朝はいつだってお天気晴れ。イジツに来てからはまだ雨は経験した事が無い。私からすれば雨は降らないでくれると嬉しい。気圧のせいで頭が重くなるから。
オフコウ山に目指す為、ナツオさんやリリコさんに相談をして必要だと言われたアレやコレを三人分用意できた。
ナツオさんはオフコウ山に向かう為に利用する赤とんぼに何やら細工をしてくれたらしい。当日まで秘密だと言われた。
リリコさんからは懸垂下降のやり方をみっちりと。道具の事は勿論の事、降下する際の手順も。ロープは二本通し。高さによっては二回から三回の懸垂下降。L字の体勢を崩さないように慎重にゆっくりと。
そうでなければ死ぬわ。懸垂下降が如何に危険な行動かを叩き込んでくれた。
たまに耳に触れる吐息で魂が抜けそうになるが、その度に正気に戻すように強めにふっと耳に息をかけてくれる。変態ね、そのお言葉は、ご褒美です。字余り。
かくして、一泊二日の大冒険へと旅立つ時がやってきたのだ。マダムにもきちんとご報告してきたよ! 貴方にとって良い結果になる事を祈っているわ。マダムに微笑みかけられながらそう伝えられた。泣きたくなるのはなんでだろう。
「よぅハルト! やってきたな!」
「おはようございます。ナツオさん。チカもケイトもおはよう」
おっはよー! と朝から元気なチカ。いつも落ち着いた様子のケイト。コトブキでも一番対照的な二人かな。いや、感情を表に出すか出さないかだけの差だと思う。
「本日のオフコウ山までの計画を確認する」
「パーっといってヒューって降りればいいじゃん。燃料の問題も無いんだし、なにかあればナンコーなりガドールまで足を延ばせば問題なくない?」
「敵機と遭遇した際に取る行動の問題もある」
「そんなんチカがバーッと突っ込んでズダダダって撃ち込んでやれば逃げるっしょ。戦闘機や赤とんぼを狙う空賊なんて所詮、頭悪いだろうしさ!」
バーっと手を挙げて、ズダダダと両手の人差し指で機銃を撃つ身振りをするチカ。絶対にやる! 信じろ! 自分の力を! 前向きに考えておこう。
話を聞いていたナツオさんは呆れた顔をしている。
「チカ。もう少し頭を使え、聞いてるとお前まで頭が悪そうに聞こえるぞ」
「班長ヒドくない!? 空賊なんかと比べられたら心外なんだけど!」
「ならもう少し言葉を選ぶんだな。ケイトが困惑してるぞ?」
用箋挟を手にしたまま硬直しているケイト。チカの言葉を理解する為の変換で詰まっている模様。
「ハルトなら分かるでしょ! こう上からさ! ピューって降りてさ! バババって撃ち抜くの!」
分かるかどうかと問われれば分かりますよ、ブンドドですよね。いや食事会でケイトに教わったからね。
「つまるところ、一番槍として敵編隊に突っ込んで、かき回した後に各個撃破。で合ってる?」
「それそれ! ホラ! ちゃんと理解出来てるじゃん!」
両手を腰に当ててえっへんといった態度。ケイトは正気に戻り、ナツオさんは呆れ果てる。
「それはチカを援護してくれる人がいてこその戦法だろ。今日は護衛だぞ。念の為、コイツを用意しておいてよかったよ」
赤とんぼをトントンと叩くナツオさん。
「当日のお楽しみって赤とんぼですか?」
「そうだ。話を聞いた時にちょいと嫌な予感がしていたからな。コイツに細工をしておいたんだ」
「一体何をされたので?」
「九七式七粍七固定機銃を搭載して操縦者が撃てるようにした。ケイトの腕前なら威嚇以上の成果も挙げられるだろうが、まっ無理は禁物だな」
赤トンボをよく観察すると機銃らしき物体が一挺、見え隠れする。どうやって積んだというのだこれは。
