あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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第22話

 チカとケイトのコンビで時計回り。私は一人で反時計回りで、オフコウ山外周を周る事になった。左手法って名前がついていたような。

 一人静かに黙々と。自分の足音以外は聞こえない程に静寂に包まれている。

 手袋越しに伝わる崖の感触。ここから鍵穴を探すのは可能なのだろうか。そもそも本当に鍵と棒を使うような場所がここにあるというのか。オフコウ山以外で使うのでは。と、一人になると途端に良くない事を考える。

 考える断ち切るように歩みを進める。まだ他の場所にも目星はついているのだ。その為のだいじなものを手に入れたと思えばいい。

 

 出発地点から半分ほど周ったのだろうか、着陸する際に見かけたオフコウ山の下り坂部分が視界に入る。チカとケイトは……いた。やはり私より早い。手を振り呼び掛けてくれている。

 

「ごめん。遅くなりました」

「だいじょーぶだって! ワタシ達もいま来たトコロだしね!」

「こちら側にはそれらしきモノは無し」

「怪しそうな場所は蹴っ飛ばしたりしてみたけどなーんも変化なし!」

 

 ね、ケイト! あまり無茶はしないで欲しい。チカを心配するケイト。

 

「残念ながらこちらも、それらしいモノは見当たらず。本当に鍵を使うような場所なんてあるのやら」

「同じ場所でも何度も通う事で新しい発見が出来る事がある。現地取材は繰り返し行う事で可能性が飛躍的に上がる」

「えーめんどくさいー。もっとこうパッと見つける方法ないの?」

「それが出来たら苦労はしない」

 

 身振り手振りで自分の提案を伝えるチカだが、その度にその発想は無かったと言うケイト。思考の根っこが根本的に違うのだろう。私はチカ側。

 休憩も兼ねて壁に寄りかかり一休み。しかしチカではないが、何か見つけ出す方法はないものか。念の為、寄りかかった崖に手を当ててみるが、ごく普通の石壁である。中身たっぷりの。

 ケイトも言っていた通り、繰り返し調査と他の場所を探索するしかないのかもしれない。

 時間をかければかかるほど、シン・ブユウ商事なるモノが私の背後に迫る。これがパンケーキの呪いか。フォークを背負った罪状は重い。

 

「もしかしてさー。オフコウ山には無いんじゃないのー?」

「その可能性はあると思うよ。山頂も外周もそれらしいものは見当たらないし」

「いやーオフコウ山そのものがって言うより、なんていったらいいんだろ?」

「身振り手振りでもいいよ。きちんと聞いているから」

「うん! えっとね。ワタシ達が触ってきたオフコウ山には無いかもしれないけど、あっちの、ソウウン峡谷側に何かないかなって」

 

 指を指す先を見てみる。現在いるオフコウ山から正面にはソウウン峡谷の高い崖がそびえ立つ。そこに至るまでの距離には飛行機の残骸がそこら中に散乱している。

 崖そのものには何やら傷やオイルのようなものが染み込んでいる場所がある。つまり戦闘機の離陸に失敗して崖に衝突した時に出来上がった、という事なのだろう。

 

「ここまで来た事だし、歩いていける距離だからチカの案に賛成するよ」

「ケイトも賛成。他の案が浮かばない以上、このまま休憩していてもらちが明かない」

「ホント!? じゃあじゃあせっかくだし早速行ってみようよ!」

 

 チカが私とケイトの手を引っ張る。それに引かれるように三人でソウウン峡谷側の崖へと歩みを始めた。

 

 

「これは酷い」

「これは酷いなぁ」

「ユーハングも全員が操縦が上手いわけじゃなかったんだねぇ」

 

 近づいてみて分かった事がある。残骸はオフコウ山からの離陸の際に、戦闘機の邪魔にならないようにと端へと避けられていたという事。もう一つは地面を擦ったのか、はたまた崖に突っ込んだのかは分からないが、オイルとガソリンの匂いがする事である。

 

「凄い匂いだね、ここは」

「加熱性のある液体が地面に染み込んでいる為。この匂いが理由で生物がいないのかもしれない」

「マロちゃんだってそりゃイヤだよ、こんな匂いー」

「だとすれば、チカはイジツ生物学において大いなる発見をした可能性がある」

「えぇ! そんな凄い事なのこれ!?」

「凄い。地上の開拓を進めるに辺り、難題とされていた生物から簡易的に身を守る事が出来る可能性が浮上した」

「それじゃさ! マロちゃんにお嫁さんを買ってあげられるぐらいのお金とか貰えるのかな?」

「実験を繰り返し、証明する事ができれば何匹でも」

「えー、お嫁さんは一匹だけでいいよー」

「チカは意外と欲がない」

「欲とかじゃなくてマロちゃんのお嫁さんは一匹で十分なの!」

 

