あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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ゲキテツ一家 その3

 

「丁重に、このお方をボスの元へ案内しろ」

「ウッス」

「おいこら、幹部であるフィオ様よりハルトの方が扱いが上ってどういう事だゴラァ!!」

「あの、今回はうちの親分が同伴してくれているので、いつもどおりのご案内は控えていただいても」

「わたしがいない時もこんな扱いを受けているのか! ハルト!!」

 

 辿り着いたシマはヤジョと呼ばれる場所。目の前にあるのはヤジョを仕切る幹部の屋敷。

 案内されている最中に、親分が話しかけてくる。

 

「一つ聞いていいか? ハルト?」

「なんなりと、親分」

「どうしておまえはアノマロカリスの人形を背負っているんだ?」

 

 あのでっかい人形、通称マロちゃんを背負いながら本日三人目の方と面談予定。

 

「コレも本日の主役でございまして」

「人形が主役? しかもそれ、私の部屋にあったヤツじゃないか?」

「イエス、マム」

「イエス、じゃない!! 何を勝手に人の物を持ち出してんだ!!」

「もう使われない。と部屋の隅で涙を流していたので気分転換に連れてきました」

「人形が泣くわけないだろ! 気分転換ってなんだよ!」

 

 本当の事が知られたら、親分にも、面談者にも殴られてしまう。とても大切な機密事項。

 当人にバレても平気だと思うのは私だけであろうか。それともまだ恥じらいが勝る年頃なのだろうか。確か幹部の中では最年少と言われていたはずだ。それでいてあの身長と足の長さ。その身長を少し私に分けてください。

 

「ボス、ハルト達を連れて参りました」

「ハルト達!? フィオ様とその部下だバカヤロー!!」

「し、失礼しました!」

 

 立派な椅子に座り足を組んでいらっしゃるのは、ここのシマの親分、ニコさんだ。

 

「……フィオ。よく来てくれた」

「ニコぉ、もう少し子分の教育をした方がいいんじゃないかぁ?」

「……すまない。言い聞かせておく」

「本当かぁ? 大丈夫かぁ?」

「……本当だ。謝罪もかねてアイスでもどうだ?」

「まぁ、分かってくれたならいいさ。食べる」

「フィオに」

「分かりやした」

 

 子分に命令を下して、アイスの準備を始める。

 運ばれてきたアイスは透明な器に載せられ、丸くちょこんとした形をしていて可愛らしい。

 

「しかしなんでアイスなんてあるんだ? ニコは甘い物が好きだったか?」

「今日は暑いからな、せめて冷たい物でもと用意させておいた」

「おぉーそうかそうか! ハルトを捕まえた時といい、良い仕事をするな! ニコ!」

「……フフフ」

 

 私の知っている幹部の中で、もっともマフィアらしい見た目と態度を示しているニコさんではあるが、中身はその、なんといいますか、乙女……? ちょっと違う。

 小さくて可愛い子が好きなのだ。この人は。その証拠に親分が美味しそうにアイスを食べている姿を見て、身体は歓喜に震え、緩み切った笑顔を表している。少なくとも私にはそう見えるのだが、親分は気がつかない。

 ニコさんはウチの親分と仲良くなりたいと、常日頃から考えていたらしい。そんな折に自分の考えを理解してくれる人物がウチの親分の元に現れた。つまり私である。

 何をすればお近づきになれるのか。何をしてあげれば親分は喜ぶのか。その熱は言葉に変化され、夜を終えて朝を迎えた後も終わる事がなく、その頃には私は寝ていた。

 つまり、可愛い子が可愛い仕草をして可愛らしく自分に頼ってくれると、そのお願いに自らの命を賭けてしまえるほど、可愛い子が好きなのだ。特に小さい子が。

 

 前回お会いした時に打ち明けられた秘密。それを実行に移し、成功へと導く為の作戦を立案する。何か理由を見つけてニコさんのシマへと親分を連れてきて、接待をすれば良いのではないかと。

 何をすればいいのか分からないと言うので、一つは親分の機体の整備を名目に。親分は機体の操縦が荒っぽいのでエンジンの故障率が高い。それを整備の腕前も良いと評判のニコさんに依頼をして修理を頼む。という流れ。

 機体が絶好調になればフィオさんからの評価も上がるのでは。と伝えたところ、紫電を新しく組み上げられる程のパーツが用意される。その行動力はどこから。

 修理にかかる暇な時間に甘い物でも食べてもらう。最近暑いですからアイスでも食べさせたらどうですか? と言った記憶はある。そして唐突な訪問にも関わらず出されるアイス。既に用意してあるとは思わなかった。

