案内された部屋には、壁に大きなバラと天女の姿が描かれている。畳の上にはソファが置かれており、そこに座り人を待つ親分と私。
「あの飛行はなんだ! フラフラ飛びやがって!」
「慣れない機体で飛ばせてるだけ褒めてくださいよ!」
「それだけじゃないぞ! イサカの次はレミか! 一体そのケースには何が入っているんだ!」
「極秘事項となっておりますのでお答えできません」
「わたしはお前の親分だぞ!!」
「たとえ親分でも、信用に関わる事ですから」
「そうっすよ。信用は大事っすから~」
ひらひらとした動きをしながらやってきたのは、この屋敷の主であるレミさんだ。
「ハルト君はそういうところを理解してくれてるっすから助かるっすよ~」
「恐縮です」
「そんなに畏まらなくていいっすよ。アタシたちの仲じゃないっすか~」
「ハルト! お前はいつの間に他の幹部と仲良くなっているんだ!」
「ゲキテツ一家は家族だから大切にしろと言われたのは親分では?」
「んぎぎぎ! そういう意味ではないだろう!」
「ならどういう意味だったんすかね~」
レミさんはそのまま私の隣に座り腕を絡ませてくる。見開かれる親分の目は驚きに満ち溢れている。私は虚空を見つめている。そうしなければ心も身体も幸せで蕩けてしまいそうだから。前開きの部分を閉めたい。
「こういう意味で仲良くなっていたらよかったんすかね~」
「なぁっ! レミ! 近寄り過ぎだ! 離れろ!」
「毎朝、ハルト君に起こしてもらっているフィオに言われたくないっすね……」
「どうしてそういう事を知っているんだ!」
「そりゃ~アタシの専門はそういった事を生業としているっすから。それでハルト君、そのケースには何が入っているんすかね?」
「レミさんから頼まれていた物。ご用意できました」
和気藹々としていた空気が一変して重苦しいモノへと変化する。
「クロ。フィオを丁重に隣の部屋に案内してほしいっす」
「分かった」
「おい! それの中身をフィオ様にも教えろ! 教えるまでは動かないぞ!!」
「もう、フィオはワガママな子っすね~。仕方ない、私がしばらくフィオの相手をしてくるんで、クロはハルト君の相手をしてあげてくれっす~」
「レミ! はーなーせぇー!!」
「ちっこいと、こういう時は便利っすね~」
「誰がチビだゴラァ!!」
親分の怒声もなんのその。自分の気ままな速度を一切変えずにレミさんは親分を担いで部屋の外へ。
残されたのは私とクロさん。この方はレミさんの片腕、そしてゲキテツ一家の闇の部分を担当している方。何か一つでも間違えたのならば……。
沈黙が続く。何か話題をと考えるが、背筋が氷付くような空気に飲まれて何も思いつかない。
そうした中、最初に口を開いたのはクロさんだった。
「なぁ、ハルト」
「は、はい」
「そんなに緊張しなくていい、楽にしてくれ」
「そういわれましても、他の組、レミさんの片腕と呼ばれている方を相手に楽にしろとは酷な話でありまして」
「……あの親分とは正反対の性格をしているな」
口元が少し緩くなるのを感じる。微笑ましいモノを見つめているような。少なくとも馬鹿にしたような行為ではない。
「一つだけ聞いてもいいか?」
「私でよければ何なりと」
「どうやって、俺の尾行を撒いた?」
尾行? 何のことだ? クロさんの口から飛び出してきた単語に理解が追い付かない。尾行されるような事もしていない。ましては尾行を撒くような行動なんて尚の事だ。
「……まぁそうだな、言う訳はないか」
「は、はぁ。ご理解いただけて幸いです」
よく分からないから相手に合わせておこう。わたし、じゃぱにーず!
