「びっくりしたよー。朝起きたらハルト、魂が抜けてるんだもん!」
「魂は抜けていない。気絶による一時的な意識喪失状態。ケイトは肝を冷やした」
「驚くほど綺麗に腕が決まっていました」
「いやーゴメンってば!」
帰り道、空での会話。誰よりも早く起きたケイトに命を救われた私。
お墓参りを済ませたと思ったら見送られる側になるところであった。原因は言わずもがな、チカの細腕である。
私の不届きな行動も理由の一つであるが、それは内緒である。
ラハマへ帰投するのだから、もちろんオフコウ山から離陸をしなければならない。こうして会話が出来ているのだから、無事に飛び立てた事は確かではある。
だが、離陸をする際の地面が無くなり滑降をしているごく一部の間、なんともいえないお尻のムズムズ感はもう二度と経験をしたくない。お墓のお引越し、真面目に検討させていただきたい。
道中で郵便配達をしている姉妹の方と遭遇した。イジツでは空送で配達をするのが普通なのだと、慣れてきたとは思ってもまだまだ興奮する要素が盛り沢山の世界である。
あと、郵便屋さんはどこの世界も早起きなのだな。とも。
見慣れた街並みが見えてきた。一泊二日の大冒険もこれで終わりを告げる。私のイジツでの冒険もこれで終わりか。まだ行ったこともない場所だらけで興味は湧くが、役目を果たせた事の安堵が勝る。
ケイトの丁寧な三点着陸。羨ましい。私も帰る前に再訓練をしなければならない。いくら身体にも覚えさせた動作だとはいえ、この世界に来てからは一度も機体の操作をした記憶が無い。
歩き回り、本を読んだり、頭の方ばかり動かしていた。お尻のでっかい震電もさぞご立腹であろう。
「よっ、おかえり。その顔だと良い事があったって感じだな」
「ただいま。皆さんのおかげで無事にお墓参りができました。ナツオさんありがとう」
「いいってことよ。念の為、用意した物は使わずに済んだみたいだな。無事に帰ってきたならいう事はないさ。ちょっと耳貸せ」
「なんでしょう?」
少し屈むようにナツオさんに顔を合わせる。そっと私の頭にナツオさん手が置かれて一言。おつかれさん。
レオナさんに帰投報告をする。無事でなによりといわれ、頭を撫でられる。優しく触れてくれる暖かなレオナさんの手が心地よい。
「それでね! ハルトってば、寝ながら泣いてたんだよ!」
「チカ。それは言っては駄目」
「それ、初めて聞くんですけど!?」
いつだ。どのタイミングで泣いていたのだ。自分の記憶には全くない為、しどろもどろな対応になる。押し殺すように笑うレオナさん。
「詳しい話はまた後日だ、今はゆっくりと休め。ハルトはこの後、マダムのところへ向かうのか?」
「その予定です。ご挨拶だけでも、と思っています」
「なら私も付き合おう」
お願いします。頭を下げる。二人とは一旦お別れとなる。ありがとうね、チカ、ケイト。
マダムの居らっしゃる建物までの道中。なんだか懐かしい。
「こうして一緒に歩くのも懐かしいな。まだそれ程、月日は経っていないはずだが」
「同じ事を考えていました。初めて歩いていた時は、今みたいに皆さんと仲良くやっていけるか不安だらけでした」
「そうか? あれだけ空で質問攻めにあっていたじゃないか?」
「興味は合ったんでしょう。なんせ穴から飛び出してきたのですから」
「そうか……ハルトはあの穴からやってきたのだったな」
「えぇ、目的を。探し人を見つける為に」
そこからは無言で歩く。そう、目的は果たしたのだ。問題はあの穴がいつまた開くか。これはアレンに頼る所が多い。後で訪ねてみよう。
レオナさん先導の元。気が付けばマダムの部屋の前。ノックをして帰ってくる返事。一緒に部屋へと入る。
「そう。見つかったのね」
「はい。そのご報告と感謝を伝えに。多大なご助力をいただきありがとうございました」
「大したことはしていないわ。レオナにも伝えたのかしら」
私の隣に座るレオナさんを見る。
「先程、簡単にですが。感謝を伝えました」
「そう。レオナもご苦労様。少しは貴女も気が楽になったのでは」
表情を崩すレオナさん。多分、私の知らないイサオさん絡みの事だろう。命を救った時のイサオさんはどんな心境だったのだろうか。
