怪盗団アカツキ その1
「なら、ハルトに手紙を書いてもらえばいいじゃない」
丁重にお断りをされ、手元に舞い戻ってきた万年筆を受け取ると、リガルさんが突拍子もない事を言い始める。
「手紙と申しますと?」
「素敵なお話を受け継いでいる万年筆に綴られる感謝の言葉。モノよりも想いの方が大切って事よ」
「なるほど、確かに万年筆そのものは受け取る側も扱いに困りますよね……。少々お待ちを」
手帳を取り出し、ロイグさんとリガルさんに気持ちを伝えるべく筆を走らせる。月が綺麗……ってこれは感謝とは違う。
ど真ん中に書いてしまったので、そこのページは切り離して三角形に折り曲げテーブルの上に置く。余白部分を控え書きにでも使えばいいか。
「いいのよ! 感謝されたくてした訳ではないのだから!」
「そうは言いながらも好奇心には負けたじゃない? ロイグ?」
「んぐっ! ま、まぁそうだけど……」
表情や仕草がコロコロと変わるロイグさん。大人の女性ながら可愛らしいさを感じとれてしまうのは、そういった表現が親しみを覚えやすいからなのかもしれない。
簡潔な文章となってしまったが感謝の気持ちはたっぷりと。うん、これなら大丈夫なのではないか。そう思っていた矢先、リガルさんから声をかけられる。
「ねぇ、ハルト。この手紙の文字ってイジツの文字ではないわよね?」
「へ? あぁ! それは間違えて書いたものなので気にしないでください!」
「もう遅いわよ。ロイグなんて興味津々で見つめているもの」
視線で指示をされた先には、あの三角折りにした手紙を広げて見つめるロイグさんがいる。解読をしようとしているのか、とても真剣な眼差しで。
そんなにも熱心に読まれていると意味がバレるのではないかと気が気でない。
「ロイグさん。その手紙は間違えて書いたものなので、是非とも返していただきたく」
「ハルト。もしかして、ユーハング語を理解をしているの?」
「えっと……。多少なら理解できるかと」
「文字が書けるのに多少な訳がないと思うのだけど?」
「たまたまその言葉が印象に残って覚えていただけですって」
「ならこの文字は何て書いてあるの?」
そう問われると返答に困る。様々な説があるらしいけど、基本的な解釈では愛しています。
流石に口に出せる訳がない。出会って数秒とまでは言わないけれど、名前を伝えあった程度である。
メモ書きの内容を誤魔化す方法はないものだろうか。
ロイグさんは楽し気に私の言葉を待ち続けて言える。そんな可愛らしい姿を見ていると言葉が自然と思いつく。
「貴女は美しい」
可愛いと伝えなかったのは、女性を褒める場合は可愛いより綺麗が良いと何かで聞いた記憶があったから。
ロイグさんの顔はイジツの荒野で見た夕焼けのように燃えるような赤紅色に染まる。
書き損じた手紙はテーブルの上に落ち、両手は膝に置かれ、視線は当てもなく泳ぎまわる。
一方、リガルさんは当然と言わんばかりに自身に満ち溢れた表情。短く整えられた髪を指先で触る。
各々の反応は対照的で、とても魅力的で見惚れてしまいそうになるが、流石にもう飛行船に戻らなければ。
「紅茶、ご馳走様でした。匿っていただき、ありがとうございました」
「待ちなさい」
服の袖をリガルさんの手によって引っ張られる。
「リガルさん! 流石に門限に間に合わなくなるので勘弁してください!」
「門限? それってこの町で鳴る鐘の事かしら?」
「そうです! それが鳴ったら直ぐに戻る様にと約束をしているのですよ!」
「残念ね。鐘なら整備の為に外されていて、本来、鳴らされる時刻もとうに過ぎているわよ」
「嘘ですよね?」
「本当よ」
終わりを悟り、顔を両手で覆う。これは絶対に怒られる。ユーリア議員は元よりレオナさんからも。あれだけ自信満々に一人でお出かけ余裕であります! という態度でお出かけしてこの有様だ。
ユーリア議員の怒髪天を衝く姿を想像するのは実に容易い。だが、前向きに考えてみよう。怒ってもらえるのならまだマシなのだと。
顔を隠していた両手をそのまま頬に持っていき、気合を入れ直すように軽く叩く。よし、怒られに帰ろう。なんだそれ。
「覚悟を決めたので帰りますね」
「そんなに恐ろしいお説教が待っているのかしら?」
「かなりのものが。それでもリガルさん達に匿っていただけなければ怒られる事すら叶わなかったかもしれません。本当にありがとうございました」
「いいのよ、別に。こちらも好奇心から始まった事だとはいえ、美しい物を見せてもらえたのだから。ここまできたらハルトの身に起きた出来事について私たちが説明してあげるわよ?」
「いえ、これ以上お世話になるわけにはいきません。お気持ちだけいただいておきます」
「そう、それじゃ行きましょう」
「あの……人の話を聞いていましたか?」
「もちろんよ。ロイグ、いい加減正気に戻りなさい」
「ひゃい!」
素っ頓狂な声を出して返事をするロイグさん。先程より表情は赤みが薄くなっているが、泳ぐ視線は変わらない。
「それじゃ、ハルト。案内をしてくれるかしら?」
「本当に良いのでしょうか?」
「それだけ素敵なものを見せてくれたという証拠よ。気にしないで」