「変な事を聞いてすまなかったな。お互いに飯のタネとしている事を聞き出そうとしていた俺が間違っていた」
「い、いえ。私は頼まれていた物を運びにきただけですので」
「いとも簡単に言ってのけるな。流石だよ」
何故だ、頼まれた物を見つけて運んできただけだというのに過剰なヨイショをされている。これは明らかに危険だ。何かが起こらない内に引き上げるのが得策か。
「あの、頼まれ物はこちらに入っていますので、私はそろそろお暇させていただこうかと思うのですが」
「レミがソレを見つけてきたと聞いた時の反応を見ていただろう? 悪い事は言わん、最後まで付き合ってもらうぞ」
なんという事だ。ケースに入っている物なんてタネガシに来てからも地道にユーハング工廠後を見つけては探して掘り当てただけの物なのに。貴重品とは伺ってはいたが、自宅に帰れば無造作に積みあがっている中の一本なのに。
これらを少しずつお金に変えて、とびだせ! タネガ島! 計画がバレてしまったらマズイ。幸いにして何処からか流れ着いたのを購入してきたと勘違いされているようなので、貴重性を訴えて次回の入荷は未定です。という流れに持っていけば、もう関わり合う事もないだろう。よし、これでいこう。
「遅くなってすまないっす~」
「いえ、こちらこそ突然の人数追加になってしまい申し訳」
「はいはい、そういう喋り方はアタシにはしなくてもいいっすから~。それで、例の物。そこに入っているんすか?」
再び、私の真横の座るレミさん。イジツ人の距離感は近い。
「はい、ご用意させていただきました」
「ほぁ~、開けてもいいっすかね!?」
「どうぞ」
レミさんがケースを開ける。中に入っていたのはユーハング酒。ラハマにあった工廠後でも見つかった定番の物だ。
「ほほぁ~! 本当に見つけて来てくれたんすか!」
「たまたま手に入る機会に恵まれましたので、一本だけですがご用意させていただきました」
「あの短い期間で探し当ててくるなんて、ハルト君も中々の情報網を持ち合わせているんすね~」
無論、そんなモノはない。掘り当ててきただけだもの。
「代金を支払うっすよ、いくらだったんすか~」
マズイ、コレがいくらで売買されているかなんで知る訳がない。このまま下手な金額を掲示した日には、疑いの眼差しから闇の底へと引きずり込まれてしまう。
しばらく黙っていると、レミさんがどうしたんすか? と心配そうに声をかけてくれる。嬉しいけどその優しさが今は怖いの。
「代金については頂く事はできません」
「へ? これほどの上等品だと結構な値段もするっすよね?」
「えぇ、ですが代金を受け取る訳にはいかないのですよ」
「それはどういう事っすかね」
再び重くなる空気。盗んできたのか。そう言いたげな視線を送られる。あともう少し、ここさえ乗り越えられればなんとかなる! 多分!
「値札が貼られていない物なのですよ、ソレは」
「つまり正規の流通品ではないと」
「えぇ、ちょいとお世話になった方がいまして、その方から譲り受けた品でございます」
「へぇ~」
架空の人物登場! 駄目かな、アカンかな。そう思っていた矢先にあれほど重かった空気が一蹴された。
「ハルト君も、なかなかやるっすね」
「いえいえ、相手の方も紳士的だったというだけですよ」
「そういう事にしておくっすよ」
山を越えたらしい。よかった。ハルト、今日も無事に生きています。
「でもよかったんすか? そういう経緯があるとはいえ希少なお酒を私にくれてしまっても?」
「手元に置いてあっても仕方ありませんし、私も親分もお酒は飲みませんから。それに」
「それに?」
「レミさんは楽しそうにお酒を飲まれていらっしゃっていたので、そういった方に飲んでいただけた方がお酒も喜ぶかなって」
横にいるレミさんが固まる。しばらくして少し顔が赤くなり始めた。こういう事で照れるのなら、先に前開きのシャツを閉めましょうよ。
「ハルト君は口も上手いんっすね~。お姉さん口説かれているのかと思ったっすよ」
「レミさんのような素敵な女性は私にはとても。まだまだ精進していかなければならない身ですから」
「あららぁ残念、フラれちゃったっす」
空になったケースの蓋を仕舞い、次のシマへと向かう為に準備を始める。
「ん~とはいえ、このまま返したらレミ組としても義に反するというっすか」
「私は一向に構わないのですが」
「当人たちが良くても周りがこういう事には敏感なんすよ……そうだ」
自分の身体を弄って何かを探している模様。出てきたのはアクセサリー?
