あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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第26話

 本日のイジツは曇り空。もしかしたら雨が降るかもな。街中で出会ったナツオさんが嵐にならない事を祈っていた。

 

 先日のレオナさんのお説教はとても長かった。無論、心配をしてくれてのお説教なのは重々承知なので反発なんかできない。

 ザラさんがなだめてくださり、しばらく反省をさせる為に直立不動の命令が下される。

 その最中にまたコトブキ飛行隊の名前が出るが、その言葉が口から出てきた時のレオナさんの視線は私に向いていた。

 名を貶めるな、その時はキリエに向けられていたから間違いない。こういう所もコトブキの皆がレオナさんを慕う要素なのだろうと思う。うっかりさんな意味で。

 そうだ、思い出した事ある。先ほどアレンに伝えられた事をレオナさんに伝える。

 私、そろそろユーハングに帰ります。一瞬、空気が固まり隣から驚きの声があがる。

 

「ハルト! 帰るの!?」

「はい、帰ります。二ヶ月後に同じ場所で穴が開くそうです」

 

 なんだ、今すぐじゃないのか。安堵のような溜息を聞いて私は幸せ者だなと実感する。私を心配してくれる人達がイジツにもできました。

 眉間に皺を寄せてお説教をしていたレオナさんの顔は戸惑いに変わり、私に何かを伝えようとしている。だが、ろくろ回しをする仕草から先に繋がらない。ザラさんからのフォローが入る。

 

「まだ先の事じゃない。そろそろラハマに落ち着いていられるのかしら?」

「はい、目的とお節介まで焼けましたので帰るまではずっとラハマに居られる予定です」

「そ、そうか。ならよかった」

 

 レオナさんが一度喉を鳴らして取り直し。

 

「コトブキ飛行隊に仕事が舞い込んできてな。明後日ラハマを出発しなければならないんだ」

「えっレオナ、私聞いてないよ」

「昨日の事だからな。賛成五、反対ナシ。キリエには反省の意味も含めて今回は着いてきてもらうぞ」

「そんなぁー」

「それが嫌なら必ず一言は私に伝える事。いない人間にどうやって採決を取れば良いのだ?」

「ごめんなさーい」

「キリエの仕事っぷりに期待してるぞ。よし、この話はまた後日だ。ハルトもマダムにご心配おかけするような行動は控える事」

「ごめんなさい」

 

 レオナさんの手が伸び、ごく自然のように頭に置かれる手。ちょっとだけわしゃわしゃ感が強い。

 キリエもして欲しいみたいですよ。そう伝えるとレオナさんはもう片方の手でキリエの頭をわしゃわしゃする。

 昨日の今日で色々とあったから気晴らしになればいいのだけれど。

 

 

 こうして迎えたコトブキ飛行隊のいないラハマ。心なしか静けさを感じてしまう。とはいえ私のする事はアレンの手伝いであり、アレシマ・イケスカに旅立つ前のような頃に戻っただけなのである。

 

「いやぁー静かだねぇ」

「思っていても口にしますかね?」

「嵐の前の静けさ、ってやつかもよ」

「やめて、その手の話は口に出すと本当に起きるから」

 

 確かに。他人事の様に笑い出すアレン。少し腹がたったので揉んでいる足を抓る。遅れて反応がある。焦らずに治しましょうね。

 ユーハングの事、穴の事、会話の材料になる事はいくらでもある。最近の出来事ですら濃厚過ぎた。自分でも再確認するように言葉にして喋る。

 

「ハルトと出会ってから、ケイトは本当によく表情が変化するようになった」

「もう少し分かりやすくなると良いのですけど」

「表情筋がまだ追いついていないんだと思うよ。それでもハルトにもケイトの表情は分かるんだろう?」

「分かろうと努力をしていますから。内に秘める喜怒哀楽が大きい事も」

「あまり嫉妬にかられるような事を起こさせないで欲しいなってお兄ちゃんは思います」

「身に覚えがあるので気を付けます。お兄ちゃん」

 

 また二人で笑う。日が暮れて夜の帳が下りる。そろそろ帰るね。そうアレンに伝えたと同時に鳴り響くサイレンの音。一体なにが。

 