 なにやらチカの直感によりイジツの生物学に革命が起こりそうな雰囲気だ。二人が話をしている間、崖を見つめてみる。

 所々にプロペラが擦れたのか、傷が入っている。場所によっては機体その物が突っ込んだのか、オイルやガソリンが染み込んでいる。中々衝撃的なものを見ている気がする。オフコウ山なんて名前が付けられるわけだ。

 そのまま左手法で横へとずれていく。オフコウ山の正面から少し外れたこちらにも残骸と傷、匂いが凄い。衝突を避けようとして回避行動を起こした結果なのだろう。

 視察して、思考して、その繰り返しをしていると、左手に違和感を感じ取る。なにかと自分の左手を見るが、油が付着していた。なんだ、崖から垂れてきた油にでも触ってしまったのか。

 強烈な匂いと土色の粘着性のある油が手袋に付いている。帰ったら洗濯かと見つめていたが、頭によぎる。土色の油ってなんだ? 油が壁に付着したと思われる時期はもう何十年も前の事。今更、壁に染み込んだ油が垂れてくるわけがない。

 左手で触れていた壁を見る。そこには私の左手を滑らせた後がはっきりと残る壁があった。軽く叩いてみると、響く音。少なくともこの崖は自然物ではない。人工物だ。

 

「ここに何かが隠されているとハルトは推測」

「うん。これは絵で偽装されている扉だと思う」

「絵で隠せるものなのー?」

「可能。移動手段が飛行機が主な為、ここまで近距離で近づく人間は稀。谷底まで降りようとする人間は尚更」

「あーそっかー、こんなの空にいた時に見つけろだなんて無理だよねぇ」

「だからこその現地取材。それでも引き当てるハルトの運の良さ」

「いや、チカのおかげだよ。ここまで来ようと提案してくれたのはチカだからね。ありがとうチカ」

「恥ずかしいからそういうのはいいって! じゃあじゃあ! ご褒美ちょうだい!」

「ハルト。何でもする券の事も忘れずに」

「分かった。ここを調査を終えたら一緒に考えよ」

 

 偽装されている壁を三人で調査。一か所、穴が空いている場所を見つけた。ケイトが持っていた棒を慎重にその穴にはめ込む。そこにあるのが当たり前のように棒は引っかかりを見せることなく嵌る。

 ケイトに指示をされ、棒の左手に移動をし、言われた通り棒を押す。かなり渋く重たいが、少しづつ壁が動き始める。人が通れる幅になったので一旦停止。

 

「うっわ! ほんとに何か出てきた! でも……この匂いは好きじゃない」

 

 この匂いは何度か嗅いだ事がある。人が亡くなられた時の、通夜や葬式で嗅ぐ匂いに近い。

 

「念の為、換気も含めて待機を提案」

「そうだね、これで中を調べる為にランタンとかを使ったら危ない……よね?」

「現時点では発火性のある匂いは感じられない。だが慎重に進める事を推奨。ハルトが見つけたかったモノが目の前にある可能性があるのなら尚更」

 

 またしばらく待機。その間に二人に伝えておきたい事がある。

 

「二人共、ちょっといい?」

「どしたの? ハルト?」

「この匂いから分かると思うけど、この先に私が見つけたかったモノがある可能性が高いんだ」

「ユーハングの墓地」

「そう。まだ中がどうなっているか分からないから、こうなるって答えにならないだろうけれど……」

「墓荒らし」

「……うん。そうだよね。墓荒らしをする事になる」

 

 しばらくの間、誰も何も口を開かない。私も何か言える気分ではないが、無理矢理でも口を開かなければ。これが私の目的なのだ。曽祖父の願い。曾祖叔父がイジツで生きていたかもしれない証を見つけるのに避けては通れない道。

 

「……まぁ、探し人がそこで寝ているとも限らないんだけどね」

「そ、そうだよね! 他の場所にいるかもしんないし!」

「そうそう。昔の人のお墓参りに来た気持ちで入ってみようか」

 

