「今度はシアラのシマか……」
「おや、親分。あまり乗り気でないご様子」
「あいつは昔から何かとつけて人の身長をバカにするのが趣味な性悪女なんだよ」
「長いお付き合いのようで。でもお会いするのはシアラさんではありませんよ」
「ん? それじゃ誰と会うんだ?」
「副長であるヴィトさんですよ」
「アイツかぁ、あいつも苦手だ」
「親分にも苦手な人っていたのですね」
「シアラに蹴られて喜ぶような奴だぞ! シアラの事をさし置いても人に蹴られて喜ぶヤツが存在するなんて信じられん」
「そこら辺は人それぞれですからね」
「……ハルトはそういう趣味はないよな?」
「私? 握手や抱擁がいいですね」
「そうだな! そうだよな! よかった……」
親分の心配事は解決されたご様子で。ヴィトさんの性癖はちょっとレベルが高すぎる。
ヴィトさん自らお出迎えをしていただき、部屋へと通される。
椅子に座り机を挟んで交流開始。といきたいところではあったが、親分が既に飽きている。
「親分、よければ少し、仮眠を取られては如何ですか?」
「んー、うーん」
「突如お付き合いさせてしまいましたから、ここで一休みしていただければと。あと一件ですから」
「そちらのソファでよろしければ、お使いください」
「……わるいな、少し使わせてもらうな」
「どうぞ、ごゆるりと」
「終わりましたら、私が起こしますのでゆっくりされていてください」
「わかった。ちょっと寝る」
ソファに横になる親分。しばらくもしないうちに寝息が聞こえてくる。寝つきの良さは羨ましい。
風邪をひかないように上着をかけておく。これで大丈夫だろう。
「さて、ハルトさん。本題に」
「分かりました。今回はどのような用件でしょうか」
「実は……」
ゴクリと喉を鳴らすヴィトさん。一体なにがあったのだろうか。
「最近、シアラ様からの寵愛を受けられないのです」
「……はぁ?」
「言葉であれば出会うたびに頂けるのですが、その」
「蹴られたり、踏まれたり、乗られたり、ですか」
「よくご存じで。我らシアラ組以外の方に理解をしていただける日が来ようとは……」
「理解はしますけど、私は違いますからね。ここ重要だよ?」
「私どもはシアラ様が心配で心配で。我々にご褒美を与え続けてくれたシアラ様が突然、何もなされなくなってしまい、体調でも優れないかと考えたら夜も眠れなく」
「私で解決できる用件だとはとても思えませんが」
「一度だけでいいのです。部屋にいらっしゃるシアラ様にお会いして、様子を見てきていただきたいのです」
「私、殺されないでしょうかね?」
「そこは大丈夫です。外から私が見守っておりますから」
私に向けられる殺意を愛情に変換して受け止め……もとい、庇ってくれるのだろう。
「分かりました。シアラ組の副長でもあるヴィトさんに頼まれて断るわけにはいかないでしょう」
「おぉ! ありがとうございます! ハルトさん!」
立ち上がり握手をする私達。身の丈にあった普通の会議っぽい光景だ。それでも相手の立場は副長だけど。
こうして連れてこられたシアラさんの部屋。ヴィトさんがノックをしてお伺いをたてると返事が返ってきた。
「フィオ組の部下の方がいらっしゃいました」
「はぁ? そんなヤツ追い出しなさいよ。命令されなきゃできないわけ?」
「ですが、私の権限では対処しにくい用件でありまして。是非ともハルトさんにお会いしていただきたいのですが……」
「ハルト? なんでわざわざアイツがここにいんのよ」
「頼まれ事が御座いまして、突然ではありますが面会をさせて頂きたく」
分かったわよ。面倒だと隠しもしない声と共に椅子から立ち上がる音が聞こえる。
親指を立てて成功だ。といわんばかりのヴィトさん。シアラさんを騙してでも安否を気にかける。その姿は忠義か、犬か。