レオナさんには悪いけど、敵機を撃墜するのが楽しくて意識をしてすらいなかった気がする。
「ハルト君はこれからどうするつもりかしら」
「穴の開くのを待つ間、アレンの足について試行錯誤しようと思います。後はユーリア議員に頼んでおいた方の到着を」
「連絡があったわ。明日には着くそうよ。今度は何をするのかしらね、ハルト君は」
「余計なお節介だと思います。でも大切な、キリエとナオミさんに伝えておかなければいけない事です」
「そう……上手くいく事を願うわ」
区切りが良いので退席する事に。ソファーから立ち上がり扉の前へ行こうとするとマダムに呼び止められる。
「一つだけ、無粋な質問をさせてもらえるかしら」
「なんなりと」
「探し人が見つかった時、ハルト君は何を感じ取ったのかしら」
「安堵です。写真でしか顔を知らないのに。言葉を交わした事があるわけでもないのに。不思議ですよね」
「家族とは、そういうモノなのかもしれないわ」
ありがとう。マダムの感謝を受け取り、退室する。
マダムとの対談が終わり、レオナさんの背中を追いかける。この道のりもまた懐かしさを感じる。
私の視線の先にいる方は引き返す道中で立ち止まり、こちらを振り返る。
「ハルト、確認させてほしい事がある」
「なんでしょうか?」
「先程、マダムに伝えていたキリエとナオミの話なのだが……」
「レオナさんはサブジーという方をご存知でしょうか?」
「確か二人の師匠のような方だったと聞いている」
「ならレオナさんにお伝えしても平気です。聞いていただけますか?」
「勿論。立ち話もなんだから、そこのカフェにでも入ろうか」
テラスのあるカフェに行き、椅子に腰を下ろす。これはひょっとして周りから見たらデートなのでは。
正面にはいつも私の心配をしてくれるレオナさん。時には叱られるけれど、それは私の行いのせいなので仕方ない。
うん、どれだけ自分贔屓に考えてもお姉ちゃんである。レオナお姉ちゃん。これはこれで良いではないか……。
「ハルト、注文はいいのか?」
「あ、えーっと紅茶をお願いします」
店員さんに注文を頼む。それほど時間がかからずに運ばれてくる飲み物。紅茶は良い、単純にコーヒーは苦くて飲めないのである。
「それでは、サブジーの事に関してお伝えさせていただきます」
「頼む」
「実はこちらに来る前に、イサオさんからも少しだけ聞いていた話でした。コトブキの皆に出会わなければ知識として止めておく程度で終わったと思います」
「イサオか……」
「十人十色ですよね。好意が出るか、悪意が出るか。無関心はいまのところ無いみたいですが」
「その事についても聞きたいが、今はサブジーだな」
「はい。イケスカにいるイサオさんの執事さんから詳細を聞き、撃墜地点を教えてもらいました」
「理由は?」
「会話の流れの一つとして聞く機会がありました。こちらに来てからキリエとは親しい方だと知りましたが」
サブジーはキリエにとって師匠なのだろうか。空を教えてくれた人、突如消え去った人。心境は本人のみぞ知る。
「それで、サブジーが撃墜された場所に向かうというのか?」
「はい。お節介もいいとこだと思いますが、少しだけ良い可能性もあるのです」
「どういう事だ?」
「アレンに聞いたのですが、赤とんぼでアレンの穴の調査に付き合わされたキリエがイサオさんの手の者達に撃墜された話です」
「あぁ、流石に肝を冷やしたな。アレは」
「撃墜された二人は谷底へ不時着し、死んだふりをしてその場を凌いだと聞いております。アレンの指示があったとしても弟子がしていた行動を師匠もしている可能性があったとしたらどう思われます?」
「まさか! 生きているとでも!?」
「ナオミさんにも同じ事を聞いてみるつもりです。もし同じような経験があれば、三人とも同じ行動を起こした可能性が……という事になります」
椅子に寄りかかるレオナさんはしばらく空を見つめていた。
お茶会は一度、終わりを告げる。続きは今夜の夕食後となった。
別れを告げてお昼ご飯の約束をしていたケイトとチカに合流。ケチャップ丼と謎肉が妙に好みの味で好きなのである。
昨日と今日の出来事を言葉にて伝え合う。私はそんなに動揺していたのか……。すっきりとした。ゴチャゴチャしてる。どちらやねん。どちらだろう?
