「ハルト君! 飛行機! 飛行機を見に行こうよ!」
「また唐突ですね、イサオさん」
「仕方ないよ! 不意に思いついたんだから!」
「思いつきかい!」
イジツに向かってxヶ月後、日本に戻ってくれば、相も変わらずイサオさんに振り回される日々。
今日はどうやら飛行機が見たい模様。
「そうなると空港かな。でも戦闘機は見れませんよ? 普通の旅客機になりますけど」
「いいのいいの。ハルト君の土産話に富嶽の話があっただろう? それで見たくなったんだ」
「なるほど。似ているといえば似ているのかな」
「今度、富嶽を作る時にユーハングのエンジンを積んだらどうなるのか、実物を見て想像したいんだ!」
「またアレ作る気なの!? ここに死にかけた人間がいるんですけど! ダメ! 絶対!」
ぶー、と露骨に不満げなイサオさん。
この人は行動力が凄い事は重々承知だが、原動力となる欲望が強すぎる。
プロペラ機の富嶽をターボファンエンジンに転換させたらどうなる? そんなのロマンじゃん……違う!
「格好いい夢なのは分かりましたけど、想像で収めておいてくださいよ」
「まっ、イジツじゃまだまだ生産なんて無理だろうしねー」
「その前にやる事がたくさんありますよ。それで、行くんですか?」
「行く!」
「それじゃ準備してください。もう寒さを感じられる季節ですから」
はーい。良い返事をいただいて、私も準備を始めようとするが、その前に伝えておかないとね。
「じーじ、イサオさんと一緒に空港まで行ってくるね」
「そうか、気を付けていってくるんだぞ。やはりバイクで行くのか?」
「風を感じたい派、らしいからそうだと思う」
「ははは、ハルトも大変だな。風邪をひかないようにこれを持っていけ」
手渡されたのは使い捨てカイロとお金。
「じーじ、カイロは有難く頂戴するけれど、こっちは金額が大きい気がするんだ」
「気にするな。行って帰ってくれば夜になるだろう。暖かい物でも食べてきなさい」
「うぅ……お言葉に甘えるね? ありがと!」
「ええでええで」
玄関先からイサオさんの声が聞こえる。もう準備終わったのか。急いでコートを着用して外へと向かう。行ってきます。行ってらっしゃい。
車庫というには余りに大きい建物。その中に私のおハヤブサー号と隼一型が二機並んでいる。一つはナツオさんからお借りした機体。もう一つは曽祖父が用意した物だ。
何故、隼が増えていたのか。答えとしてはイジツに向かう為の予備機の意味と、イサオさんと格闘戦をしたい人達の為であった。ほぼ父親が原因。
勝敗は言うまでもなく、イサオさんの全勝。
父親は感覚に慣れてないだけだもん。と泣き言。イーグルドライバーのガチ凹みを見てしまった。
レシプロもジェットも乗りこなせるイサオさんがちょっとおかしいのだ。
「ハルト君も、よくこんなに重い乗り物を動かせるね」
「慣れとしか言いようがありません。片足はつきませんし、なのでいつも通りお手伝いよろしくです」
「分かったよ。僕が運転出来ればいいのだけれど」
「免許どころか戸籍もない人間に乗せたら大変な事になりますから。駄目ですよ、イサオさん」
敷地内でイサオさんに運転させた事がある。
私が運転するよりも滑らかに動かされているおハヤブサー号を見て悔しい記憶が蘇る。あとは足。両足が着くって羨ましい。
二人を載せたおハヤブサー号のエンジンを始動させる。うん、今日も元気だ。それでは空港に向かいますか。
道中もイサオさんの騒がしさは変わらない。ヘルメットにレシーバーを装着しているので、お互いの声が聞こえる。
アレは何、コレは何、すれ違うバイクの人達に手を振ったりと大忙し。それでも、一人で淡々と運転していた時に比べれば賑やかで楽しいな。
休憩を挟む為に立ち寄ったお店で、ソフトクリームを買って食べたり。寒いのに何故か食べたくなるんだよね。不思議。
イサオさんが一口! と申し立てをしてくるので差し出したら、ガブッっと食われた。オッサンてめぇー!