扉が開けられて、現れたのはこのシマを仕切っているシアラさんの姿だ。
「はいはい、ハルトだけ入ってきなさい~」
「シアラ様! 私は!」
「アンタは入ってきたら蹴るわよ、ブタ野郎」
嬉しそうに突入する。そして罵声と怒声に包まれながら転がるように戻ってきた。ただのブタであった。
「早く入りなさいよ」
「失礼します」
「そこのブタ野郎が入らないように扉も閉めておきなさいよ」
命令されたのでそっと閉じる。恍惚の顔をしたヴィトさんが見えたが、どうする事も出来ないのでそっとしておこう。
「それで、フィオから何か頼まれたの? 人に頼むより自分で行動する子なのは私が一番理解しているつもりなんだけど」
「ご想像通りです。親分から頼まれてきた訳ではありません」
「それじゃあ何よ? つまらない理由なら殺すわよ?」
「先程、蹴り飛ばされたヴィトさんにシアラさんの様子を伺うようにと依頼がありまして」
「ヴィトが? 何のために?」
「いわゆるその、ご褒美が貰えなくて禁断症状が起き始めていたようでして」
シアラさんがとても楽し気に、狂気に満ちた溢れた笑いをする。
「ハルトぉ、あたしが出す問題に答えられたら無事に返してあげるわぁ~」
「なんでしょうか?」
「あたしがヴィト達を蹴り飛ばさなかった理由よ。答えてみなさい?」
理由。分かるわけもないが、脳味噌に問いかける。この人達の関係はいわゆる女王様と下僕。SとM。どちらがどの立場なのかは言うまでもなく。
普段からブタ野郎と罵り、反応を楽しんで蹴り飛ばす。うーん……。
「シアラさんからの罵声も蹴りも、毎日もらえるモノだと認識されていたら反応が同じで変化が起きないから?」
「あら、簡単すぎたかしらね。フィオ組の奴ですら分かるというのにあたしの下僕は理解できないのよ。だから調教中なの」
「お邪魔をしてしまいましたか?」
「そうよ。調教中だったのに、つい気持ち悪くて蹴り飛ばしちゃったじゃない~。どうしてくれるのかしら?」
「私がシアラさんから彼らのような事をされても、シアラさんが喜ぶような反応は難しいかと」
「……そういえばアンタ。最近フィオにずいぶんと気に入られているようね」
「目にかけてもらっている事は確かです」
「フィオのお気に入りであるアンタがあたしの手で情けない姿にされたのを見せたら、あの子はどんな反応をするでしょうねぇ~」
「激おこぷんすか丸になるかと」
「意外と理解してるじゃない。そうよね、フィオの事だから自分の子分を貶されたりしたら自ら現れて喧嘩を売ってくるわ~」
その親分は同じ屋敷内で仮眠中。黙っておくべきなのは理解した。
「ハルト、そこで四つん這いになりなさい」
「お断りします」
「アンタに拒否権なんてないのよ。やりなさい」
拒否し続けたら、きっと頭と身体がお別れしちゃうよぉ。仕方ない、ちょっとだけ我慢をすればいいのだ。
言われたとおり、両手と膝を床につける。蹴られる……のかと思われたが、上に乗られた。
シアラさんの柔らかな感触が腰の当たりから伝わる。重みを感じさせず、どこからあの力が出されているのか不思議である。
「ほら、歩き回りなさいよ、ブタ野郎」
「特にブタのような体形はしておりませんが」
「ブタが口答えしなくていいのよ。ほら、はやくはやく」
尻を何度か叩かれたので四つ足歩行を開始。ハルト、動きます。ぶひぃ。
なおも尻を叩き笑うシアラさんの姿は可愛らしい。のだが、ニコさん曰く、中身が可愛くない。
特殊性癖を持ち合わせていないと、この姿は屈辱……とまではいかないが、背中に乗っているシアラさんがまた見た目愛らしいせいで、家族の集まりとかで来た小さい子のお守りをしている感覚だ。親分と大差のない身長だし。