「……分かりました。お世話になります」
会釈をして、案内をするように来た道を戻る。僅かでもいいのでユーリア議員のお怒りが減少しますように。
『ねねっリガル! このままハルトについて行くのは少し危険じゃない?』
小声で心配そうに話しかけてくるロイグ。普段は自信満々な割に、時折、極度なまで慎重になるのだから不思議ね。
それとも先程、言われた言葉が未だに尾を引いているのかしら。
これだけの美貌を持った女性なのだから、言われ慣れていてもおかしくないはずなのに。
『あら、スリルも怪盗らしくて良いのじゃなかったのかしら?』
『それは否定しないけど、まだ予告状も出していないのに近づくのはどうかなぁーって』
『あなた、本当に予告状が好きね……。いま、彼を逃したら二度と近づけないかもしれないわよ』
『オウニ商会にコトブキ飛行隊。それにガドールの議員までついている。普通じゃありえないぐらいの人選よね』
『えぇ、それにハルト自身もユーハングについて詳しく知っているような素振りを見せていたわ。もしかしたら……』
『私たちの本当の目的。夜明けの鷹に関する事が分かるかもしれないって事?』
『可能性は十分あるでしょう? 何も当てが無い以上は、震電を狙うよりも唯意義だと思わない?』
『そうね……。うん! 分かったわ! 覚悟を決めてハルトの素性を探ってみましょ!』
『それでこそ、怪盗団アカツキのリーダーよ。ロイグ』
結論。お二人の尽力も空しく怒られた。そのまま二人も一緒に。
「ハルトを助けてくれた事に感謝するわ。そのまま連れ攫われていたら手間が増えるところだったもの」
連れ去ろうとしたゲキテツ一家のフィオさん達の名前は伏せる事になった。
「無事に戻ってきた事が重要であって、相手はさして問題ではないのよ」とはリガルさんの弁。
「いえ、私たちも偶然その場に遭遇しただけですから、気に為さらないでください」
「鐘が整備中だったという事も分かったわ」
「えぇ、なので余りハルトを責めないであげてくれませんか?」
「私には外出をするという事を一切伝えずにアレシマの図書館で調べ物。あげくに誘拐未遂。私が仕事中だというのお二人と門限を忘れる程、お茶を楽しんできたハルトを怒るなと?」
「はい、すみません」
私の為に仕事をしていたのに、当の本人は女性二人とゆっくりとお茶と会話を楽しんでいた事がユーリア議員を怒らせてしまう要因であった。
とはいえ、初めて会った時のような口調ではなく、心配をして怒っている事が言葉を通じて伝わる。
門限に遅れてしまった事実は変わらない。心配をかけてしまった分はきちんと素直に怒られよう。
隣にいたロイグさんは「はい、すみません」を繰り返し、リガルさんは「理不尽よ!」という表情を崩さない。
なんと言いますか、巻き込んでしまい申し訳なく。
ユーリア議員に心配をかけて怒られたのだ。だとしたら言うまでもなく、私はもう一度、怒られるのである。レオナさんに。
最初に私を救ってくれた二人に対して感謝の言葉を伝えるレオナさん。疲労困憊な二人は「気にしないで」と伝える。
この間、私は壁際に直立不動で立たされたまま。視界の端にはニヤニヤと楽し気な顔をしたキリエとチカの姿が見える。
二人と話を終えたレオナさんがこちらにやってくる。そして一息を入れた後に始まるお説教。
「ハルト! 私がどうして怒っているのか分かっているか!?」
「はい! 町をぶらついて誘拐されかけたせいでしょうか!?」
「それについてはそこにいらっしゃるお二人には感謝の言葉以外は思いつかない。だが、怒る理由はそれだけではない! 分かるか!」
「ご心配をおかけして申し訳ございませんでした!!」
直角に近い角度で頭を下げる。私には謝罪をする以外はないのだ。心配をしてくれる人達がいる事も忘れない為に。
「……はぁ。ハルト、頭を上げろ」
「はい」
「今後、遅刻は厳禁。寄り道は控える事。遅れる時は必ず連絡を入れる事。コトブキ飛行隊の名を落としめるような行動は隊員として断じて禁止だ!」
「あ、あの、私は隊員では」
「返事は!?」
「は、はい!!」
「無事でよかった」
私の頭に乗せられたレオナさんの手は暖かく、顔には安堵の表情。色々と気になった部分もあるけれど、ここで指摘するのは止めておこう。何よりもレオナさんの手から伝わる暖かさが心地よい。
「みんなも心配をかけてごめんなさい」
コトブキの皆にも謝罪をする。各々から無事で何よりとの言葉をいただき、少し涙腺が緩みそうになる。二名ほど、食べ物を要求してきたが聞かない事にした。
準備が済んだのだろうか、搭乗しているガドールの飛行船が再び動き始める。イサオさんの伝言を執事さんに伝えるべく、イケスカへと向かう為に。
コトブキの皆は、夜間警備の為に配置へとつく。コトブキ飛行隊がイケスカの空を飛ぶにはまだ危険が大きい為、道中の護衛が任務となるようだ。
夕食をいただき用意された自室へと戻る。すると後ろからはお二人も付いてきた。
本来であれば四人で使うべき部屋を一人で利用させて頂いている為、空きはもちろんあるのだけれど、同室って事はないよ……ね?
