相も変わらず、一瞬で脱出が出来ない穴の中。辺りを見回しても何も見えない。暗いから、では無くて自分の指先ぐらいしか視認できないのだ。それでも操縦桿を握りしめて真っ直ぐと。ほら、出口が見えてきた。
飛び出した先には、しばらく離れていた雄大な大地。畑や森林、そして曽祖父の家も見える。戻ってこれたんだなぁ……。
あの滑走路に向けて着陸態勢に入る。イジツからユーハングへ。震電から隼へ。変わった事もあるけれど。私は再び日本へ帰ってきたのだ。
停止した機体に近づいてくる人影、閉じ始める穴。届くか分からないけれど伝えたい。みんな、またね。
「ハルトォォォ!!」
「うあ、こわっ!」
「ジイサン近づきすぎだよ。ハルト君が怯えてるじゃないか」
「ハルト。元気そうでなによりだ」
「父さんも心配してたんだぞ」
「じーじに父さんまで、いつの間に」
「積もる話は後だ。土産話はたんとあるんだろ?」
「うん。そうだ、これだけは今伝えないと」
曽祖父に顔を向けるが、泣きじゃくって凄い事になっている。それを治めているのがイサオさんなのだから笑いますよ。どうしても。
「ひーじぃ、お伝えする事があります」
「なんだ。どうした。お前が無事なら私は」
「あーはい。それは長くなるので。ひーじぃの弟さんのお墓をイジツで見つけました」
見開かれる目。もう涙とか色々なモノのせいでぐちゃぐちゃだよ。
「そうか……そうか……」
「詳しくは家に入ってからね。じーじ、父さん、イサオさん、隼を車庫まで押すのを手伝ってほしいな」
協力もあって何とかナツオさんの隼を収める。あれ、車庫でっかくなってない? なんか隼の数も増えてない? どういう事? 疑問が湧くが一旦家に入る。あぁ懐かしい。帰ってきた感が凄い。
曽祖父に事の顛末を伝える。お墓のある場所。死亡理由。お世話になった人達。その度に涙を拭う曽祖父。祖父も父親もイサオさんでさえ私の話に耳を傾けてくれた。
「式守家の悲願を達成させるのがハルトとはなぁ」
「この子はやれば出来る子だ。じーじは最初から知っていた」
「それなら父親の俺にだって分かるさ! ハルトはやれば出来る! 俺の愛する妻との子だぞ」
めちゃくちゃ褒められる。そもそも二人とも知っていたのか。
「昔な。それでじーじは海から」
「父さんは空から探すかって事になったんだよ。強制ではないけどな。ハルトが始めた時と同じようなものだ」
こういうところは何も言わずとも似るんだなぁと思う。
「そうだ、イサオさん。執事さんから言付を預かってきましたよ」
「まださん付けで呼んでいるのかい?」
「もう癖なので気にしないでください。見ますか?」
「見る見る! 僕のお便りの返信だよね!」
「そうです。ちょっと待っててくださいね」
スマホを取り出してと、せっかくだからみんなで見ようよ! とのイサオさんからのご提案なのでモニターに接続して完了。再生しますよ。
『よいしょ、と。これで撮影が始まっていますのでどうぞ』
『イサオ様。お久しぶりでございます。言付、こちらにいるハルト様から確かに受け取りました』
『私も映らないと駄目ですかね』
『駄目でございます。むしろ、そちらの年増がなぜハルト様の横にいらっしゃるのかが不明ですが』
『ハッこれはイサオが見ているのでしょう。私がハルトを此処まで連れてきてあげたのよ。感謝しなさい』
『やれやれ。事のついでに来ただけでしょうに恩着せがましい。先ほどまでハルト様の手を掴んでいた、しおらしい年増はどこへ消えたのやら』
『いい加減、年増年増とうるさいわよ!』
『自覚があるのでは』
『ないわよ!!』
「ハルト。お前はこういう女性が好みなのか?」
「じーじは良いと思う」
「まさかユーリア議員を使うとはねぇ。ハルト君もなかなか隅におけないね!」
「やかましい! 素直に見てれ!」
『シン・ブユウ商事につきましては計画通り進めてさせていただきます』
『あ、あんまり大げさにならないようにして欲しいのですが』
『無理でございます。これでもイジツ一の企業ですので』
『どうだが、ハルトは手伝わないって言ってるわよ』
『化粧の厚い年増には聞いておりません』
『ひぃぃぃ!』
「トーチャン、この人いくつだと思う?」
「四十はいってないな。希望も含めれば三十四。一番アブラがのる時期だ」
「前に調べた記憶があるけど……忘れちゃった!」
「勝手に予想しないで! 怒られるのは私なんですよ!」
『イサオ様のご想像通り、現在イジツは闇鍋でございます。コトコトと煮込まれて爆発寸前とでもいいましょうか』
『盲信する人達もいるんでしたっけ……』
『左様。勝手にイサオ様の遺志を継ぐ等と申し上げ、暴れまわる戦闘機野郎の風上にも置けない奴等です』
『そのまま空賊とでも潰しあってくれりゃいいのよ』
『おや、気が合いますな。明日はイジツの終わりでしょうか』
『これぐらいで滅んでれば、今頃誰もいないわよ』
「その盲信する人達に襲われて私は足に怪我を負い、ボルトが入りっぱなしです」
「何と戦ってきたというのだ。ハルトは」
「えーっと……富嶽?」
「まさか! 富嶽を落としたっていうのかい! あれ作るの大変だったんだよ!?」