「あーごめんね。変な事を言ったせいで本当に嵐が来たみたいだ」

「どういう事? これはなんの音?」

「ラハマに敵がやってきたって事さ。その内マダムから連絡が来るだろうし、しばらくここにいたら?」

 

 イジツに来てから初めての戦闘。心がざわついて落ち着かない。

 失礼な話になるけど自警団だけで追い払えるのだろうか。不安が募る。

 

「大丈夫だって。以前にも空賊がラハマを襲撃してね。色々とあって空賊は更生して和解に至ったんだ。その内の二人はラハマにいるよ、ってその話は置いといて。そのおかげでみんな自分の事は自分で守るって意識が高まったんだ。自警団の他に街中には対空機関砲も。そんなわけで僕らは大人しくしていた方が彼らの邪魔にならないって事さ」

 

 アレンが私の手を握ってそう伝えてくれる。握り返して深呼吸。ふぅと息を吐き出すと少しだけ落ち着けた。

 

「ありがとう。アレン」

「どういたしまして。ほらきた、マダムからの取り次ぎ電話」

 

 看護師さんに呼ばれてアレンを車椅子へ移動させ、電話のある場所まで連れて行く。何度かの相槌の後に置かれる受話器。

 

「気になる事があるから二人とも至急きてほしいってさ」

「私も? やっぱり震電絡みかな」

「さぁ? 気になるなら尚の事。向かった方がいいんじゃないかな」

 

 車椅子を押してマダムの元へ。街中に響くサイレンがいつものラハマの空気を一変させている。夜でも賑やかな町に。あの美しい星空は見えない。

 

「待っていたわ」

「お待たせ致しました」

「空賊が出たんだって?」

「所属不明機を空賊と呼ぶならそうよ」

「不明機?」

「分かっているのは複数の機影をレーダーが捉えただけ」

「それだけを理由に僕らを呼んだわけじゃなさそうだね。何か思うところがあったんじゃないのかな?」

 

 マダムがキセルに口を付ける。ゆっくりと吐き出される煙。喫煙を好まれるのは存じておりましたが、実際に見る姿は初めてである。

 いままでは気を遣ってくれていたのだろう。その状態でないという事は。

 

「嫌な予感がするのよ。羽衣丸が占拠された時のように」

「えーっと……つまりどういう事でしょうか?」

「この部隊は囮の可能性があり本体は別にいるかもしれないわ」

 

 本体が別。つまりレーダーの捉えている機影よりも更に現れると。私でも分かる。これは大変な事になると。

 

「うーん、自警団の質と量。町との連携による対空機関砲だけで追い払えるかなぁ」

「相手の目的次第よ。あの時は正体を隠したイサオ所属の者達が羽衣丸を占拠、イケスカ防衛という大義名分の元、墜落させる事が目的だった。では今回は何かしら」

「震電。で間違いはなさそうだね。やっぱり強奪かな?」

 

 何かあるとイサオさん。悪い出来事が起こるとイサオさん。震電も元はイサオさん。あの人は本当に好き勝手この世界で動きまわる! 

 これを解決できないのならこの先もイサオさんが決めた事に従えという事か。

 

「イケスカで執事さんに会った時に言われました。イサオさんを盲信する連中がいると」

「……元イサオ所属の残党とでも呼べばいいかしら」

「現在もイサオ所属だと彼らなら思っているだろうね。いやはや、コトブキがいない時に大変な事になってきたなぁ」

 

 また他人事のように笑う。町に被害が出れば自身にだって危険が及ぶかもしれないというのに。

 

「いないから襲ってきたのでしょう。仕事を与えてラハマから離した可能性もあるわね。忌々しい」

「それでハルトはどうしたい? 奴らに震電を与えれば町の被害は最小に収まるかもしれない」

 

 イサオさん所属の人達に震電を引き渡す。そうすれば被害は最小限で済む……訳が無い。引き渡してその後の保証は誰がする。

 ラハマはイサオさん側からすれば忌むべき町。オウニ商会とコトブキ飛行隊が本拠地としている町だ。

 イサオさん本人の意思はともかく盲信するような連中がそのままハイさようならをする訳がない。

 結局やるべき事は一つだ。これさえもイサオさんの手の内であれば乗り越えなければならない壁だ。

 

