緒に読も!」

「了解です。チカの解説付きとなれば楽しみですよ」

 

 ニシシ! という感じで笑ってくれるチカ。時々、可愛いの上限突破をあっさりと飛び越えてくるものだからチカちゃん呼びをしてしまいたくなる。かわいいなぁ。

 

 

「チカの海の話ではありませんが、ハルト。お願いがあるのですが」

「どうしましたか、エンマ?」

「私の友人に地質学などに精通している方がいるのですが。その方に是非ともハルトから見せていただいた海を見せて差しあげたいのですが……」

「えぇかまいませんよ」

「頼んでおいて失礼ですが……相手の素性とかは気にならないのですこと?」

「エンマの友人であれば大丈夫でしょう。これでもコトブキの皆さんは信用しています。身元不明の人間を歓迎してくれて、今もこうして一緒に夕食を共にさせて頂いて。少しでも恩返しをしたいという気持ちはいつでも持ち合わせています。なのでお気になさらずに」

 

 まぁ。と少し驚くエンマ。その後に深々とお礼を伝えられる。いえいえこちらこそいつもお世話になっています。これでは誰かの時の二の前だ。あぁそうだ。

 

「エンマ、よかったらこれをそのご友人に渡していただけないでしょうか」

「これは……あの時にみた海の写真?」

「ご友人と会える予定がいつになるか分かりませんから。無理矢理な方法で撮影したのでぼやけた写真になってしまいましたが、海の色やウミネコ達の姿は認識できると思うのですが……」

「十分すぎますわ! あぁこれを早くタミルに見せて差しあげたいですわ!」

 

 喜んでもらえてよかった。やっぱりこちらでもある程度、スマホを通さずに海を見せる方法としては有効そうだ。

 

 

 袖をグイグイとされる感覚。ケイトだ。

「あの写真。見た事がある」

「あー、うー」

「確かアレンが持っていたカメラ」

「んー、まぁ確かにそうであるんだけれど……」

「何を引き換えに使わせて貰ったの?」

「……これです」

 

 指で何かを掴んでいる仕草。バレバレであるが天下の宝刀、ウィスキーである。

 

「……あまり飲ませては駄目」

「はい、ごめんなさい」

「また必要な物があったらケイトに伝えて欲しい」

「ケイトに?」

「そう、前にも伝えた。護衛が必要なら最優先で予定を入れる。必要な物があるのなら可能な限りケイトが用意する」

 

 確かに、その後に猛省しなければならない事も思い出して少し顔が赤くなる。

 

「そうでした。最初にケイトに相談すべきでしたね。ごめんなさい」

「次回からそうしてくれればいい。私もハルトの手助けをしたいから」

「……ありがとうケイト。お言葉に甘えさせてもらっちゃうよ?」

「かまわない。むしろ何かあれば直に教えて欲しい」

「了解しました。何か困った事があったら真っ先にケイトに相談に行くね」

 

 こくり、と頭を下げるケイト。迷惑をかけまいと思っていた行動は、時には不安を募らせしまうだけだったのかもしれない。

 

 

「それでだな、ザラ。ハルトはあのユーリア議員の気迫にも堂々たる態度で立ち向かってだな……」

「はいはい。それは凄かったわね」

 

 レオナさんが私の記憶にない出来事をザラさんに語っている。私はレオナさんに涙目になりながら救援を助けてたはずなのに、何故か真っ向から意見のぶつかり合いをしたかの如く語る

 ザラさんはそんなレオナさんの語りを受け流すように相手をしている。時々こうしたスイッチが入るのだろうか、手慣れている。

 視線が重なり、頬を軽く掻くような仕草をするザラさん。あれはきっと、レオナが勘違いを始めちゃってごめんね。という事を伝えたいのだと思う。二人の付き合いは長そうだから、ある程度は推測出来るのだろう。こちらこそすみません。の意味も含めて頭を下げて返す。

 

 賑やかな夕食も終わり。お互い各々の部屋に戻る。私は一人部屋を貸していただいている。こうした船では部屋数も限られているだろうに有難い事である。ユーリア議員に感謝しないと。

 布団の中に潜り込み、本日の営業は終了。となればよかったのだがこういう時に限って近くなる生理現象。我慢をしたところで熟睡が出来るわけもなく手洗いに向かう事になる。

 

 

 無事に用を足せて心も身体もスッキリとした。さぁ寝るぞと部屋へと足を向ける途中、壁に掛けられた物を見つめている女性がいた。

 