「あはは。アンタ、才能あるんじゃないの?」
「まったくをもって喜びを感じませんが」
「それを喜びに変えてあげるのがあたしの役目よ」
「なんという悪女でそう」
「あら、誉め言葉、ありがとう」
皮肉も何も通じないのである。何週目かのお馬さんごっこならぬ、ブタさんごっこ。流石に辛くなってきた。
「ほらほら、ペースが落ちてきてるわよぉ」
「後何週ぐらいですかね?」
「そんなの、あたしの気分次第に決まっているじゃない」
「鬼! 悪魔!! フリフリスカート!!!」
「最後のはなによ……」
気合を振り絞り、ひたすら同じ場所を周回中。叩かれる尻、いけない、これはいけない気持ち。理性を保ち、耐えなければならない。
「意外と耐えるわね。いいのよ、楽になっても。その瞬間にアンタの運命が決まるでしょうけど」
「耐えてみせますよ。頑張りますよ。これぐらいではっ」
「……ハルト。どうしてそこまで意地を張るの? フィオに失望されたくないから?」
「親分が出てくる要素ってどこかにありましたっけ!?」
「そこら中にあるじゃない。違うの? なら何故? 組も違うし私が性悪女だと聞かされているでしょう?」
「聞いていますし、今まさに実感もしていますよ!」
「なら何よ? 答えなさい? 蹴られたいの?」
尻を叩かれるぐらいならまだしも、蹴りは上級者すぎる。私はいたって普通なのだ。
「シアラさんが病気や悩みを抱えていたわけでは無い事が判明したからです」
「……はぁ? 何言ってるの? 馬鹿なの?」
「そう言われましても! 最初にお会いした時にお伝えしましたでしょう! ヴィトさんからシアラさんの様子を伺うようにって!」
「忘れてたわ、そんなこと」
「この人、酷すぎる」
実に楽しそうに笑うシアラさん。片手は私のシャツを掴み、もう一つの手は尻に置かれたまま。時折、楽しくて仕方ないのか、尻を叩く。自分の尻ながら良い音を部屋に響かせるのは、上に乗っている調教師の賜物か。
「アンタ。本当に変わっているわね。ヴィトに頼まれたからって、組も違う幹部に近づいて、直接あたしの確認をしに来るなんて」
「頼まれたとはいえ、私もこの部屋に入ってから後悔してます」
「もう遅いわよ、アンタのその上っ面、全部私が引き剥がしてあげるわ」
「上っ面って! 私はこれが素なのですが!」
「そんなわけあるわけないでしょ。仮面の下にある醜い部分を引き出してあげるわ。感謝しなさい」
「無いです! 素です! それでもというならこちらも手がありますよ!」
「何よ、今のアンタに何かできるとでもいうの?」
やりたくはなかった、呼び出したくなかった。だが、こういう時に助けを呼ばずして誰を呼ぶ。
「親分……」
「親分? フィオに助けを乞うのかしら。ほ~ら、叫んでみなさい。許可するわよ」
「たーすけてぇぇぇおやぶーーーん!!!」
「あははは!! 本当に呼ぶなんて情けな!! ほら、いまのアンタ、とっても素敵よ」
笑い声と尻の叩く音が響く部屋に、一つ違う音が走りはじめた。
「な、なによ。この音は?」
当りを引くまで、目につく扉を片っ端に開いていく。ヴィトさんが踏まれたのだろうか、漏れるような声が聞こえた。そしてこの部屋の扉が開かれる。
「ハルトォォォォォ!!!」
流石のシアラさんも驚いた表情。それはそうだ。いるはずのないと思っていた人物が目の前に現れたのだから。
「おやぶーん! 助けに来てくれたんですね!」
「おうよ!! ってなんつー格好してんだオマエは!!」
「あら~本当にいたんだ。いらっしゃい、フィオ」
「おい! シアラ! ハルトになにしてやがんだ!!」
「あら心外。彼は自分から跪いて懇願してきたのよ」
「なにかがおかしい」
「ハルトがそんな事するか!! ハルトはおまえらとは違って普通だ! 普通!」