「人の身を心配してよ! 震電のおかげで助かったんだよ! ありがとイサオさん!」
『お互いに、準備期間が必要だとお伺いいたしました。ハルト様との協議の結果、一年後。再び出会える事を楽しみにしております』
『やる事がたくさんありすぎて頭が爆発しそうです』
『取るに足らない事ばかりでございます。ささ、こちらに署名を』
『ハルトに何させようとしているのよ!! 私の目の黒いうちは好きにはさせないわよ!』
『むむみみめむ』
『おや、今度は色仕掛けでございますか。婚期に焦る年増はこれだから』
「サイン。した?」
「その聞き方、絶対に執事さんからのモノに対しての聞き方じゃないよね! 父さん!」
「じーじはハルトが決めたなら賛成だよ」
「違うし! そうじゃないし!」
「それでハルト君。君はイジツに行って何か得たのかい。あの世界を目にしてなおイジツでも僕を手元に置いて使うつもりなのかい?」
イジツに行く前に出された問題の提出日だ。
「当然です。イジツだって丸い世界。月にはタヌキがいる世界ですよ! あのまま荒野だけで終わらせたら勿体ないじゃないですか! シン・ブユウ商事でもなんでも使ってイジツ全体の調査を行って可能性を広げるんですよ!」
「僕の所業を許さなかったり、襲ってくる連中も沢山いると思うんだけどなぁー」
「だからこそ、イサオさんをこき使うんですよ。戦闘機野郎に戻って私達の存在を許さない奴らは全て叩き落してください! 邪魔だから!! どうせちょっかい出してくるようなのは空賊でしょ!!!」
顔を下に向けて笑いを抑えるようにしているが、身体が震えているので全て分かる。
「面白くないと感じたら、反旗を翻すよ?」
「その時がきたらユーリア議員の足元にしがみついて踏まれてでもイサオさんを止めてやる! 謀反! ダメ! 絶対!」
「僕の足元にはしがみついてくれない? いっちゃやだーって?」
「おっさんのは、やだ!」
「足元にしがみつくよりサインをしてやる方が効果的だとじーじは思うな」
「やかましい!!」
今度こそ、腹を抱えて笑い出すイサオさん。息切れするまで笑う癖、治した方がいいですよ。そんな事で死んだら悲しいから。
「分かったよ。ハルト君がそこまで腹を括っているのなら。しばらく一緒にいてあげるよ。会長さん」
「ありがとう。イサオさん、退屈する暇なんてあげないからね」
「それは楽しみ。それで、ユーハングでは何を準備していくんだい?」
「ひーじぃ! こっちきて! 全員に聞いてもらいたいの」
再び全員が机の前に集まる。
「イジツ調査と穴の防衛にはお金がどうしたって必要です。イジツの物資に日本の知識と技術をプラスするだけじゃ足りないのです」
「それで会社を立ち上げてイジツのモノなりを売り捌いて手に入れた資金でモノを送り込む。違うか?」
「それぐらいしか思い浮かばないんじゃい!」
式守家の三人が笑う。ぐぬぬぬ。
「可愛い孫の為だ。じーじも手伝ってあげるよ」
「じーじ、大好き」
「待ちたまえ! 父さんだってやれば出来る子だぞ!」
「父さん、大好き」
「はいはいはーい! 手伝うって決めた以上は僕もハルト君を全力でお助けしちゃうよ! ブユウ商事でも何でも好きに使って!」
「本気で嬉しくて泣きそう」
私の孫を泣かせる野郎はどこのどいつだ。えぇ!? 手助けするって言ったのに!? ハルト君たーすけてぇぇぇー。祖父と父親に引きずられて消えていくイサオさん。ごめんよぉ。
「ハルト。そこまでする理由はあるのか?」
「ひーじぃをイジツにあるお墓まで連れて行きたい。イサオさんと一緒にイジツの可能性を見つけたい。コトブキの皆や大切な人を……」
「ほう。好きな人でもあちらに出来たか? その人を守りたいから頑張ろうとしているのか? そうかそうか」
納得するように頷く曽祖父。んぐっ……分かったよ! もう! 深呼吸をして彼女の姿を思い出す。私が頑張ろうとしている理由なんか、ただ一つ。
「キリエの事が大好きだから!!」
その昔、世界の底が抜けて、そこから色々な物が降ってきた。良いもの悪いものも、美しいものも汚いものも、色々な物があった。
そして今、再び世界は閉じられて私達は色々な物を失いながら、そして色々な物を受け取り、掴み取りながら生きている。生きていく。
ラハマ。
この町には最近、新しく出来た記念碑みたいな物がある。と、いっても町の隅にひっそりとだけどね。
それは戦闘機の主翼。そこに描かれているパーソナルマークはパンケーキ! ご丁寧にフォークまで刺さっている。この主翼と同じだね。大地がパンケーキ!
「はぁそんな事、考えてたらハルトのパンケーキが食べたくなっちゃったよ」
今はいない人。でも帰ってくると約束した人。絶対に。絶対にね。
こういう時はリリコさんにパンケーキを作ってもらおう。美味しいパンケーキがあれば明日も頑張れる! 軽く背伸びをすると視界に入る夕焼け。染まるイジツの空。また会いたい、あの人に向けて。
「またね! ハルト!」
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。