「いやー満足満足。寒い日に食べる冷たい物も格別だね!」
「私のは半分ぐらい誰かに食べられてしまったのですが」
「それは大変だったねー」
「イサオさんのせいでしょうが!」
掴みかかろうとするが、イサオさんには手が届かない。出す手は全て弾き返される。やはりイジツ人の身体能力は半端ないと実感する。
じゃれあいにも似た抗議をしていると、上空に飛行機を見かける。私達が向かおうとしている空港にでも着陸するのだろうか。
「良いよねぇー、アレ」
「イサオさんは戦闘機が好きなのでは?」
「勿論、自分で操縦出来るのが一番! だけどそれとは別の良さを感じるよ」
しばらく、二人して上空を飛行する飛行機を眺めていた。地上にいても伝わるエンジン音。綺麗な青空に映る飛行機。その後を追いかけるように続く飛行機雲。
世界は違うけれど、あの空に私もいたのだ。
空港に到着して、おハヤブサー号を指定の位置に駐輪させる。時はすでにおやつの時間。向かう先は展望デッキ。途中で白熊の人形がお出迎えをしてくれる。
辿り着いた矢先、飛行機が一機、離陸準備に取り掛かっていた。丁度よいタイミングだ。
「ハルト君! はやくはやく!」
「焦らなくても逃げやしませんって」
「それでも! こういう一連作業を見てからの離陸はまた違った楽しさが感じられるよ!」
確かにそうかもしれない。私を置いて颯爽と一番良い場所に陣取り、フェンスを掴みながら飛行機を眺めているイサオさん。
イサオさんが手を振っていると、飛行機のパイロットさんがこちらに気づいて、手を振り返してくれた。
「こっちに気づいて振り返してくれたよ! ハルト君!」
「貴重な体験が出来て良かったですね」
そう言いながらイサオさんの横に並び、私も手を振っている。展望デッキには私たち二人しかいない。この状況もかなり珍しい。
飛行機からタラップが離れて行き、小さなタグ車が飛行機を後方へと押し出す為に移動を始める。
指定位置まで飛行機を移動させた後にトーイングバーを飛行機から取り外すし、タグ車は安全な位置まで移動を開始する。
飛行機が滑走路に向けてタキシングを始める。作業をしていた人達も手を振り見送る。つられて私達も手を振る。
滑走路の端まで進み、タキシングを終えたら、フラップの確認などを行っているのが見える。この辺りは同じなのかな。と思いながら見つめる。
この瞬間だけはイサオさんも何も喋らず、飛行機のエンジン音だけが周囲に響く。
全ての確認が終えたのだろう、レシプロ機とは違う、ジェット機の独特な吸い込むような音が鳴り響き始める。
徐々に加速を始める飛行機。一定速度に達した後に機首が上へと向けられ、ゆっくりと車輪が地上から浮き上がり、離れる。
車輪は収納され、後ろには陽炎が立つ。こうして、私達が見つめていた飛行機は大空へと飛び立っていった。
「大型の飛行機が飛び立つ瞬間って、どうしてこうもワクワクするんだろうね!」
「不思議ですよね。あんなに重たい物が空に飛び立たてるのか」
「富嶽を作り上げた時も感じたよ。戦闘機とはまったく別物。なのに何かが沸き立つ感覚。嬉しくてつい使っちゃったよ!」
「もう二度と使わないでください」
「えぇー、じゃあ今の飛行機みたいな使い方ならどう?」
「爆弾も、機銃も、装備していない富嶽ならいいと思いますよ。私もそれなら搭乗してみたいものです」
「イジツで機銃ナシかぁ。なかなか命懸けな飛行になりそうだね」
「まぁ一つの夢……よりも、目標にするのもいいかもしれないですね」
視線を空に向けるイサオさん。気が付けば夕暮れ時。辺りは赤紅色に染まり始め、一日が終わろうとしている。
スーツ姿にコートを羽織ったイサオさん。夕日を背にした状態でイサオさん自身も赤紅色に染まり、とても格好いい。
だけど、何かを考えている様子。
「ハルト君」
「なんでしょうか?」
「もし、僕がこのままユーハングに残る。と言ったらどうする?」