チカ監修の私の百面相を聞かされて、私の心と恥じらいは限界地点を超えようとしている。こちらハートブレイク・ワン。お前たちの真正面だよ、チカ。
お昼もお開きとなり、チカは一寝入りするとの事。ケイトと二人でアレンのところへ足を向ける。
「それは大変だったね。おつかれさま」
「ありがとう。アレン」
「オフコウ山に墓地と当時の資料か……興味深い事は確かだけど、流石に気が引けるなぁ。足も動かないし」
「動くようにこれからするんですよ。足、触りますよ」
「優しくしてね」
軽く抓ると、少し時間を置いてから痛っと反応がある。触れていると冷たいと文句を言われる。私の手は冷たいよーだ。
ノックするように足全体を叩く。ついでに脚気検査しまーす。ピクッと僅かにだが震える足。
「アレン。歩行訓練、サボっていない?」
「そんな事はないよ、ねぇケイト」
「アレンは甲斐性無し」
「冗談も言えるようになったんだねぇ、ケイト」
「甲斐性無し」
兄妹の会話を微笑ましく聞きながら、アレンの足に細工をする。いわゆるテーピング。一秒でもいいから立たせてみないと、この甲斐性無しは駄目かもしれない。ケイトが二度も言うぐらいなのだから。
父親の足にした時の記憶を脳みそからほじくり返す。出来上がったアレンの足は、あの時と同じ痛々しい見た目になっている。それでも可能性があるのなら我慢してもらうしかない。
「ハルトの魔法が見れるのかな」
「それには二人の協力が必要ですよ、甲斐性無し」
「ハルトにまで言われるようになってしまったよ」
「仕方ない。事実」
ベットの端で座らせ、ケイトと一緒にアレンの肩を担ぐ。
「駄目そうな時は意識だけでもベットへ倒れ込むように。お願いね」
「了解したよ」
合図と共にアレンを足で立たせる状態にする。後はアレンが腕の力を抜いて直立出来るかどうか。
少しだけいつもと違う雰囲気のアレン。穴の研究をしている時とも違う。緊張……するのかな、この人は。
肩にかかる力が抜けたのが分かる。アレンは先程と同じ目線の高さ。だが直ぐにベットへ倒れ込む。
「大丈夫、アレン?」
「久しぶりに高度六十センチクーリルを超えた気がするよ」
「冗談を言えるなら大丈夫だね」
「冗談ではないんだけどなぁ」
ははは、と笑うアレン。鈍くはなってはいるけど、歩行が可能になるかもしれない。以前と同じようにかと、問われれば分からない。
「足で立つというのは大変な事だったんだねぇ」
「歩けない人が言うと重みがありますね」
「そうでしょ? 足を動かせなくなるような事が起きないのが一番だけどね」
「ごもっとも。ね、ケイト」
返事はこない。いつもより目を見開き、硬直している。ちょっと怖い。呼び掛けても反応なし、手を振っても反応なし。どうしたものやら。
「人間、自分の想像範囲を超えると固まってしまうんだね。ケイトも例外ではないようで安心したよ」
「そういう問題ですかね。流石にここまで反応が無いと心配になってくるのですが」
「なら触れてみればいいんじゃない? 頬っぺたとか」
心配になりケイトの頬を触る。暖かくてサラサラとした肌。オフコウ山での出来事を思い出す。
しばらく触れていると、目が動き、視線が合う。こちらが驚いてしまい指に力が入る。少しだけ沈む指先。埋まるケイトの頬。
「ぷっ、あははは。ケイト、面白い顔をしているよ」
「ケイトがしている訳ではない」
「ご、ごめん!」
慌てて頬から手を放す。変顔をさせてしまった。でもとても柔らかかった。
「平気、驚いただけ」
「僕も驚いた。ケイトがそんなに表情を変えるだなんて」
「アレン」
「ごめんごめん。でも驚いたのは本当。久しぶりに足に力が入る感覚を体験したよ。嬉しいものだね」
「大見え切った手前、成功してよかったよ」
「失敗すると思っていた?」
「それなりに。アレンやケイトと違って都合のいい頭をしているからね」
でも、アレンの足に触れた時の感触。少しばかりではあったけど筋肉は付いていた。
隠れて訓練をしていたか、それともケイトや看護師の人に手伝ってもらっていたのか、真相は本人たちぞ知る。
「こんな感じで足を締め付けて。キツすぎるのも良くないからその都度、触れて感覚を覚えてね」
