あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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「ハールトっ」

 

 私の名前を呼ぶ、愛おしい人からの声が聞こえる。

 そちらの方向に顔を向けると、喜色満面の彼女がそこにいる。

 

「どうしたの?」

「なんでもない!」

 

 返事をすると、決まり文句の言葉が返ってくる。

 白い吐息を吐きながら、いたずら心で始まる問いかけ、応答がある事の喜び、白い歯を魅せながらあふれんばかりの笑みを浮かべる彼女。

 キリエがこちらに来てから始まった、恒例行事になりつつあるやりとりの一つ。

 

 見慣れたモコモコの飛行帽とゴーグル、コトブキ飛行隊の象徴である青いマフラーを身に着け、ミトンの手袋とダッフルコートを纏い、ロングブーツで新雪を踏み奏でられる音に乗せられて聞こえてくる鼻歌。

 その調べに合わせ、両手を広げて自由気ままに白く覆われた世界を飛び回る。

 時折、一人ぼっちではない事を確認するかの様にこちらを振り向く、その度にふわりと揺れるフレアスカート、防寒対策の為にデニール数の高めな黒いタイツに包まれた足が垣間見える。

 この美しい世界と同化し、地上を舞う彼女に視線を奪われて離す事ができない。

 

 

 雪が止み、粉雪の間に終わらせようと始めた除雪作業。

 北の大地は、私が住んでいた場所よりも多くの積雪を誇る。

 昔の様に三角の形をした屋根から雪おろしを行わないと、家が潰れてしまうという事は無くなり、慌てて作業をする必要性は無くなったのだが、雪を使ってキリエに見せたいモノはたくさんある。

 

「ユキダルマだっけ?」

「うん。お祭りになれば彫像を作る人もいるよ」

「なんていうか、イジツに残されてるユーハングの人達の行動も、そう間違いではないんだなぁって思った」

「楽しい事が好きな人達である事には間違いない」

 

 一ヶ所にまとめられた雪をシャベルで削りながら会話をする。

 最初は雪玉を転がして大きくしようとキリエが奮闘していたのだが、自分の身の丈の半分程で転がす事を断念。

 むしろよくそこまで転がせられたなと感心してしまう。

 折角なのでその雪玉を二人で移動させ、追加の雪を被せて頭を作っている。

 二人で他愛の無い会話をしながら、それでも尽きる事のないお喋りを続け、笑い合う。

 

「あれ? このユキダルマってもしかしてレオナ?」

「作るならコトブキの誰かに似せようと思って」

 

 丸い目とへ文字をひっくり返しただけの笑顔に満ちたユキダルマではあるが、髪形で人物が判断できる様に細かく雪を削っていく。

 前髪と後ろに結われている髪を再現し、落ちていた枝を胴体部分に差し込んで完成。斜めに置かれたプラスチックの小さなバケツが帽子代わり。

 

「おぉ! 思ってたよりもレオナじゃん! 写真撮ろうよ! 本人に見せたいし!」

「この出来で怒られないといいのだけれど」

 

 首を横へと向けると、私のユキダルマとは遥かに出来の違う、いい大人たちが全力を出したであろう丹精込められた雪像が並ぶ。

 可愛らしくデフォルメされてはいるが、きちんと研磨をされてピカピカに磨かれた、はやぶさと名付けられたモノたちと震電。

 ここまでは問題ない。職業柄、お仕事という名目でお祭りのお手伝いに行っていたのかもしれない祖父と父親の共同作品であろう。

 操縦席にちょこんと乗せられているネクタイを身に着けたユキダルマは、きっとイサオさんの仕業。

 問題なのはその隣。立派な台座の上で両手を腰に当て、今にも聞こえてきそうな高笑いをしている同志の姿。

 曽祖父渾身の作品である。これを最初に見せられた時は、同じく雪像化されて同志の隣にいらっしゃる、頬を掻く姿のローラさんと同じ表情をしていたと思う。

 

「フィオだっけ? アレシマで会ったっていう?」

「うん。同じ悩みを持つ者なのだけれど、こうして雪像を見上ていると悔しい気もする」

「なんだそれ」

 

 お腹を抱えながら白い息を吐き、笑うキリエ。ほんの僅かの数センチを求めてしまうのは仕方のない事。

 そんな私を余所に、突如キリエがスコップを使い、一ヶ所に雪を集め始めた。

 念入りに雪を踏んだり叩いたり、硬さを確認したところで身軽な動きを披露し、その上に乗る。

 ちょいちょいとミトン手袋を振って私を呼び寄せる姿、近づくとキリエの顔は少しだけ見上げる位置に。

 この差がなぁ。叶わぬ願望を抱いていると、伸びてきた手が私の頭を横切り、抱きしめる形へと変わる。

 コートの上からでも私を優しく受け止めてくれる柔らかな膨らみと伝わるキリエの鼓動。

 突然の事で意識も身体も硬直状態に陥るが、少しずつ力が抜けていき、甘えるように頭をキリエに委ねる。優しく頭を撫でられる感触に目元が緩みそう。

 このまま幸福感に身を委ねていたくなるが、気になる事もあるので喋れる程度に頭を動かして上目遣いにキリエを見つめる。

 その先にある表情は、行動とは食い違いを見せており、少し不満気である。

 

「急にどうしたの? 凄く嬉しいのだけれど」

「なんか急に悔しくなったから、私だってハルトの同志なのに」

「同志って……パンケーキの?」

「そう! むしろ私が最初だし! 私という存在を忘れてもらっては困る!」

 

 つまるところ、やきもちを焼いてくれているのだ。どうしよう、嬉しさの余り口元まで緩みかけてきた。

 フィオさんとは背丈やそれにまつわる悩み事について分かち合う意味での同志なのだが。ついでに言えば攫われかけたわけで。

 でもま、いっか。こうして甘えさせてくれるのなら、存分に甘えてしまおう。

 頭を先程の位置まで戻し、深呼吸をして少しだけ左右に振る。

 そのままゆっくりと目を瞑り、キリエから伝わる鼓動に集中をする。

 夢心地とはきっとこういう事を言うのだろう。

 頭に回されていた手に力が込められ、キリエが言葉を発すると同時に吐息が耳にかかり、全身に喜びが迸る。

 

「へへっ、毎晩こうしてもらっているから、今日はお返し!」

 

 先程よりも鼓動が高まるのを感じとれているのは、勘違いではなさそうだ。




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