 

「……フィオ、少しの間、ハルトを借りるぞ」

「おぉ! そういや用があったんだな! いいぞ!」

「おかわりが欲しかったら言ってくれ」

「分かった! ありがとな! ニコ!」

 

 あの、歓喜に震えていないでこちらに来ていただきたいのですが。絶対に心の中で叫んでいるよ、この人。

 

 

 親分から少し距離の空いた机と椅子のある場所で、ようやく本日の用事を聞く体勢に入れた。

 

「とはいえ、今日の出来事で既に任務達成だと思うのですが」

「あぁ、最高だよ、お前というヤツは。私が長き間、望んでいた事をいとも簡単にこなしてくれた」

「運もあると思いますよ。まさか今日、親分がついてくるなんて思いもしなかった出来事ですし」

 

 美味しそうにアイスを頬張る親分はとても可愛い。ニコさんが夢中になるのも分かる気がする。

 

「だが、問題が発生した」

「問題ですか?」

「あぁ、フィオは可愛い。これは絶対だ。だがな……」

「だがな?」

「たまたま、出会った子がとても可愛い子でだな」

「随分と浮気性なんですね」

「浮気性なのではない! 私はただ小さくて可愛い子が好きなだけだ!」

「ちょ! もう少し声を抑えて! 親分に聞かれたらマズイ事になりますよ!」

「う、うむ……」

 

 慌てて親分を観察してみるが、アイスに夢中のようだ。アイスの力は偉大。

 

「可愛い子と出会えてどうしたのですか?」

「その子はだな、最初は私の顔を見て怯えていたのだが、内面を知ると怯えた事に対して謝罪をしてくれた」

「また、人の出来た方ですね」

「あぁ……。そして無茶をした私を叱りつけてくれたのだ。あの時に受けた衝撃は今も忘れられない」

「初めて人に怒られた、それも自分の身の事を案じて。でしょうか?」

「そうだ。小さくて可愛くて私の事で怒ってくれた少女。このおかげで最近、悩みが発生した」

「悩みですか?」

「かわいい。という言葉だけでは私の心が収まり切れないのだ」

 

 頭痛がしてきた。ついでに嫌な予感も。

 

「その為に、今回ハルトを呼んだ」

「私にどうしろというのですか?」

「今の私の心に埋まる適切な言葉は無いか?」

 

 そういう事ですか。いや、こういう事ならまだ平和的でいいよね。

 

「んー。愛らしい?」

「意味としては間違いではないが、足りない」

「愛おしい?」

「それも分かる。可愛い子を見つめている時に思うからな」

「愛でる?」

「今のフィオに対して思っている言葉だ」

 

 二杯目のアイスに立ち向かう親分。たまに自滅して頭を痛めている。

 

「何か、何かないのかハルト。このままでは私の心が!」

「今の親分を見ていれば落ちつきませんか?」

「それとこれは別だ」

「うわっ、面倒くさっ」

 

 とはいえだ、二つほど検討はついている。利用方法が合っているのかも不安。そしてユーハング語、理解出来るであろうか。

 

「二つほど、思い浮かびました」

「……なんだと」

「頼んでおいて本当にあるのかって態度、傷つきますよ」

「すまん。まさかこれ以上、案が出て来るとは思わなかったのだ」

「やってみないと心に当てはまるか分かりませんから、実際に試してみましょう」

「どうするんだ?」

「まず目を瞑って、少女の顔を思い出してください」

 

 言われたとおりに目を瞑るニコさん。そこまで深刻な状態なのですか……。

 

「どうすればいい?」

「先程、話をされていた少女との内容を思い出していってください」

 

 しばしの間、黙るニコさん。ただし表情がマズイ。お見せ出来ない顔をされている。

 

「最後にその子、なんてニコさんに言われたのですか」

「……ありがとうだ」

「その時に可愛いって言葉を思い浮かべるとどうなります?」

「……可愛いだけでは足らない」

「ユーハングの言葉では可愛いを通り越すと、尊い、という言葉が使われるようになりましたが、そちらはどうですか?」

 

 尊い。その言葉を念仏のように繰り返すニコさん。駄目かね。

 その刹那、目を見開き、机の上に置いていた私の両手を掴み、重ねる。そのまま力を込めて何かに祈りを捧げるような姿勢になる。とりあえず手を。

 