「無理矢理感は否めないな。赤とんぼの利点を潰さないよう尚且つ突貫作業の結果がコレだ。だが後方にいるハルトに射撃手をさせるよりも効果的だと思うぞ」
「正論すぎて何も言えません。下手に撃たせたら尾翼を撃ち抜くでしょうし」
「そうだろそうだろ。でも機動には耐えられるんだろ? ならじっと耐えてケイトに任せておけばどうにかするさ。なっケイト」
「任せて。でも、万が一の時にならない為にも正確な計画が必要」
「ほーい。んじゃちゃちゃっと済ませて早く行こ!」
ケイトの提示した飛行計画について。ラハマからオフコウ山までは直線距離で二百六十キロクーリル。途中に町も駅も無し。
地図を見せてもらったがオフコウ山はラハマから西南西の位置する。前回ユーリア議員と一緒に見た時は通過点。と言ってくださったが、イケスカ帰りから考えればラハマを迂回してまで寄ってくれたのである。
私には何も告げずに。私の事を心配してくれて、だろうか。優しさに今気が付く。
先陣はケイトでその後ろをチカが飛ぶ編隊で行くとの事だ。オフコウ山は空路の座標として利用されている為、他の飛行機が通りがかる可能性もある。それを狙うハゲタカのような空賊が狙ってくる可能性はあるとの事。
ただ、飛行船ではない戦闘機を襲うような空賊がいれば、それこそ頭の悪い連中。だそうだ。運べる物資なんて知れてるもんね。
「よっし! それじゃ行こっ! 今から向かえばお昼前には着くでしょ」
「オフコウ山までの旅路、よろしくね」
「了解した」
赤とんぼの後部座席に荷物を放り込む。三人が一泊と谷底に降りれるだけの物資を詰め込んだ。座席は狭くなるけど安全には代えられない。自分も隙間に潜り込む。
「それじゃナツオさん。行ってきますね」
「ちょっと待て、ハルト」
「なんでしょうか?」
「オオカミになるなよぉ」
んふーと口元に手元を当ててニマニマとした顔のナツオさん。楽しんでるのを一切隠さない。
「そういう事を考えられる結果なら逆に気楽で楽しめるんですけどね」
「そうだな。それでも、ハルトの目的が達せられる事を祈っているよ。それがどんな結果になろうともな」
「ありがとうございます。それでは行ってきます」
「おう! 野郎共! 回せー!!」
赤とんぼと隼一型のエンジンに火が灯る。滑走路に向けて二機が進む。加速が始まり離陸可能な速度になる。防風のついていない飛行機に搭乗するのは初めてだが、これは少しやみつきになりそう。どこかの国が風を感じられない! と戦闘機に文句を言いつけた話も少しだが分かる。
無事に離陸を完了し、ラハマを一周。その後、オフコウ山へと進路を向けて行くのであった。
「ひーまー!」
「何事もなく順調に進んでいいじゃないですか」
「ケイトも同感」
「でもでも! ここ最近、空賊の奴等の動きがおかしくない? 雑魚ばっかなのは仕方ないとしても飛行船を狙うのにあの数は無いっしょー」
「確かに。腕が良いとはいえない、数では相手の方が勝っていたのにも関わらず連携が取れていなかった」
「だよね! 何か引っかかるんだよなぁー」
チカとケイトは頭の隅に何かが引っかかるらしいが、私はそれどころではなかった。
モコモコ帽子を被り、ゴーグルを着けて今になってようやく飛行機に乗っているという感覚に胸が一杯。
それに加えちょっとだけ、ちょっとだけやりたい事があるのだ。風によるロマンを。
手を伸ばしたい。やれば後悔するのは分かる。だが本能が訴えてくるのだ。飛行機から掴める風の感触を体験できるのは今しかないと。腹をくくれ。オフコウ山の前哨戦だ!