「気づいてないのね~フィオ。コイツの本性に」
「本性? ハルトはハルトに決まっているだろう!」
「まぁいいわ。今日は十分に楽しませてもらったから。帰っていいわよ」
そっと私から立ち上がるシアラさん。腰の辺りに感じた温もりが消えて少し寂しさを覚え……ちゃ駄目なやつだ。
足にうまく力が入らないが、親分が手助けをしてくれた。袖まで通していた私の上着を脱ぎ、渡されて、この屋敷に来た時と同じ姿に戻る事ができた。
「そういやアンタ。他の幹部からいろんなモノを貰っているんだっけ。スタンプラリーでもしているのかしら」
「シマでの行動を認知する許可証代わりで頂いてはいますが」
「あたしのシマの許可証もあげるわ。今度から来る時には必ず持ち歩きなさい。確認した時に持ち歩いてなかったら殺すわよ」
無造作に上着の横ポケットに手を突っ込まれる。何かが入れられたのは分かるが、取り出さなければ確認できない。
「一体、なんでしょうか?」
「ハルト! 取り出して私にも見せろ!」
「それはだめよ。フィオに知られてみなさい。バレた事が分かったら、もっと凄い事をしてあげるから」
「おおおやぶん! どうか! どうかご勘弁を!」
「ぐぬぬぬ! 人質を取りやがって! それがマフィアのする事か!」
「マフィアだからこそ好きにするんでしょうが。相変わらずアタマかったいわねぇフィオは」
「んがーーーっ!! これ以上、シアラと喋っていても埒が明かない! 帰るぞ!! ハルト!!」
「あい、シアラさん。お邪魔致しました」
「律儀に挨拶をするな! 自分が何されてたか分かっているのか」
「ぶひ」
「正気に戻れ! このバカたれ!!」
再び尻に衝撃が走る。その威力はシアラさんの比ではなかった。当たり前である。手ではなく足だったのだから。
「は~い。今度来る時は一人でいらっしゃい~」
この数日、考えていた事があった。
一部の幹部でハルトの能力の高さと、同情にも似た意見が出ているのを聞いた。それを聞いた時に思った。ばっかじゃないの。
あたし以外は気づいていないのね。アイツはクソみたいな仮面を被っている事を。
優しい? 誠実? 自分より他者? 馬鹿じゃないの。そんな人間、このクソみたいな世界にいるわけないじゃない。
他者に取り繕ってへばりついているだけのアイツに誰も気が付きやしない。滑稽で笑えてくるわ。
でもいいの。しばらくは放置してあげるわ。気が付かれないという事は信頼されていくという事なのだから。
もしゲキテツ一家のシマで何かを起こしたら、私のおもちゃに傷をつけるような事をしたら、ぶっ殺してあげればいいと思っていた。今日までは。
実際に会ってみて分かった事があるの。アイツはフィオやニコ、ヴィトとは違う、私の新しいおもちゃになれる可能性があるということを
フィオ達のようにおちょくっても瞬間沸騰をするタイプでもない。ヴィト達のようにすぐに喜びを見つけてしまわず、簡単には従順にならない精神の強さ。このあたしに直接、物を言える姿勢。
少しだけ見せた仮面の下の本性。これをあたしが手に入れる事が出来れば、新しいおもちゃにハルトを追加する事ができればどれだけ楽しい事になるのかと。
でも急いではダメ。楽しそうだからといって焦ったらすぐに壊れて消えてしまうわ。今はまだそっと、優しく育てていかなければ。
すぐにでも仮面を剥いで、本性を剥き出しにしてあげたい。その時はどんな声で鳴いてくれるのかしらぁ。でもあたしは我慢強いの。キチンと実が熟してから偽りの仮面を握り潰してあげるわ。
「あはっ。ハルトぉ。予想外のところからおもちゃが増えて楽しくなってきたわ」
それまであたし以外に潰されるような事にならないでよ、ハルト。あたしを楽しませて頂戴。