あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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xヶ月後の君と再会

 白銀の世界。

 朝日に照らされて目の前が見えない程、煌びやかな世界に包まれた今日が始まる。

 例年通りの積雪とは言わないが、それでも北の大地に降り積もる雪の量は多い。

 今日が晴れていてよかった。吹雪に見舞われてしまえば滑走路の除雪作業も行えなくなってしまうところだったから。

 重機に乗り慣れた手つきで操作をしている祖父。そこからはみ出た雪を安全な場所に移動させる為に、私とイサオさんは手で押すタイプの除雪機を操作している。

 何が楽しいのか分からないが、イサオさんは除雪機を使い豪快に雪を飛ばしている。ただそれだけにも関わらず笑顔で楽し気だ。

 

 直往邁進でいて裏工作を怠らない。イジツではその様な話を至る所で聞いてきたが、その本人であるイサオさんは、日本へ来てから何か変化が起きたようだ。

 一緒に飛行機を見に空港へ行ってからだ。私でも分かるぐらいに穏やかな笑みを浮かべる回数が多くなった。

 当初、日本に来てからこの世界の知識を貪欲に学ぶ姿は、度々見受けられていた。

 だが、ここ最近の姿を見ていると、それは夢か現か幻か。

 本を開く回数は減り、テレビを見つめる時間も減り、ネットで情報収集する姿を見受けられない。

 その代わりに私や祖父と今まで以上によく喋るようになった。

 会話の内容だってとてもじゃないが知的なモノとは程遠い。本当にくだらない事を言い合ったり、トランプゲームで勝つまで止めれ……は私だ。じーじもイサオさんも強すぎる。

 イジツに居る曽祖父や父親は元気にしているだろうか。イサオさんがキリエの事で私を揶揄ってきたりとそんな日常を過ごしている。

 

 そんなイサオさんについて祖父に相談してみるも「今のイサオ君は嫌いか?」なんて返されてしまう。

 嫌いな訳がない。お調子者で賑やかでスキンシップが激しくて結構ウザイけれど、その部分に関しては出会った当初から変わらない。

 それにイサオさんから見た日本に関して発せられる言葉には考えさせられる事も多い。

 ただ、ちょっとだけ最近の動向に変化が見られて心配だなって。

 

「空港に行ってからだろう? そこで何を喋っていたのか私には分からない。ただ、イサオ君にとっては自身の分岐点となる事でもあったのだろう」

「そんな事を言われても、飛行機を見た後、落ち込み気味のイサオさんの尻を蹴り上げたら抱きしめられただけだよ?」

「そういう事をされた経験が無かったのだろう。自身の野望の為にひたすら走り続けてきて、あと少しの所で失敗に終わって、けれど日本には来れた。ここで様々な知識を吸収し、再びイジツへと舞い戻ろうとする為にもハルトを利用して色々と手を打った。だが、それらは自分の想像とは違う形で帰ってきた。その中でイサオ君を変えてしまうような事が、企業や政治家といった立場のしがらみから解放させるような事を空港でハルトが言ったのではないか?」

 

 恥ずかしい事を言った記憶だけが残っている。でもイサオさんの力……イサオさん本人が必要なのは本当。

 悪ふざけだと思われたブユウ商事の再編と引継ぎ、イサオさんを再び戦闘機野郎へと戻し、イジツで好き勝手に暴れている空賊共を治安維持も含めて黙らせる必要がある。

 ユーリア議員とは最優先で手を組む事が必須であり、空賊離脱者支援法をガドール以外でも浸透させなければならない。

 お世話になりっぱなしのユーリア議員。まだ何も返せていないのに再びお世話にならざる負えないこの情けない状況下。

 何をして差し上げれば分からないから、一層の事、何でも言う事を聞きます券でも献上しようか。いやいやきょうび幼稚園児だってもっと良い考えを浮かべるだろう。

 青筋を立てられて、出会った当初のように怒られるのは本当に辛いので、真面目に考えておこう。

 

 それと並行して私たちの活動拠点を決めなければならない。

 地盤を固めなければイジツ探索を行うのは不可能に近い事もあるが、イジツの世界で自分たちの帰る場所を明確に決めなければ精神面が削られていくのは目に見えている。

 家に帰って一息入れられる場所があるという事は、とても大切な事。

 日々の忙しさで翻弄される未来が待ち構えているのは想像に容易いが、希望も沢山待ち構えている。

 それでも何とかなるんじゃないかと思えるのは、家族や仲間たちの協力があってこそだと言い切れる。

 

 