「奴等に震電を与えるつもりはありません」

「ならどうするつもりかしら。このまま本当に本体が登場したら震電は強奪されるわ。町にはついでと言わんばかりに被害を与えていくでしょうね」

「私が震電で出撃をします」

「実戦経験もない貴方が? 出撃してどうするのかしら。まさか敵機を撃ち落とすとか言わないわよね」

「私が戦闘行動をおこしても直ぐに落とされるのが目に見えています。それでは引き渡すのと結果は変わりません」

「では何をするのかしら」

「震電の性能に頼り誰の手も届かない場所まで飛ぶ事です。このまま自警団と町が敵機と交戦状態に陥ればそれさえも叶いません。街に潜伏中の残党が震電を強奪をする可能性も捨てきれません。このまま相手の計画通りに進まされるぐらいならば」

「先に出撃して震電を逃すと。仮に残党が潜伏しているとしても自警団と共に震電が出撃する……奴等にとっては一番の奇策かもしれないわね」

「上は寒いよー。酸素は薄いし気圧は下がる。飛んでいるだけでも想像より辛いよ」

「戦えない私が足を引っ張らずにいま出来る事はこれぐらいです。辛さなら我慢します。結局、皆さんに甘えるって話しですが」

 

 キセルの灰を落とす音と共に姿勢を整えるマダム。

 

「私の予感から始めた推測よ。まだ決まったわけじゃないわ」

「マダムの予感。アレンの推理。コトブキのいないラハマ。置かれたままの震電。疑うには十分だと」

「用心して進めておくに越した事はないね。もし大当たりなら忌々しい奴等に一泡吹かせてやれるかもよ」

 

 アレンがマダムに言い放つ。二人とも悪そうな顔をし始めた。ひょぇぇぇ。

 

「ハルト、貴方に依頼よ。今すぐ震電に搭乗して上空に避難してちょうだい」

「分かりました」

「アレン。貴方はここで相手の動向を可能な限り推測して。最悪の事態を想定してね」

「ほいほいー」

「あとは酒場に飲んだくれてる奴等も使えば数にはなるでしょう。時間がないわ。今すぐ行動して」

 

 

『いやぁーハルト君も大変だねぇ』

「すみません、町長。こんな事態を呼び起こしてしまい」

『いやいやハルト君だけのせいではないよ。こういう事がまた起きてもいいようにみんな訓練を続けてきたのだから』

 

 現在の高度は約六千五百クーリル。下を覗けば層積雲。こんなに高い位置に来るのは久しぶりだ。

 イサオさんとの訓練にキリエに追い掛けられたあの頃を思い出す。

 マダムが不安定要素を一つずつ潰した結果。町長も雷電に乗って駆り出される事に。

 ラハマへと近づく所属不明機に今も自警団が応答を呼び掛けている。

 

『こちらはラハマ自警団。所属不明機に告ぐ。直ちに所属を伝えよ。警告に従わない場合は撃墜も辞さない』

 

 所属不明機の数は八機。四機を一つの編隊にしてこちらに向かってきているようだ。

 

『クソ、曇り空のせい空が暗すぎる。相手の機体が良く見えない』

『我々の仕事は偵察だ。確実に視認できるまでは焦るな』

 

 時折、無線を通じて自警団の声が聞こえる。所属不明機側に赤とんぼが一機。ラハマ近郊にそれぞれ一機ずつ偵察の為、飛んでいる。

 

『所属不明機。直ちに所属を伝えよ。これ以上の進行は敵とみなし撃墜するぞ』

 

 尚も返答のない不明機だったが、突如、散会を始める。

 