「いいんじゃないですか。このままここに居ても」
「簡単に答えるね! 結構、真面目に考えて発言したんだけれど!」
「私も至って真面目に返答していますが」
「まぁそうだよね。ハルト君はこういう時は即答するもんね」
夕日の方に身体を向けるイサオさん。私の目には背中が映る。
「ユーハングに来て、ハルト君達と出会ってから、しばらく離れた日もあっただろう?」
「私がイジツに行っていた間ですね。何かありましたか?」
「いいや、逆に何もなくて平和だったよ。平和過ぎて余計な事ばかり考えた」
「余計な事……ですか?」
「さっき言ったとおり、このままユーハングに居てもいいんじゃないかなってさ」
「独裁者がしおらしい事を言っていますね」
「独裁者って! まぁ否定はしないけどさ!」
「死に物狂いで生きていたのに、急に落ち着いた生活になって戸惑っているわけですか」
「そうだね。それを悪くないと考える自分がいる事に気づいてね」
イジツの世界で一大企業を作り上げ、自身もパイロットとして飛び回り、野望を達成する為には手段を選ばずに進んできた人。
こういうのは王道なのか、覇道というべきか。
「良かったじゃないですか、そういう気持ちもある事が知れて」
「良いのかなぁ、このままだとハルト君の手伝いをしてあげられなくなるよ?」
「あ、大丈夫です。シン・ブユウ商事の良い所だけ掻っ攫っていくので」
「ハルト君、空賊に転向したのかな!? ここって気持ちよく譲渡させる場面だよね!」
「まだ受け取ってもない口約束ですし、それに無いならそれでもいいと思いますけどね。私は」
「どうしてそう言い切れるんだい?」
再びこちらに身体を向けるイサオさん。眩しくて顔は見えない。だけど感じ取れるモノはある。
「だって、ブユウ商事で一番良いモノは既に受け取っていますから」
「震電? でもあれは富嶽撃墜で墜落させちゃったんだろ? 他に何かあったっけ?」
「イサオさんですよ」
辺りは静寂に包まれたまま。先ほどまで聞こえていた飛行機の音はもうしない。
「イジツにイサオさんはいなくても、ユーハングに戻ればイサオさんがいる。それだけで私は嬉しいです」
身体をこちらに向けたまま微動だにしないイサオさん。顔は相変わらず夕日で見えない。
しばらくの間、そのままの状態が続いたが、イサオさんがまた私に背中を見せる。
夕日が影を長く尖らせている。私はその後を追うようにしてイサオさんの横に立つ。
私たちはそのまま、夕日の光に包まれていった。
「イサオさん。寒いからそろそろ中に入りましょうよ」
「そうだね。ハルト君に風邪を引かせたら小さいジイサンに怒られちゃうよ」
祖父から貰ったカイロだけでは、内側は暖められない。自動販売機で二人分の飲み物を購入して、一つを手渡す。私は相変わらずコーヒーは呑めません。
「んんー暖まるねぇ。やっぱり寒い時は暖かい物に限るね!」
「行きとは逆の事を言ってませんか?」
「あの時はそういう気持ちだったのさ。今は暖かいのが一番!」
「否定はしません。その時の状況で気持ちは変わりますからね」
「だよねだよね!」
飲み物のおかげで、身体の内側から温まるのを感じる。飲み終わった缶をゴミ箱に入れる。
さて、帰るとしましょうか。出口に歩き始めるが、イサオさんがついてこない。
「イサオさん? 置いていきますよ?」
「ハルト君。君は僕の力が必要かい?」
「必要ですよ。何を当たり前の事を聞いてくるんですか」
「さっきも言ったけど、こういう時って即答だよね、ハルト君って」
「本当の事ですから。居てくれるだけでも心強いですけど、手伝ってくれるなら尚の事です。むしろお願いします。あのような言い方はしましたけどイサオさんが頼りなんですお願いします少しのワガママならなんでも聞きますから!」
大げさな身振りでしがみつくようにイサオさんに抱きつく。ついでにわさわさと背中を掌を使って高速で撫でる。熱いやろ! 熱いやろ! 掌が熱っ!