「ザラさん?」

「あら、ハルト君。こんばんは」

「こんばんは。ってほんの先程まで一緒にいたじゃないですか。何を見ていらしたのです?」

「うふふ。ウキヲエが飾られていたの。少し気になっちゃって」

 

 ウキヲエ? 聞いた事がある単語によく似ていると思い、絵を眺める。うん、浮世絵だ。絵画様式までイジツに伝わってきたのか。

 

「なんだか見慣れた感覚がしますよ」

「ユーハングのホクサイやクニシゲといった人達が描かれた絵よ。やっぱりそちらでも有名な人なのかしら?」

 

 葛飾北斎、歌川国重だろうか。絵に携わる事をしていなくても名前は見た事がある有名な人だ。その人達の作品がイジツにも流れていて影響を与えているのだろうか、目の前にある絵は浮世絵によく似た画風である。

 

「こちらの生まれの人なら一度は何かしらの機会で知る名前ではありますね」

「やっぱり。詳しくは知らないけれど、素敵な絵ですもの。特にこの絵はね」

 

 この絵に描かれているのは風景。……ラハマ? 最近になって寝ぼけて間違える事が無くなった、毎日見ている景色に良く似ている。

 滑走路、格納庫、収められている自警団の戦闘機。建物の縫い目から高台といった街並みまで詳細に描かれている。

 

「私も詳しくは分かりません。ですがこの絵からはなんて言えばいいのでしょうか……愛情のようなモノを感じます。一つ一つに想いが込められた。忘れまいとする意志とでもいうのでしょうか」

「ふふふ。本人が聞いたら喜んでくれる様子が目に浮かぶわ」

「ザラさんのお知り合いで?」

「えぇ。ちょっとした縁でね。元々は空賊で女帝なんて言われてた子なのよ」

「空賊ですか!? それはまたなんというか、やっぱりドンパチ交わした事が縁で?」

「否定できないのが悲しいかなぁ」

 

 少し恥ずかし気に顔を崩して傾けるザラさん。月明りも相まってその姿も美しい。

 

「ハルト君は絵に詳しくない。なんて言っていたけれど、ホクサイやクニシゲという人達がどういった方なのかはご存知?」

「んー……。ホクサイに関しては生前から故人になった後の今でも、作品と共に語り継がれる人物で詳細に記録が残っている方なのですが、クニシゲに関しては作品以外はまだ謎に包まれている事が多いですね」

「まぁ……亡くなられていらっしゃったの」

「えぇ。二人とも。およそ二百年ほど前に、ですけどね」

 

 ザラさんが自分の額に手を当てる。具体的な数字が出ると日本とイジツの世代のズレみたいなモノを感じざる負えない。

 

「そんなに昔の人だったの……」

「私の曽祖父も生まれていないぐらいですから、歴史の一部として扱ってもおかしくはないかと」

「ユーハングは壮大ねぇ」

「私からすればイジツの方が壮大な世界だと思います」

「ユーハングの言葉にある、隣の芝生はって事かしら」

「まさしくその通りだと思います」

 

 絵を前にして二人で小さく笑う。ここが良い、ここが悪いを見つけるよりも、ここが好き。で突き抜けたいものである。

 

「そうだ、ザラさん。先ほどのレオナさんについてなのですが」

「レオナは凄く真面目で責任感があってね。それでも時々だけど暴走してしまう事があるの」

「あぁやっぱり、大げさに伝えてたものでしたから、勘違いされていないかと気になって仕方ありませんでしたよ」

「ふふふ。でもありがち間違いじゃないのかも。って聞いてて思ったわ」

「いやいや! もう! ザラさんもレオナさんも人が悪い。私はまだ何も成し遂げてませんよーだ」

 

 不貞腐れるように少しだけ顔が膨らむ。大きくなった頬っぺたにザラさんの指が優しく触れて、空気が抜ける。また二人して笑う。

 

「それじゃ。ハルト君が無事に目的を果たせたら、お姉さんがいっぱい褒めてあげましょう」

「それ、物凄くやる気が沸いてくるのですが」

「今からでも褒めてあげましょうか?」

「好きな物は最後まで取っておく主義なので我慢します!」

 

 頑張る子は大好きよ。なんてまた調子に乗ってしまいそうな事を言うザラさん。我慢、我慢です。目的を達成した後にご褒美が確定しただけでも十分すぎるのです。欲しがりません、勝つまでは! 

 幸せの時間も終わり、部屋へ戻る事になった。おやすみなさい。寝る前の挨拶を誰かに伝えられる事はそれだけで幸せな事なのだと実感する。

 

 翌日、再びユーリア議員と腕の掴み合いの状態になり、レオナさんに見られた事以外は順調に進むのであった。

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