「ハルトくーん! 休憩だってさ!」

「はーい、今行きますね」

 

 早朝から始めていた除雪作業も一段落つく。

 これだけのスペースがあれば、隼二機が着陸してもなお余るほどの広さ。

 万が一の事も考えて準備も怠らない。イジツの暖かい所から日本の極寒の地へと飛び出してくるのだから、隼に積まれたエンジンが正常稼働し続けてくれるとは限らない。

 この大地は全てにおいて等しく、全てのものを凍らせてしまうから。

 そうならない為にも、まずは暖かいお茶を頂かねば。

 

 この数日間、除雪作業の繰り返しではあるが、それには勿論理由がある。

 穴が出来る前の予兆である三つの輪が再び動き始めたからだ。

 アレンから受け取ったノート、こちら側から観測したデータ。お互いに情報交換をして共有をしている。

 それでも僅かながらに誤差は生じる。だが、アレンはそれさえも楽し気に無線を通じて語ってくれる。

 足の事について聞いてみても、会った時のお楽しみとしか教えてくれない。

 アレンが駄目ならケイト。僅かに聞き出せた事は、サボらずに訓練を頑張っているという事。それを聞けて安心した。

 

 そして予定通りであるならば、本日は再び穴が開く日。

 イジツへと向かった曽祖父と父親が帰ってくる日でもあり、キリエがこちらの世界へとやって来てくれる日でもある。

 私の大切で大好きな人。

 イジツを離れたあの日からxヶ月。穴が開いた時には無線で声を聞いていたけれど、やはりそれだけではどうしても我慢が出来なくなってしまった。

 自分でも驚いている。キリエをこちらへ誘った日の事を。それを一つ返事で「うん!」と返してくれた彼女の優しさが愛おしくてたまらない。

 あの日から私の心はイジツに、キリエと共にいるのだろう。

 

 

「そろそろだな」

「今回も綺麗に穴が開きそうだね! イジツと繋がっていればいいけれど!」

「不安な事を言わないでくださいよ、イサオさん」

 

 三つの輪は、再び一つの穴へと変貌するべく重なり合っていく。

 何度見ても不思議な光景だ。三つの輪の時点では背後も僅かながらに見えているのに、穴へと姿を変えると上空に漆黒の空間が出来上がるのだ。

 出来上がった穴。イジツと繋がりが出来た事を証明するように、無線が聞こえてくる。

 

『無線が聞こえている者はいるか?』

「いますよ。親父殿」

『今回も無事に日本へと繋がったみたいだな。あとは穴を抜けて帰るだけか』

「そうだな。お前も無事で何よりだよ」

『お、おう。海外派遣から帰国した時ですら言われた事のない言葉でびっくりなんだが』

「確認です、穴から抜けてくる機体は二機なのですね?」

『そうだ。ハルトの大切な女性をエスコートして帰投する。そちらの状況は?』

「気候は晴れ、気温はマイナス七度、滑走路は整備済み。凍結に注意を」

『了解した。皆、大変世話になった。また会おう』

 

 聞き慣れたコトブキの皆の声が聞こえる。

 本来ならばこの僅かな時間にお互いの近況を伝えあうべきなのだが、浮き足立つ心は抑えられない。

 

「ハルト君、余程嬉しいらしくて滑走路の方まで走って行っちゃったよ」

『遠距離恋愛は大変だからなぁ。俺も若い時は……』

「お前の話は長いから放置するぞ。隊長さん、この度も私の家族が大変世話になり感謝の念に堪えません」

『いや、私たちもお爺様方には助けて頂いた事が多い。どうか畏まらないで欲しい』

「では感謝の言葉だけでも受け取り頂きたい。ありがとうございます」

『こちらこそ、ありがとう』

 

 

 気が付けば滑走路脇にある駐機場に向かって走り始めていた。

 ここからは後方に位置する穴。その方角から次第に聞き慣れたエンジン音が聞こえ始めた。

 徐々に大きくなる音、そして穴から飛び出してくる見慣れた二機の隼。

 曽祖父と父親が搭乗している隼に塗装されている青色の迷彩は、イジツの風埃によって剥げかけてはいるが、その存在感は健在だ。

 そしてもう一機、主翼にコトブキ飛行隊のチームマーク、尾翼には赤い鳥のパーソナルマークが描かれている。

 この世界を見渡すかのように、二機はしばらくの間、滑走路の上空を旋回している。

 彼女にとって初めての世界と初めての雪。イジツに向かった時の私と同じように初めてだらけを体感しているのだろうか。

 