 顔を軽く叩く。気合を入れて中に進入してみよう。ケイトが火の元の確認をしてくれる。問題ないようだ。ランタンを受け取り私が先陣を切る。

 坑道を慎重に進む。落盤事故を防ぐ為か、木材で補強しているのが見受けられる。この為に運んできたのか。

 しばらくすると、横に通路らしきものが見える。覗き込んでみると……小さな部屋がある。机、椅子、壁掛けのランタン。そして金庫だ。

 調べてみようかと二人に提案して承諾される。

 

「うわぁーオフコウ山にあった物とは違ってキチンとしてるよね」

「重要視していたのか、はたまた消え去る時に慌ただしくてここまで手が回らなかったのか」

 

 壁掛けてランタンを調べる。まだ使えそうだ。手元にあるランタンから火を移すと、先程よりも周囲が見える。ケイトが金庫を念入りに調べている様子まで。

 

「やっぱあの鍵ってその金庫に使うのかな?」

「そうだと思うよ。手回しで暗号する形のでは無いみたいだし」

「ケイトケイト! 早く開けて!」

「ここはハルトが」

「せっかくだから。ケイトに開けてもらいたいな」

 

 感情には出ないが、興奮しているのは感じ取れる。チカも気づいているのだろう。はよはよとケイトにせがむ。

 鍵を取り出し、慎重に差し込んでいく。ゆっくりと回される鍵。後から開くような音がした。レバーに手を置き、下す。開かれる金庫には……書類の束。

 

「えぇ……また資料とかそんなのー?」

「これはかなり貴重な資料。工廠後で見つけた物と同じぐらい。いや、場所から考えればそれ以上の可能性が非常に高い」

「チカは何が入っていると思った?」

「うーん……お金?」

 

 素直で良いかと思います。

 

 あの後、しばらくはケイトの独壇場であった。詳しい事はそのままケイトに任せて部屋を見て回る。壁には絵も掲げられていた。

 

「これってウキヲエ?」

「かもしれないね」

「やっぱユーハングが持ち込んできた絵なのかな?」

「この場所が隠されていた以上はそうかも」

 

 せっかくだから写真でも撮っておこうか。チカも入りなよ。はい撮るよー。ポチっ。スマホで撮影した写真は明かりが足らなくてチカの顔が少し怖い事になっていた。当然、怒られる。こんな顔してないし! もっと可愛く撮ってよ! ごもっともである。

 ハルト。名前を呼ばれて振り向くと、何かを手にしたケイトが立っている。

 

「ハルト。これを」

 

 手渡された資料。表紙に書かれていた文字は、戦没者名簿。胸がざわつく。

 

「そこにハルトの探し人の名前が記載されている可能性がある」

「そうだね、記載されていれば……亡くなった事が確定かな」

 

 それが分かっただけでも、曽祖父なら帰って来いと言ってくれるだろう。それ以上、踏み込む事もないと。この名簿を開けた瞬間。私はどうなるのだろう。

 チカが私の服の裾を握って心配そうな顔で見上げてくる。ケイトも先程とは違う、少し落ち込み気味な顔。大丈夫。少なくともここにいるのは私一人ではない。大切な仲間がいる。

 表紙を捲る。紙は数枚。名前と亡くなった理由。埋葬されている位置が記載されていた。ここから式守の名を見つける。一つずつ、飛ばさないように。

 紙が捲られ次の一覧に、あった。式守の名が。曾祖叔父の名前が。この世界に来る時に、曽祖父から手渡された手紙に書かれていた名前と字が一致している。亡くなった理由は……失血死。その下に文として理由が書いてあった。

 こちらの世界の住人を庇った際に出来た傷が原因。と。曾祖叔父は何らかの理由でイジツの住人を守り、命を落としたのである。

 一言も言葉を交わした事のない人。顔も私が一方的に知っているだけの人。曽祖父の弟さんであるという事しか知らなかった人。それでもこの文を読むだけで伝わる曾祖叔父の存在。濃い霧で見えなかった曾祖叔父の姿がようやく見えた。

 式守さん家は昔からこんな人達ばかりなのである。おかしくてつい笑ってしまう。

 二人は心配そうに見つめてくる。そうだ。先に伝えないといけないね。

 

「探し人。見つかったよ」

「お……おめでとうでいいのかな?」

「ありがとう、チカ、ケイト」

「ハルト。大丈夫?」

「大丈夫、ではないかも。それでもすっきりした部分はあるよ」

 

 答えに辿り着いた。死因についても分かった。埋葬されている位置も記載されている。

 

「二人にお願いがあるんだ」

 

 何? 返事が来る。

 