「あぁぁぁ! 右腕が! 私の王の力がぁぁぁ!」
「何やってんのハルト?」
「理解不能」
周りの通り過ぎる風景が遅く感じても、飛行機なのを甘くみていた。欲望に負けた右腕が我先にと機体から飛び出したのである。その瞬間。右腕に訪れたのは死にも近い風圧。
無情にも右腕は風に押し流され、手元に戻す事すら叶わない。終わった。人の欲望というモノは解き放ってはならないのだ。自我を保ち。我を忘れるような事は断じてならぬのだ。
「曲げればいいじゃん」
「曲げるって何を!?」
「右腕、そのまま戻そうとするから戻らないんだよ」
チカの助言通り、腕を曲げてみる。おぉ! 右腕の帰還だ! 王の帰還だ! ありがてぇありがてぇ……。
「たまにいるよね、そうやって風を感じたいー! とかいって飛行中に手を伸ばす人。何かあるのかな?」
「嬉しくなるとつい両手を挙げて喜んでしまうのですよ。今回は特に。二人に付き添って貰えてるからさ」
「へっへー! ハルトも素直でよろしい! それなら仕方ないよねー!」
「ハルト、怪しい」
「信じてよ、本当だから」
私の悪巧みを疑う事もなく喜んでくれるチカ。疑心暗鬼なケイト。目と目で通じ合えるケイトに対して嘘が通じなくなってきた。
ソウウン峡谷を超えてオフコウ山が見えてきた。あんなに狭い所に着陸するのか。
「ケイトが先に着陸をする。チカは警戒を。合図を送り次第、着陸をお願いする」
「りょーかーい!」
「ハルト、少し揺れるけれど我慢」
「分かった。ケイト、お願いね」
「了解した」
オフコウ山へと着陸をする為、ケイトが機体を滑走路とは言い難いような地面に向けて機体を水平に保つ。私とは比べ物にならないぐらい低速でも安定した機体操作。車輪が地面に接地する音。速度の低下により前のめりになる感覚。完璧だ、ケイト。
だがこのままではチカが安全に着陸が出来る空間が無いので、赤とんぼを押して少しだけ隅に移動させる。ケイトが合図を出し、チカも着陸体勢へ。
いつもの自由気ままな飛び方とは違い、安定した着陸。つい拍手をしてしまう程。やはりコトブキの皆の操縦技術は他の飛行隊に比べて頭一つ抜けているのだと実感する。
念の為、チカの隼一型も隅の所に押していく。不時着機が現れないとも限らないしね。
赤とんぼから荷物を降ろして、一息を入れる為にお茶を提供する。現在の太陽の位置はやや斜め上。可能であれば日が暮れる前に何かを見つけたいものである。
「と、いう訳でオフコウ山、山頂にいる訳ですが、変わった物ってあります?」
「機体の残骸と観測所。建物が複数。調べるなら建物を優先」
「見るからにボロっちいけど何かあるのかなー?」
「そこはハルトの手腕。隠し物を見つけるのはお手の物」
「ほっほー! ハルト! 期待してるよ!」
「がんばりまーす」
三人で連なるように並ぶ建物に向かう。
「なーんにもないねー」
「空路の座標として使われるぐらい有名な場所です。不時着機も多数あったようですから、大概はもう漁られて何も無いかと」
「そこをなんとかするのがハルトの役目」
「なんとかですか……せめて床でもあれば違うのだろうけど」
木材で建てられた簡易的な建物は正直なところちゃっちい。雨風を防いで寝る為だけという形である。
地面もそのまま剥き出し状態。いくつか木で出来た床が残っている場所もあるが、きっと遭難者が剥して火を起こす燃料にでもしてしまったのだろう。
付近にある建物を全て探索してみるが、ほぼ同じような状態。これで何かを探せというのは流石に無理がある。
穴を掘れば何か出てくるのかもしれないが、アテもなく掘るぐらいなら谷底を調べてみる方が可能性は高そうだ。
もう一つ、観測所を調べる事にした。ここで何か手掛かりが見つかればいいのだが。
ちょんと突き出た岩に寄り添うように建つ鉄塔。途中で折れているので少し怖い。その根元部分には部屋がある。机と椅子とロッカー。見事に最低限の物しかない。
足で叩くとコンコンという音が帰ってくる。直接地面があるわけではなく、ユーハング工廠跡地でも見かけた地面だ。
「少し建物を見まわして、ひっくり返せそうな道具があるか確認してきます」
二人から気を付けて、と言葉を頂く。足を滑らしたら一巻の終わりだ。足元に気を付けながら周囲を見渡す。