「ハルト」

「なんでしょうか。手を」

「……素晴らしい」

「は?」

「言葉の意味は分からない。だが私の心がその言葉を求めていたかのように、ぴったりと収まったのだ」

「そ、そうでしたか。それはよかったかと」

「ありがとう。ハルト。お前に出会えてよかった」

「あ、はい。こちらこそお会い出来て光栄です」

 

 なんとかニコさんとの用事も終わりそうだ。一安心。できやしなかった。

 

「もう一つのはなんだったのだ?」

「アレは少々、上級者過ぎるといいますか。心が持っていかれる可能性が」

「私がフィオ以外の相手に浮かれるとでもいうのか!」

「浮かれてますやん……」

「私の事であれば気にしないでくれ! 今の私に怖い物などない!」

「どうなっても知りませんよ?」

「構わん。教えてくれ」

 

 どうしても知りたいらしい。禁断の言葉を。愛を。

 

「では先程と同じ様に目を瞑って少女を思い出してください」

「分かった」

「そして今度は叱られているところで一旦止まってください」

「今、とても叱られている」

 

 しょんぼり眉毛のニコさん。さぁどうなる。ニコさんにこの適正があった場合、タネガシで一体何が起こる。

 

「では、怒っている少女に対して可愛いという言葉は浮かびますか?」

「怒られているから難しい」

「尊いという言葉は?」

「……怒られているせいで辛い」

「では、ママという言葉は?」

「ママ? 彼女は私の母親ではないぞ?」

「いいから、先程と同じく呟いてみてくださいよ」

 

 ママ。ママ。これ、聞いてるだけでも恐怖を感じる。

 呟く言葉は一定の間隔を保ちながら呟かれている。問題は先ほどと違って帰ってこない。まさか、心を、魂を持っていかれたのか! 

 ニコさんの肩を掴み、揺らす。強制的に戻さなければ帰ってこれなくなってしまう。頼む! 帰ってきてくれ! ニコさん! 

 目をゆっくりと開くニコさん。先ほどとは違う、穏やかな顔。まさか。

 

「ニコさん、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫、大丈夫だ」

「本当に?」

「あぁ、ハルト。ありがとう。私は世界の真理を見つけた」

 

 駄目なのが来ちゃった。

 

「あの人は、あの少女はママだ。私のママになってくれる人だったんだ……」

「ちょ! 違いますから! 戻ってきてください、ニコさん!」

「大丈夫だ、今はとても心が穏やかなのだ。今まで本心を隠し続けて生きてきたのはなんだったのだろうか」

 

 あかん。これはマズイ。だが、まだニコさんを現世へと戻せる方法がある! 

 

「親分! 緊急です!」

「んお、どうしたんだハルト?」

「いま親分が食べているアイスをニコさんに食べさせてあげてください!」

「どうして私がそんな事をしなくちゃ」

「お願いです! 後で何でも言う事を聞くので今だけは!」

「お、おう。分かった、分かったよ」

 

 席を立ちあがり、アイスの容器を持ってニコさんの横へ移動する。

 

「やぁ、フィオ。今日も可愛いな」

「……大丈夫か、コイツ?」

「駄目になりかけているから頼んでいるのです! そのままアイスを食べさせてあげてください!」

「わたしが!? それでどうにかなるのかコレ!?」

「なるのです! お願いします!!」

 

 頭を下げて真剣なお願い。さすがの親分も何かを察したのか、ニコさんにアイスを食べさせようとする。

 

「ふふふ、今日のフィオは一段と尊いな……」

「気持ち悪いなぁ……。はよ戻れ。アーン」

「アーン」

 

 素直に従ってアイスを食べさせてもらうニコさん。だが、パンチが足らないのか……。

 

「アイス、美味しいな」

「おいハルト!! 戻らないぞ!!」

「少々お待ちを!」

 

 ニコさんの耳元まで近づき一言申し上げる。

 

『ニコさん! フィオさんにアーンしてもらえたんですよ! しかも間接キスですよ!』

 

 その瞬間、震えはじめる肉体。心と身体が争いを始める。頼みます! 禁断の言葉を口にした私も悪いのです! 戻ってきてください! 