馬鹿な事を考えながら手を動かしていると、イサオさんからも抱きしめられる。力強い抱擁。でもちょっと強すぎないかいだだだ!
背中を叩いてはよ離れろと合図をするが、なかなか離してくれない。仕方ないのでそのまま好きにさせておく。今はそういう気持ちなのだろう。
時計の針が動いていく。その後、そっと離される。そして頭に手を置かれてわしゃわしゃ。みんなそこに手を置きたがるのな!
「仕方ないなぁ。ハルト君の頼みなら、もうひと頑張りしますか!」
「そうですそうです。天上の奇術師の力を是非ともお貸ください」
「任せてよ! 休養明けでも僕の力は衰え知らずだよ!」
指先を銃に見立てて撃つ仕草をするイサオさん。私も同じようにしてイサオさんに撃ち返す。くだらないだろうけど、付き合ってくれるイサオさん。その避け方はマトリッ……。
外に出ると肌寒さを感じる。呼吸をするたびに白い息が見える。
「そろそろ雪が降ってくるかもしれませんね」
「雪ってあの白いやつ? 僕、見た事ないんだよねぇ」
「ひーじぃと父さんが帰ってくる頃には、嫌という程、見る日が続きますよ」
「その時は、ハルト君の大切な子も来るのかなぁ」
ニヤニヤとした顔つきでこっちを見る。
「そうですよ! イサオさんを被弾させたエースパイロットですよ!」
「僕という存在がいるのに、他の人まで呼ぶだなんて……」
「紛らわしい言い方をしないでくださいよ!」
「もしかして、彼女に雪を見せたかったとか?」
「……それもあります」
「ハルト君はロマンチックなんだねぇ!」
「うっさいよ! 遠距離は寂しいんだよ! キリエに会いたくて仕方ないんだよ! 共通の思い出を作らないと不安になるんだよぉ!」
日中の再現。掴みかかろうとするが、結局イサオさんには手が届かない。ほら、私にはまだまだイサオさんの力が必要なんですよ。だからこの先も手伝ってくださいよ。
「はぁはぁ、もう! 寂しさに打ちひしがれる人間をあまり苛めないでくださいよ!」
「ゴメンゴメン。ハルト君の反応が面白くてさ、ついついちょっかい出したくなっちゃうんだよね」
「ちょっかい出すなら最後まで付き合ってくださいよ」
「分かった。ちゃんと付き合うよ。最後までね」
「それじゃ約束。小指出して」
「約束は分かるけど、何をするんだい?」
「ユーハング式の約束の儀式ですよ」
私とイサオさんの小指を引っ掛け合わせて、ゆびきりげんまん。歌付きで約束を誓う。
「はい。これで誓いが立てられました。破られた場合は針千本飲んでくださいね」
「えぇ!! そんなに厳しい儀式なのこれ!?」
「厳しいですよ。謀反! ダメ!! 絶対に!!!」
とほほ、といった仕草をするが、顔はすっきりとした様子。何か決めたのかもしれない。同時にお腹を鳴らす残念なイケメン。
「イサオさん。何食べたいですか?」
「ラーメン!」
「味は?」
「味噌!」
「了解です」
それなら道中にある、あそこのお店でいいだろう。私も大好きな味だ。
イサオさんにヘルメットを渡す。美味しいラーメンを食べて、祖父の待つ家に向けて。
「それじゃ、帰りましょうか。イサオさん」
「そうだね。帰ろっか、ハルト君!」
おしまい。