『こちら赤とんぼ一号! 機影を確認! 機体は疾風! 黒塗りの疾風だ!』

『マダムからの情報通りか……。全機に告ぐ。相手はイサオの所属部隊だ。絶対に一対一で戦うな。突出するな。地上と連携を取っていくぞ』

『おう! 自警団の魂見せてやるぜ!』

『コトブキ無しでは何も出来ないと思われたら心外だからな。追い払う事ぐらいはしてみせるさ』

『ここでラハマに被害が発生したら鍛えてくれたチカ姉さんに顔向けができねぇ!』

『傭兵部隊、こちらの事は任せてくれ。マダムからの情報通りなら……』

『こっちに本命が来るってわけか』

『アドルフォ、敵機が偵察をすり抜けてくる可能性だってある』

『はいはい分かってるよ。ちゃんと前見て操縦してるよ』

『ここでコトブキに助けられた恩を返せないで何がエリヰト興業だ! 野郎共! いくぞ!』

『アンタ、油断せずに』

 

 所属不明機と自警団が交戦を開始する。町からの対空砲火が噴きイサオ部隊に向けて放たれる。相手は率先して自警団に対して攻撃を行おうとはしない。

 

『空を眺めながら交戦とは暢気な連中だ』

『高嶺の花ほど見つめたくなるものさ。油断している間に数を減らすぞ』

 

 一部の機体は急上昇を始め、震電に対して機銃を放つ。手に入らないなら破壊するつもりなのか!? 

 疾風ではこの高度まで届かない事は無線で通達済み。それでも機銃を撃たれれば当たる可能性は十分。

 こちらも再び上昇を開始して高さを利用して逃げる。自分の想像とアレンが言っていた以上に厳しい。

 

『おいおい。敵さんあんな場所からケツを追いかけに行きやがったぞ』

『ふざけやがって。眼中にねぇってか』

『焦るな、震電を狙いに行った機体が下降した時を狙えばいい』

 

 自警団団長が冷静さを保つように呼び掛けている時。イサオ部隊の一機が主翼から火を噴く。

 

『敵機から火が出てるぞ』

『誰だ!? 誰が当てたんだ!?』

『町長だ! 町長が一機撃墜!』

 

 雷電に乗った町長がイサオ部隊を一機撃墜。震電を狙い機銃掃射をしていた一機が推力を失う。それを逃さずに機銃を当てる町長。

 

『ラハマの貴公子をなめるなぁぁぁ!!』

 

 

『あちらは楽し気で羨ましいよ』

『アドルフォ』

『そうはいうがよ、フェルナンド。余りに音沙汰がなさすぎるぜ』

『何も無ければそれに越した事はない。マダムからは報酬は頂いているのだから』

『そりゃそうだがよぉ』

 

 ナサリン飛行隊の二機、エリヰト興業の四機が自警団とは反対の位置を飛行している。あちら側が陽動部隊だという事を考えてだ。

 赤とんぼが偵察で先行しているが、現在の所は報告は無い。

 

『俺たちも早いところ四機編成に戻りたいぜ』

『その為にも今回の仕事を成功させなくてはな』

『あぁ、傭兵は信用第一だからな』

 

 二人の会話に割り込むように無線が飛ぶ。

 

『こちら赤とんぼ四号! 機影を確認した! こちらから来る機体も黒塗りの疾風! 数は十以上!』

『噂をすればなんとやらだ』

『我々の目的は防衛だ。数では劣っているが地上からの援護もある。エリヰト興業、よろしく頼む』

『おう! 任せておけ!』

『こちらこそ、お願いします』

 

 イサオ部隊と傭兵部隊が交戦を開始するかと思われた、だが相手はそのまま直進を続ける。一部の敵機はすれ違い様、後方射撃を受け墜落していく。

 

『おい! どうなってやがる! 俺達をまるっきり無視かよ!?』

『わからん! 自警団! そちらに敵機が向かっている! 我々を無視してまでの強行軍だ!』

 

 

『震電は遥か上空へ。もはや我々の手に届かない場所にいる』

『相手の方が上手だったという事か』

『コトブキを引き離したまではよかった。だが地上からもなんとかするべきだったな』

『それは我々の矜持に反する。盗人共と同じ扱いはゴメンだ』

『あぁ。それに我々の目的は震電以外にもある。この日を逃せば二度は無い』

『イサオ様の震電が手に入らないのであれば破壊するのみ。もはやあの震電は我々の敵だ』

『その為にも空に舞うあの震電を引きずり降ろし破壊せねばならない』

『あの震電を、町を、全てを』

 

 