 親分はさっさと席に戻って三杯目のアイスを頼む。

 長く短い時間、その時、ニコさんは咆哮をあげる。全てを思い出したかのように。

 

「だいじょーぶかー? ニコー?」

「……あぁ、危ないところであったが助かったよ」

「適正持ちが覚えるとこうなるのですね……」

 

 かくして日常を再び得られたのだ。

 

 

「すまなかった」

「いえ、私も軽率でした」

「あの言葉は危険だ。二度と使わないと誓おう」

「それがいいと思います。あとせっかくなので口直しではないですが」

 

 マロちゃん人形を膝の上に乗せる。

 

「アノマロカリスの人形? それがどうかしたのか?」

「親分がしばらくの間、抱き枕として使っていたのですが、副長にお子様と言われて以来、部屋の隅に置かれていたのですよ」

「それを私に持ってきてどうするんだ」

「使いません? 親分のお古になりますけど」

「使う」

 

 一応、親分に許可をもらおう。

 

「親分、マロちゃん人形をしばらくニコさんにお貸してもよろしいですか?」

「んあ、ニコはそんな人形が好きなのか、意外と可愛い物が好きなんだな!」

「……あぁ、気になってはいた」

「しょうがないなー、まっ! 今は使ってないし、その人形の良さも分かっているのならしばらく貸してやろう。フィオ様の寛大な心に感謝するんだぞ!」

 

 なーっはっはっはっと高笑いをしていた親分であるが、突如、高笑いが止まる。

 

「すまん、トイレ貸してくれ……」

「アイスを食べ過ぎたのですね」

「うっさいぃぃぃ」

 

 子分に案内されて消えていく。

 

「そんなわけで、マロちゃん人形でしばらく心の安定化を目指して頑張ってください」

「……今回は色々と面倒をかけたな、ハルト」

「気にしないでください、私もご迷惑をおかけしまいましたから。あ、こんなところに親分の涎の後が残ってる。拭かなきゃ」

「ヤメロォォォォォ!!!」

 

 

 二人が次のシマへと向かうため、ヤジョを離れて行く。

 予想外の訪問者はフィオだった。だが、フィオにありがとうと言ってもらえ、あまつさえ、アーンまでしてもらった。その後の記憶が飛び飛びなのが辛い。

 私の人生の中でもっとも充実した日である事は間違いない。それを手引きしてくれたハルトに感謝をしなければ。

 

 あいつは物ではなびかない。イサカとレミが言っていた気がする。よく聞いていなかったけど。そして孤児である可能性も。

 だが、私はハルトに対しもう一つの可能性を見つけた。

 前回、会った時にハルトは上着に水を零した。風邪を引かれては困るので私のシャツを貸してあげたのだが、案の定ブカブカである。

 童顔で小柄な体格、恥ずかしそうにシャツの袖から指を出していた。その時、私の全身に何かが走る。ハルトは本当にハルトなのか? 

 疑問は深まる。確信へと辿り着くにはまだ何かが足りない。そう考えていた。昨日までは。

 

 今日の出来事で確信した。ハルトは女の子だ。私が守るべき可愛い女の子だったのだ。

 落ちつきのある喋り方。自身より他者を労わる優しい心。私に対して怯える事もなく接してくれるあの器量。華奢な手。そして困ったときの顔。かわいい。

 では何故、男のフリをしているか。そんな事、この世界が悪いに決まっている。彼女を彼女のまま生活していけない世界が悪いのだ。

 守ってやらなければ。幸いにフィオと共にしている事が多い。二人を、フィオとハルトを私が守らなければ誰が守るというのだ。

 

「アハハハハハ!!!」

 

 いままで自分の意思とは無関係に世界が進んでいた。だが、フィオと出会い、ハルトと出会った。この為に世界は私を導いていたのだ。

 この先は私の意志で進ませてもらう。たとえ世界が敵になろうとも、二人と可愛い子を守る為、私は生きていくのだ。

 

 

「ボスの咆哮が止まらない……っ」

「ついに始まるぜ……。血で血を拭う争いが! 死と隣り合わせで踊る輪舞がよぉ!」

「若頭! 一体何が起こるんで!?」

「最初の生贄が決まったのさ……。狂犬フィオと期待の新入りと呼ばれているアイツによぉ!」

「フィオだけでなく新入りにまで!? 一体なぜ……」

「ボスには敵はいない。だが、確実に潰せる芽から潰して一人残らずフィオ組を潰す気だ……」

「なんという事を……。新入りにすら手を抜かずに潰そうというのか、ボスは……」

「クックック……。空は硝煙にまみれ、大地は血とオイルで塗り潰されていく。だが、ボスを一人だけそこへ行かせるわけにはいかない。そうだろう?」

「へい! 行先が地獄でもお供しますぜ!」

 

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