「了解した」
ケイトにテーピングの方法を伝える。立てると分かればナツオさんに頼んでおいた器具が役に立つ。これからは厳しい日々が続くが、頑張れお兄ちゃん。何度も実験台にされて流石に疲れているけど。
日が暮れて、面会時間もそろそろ終わる。続きはまた今度にする事となり、ケイトと帰路へ。
しばらく歩くと立ち止まるケイト。昼前にも体験した記憶がふとよぎる。
「ハルト」
「何、ケイト」
返事は直には来ない。ただじっと、こちらを見つめている。夕焼け色に染まるケイトの姿が神秘的に見える。
何かを伝えようと、伝えようとする言葉は私にだって分かる。でも、この場合は素直に待つべきなのだろう。
長くて短い時。もうしばらくこうしていたい。意を決したのか、ケイトの口が開く。迎え入れてきちんと返さなければ。
「ありがとう。ハルト」
「どういたしまして」
ごく当たり前のように夕食の話になるが、襲い掛かる睡魔には勝てず。途中で分かれる事になった。心なしかケイトが寂し気に見えたのは……気のせいでは無いと思う。私は寂しい。
宿に戻り、そのまま布団に顔を埋める。一泊二日の大冒険。今になって身体が悲鳴をあげている。体力作りをしても中々こちらの標準値には達していないなと身体中で感じる。
微かに聞こえるノックの音。寝ぼけながらも答える。扉を開けて入ってきたのはレオナさんだ。
そうだ、約束をしていた。もうそんな時間なのか。月明りに照らされるレオナさんはとても美しい。それも、直に消えてしまったが。
「ハルト。寝ていたのか?」
「すみません。布団に顔を埋めていたら寝てしまったようです」
「大丈夫か? 今日はそのまま寝たらどうだ?」
「いえ、折角のお誘いですから。事の顛末もお伝えしておきたいですし」
布団から脱却して背伸びをする。骨の鳴る音が聞こえる。変な体勢で力尽きたせいだろう。
待たせていたレオナさんに準備が完了した事を伝える。ついてきてくれ。言われた通りに後ろをついていくと、そこには酒場があった。
「ザラ。待たせたな」
「レオナ。ハルト君は起きていたかしら?」
「いいや、ザラの言う通り。布団で力尽きていたよ」
どうやらザラさんには読まれていたらしい。少し照れ臭い。カウンター席で二人の間に座らされる。この布陣ですか。体験する逃げ場のない酒場。
昨日の出来事を簡単に二人に説明をする。ケイトとチカに慰められていたのはもうバレているのでそこについても。
「そう……七十年前の時にこちらにいらしていたのね」
「はい。亡くなった理由についても。あの文だけでは、はっきりとした状況は分かりませんが」
「確かに、推測や憶測だけで決めるのは悪手だな。だが私達の世界の住人を守ってくれた事には間違いない」
「そうね。それじゃ感謝の意味を含めて、乾杯しましょ」
樽ジョッキではない、グラスでの乾杯。
おじさん、こんなに素敵な人達に感謝されるなんて幸せ者だね。見つけたお礼に何か良い事を起こしてくれてもいいんだよ。
「そうだ。ハルト君が無事に目的を達成できたのだから、いっぱい褒めてあげなくちゃね」
ザラさんの方に顔を向ける。そうだった、ザラさんのご褒美が待っている事をすっかり忘れていた。アルコールで艶やかな雰囲気を醸し出しているザラさん。
いまから無茶苦茶に褒められる。これは大人への第一歩、今の自分を超えてみせる。ありがとう、おじさん!
ザラさんから差し出される手。置かれた場所は頭。うん、ちょっとだけ予想できた。両手でわしゃわしゃとされたり頬っぺた摘ままれたり。
これはひょっとして酔っ払いに絡まれているだけなのでは。でも幸せ。チョロイ自分はそれなりに好き。レオナさんはその光景を見て苦笑い。でも止めない辺りは楽しんでる。
酔っぱらったザラさんにむぎゅーとしてもらった翌日。唐突に表れた彼女に起こされる。
「アンタがハルト!?」
「はい、はるとです」
「あのジジイについて知っている事があるそうね! 呼び出したのだから全部教えなさい!」
寝ぼけ眼で見つめる先には、サブジーの事について聞いてもらいたい人物の一人。ナオミさんが立っていた。