「これを持っていくといいっす。アタシが日頃から身に着けていた物っすから、レミ組のシマで何かあればこれを見せつけてやるといいっすよ」
「日頃、身に着けていらっしゃるような大切な物を受け取るわけにはいきません。レミさんにご迷惑をおかけしてしまう事になりますから」
「それぐらいはちょちょいのちょいっすよ。イサカからのは受け取れて、アタシからのは駄目なんすか……?」
赤く染まる顔、潤む瞳、これを断りきれるかって? 無理です、はい。
「……分かりました。では、友好の証。という事で受け取らさせていただきます」
「どうぞどうぞ。これからも末永くよろしくっすね~」
末永く……最後でマズった感じがする。
「親分、お待たせしました」
「遅いぞハルト! 待ちくたびれたぞ!」
「何か飲みませんか? 緊張で喉がカラカラです」
「レミを相手に何を緊張しているんだ? イサカと違って礼儀や何かを押し付けてくるヤツじゃないだろ?」
「それは確かにそうなのですが、ふぅ、今日は親分についてきていただけてよかったと思っています」
「お? おお!! ようやくわたしの偉大さが分かってきたか!!」
「はい。親分の大きな器に大変助けられているのだと実感しました」
「そうかそうか!! ハルトもついにわたしの事を理解し始めたか!! ついでに名前で呼んでもかまわないんだぞ!?」
「それは遠慮させていただきますね、親分」
「なんでだよぉぉぉ!!」
こうしてまた次のシマへと移動を始める。あと何か所だったかな。
「無事に行ったようだな」
「クロ~、ハルト君をみてどう思ったっすか?」
「俺達と同じ匂いがする。だがそれらを一切見せる事がない」
「アタシが横に座った時も、隙を見せず、害をなそうともしなかったっすもんね~」
「俺達と違うのは、ハルトは一人で生きてきたという事だ。そこで身に着けた処世術だろう」
「……ずっとひとりぼっちだったんすかね」
「分からん。尾行についても聞いてみたが曖昧な返事しかもらえなかった」
「珍しいっすね。クロが直接そういう事を相手に聞くなんて」
「地上でも、空でも撒かれたんだ。一体何をすればそんな芸当が出来るのか興味があってな。ただお互いにそれで飯を食っている事を思い出して、質問を忘れてもらったが」
はぁとため息をつくクロ。アタシの事で溜息をつく事はあるとしても、それ以外の相手に対しては珍しい。
「ま~余り深く考えない方がいいっすね~」
「ハルトが敵に回る可能性だってあるんだぞ?」
「それはないっすね」
「何故、断言できるんだ?」
「あの年頃まで一人で生きてこれた人が、いまではフィオの下で働いているっすよ。あのワガママ親分に」
「だがしかし……」
「アタシらだってそうだったじゃないっすか。ゲキテツ一家に救われてなければ今頃地面の下っすよ」
「あぁ……」
「ハルトも見つけてもらえたんすよ、フィオにね。アタシじゃなかったのは悔しいっすね~」
「ハルトがレミ組に入ってくれれば、今以上に活動の幅は広がっただろうな」
「そうっすね~。でもハルトならレミ組に入らなくても助けて~ってお願いすれば飛んでくる気がするっすよ」
「なんとなくだか、分かる気もする」
「でしょ? 自分の事よりも他人の事を優先する性格、コレだって見つかりませんでしたって言って売り払えばいいのにあっさりと置いていくぐらいに欲がない。イサカが懐中時計を預ける程の人物っすよ。こちらのアクセサリーも友好の証としてようやく受け取ってくれたっす~」
「つまり、今後とも仲良くしていこうと?」
「そういう事っすよ。ゲキテツ一家はみな家族。家族で争いなんてまっぴらゴメンっすから」
用意してくれたユーハング酒に口をつける。そこいらで飲んだ紛い物ではなく、本物の味。
ハルトはずっとひとりぼっちだったんすか? アタシらと同じで裏の世界でしか生きていけなかったんすか?
もし幼い頃に出会えてたら、アタシらはどうなったっすかねぇ。
きっと、一緒に悪ガキをしてくれたんだろうっすなぁ~。
叶わぬ過去を考えても仕方のない事っすね。それでも大切な現在にハルトと会えた事に感謝するっすよ。
「ハルト~これからはたくさんの家族でいっぱいっすからね~」
もちろん、アタシもハルトの家族っすよ。こんなに美味しいお酒を持ってきてくれるんっすから~。