「この先に眠っている曾祖叔父に二人を紹介したいんだ。私をここまで導いてくれた仲間達の代表として」

 

 

 幾つかの部屋の一つであるこの場所。目の前には卒塔婆が立てられてあり、そこにも名前が記載されていた。片膝をついて挨拶をする。

 

「初めまして、ハルトと申します。貴方からすると……まぁ曽祖父の曽孫です。訳ありまして曽祖父の代わりに来ました。そちらにはまだ曽祖父は訪れていないと思うのですが」

 

 きっと元気にイサオさんを相手に頑張っているだろう。もう少しだけ待っててね。

 

「貴方に会いたくてここまで来ました。それまでの道のりで様々な人達に助けていただきました。代表として二人を紹介させてください」

 

 二人を曾祖叔父の前に案内させる。

 

「こちらのちんまくて可愛いのがチカ。無表情だけど可愛いのがケイトです」

「そりゃ小さいけどさ! そもそもその紹介の仕方ってあるの!?」

「無表情なのは自覚はある。けど……」

 

 怒る人と照れる人。対照的な二人。

 

「ごめんごめん。なんかつい。紹介できる人が側にいてくれて嬉しいな」

「もう! 自分でちゃんと伝えるから!」

 

 チカとケイトがしゃがみ込み、話しかけ始める。

 

「初めまして! チカだよ! コトブキっていう飛行隊で一番槍をしているんだ! 最近ようやく電光石火のチカ! って二つ名が付けられたんだ!」

「初めまして、ケイトという。チカと同じ飛行隊に所属している。こうして会えた事を嬉しく思う」

 

 親族以外の人がお墓参りをしてくれる姿は嬉しいものである。

 

 

「それじゃ、また来るね、えーっと……」

 

 呼び方に困る。曾祖叔父である事は間違いないのだが、とても堅苦しい。おっさん、おおおっさん、おじさん、おおお……これは間違えて覚えていたやつだ。

 

「おっさんでいいんじゃない? 年齢を考えるとジジイ扱いされても困るんじゃない?」

 

 チカが名簿を覗き込んで指さす。確かに、亡くなった歳を考えると、曽祖父と同じ扱いではジジイ扱いである。もう少しだけ柔らかくしておじさんと呼ぼうか。年齢性別問わず、心におじさんを飼えば誰しもがおじさんなのだ。

 

「それじゃ、おじさん。また来ます。可能であればそちらで会う前に曽祖父を連れて」

 

 墓地から離れ、金庫の置いてあった部屋まで戻る。

 

「ハルト。金庫の中身はどうする?」

「気になる物があれば持ち出していいよ。この世界の事を知る為にも大切な事だと思う」

「……止めておく」

「どうして?」

「道徳と倫理。ハルトの大切な人が眠っている場所。荒さずに済むのならそれに越した事はない」

「……ありがとう。ケイト」

 

 名簿に関してだけは写真を撮る事にした。自分達以外の人も亡くなっている。もしかしたらこの中には曽祖父の手伝いをしてくれた人達の家族がいる可能性もあるから。

 こうして、有るべき所に置かれていた物は戻され、オフコウ山、山頂へと戻る事となった。

 

 

 山頂に戻れた頃には既に日が暮れていた。たき火の準備をして、夕食を取る。いつもの楽しいひと時。そうして訪れるほんの僅かな静寂。どうしても色々と考えてしまう。

 突如、後ろから私の頭を抱え込むように抱き着いてくる人がいる。チカだ。

 

「ハールト! いま何考えてのー」

「チカの事」

「へぁ!? ぁ、うん。って絶対に違うでしょ!?」

「今日の出来事を考えていたから、間違いではないと思うんだけどなぁ」

「そんな言い訳、通用しないよ! もう!」

 

 右側にあるチカの顔は怒っています。といわんばかりにぷんぷんと膨らんでいる。指で優しく触れて空気を抜く。

 

「ハルトー、あんまり考えても仕方ない事だってあるよー」

「ソウダネー」

「ハルトの目的は達成できたじゃん! おめでとう!」

「アリガトー。これもそれも、みんなが手伝ってくれたおかげだよ」

「有難みが薄いなー! もっとこうパーっといこうよ!」

「家に帰るまでが冒険」

「ケイトに言われるとは思わなかった」

 

 圧し掛かる様にもたれてくるチカ。背中に触れる温もり。

 