 僅かな時間の後、機体は次第に高度を落とし、体勢を整える。彼女が先に着陸をするようだ。

 滑走路上の積雪は片付けたとはいえ、凍結までは完全に対処はしきれていない。

 だが、それもこちらの心配が過ぎたようで、彼女は何事もないように三点着陸で地上に舞い降りる。

 考えてみればイジツの世界で様々な場所を難なく離着陸出来る程の腕前の持ち主だ。

 事前に状況を知らされていれば、あの荒野よりは整備もされており楽なのかもしれない。

 こんなにも自分が心配症になっているとは。驚き半分と喜びが入り混じっている。

 

 目の前には彼女の搭乗している隼の機体。止まるエンジンとプロペラ。

 防風が開けられて、勢いよく立ち上がる彼女は目を見開いてこちらを見つめている。

 

「ハルト!!」

 

 私の名前を叫び、勢いよく操縦席から飛び出して主翼に足を置いたまではよかった。着氷している事に気づいていない事以外は。

 置いた足に力を込めて前へと降りようとしたのだろう。足に力を込めた瞬間、着氷に足を滑らせてバランスを崩したままこちら側へと倒れ込むように落ちようとしている。

 考えるより先に身体が動いてくれた。主翼から前のめりに落ちる彼女を思いっきり抱きしめて救い上げる事に成功できたから。

 

「あ、危なかった……」

「心臓が止まるかと思いましたよ……」

 

 首には力強く回された彼女の両腕。言葉と共に現れる白い吐息で耳元がくすぐったい。

 このままゆっくりと彼女の両足を地面に下そうと思ったが、イタズラ心と好奇心が勝る。

 抱きしめている腕を僅かに動かし、持ち上げる様な体勢へと移行する。

 所謂ところのお姫様抱っこ。道中の細い腰と魅力的なふとももを合法的に触れられる画期的な仕組みに感動である。

 首を横に向ければそこには彼女の顔が見える。

 ずっと会いたかった人。触れ合いたかった人。私の大切で大好きな人。

 

「会いたかった、キリエ」

「私もだよぉ!!」

 

 再びキリエの腕に力がこもり、頬と頬が触れ合う。

 邪魔と判定されてしまったのだろう、飛行帽を思いっきり放り投げるキリエに対して笑みが浮かぶ。

 

 

「あのー、お楽しみの最中に悪いんだけど、そろそろ話しかけてもいいかな?」

「んげぇ! イサオ!!」

「女性が出して良い声じゃないよね、それ」

「イサオさん、ちょっと忙しいので視界に入らないでくれませんか?」

「ハルト君酷くない!? ここ最近で一番の悪口だよね、それ!?」

 

 もうしばらくはキリエと触れ合い、視界も思考もキリエの事だけを考えていたいというのに。

 そんなお邪魔虫から差し出された手には、冬用のコートがあった。

 

「イチャつくのはいいけどさ、このままだと彼女、風邪ひいちゃうよ?」

 

 そうだった、キリエはイジツから来た時の姿のままである。

 唯一の防寒であった飛行帽は、投げ捨てられたままの状態で雪に埋まっていた。

 キリエもこの世界の気温に気づいたのだろうか、可愛らしいくしゃみをする。

 私の我儘で風邪をひかせてはならない。名残惜しいけれどキリエの両足を地面へと下す。

 キリエは嫌そうな顔を隠そうともせず、イサオさんが差し出しているコートへと手を伸ばすが、その手は途中で止まる。

 どうしたのだろうか、イサオさんが持っているのが気に入らないのだろうか。いままでの経緯を考えれば顔も見たくない程だとは思うけれど。

 こちらに顔を向けるキリエ。何か良い事を閃いたような表情をしたと思いきや、私の着ているコートのボタンを外し始める。

 素早く中へと入り込み、器用にボタンを閉めていく。

 

「ふぃ~あったか~い」

「見ているだけで胸焼けしそうだよ、本当に」

 

 流石のイサオさんも苦笑いをしながら見つめてくる。

 傍から見ていればしょうもない二人なのだろう。だけどこうやってじゃれ合いたかったのだ。

 コートの上から自分を抱きしめるように腕を重ねる。キリエはこちらに身体を預けて暖まり中。かかと立ちになるぐらい身体を預けてきてくれる。

 私たちは再び、出会う事が出来た。

 

 

 あの後、曽祖父と父親もこちらへとやってきて、お互いの無事を確認。

 二人羽織の状態の私たちを見て笑いあう。

 流石にこのままでは荷物も取り出せないし、移動も出来ないのでキリエと離れようとするが、拒否される。

 とても嬉しい拒否ではあるが、そこだけは何とか説得をして受け入れてもらう。

 条件として、私の着ているコートをキリエが、イサオさんが持ってきたコートを私が着るという事になる。

 