機体の残骸の傍までやってくると先端が尖った丁度良い棒が見つかる。元はこの残骸に付いていた機体のパーツなのだろうか。お借りします、と一言。
「この小さな部屋で怪しそうな床は何処だ選手権ー」
「いえーい!」
「いえーい」
「そんなわけで早い者勝ちです。怪しそうな場所を指名して見事当てたら私にできるお礼なら何でもする券を差しあげます」
「ホント! じゃあじゃあ! 机の下!」
「ハルト、それは本当?」
「本当。私に出来る事、限定だけどね」
ケイトが思考を張り巡らせる。スイッチでも入ったか。しばしの後に選択した場所はロッカーの下だった。
「ハルトは決めないの?」
「決めても特に商品はないしね」
「じゃあ! ハルトが当てたらワタシが一日遊んであげる券を差しあげよう! ケイトはー?」
「……一緒に日向ぼっこ」
「えぇーそれって楽しい?」
「楽しい」
むぅーと唸るチカを横目に自分で決めた床をこじ開けようと試みる。ちなみに私は入り口を指定。
尖った先端を床に刺し、ゆっくりと引き上げる。徐々にズレていく床ではあったが、特に何もないようだ。
「ハルト、はっずれー」
「残念無念でありますよ」
「じゃあ次はワタシの場所!」
机をずらして同じように床をめくる。残念な事に何も出てこなかった。
「残念、外れだね」
「えぇー! それじゃケイトが優勝?」
「まだ分からない。そもそも何も無い可能性もあるしね」
ロッカーを移動させて再び床をめくる。ん、何か手ごたえが違う。
「あれ、何か埋まってない?」
「きちんとずらすからちょっと待っててね」
「ハルトといると毎回あり得ない事が起きて、ケイト驚愕中」
移動させた床の下には何かに包まれた物がある。ケイト、お願い。了解。そうして出てきた小さな何か。
「早く! 開けて開けて!」
チカに急かされながらも慎重に包みを開けていくケイト。出てきたのは鍵と……棒?
「鍵はまぁ分かるけど、棒ってなんだろう」
「同じ所に隠されていた以上、必要な場所があると推測する」
「問題はそれをどこで使うかだよねー」
確かに、鍵穴らしきモノは今の所は見つかっていない。勿論、棒の使い方も分からず。もう少しだけ周囲を調べても何もなければ、やはり谷底まで降りるしかないのだろうか。
「やっぱり谷底まで降りるしかなさそうだね」
「けっこー深いよね、ここー」
「幸い、生物達の姿は見受けられない。覚悟を決め細心の注意を払って降りるべき」
山の上から谷底の覗き込む三人。丁度、ロープの切り替えが安全に出来そうな出っ張り部分を見つける。あそこに杭を打ち込んで懸垂下降を行えば二度で谷底まで降りられそうだ。
最初のロープを固定する。可能であれば杭よりも重たく固定されているものが好ましいが、やはりそうなると鉄塔を利用するのが良さそうだ。リリコさんの
指示で長めのロープを複数用意しておけて良かった。
二本通しのロープを鉄塔に巻き付けるようにして固定。引っ張ってみるがブレる事もなく、鉄塔の軋む音も聞こえない。これなら大丈夫だ。
ハーネスを装着してロープを付属の二つ輪の大きい方へ束ねた状態で通す。その後に小さな輪に引っ掛けるようにロープを回し、腰部分に小さな輪の方を装着して完成。その際に大きな輪に通したロープは上向きにある事。
「それじゃちょっと準備してくるね」
「ハルト、気を付けて」
「落っこちないようにね!」
「気を付けるよ」
手袋を装着し、鉄塔に縛り付けた側のロープを左手で掴む。谷底に向けてあるロープを右手で掴み、足は固定したままお尻を谷底へ、身体がL字の姿勢になるように。そこから一歩ずつ崖を降りていく。
焦っちゃだめ。リリコさんの甘い吐息と息遣いが頭によぎる。妄想と現実は違ったけど。
足を滑らせる事もなく出っ張りの岩へとたどり着く。ここまできて油断はしません。慎重に参ります。私が乗って大丈夫なら二人も平気であろうと考え、ロープを固定状態にし、念入りに足場を調べる。
体重をかけたり、軽く足で地面を蹴るようにしてみたが、ビクともしない。谷底にも生物無し。順調である。
二度目の懸垂下降の為に固定杭を打ち込む。ここからが一番怖い。自分で打ち込んだ杭が外れない様に徹底的に検査する。