 無線から各方面に飛んでいる他の赤とんぼからの報告が入る。こちらは外れを引いたようで何も見当たらない。

 

『残念ながらこちらは外れか』

『仕方ない。だが戦闘が終わるまでは持ち場を離れずに警戒を続けるぞ』

『了解。帰ったらアイツラに奢ってやるか』

『新婚の嫁さん泣かせるような事はするなよ』

『ははは、裏切り者に乾杯だ』

『まったく……おい、何か聞こえないか?』

 

 辺りを見回すが何も見当たらない。いくら層積雲があるとはいえ全てが見えない程、暗いわけではない。

 

『機体が震えているぞ!』

『どういう事だ、とにかく連絡を』

『おい! あそこを見ろ! 雲の切れ目だ!』

 

 あれは!? 馬鹿な!? 雲の中を飛行し続けてきたとでもいうのか!? 

 

『こちら赤とんぼ三号! 雲の中に爆撃機が一機! 以前ラハマを爆撃しようとしたあの大きな機体。富嶽です!!』

 

 

 富嶽。イサオさんがラハマに向けて送り込んだ大型の爆撃機。本人曰く超でっかくて快適な爆撃機! 

 それなら爆弾積まないで物資や人でも運べばいいじゃないかと言った記憶がある。今こうして実物を目にしている。

 自分の遥か下方に想像し難い大きな物体がプロペラを六つも回して飛んでいる。あんなに大きいモノじゃ滑走路が足りないですね。ごめんねイサオさん。

 ラハマへと近づく富嶽。周りには護衛機すら存在しないというありえない状況が目の前で起こっている。衝撃と戸惑いは隠せない。

 だが分かる事は一つ。私がここで富嶽を落とさなければラハマに甚大な被害が出るという事。

 赤とんぼ三号からの連絡後、イサオ部隊は息を吹き返すように動き始めた。自分達の事などどうでもいい。ただ富嶽に敵を近づけさせなければと。

 事実、いま飛行中の戦闘機では最も早い疾風に搭乗している彼ら。富嶽に向かおうとした機体を確実に落として自警団、傭兵部隊を足止めしている。

 その中で疾風を振り切れてかつ、自由に動ける機体。つまり私と震電である。

 

「私がやらないといけないんですかね!?」

『そうだねぇ、ここにきてようやく震電の性能が見られるね。僕は嬉しいよ』

「性能って! 嬉しいって! アレン馬鹿かな!?」

『あはは。今のハルトの喋り方も嬉しいなぁ。日頃からそう喋ればいいのに。もっと魅力的になるよ』

「嫌なこった!」

 

 性能などと言われても。そもそもこの震電はオリジナルとは程遠い、異質同体、キメラである。曽祖父が……うん、楽しそうにエンジンと機体を弄り倒してたわ。イサオさんと一緒に。

 

『こうして補助役をしてあげるから、可能なら落としてよ』

「可能ならって落とさないとラハマの町が吹っ飛ぶでしょう!?」

『そうだね、なかなか景色が良い町になると思うよ』

「駄目じゃん!」

『駄目じゃないよ。これは前回の爆撃があった時の出来事の再現。コトブキ飛行隊がいない自分達の現状さ』

「だとしたら余計に!」

『ハルトはきっと自分のせいだと思っているだろうね。それは違う。逆に今、ハルトがいてくれたから富嶽撃墜の機会があるのさ』

 

 見透かされている。

 

『まっ落とせなくても気にしないでって事さ』

「気にするよ! せっかく慣れてきたのに!」

『おや、ラハマを気に入ってくれたのかい? 嬉しいな』

「当たり前でしょ! 思い出たくさん夢いっぱいだよ!」

『なら頑張ってもらうしかないね。ん、マダムが一言あるそうだよ』

『ハルト、聞こえているわね』

「は、はい! 聞こえています!」

『建造中の羽衣丸に傷一つ、つけたら許さない』

 

 羽衣丸。街中より外れで建設中なのは記憶にある。ロマンの塊みたいな飛行船だから。

 富嶽の方向を考えると……当たる。どう考えても。つまり落とせと申している。

 