「まー確かに。必要最低限の物だけ積んできただけだし、贅沢は出来ないけどさー」

「ラハマに着いたらご飯でも一緒に食べましょうか」

「それいいね! さんせーい!」

「ケイトも賛成」

「決まりだね。それじゃちょっと早いけど寝ようか」

 

 チカが背中から離れてくれたので寝支度をする。風も無く、寒いわけでもないので、このまま野外で寝る事にした。勿論、二人とは少し離れてだけど。おやすみと一声。返ってくる声。星空はいつだって綺麗だ。

 

 頭はすっきりとしている。すっきりとし過ぎている。何故、どうして。身近とは到底、言い難い人が亡くなったという事実。なのにどうして今更こんな感情が沸き出てくるのだろうか。

 お墓参りが終わった直後から心に湧いてくるゴチャゴチャとしたモノ。中々整理がつかなくて眠れない。

 星空を眺めていると、足音が聞こえた。その足音は徐々にこちらに近づいてくる。そして星空を遮るように覗き込んでくる顔。

 

「やーっぱり寝てないじゃん! ハルト!」

「バレたし」

「バレバレだよ! 夕食の後にぎゅーってしてあげたのに! まだ落ち着かないの?」

「中々、自分の感情と思考がうまく一致してくれないのです」

「もう! 仕方ないなぁ」

 

 手にしていた枕替わりの物を私の左側に置く。そしてまたチカは私の頭を抱え込むようにして抱きしめてくれる。

 

「辛い時は辛い! ってはっきり言わないと通じないよ」

「辛いです。助けてください」

「よしよし! ワタシが今夜はこうして抱きしめてあげよう! そだ! 三人で寝ようよ! ケイトー!」

 

 起きていたのか、こちらに顔を向けるケイト。枕と毛布を持ってこっちきなよーと呼ぶチカ。流石に無理があるのではと言いたいが、現在、私は傷心中。チカの温もりが心地よい。

 耳元に聞こえる足音。そして右側に置かれた枕と毛布。そしてケイトの姿。

 

「ハルト、辛いんだってさー。だからこうしてくっついて落ち着かせてあげよ!」

「流石にチカの体勢は恥ずかしい」

「えー、それじゃ! 手を繋いであげてよ! それだけでも違うよ!」

 

 しばらくすると右手に暖かな手が触れる。繊細で、操縦桿を握りしめているとは思えないほど華奢な手がそこにあった。

 

「心がね、ぎゅーってして辛い時は人と触れ合うのが一番いいんだよ! ワタシも昔、チト兄にぎゅーってしてもらったんだ!」

「触れ合う事で落ち着く理由は?」

「分かんない! でもイヤな気持ちとは正反対の気持ちが沸いてこない?」

 

 沈黙が続くケイト。華奢な手から先程より少し力を感じとれる。

 

「幸せだなぁ」

「でしょでしょ! 今日は特別だからね! だからハルトも目を閉じてぐっすり眠るんだよ!」

「はーい」

「素直でよろしい。それじゃおやすみー」

 

 もう一度、お休みをする。チカに抱えられている頭。ケイトに握られている手。先程までの心のゴチャゴチャとしたモノは一先ず収まったようだ。

 

 

 不意に意識が戻る。自分でも驚くほど、あっさりと意識を手放していたようだ。

 まだ夜明けの時間ではないらしく、瞼がまぶしいという感覚は無い。このまま寝続けようと思っていたが、違和感を感じる。

 相も変わらず私の頭を抱きかかえるようにして寝ているチカ。もう少し腕が閉まると完璧なヘッドロックの体勢である。

 時より寝言が聞こえる。そして右側にいるはずのケイト。右手に感じる手の感覚は先程までと同じ。だが位置が異なっていた。

 私の口元の傍にケイトの顔が、身体を横向きにして肩の辺りに預けるよう寄りかかっている。突然の事で顔を下げてしまう。先ほどよりも閉まる腕。これはまずい。二重の意味で。

 寝ている為、ゆっくりと少しだけ上下する身体。間近で見るケイトの顔。色白で、細く長いまつ毛。甘い香り。寄りかかる場所からはケイトから伝わる暖かな温もりと鼓動。

 ケイトが何故この位置まで近づいてくれたのか、チカからのお願い、友人に対しての心配、親愛からくる行動。目を逸らすのか、見つめるのか。自分の事ながらしょうもない。

 それでも嬉しい。その気持ちは確かだ。この大切な想いは言葉にして伝えるべきだと思った。

 

「ありがとう」

 

 少し調子に乗っておでこを重ねようとしたらハイ完成! チカのヘッドロックだよ! 

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