先ほどと同じようにロープを通し、第二懸垂下降のロープを装着。第一懸垂下降のロープを外す。同じように体勢を整えてゆっくりと後は谷底まで降りるだけ。
「順調に降下中」
「もうあんなに低い所まで行ってるよー。ハルトって意外と凄い?」
「努力家である事は確か」
「巻き込まれ体質なだけじゃない?」
「そうともいう」
既に二人の姿が小さくなっていて、何を喋っているのか分からない。鼻がムズムズするのできっと自分の事だろうと己惚れる。何故ならチカが指を指しているから。
谷底まであと数歩というところ。それでも怖くてそのままの体勢で降りていく。背中で接地してようやく実感が湧きそうだけど、流石にそこまではいかない。
ようやく谷底へ到着。固い地面は生きている事を実感させてくれる。なんてね。二人に呼び掛ける。
「無事に着いたよー!」
「それじゃー次はワタシね!」
ケイトに準備してもらっているのだろう、何やら和気藹々とした会話らしき声が聞こえる。
「ハールートー!」
「何ー!?」
「上見ないでよー!」
「ナーンーデー!」
「分かってて聞いてるでしょ! パンツ見えちゃうもん!! 後ろ向いててー!!」
怒られたので後ろを向く。黄草色の髪にふわっとした髪を二つに分けて結び、ピンク色で統一された上着とミニスカート。胸元にはコトブキのカラー色である青いリボンを身に着けている。その恰好でハーネスを装着しているものだから、そりゃもう色々と。
素直に後ろを向き、ついでの事なので簡単に周囲を探る。もう少し地面がデコボコしていたり大きな岩が散乱しているのかと勝手に想像していたが、辺りはよく言えばすっきり、悪く言えば殺風景。
正面には降りてきたのと同じ高さの崖、左右二手に分かれるように渓谷が続いている。自然現象によって生み出されたのか、はたまた人の手が入っているのか。
「ハールトー!」
先程よりも近くから聞こえるチカの声。振り向いてみれば既に第二懸垂下降地点まで降りていた。顔だけこちらに向けて片手を振っている。せっかくだから振り返しておこう。
「順調だねー! もう少しだから頑張ってねー!」
「分かったー!」
顔を戻して再び降下を始めるチカ。私の時とは打って変わりテンポ良く降りてくる。あ、まずい。後ろ向くの忘れてた。ハーネスを着用しててもヒラヒラと舞うスカート。怒られたら謝ろう。怒られなかったら? 心に刻みこんで黙っていよう。
そんな私の心情なぞ露知らずか、危なげなく谷底へ到着。やはりイジツ人の身体能力は半端ない。
「意外と面白いよね、コレ!」
「趣味で楽しんでいる人達もいるぐらいだから、何か魅力があるんじゃないかな」
「だよねだよね! あーでも帰りはこれ上るのかぁ……」
「人によっては上る方が楽だって話だよ」
「ホントかなぁー。まっ後で考えればいっか!」
そうだね。その間にもケイトの準備が整ったようで、合図が送られてくる。チカとはまた違った。律動的な動きで降りてくる。あの人はその道のプロかな。
後ろを向いていろという指示は無かったので、チカと一緒にケイトを見守る。黒タイツにショートパンツのケイトに身につけられているハーネス。
自然と締め付けられていくケイトの身体。それを視線に映してから湧く内なるモノ。情緒的なモノを感じる。なんだこれは。奴とは、一体何が違う。七つの大罪は無慈悲だ、生きた力と生きた力との衝突なんだよ。
新しい自分を向かい入れる余裕が無い為、一時的に正面の壁に目を動かす。これは決して逃げたわけではない。
深呼吸しているとチカが背中を叩く。大丈夫だって! ケイトならこれぐらいよゆーっしょ! 違うんだ。そうじゃないんだ。これは私の罪だ。贖罪を受け入れなければならないのだ。
己が罪と汚れを感じ取る間にケイトはあっさりと谷底まで降り切った。ケイト、済まない。何を謝られているか、理解不能。目で通じ合えるのも好し悪し。
「しっかし、意外と広いよね。ここ」
「どこから探して行きましょうかね」
「降りてきた崖を伝いで鍵穴を見つけるのが無難。幸い、障害となるモノも無し。二手に分かれての行動を推奨する」
「やっぱりそれしかないよね。仕方ないか」
谷底からの異世界生活。夢は大きく墓地探し。