「みんなに心配をかけちゃ駄目よ? ハルト」
「あい、今後は気を付けます。ロイグさん達は、このまま一緒にラハマまで?」
「ユーリア議員からハルトを助けてもらったお礼がしたいと言われちゃってね。ケースに入った札束を出された時はびっくりしちゃったけど」
本来、私がお二人にすべきお礼をユーリア議員が先に手を打っていたみたいだ。そこで即座に札束を出せる事ができるのがユーリア議員の強さを感じる。
ここまで面倒をおかけしているのだから、ユーリア議員には今回の件も含め改めてお礼を伝える事にしよう。そして自分に出来る事で何かお返しが出来るように頑張らなければ。
「お金が欲しくて助けたわけじゃないからって遠慮させてもらったのだけど、なかなか難しい主義の持ち主みたいで」
「本人があげると言ってたのだから素直にもらっておけばよかったじゃない?」
「ちょっとリガル! 本心でもない事を言わないの!」
「はいはい。でも、私はハルトに見せてもらったあの美しい光景が映し出された写真で十分なのは確かよ」
「まぁそんなわけで、お互いに落とし所を探した結果、私たちがラハマに用事があるからそこまで乗せて貰う事で合意したのよ」
「そうでしたか。ですが、イケスカに立ち寄ってからラハマへ向かう事になりますが、お時間は大丈夫でしたか?」
「もちろん。こちらは割と自由だし、何より夕食時にユーリア議員が言っていた事が気になっちゃって」
夕食時の会話で、お二人の前でイケスカに用事があるのは私だとユーリア議員はあっさりと打ち明けた。ブユウ商事の事までは口にされていなかったが。
少なくともお二人は危険人物ではないと判断されたのだろう。もしくは何かが起こったとしても解決できる自信と力がある事を自覚しているからか。
「ちょっとした伝言を頼まれていまして、それをお伝えする為にイケスカへ寄るだけですから」
「伝言の為だけにこれだけの人達を動かすのだからよっぽどの事かしらね」
「そこは内緒です。リガルさん」
「あら残念。美しいものを共有し合った仲なのに寂しいわ」
手で口を覆うような仕草をするリガルさん。揶揄われていると頭では理解しているつもりなのに罪悪感を感じてしまう。
美しいものが大好きな人だと認識をし始めたが、仕草や服装を見ていると可愛いの印象が先行してしまう。ここの感性は人それぞれなのだろう。
「でも気になる事は確かよ。イケスカ騒動で一躍有名になったコトブキ飛行隊とユーリア議員とも親しくしているもの」
「それは皆さんが優しいからですよ」
「イジツにそんなお人好しはいないわよ」
「いますよ、私の目の前に」
ハイハイ、とリガルさんから素っ気ない返事を送られてしまう。でも、先程まで交わしていた視線には、ズレが生じる。
本心を伝えているだけなので素直に受け取って欲しいな。と思う反面、目の前の光景に考える事がある。
「……ロイグ。貴女はいつからそんなに人からの好意に過剰反応をするようになったのかしら」
目の前には部屋の天井を見つめ、頬を赤く染め、落ちつかない様子で身体をゆらゆらと動かしているロイグさんの姿があった。
恥ずかしい言葉は禁止。にすべきなのだろうか。でも想いは言葉にしなければ伝わらないわけで。
イジツの人達は人からの率直な好意や感謝に弱い節が見受けられる。
弱肉強食なイジツの世界では、むしろ私のような人間が異質なのだろう。日本であれば普通だけど。
だからといって止める気はないけどね。