『死んでも落とせってさー』

「流石に分かるわい!」

『いいかいハルト、君のいる高度は爆撃機に対して優位な位置にいる。相手を追うようにしながら下降して、上から主翼を撃つんだ』

「主翼。主翼ね」

『そう。どちらか片方だけでいい。上空から攻撃した時に当たった側を集中して狙うんだ』

「片側。片側」

『その後は失速するような機動をとらない事。追いつけなくなっちゃうからね』

「ほいほいほい」

『機銃に気を付けて、下腹部にも何基か設置されているから』

「お腹に機銃ね」

『後はお尻を追いかけて主翼にあるエンジンを止められればおしまい。簡単でしょ』

「どこがですか!?」

『あはは、さっきも言ったけど。止められなくても恨みやしないよ』

「先程のマダムの声、凄い圧でしたよ!?」

 

 喋っていたら少しだけ落ち着いてきた。下方には富嶽、雲は切れ目。攻撃を開始するには今しかない。

 

「それじゃ行ってきますよ!」

『いってらっしゃい。気を付けね』

 

 震電を下方向へと向け加速し過ぎないように調節をしながら富嶽へと近づく。

 相手の射程距離に入ったのか、機上からの雨のような銃弾がこちらに向けられる。横切るだけの弾が防風越しからも音をたてて通り過ぎる。

 まだ、射程距離に入らない。一方的に撃たれ続ける状況だがこれを耐えきらなければならない。

 身体に感じる重力はイサオさんの後ろに乗っていた時よりも数段マシだ! 

 射程圏内に入り照準器に富嶽を収める。実践で機銃発射装置を押し込む日が来るとは。指に伝わる感触と共に放たれる四門からの機銃。命中確認もできずに横を通り過ぎる。視界が悪いせいで大きさの把握しきれない。衝突しないように距離が開いてしまう。

 

『命中。プロペラ一つの停止を確認。ハルトからみて左側が当たったよ』

「左ね!」

『万全を期すなら、あとはもう二つかな。頑張って』

「ありがと!」

 

 機体の操作を行い失速を出来る限り止める。それでも少し距離が開く。スロットルを押して追いつくまでの間も富嶽からの機銃が放たれる。

 

『富嶽のラハマ到達まで残り二十キロクーリル』

 

 可能な限り近づき後ろから追い抜くようにして富嶽を撃つ。当たっているはずなのに止まりやしない。

 

『残り十五キロクーリル』

 

 震電の速度には余裕があるはずなのに。弾は当たっているはずなのに止まらない。

 

『残り十キロクーリル』

 

 私の能力ではここで止めなければ。再び震電から放たれる機銃。四門のどれかが主翼に当たり富嶽から火が出る。よしこれなら、そこで油断をしてしまった。

 富嶽の中央腹部から放たれた機銃は、通り過ぎるほんの一瞬に震電のエンジン部分に突き刺さり機体に衝撃が走る。

 初めて味わう感覚と共に身体が後ろに引っ張られる。前のめりになっていた頭を後ろにぶつけ意識が飛び始める。

 何かが聞こえる。多分アレンの声だ。走馬灯か、最近の出来事が頭を過っていく。

 イジツであった出来事。お世話になった人達。コトブキ飛行隊のみんな。ケイト。キリエ。そこに現れる誰かさん。うるさい。やかましい。イサオさんの飛び方なんて。飛び方なんて!! 

 

「貴方にしか出来ないよ!!!」

 

 機首を思いっきり上げてエンジンを絞り失速したまま上方向の体勢を維持する。その上を富嶽が通り過ぎる瞬間に機銃を放つ。

 何か衝撃を感じるが確認する事ができない。なによりも脱出をしなければ。

 機体はそのまま宙返りになり最後の力を振り絞り水平飛行になるように操縦桿を操作する。

 プロペラを搭載されている爆薬で破壊に成功を確認。パラシュートを装備して防風を開け勢いよく飛び出す。

 私の目の前には二機、墜落していく機体が見えた。富嶽と震電。どちらもイサオさんの夢のような機体が地面へと落ちていく。

 感傷に浸りたいが地面が近づいてくるのを思い出す。パラシュートから着地ってどうやるんだっけ。教わってないよ! 嫌な音と衝撃で今度こそ、意識が飛んだ。


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