 雪によって生み出された白銀の世界。

 見て、触れて、踏んだ時の感触が面白いのか、とても素敵な笑顔を浮かべ、両腕を広げてはしゃいでいるキリエ。

 その光景は、見慣れているはずの景色が別の世界にも見える程、美しい。

 

 

 自宅へと辿り着き、温かな飲み物を皆に差し出す。

 戻ってきて早々だがと、前置きをして始まる曽祖父のイジツ話。

 細かな部分は後日聞き直すとしてだ、私にとって問題となる話が幾つか出てきた。

 曽祖父と父親は、目的を終えた後にオウニ商会の計らいで、機体を一機借り、二人でイジツを見て回ってきたと言うのだ。

 道中、空賊に襲われている輸送機を助けたりと色々とあったようなのだが、それは一先ず置いとくとしてだ。

 私にとっての問題、それはゲキテツ一家のフィオさんと会ったという事だ。

 

「そんな訳で言付だ『私は狂犬フィオ様だ! 狙いを付けた獲物は逃したりはしないぞ!! ハルトぉぉぉ!!!』だそうだ」

「ローラさんも呆れるぐらいの勢いだったぞ」

「何で出会っちゃうのかな!? 特定箇所に向かわなければ早々エンカウントしないよね!?」

 

 私のふとももにはキリエの指。摘ままれて指先に力が込められる。

 キリエの誤解を必死に解きながらも楽しい時間は過ぎてゆく。

 夕飯を食べ終え、ようやく話しに一区切りがついたところで本日は解散となる。

 しばらくの間、キリエに利用してもらう部屋へと本人を案内をする。

 

「私、個室って初めてかも」

「使い方が分からない物があるかもしれないけど、分からなかったら聞いてね」

「うん。ありがと、ハルト」

 

 エアコンの暖房をつけ、しばらくすると暖かな風が入り込む。

 キリエにとっては怒涛の一日でもあっただろうし、荷物整理もしなければならないだろう。

 一声掛けて部屋を出ようとするが、服の裾を掴まれて引き留められる。

 

「ハルト、もう寝ちゃう?」

「流石にもう少し起きてるよ。ちょっと寝る時間としては早いし」

「そ、それじゃさ! 着替え終わったらハルトの部屋に行ってもいい? ……もう少し、一緒に居たい」

 

 その言葉には赤べこの如く、頭を上下に動かさざる終えない。

 掴まれていた裾は離され、赤みを帯びたキリエに背中を押されて「後でね!」の言葉と共に一旦お別れ。

 急ぎ隣の自室へと戻り、部屋を暖めて寝間着へと着替える。

 しばらくして小さなノックの音。裏返る自分の声。

 

「……寒い」

 

 イジツでは平気かもしれない薄手のパジャマを着てやってきたキリエの一言目。

 これは明日にでも日常品の調達に向かわないといけないなと考える。

 

「ごめん、こっちも今、暖房をつけたところなんだ。暖まるまでしばらく居間にでも居る?」

 

 キリエの部屋とほぼ同じタイミングで暖房を動かし始めたのだから、部屋はまだ寒いまま。

 冬場でも年中暖かいのは居間だけだ。あそこは冬の間はずっと暖房機器を動かしたままだから。

 だが、キリエは首を横に振る。その代わりに潜り込んだのは私の布団の中。

 布団を身体に巻き付けるようにして、顔を埋め、目を閉じ、深呼吸をしているキリエの姿。

 幾度か繰り返されたその姿は、布団を捲り上げられて終わりを迎える。

 

「ハルト、ここでお話しよ?」

 

 キリエからの招待状。お断り出来るはずも無く、導かれるように布団の中へと潜り込む。

 いつもは一人だけの場所に、もう一つの体温を感じる。

 キリエの頭を抱き抱えるように腕を回す。同じように私の身体へキリエの腕が回される。

 最初は強めに、徐々に緩まり、再び力強く抱きしめて体温を分け合う。

 サラサラの整えられた髪、ゆっくりと撫で、幾度となくその綺麗な髪に唇を押し付ける。

 それに応えるかのように、キリエの柔らかな唇が私の首筋に押し付けられる。

 言葉を発する事もなく、ただひたすらに動作を繰り返す。

 

 お布団の中で二人きりの内緒話。お互いに存在を確認し合う世界に浸かる。

 睡魔に襲われる、その時まで。

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