興奮冷めやらぬ曽祖父をどうにか寝室に押し込んで、私とイサオさんはリビングで就寝。
翌日。起きた事には台所で曽祖父が昼食の用意をしてくれていた。イサオさんはまだ爆睡中。
出来上がった朝ご飯は和風一色。寝ている人を叩き起こして三人揃っていただきます。
朝食後にイサオさんから見せたい物があると言われ、連れて行かれた先は車庫だった。
「ハルト君を呼んだ時に珍しい物があるからってジイサンが言ってたじゃないか。それは昨日の話に少し出てたけど僕が搭乗してきた機体の事なんだ。ここの中に入っているよ」
曽祖父が車庫のシャッターを開けていく。現れたのは見るからに綺麗なプロペラがついた飛行機、かたやその隣には所々に銃弾の痕が生々しく残り、土埃まみれのプロペラのない飛行機。
「どう! 僕の震電は! これを完成されるのにどれだけの莫大な研究と時間と財産がかかった事やら。でもその分、性能はピカ一だよ!」
「そのご自慢の戦闘機もかなり損傷が激しいようですが」
「そうなんだよねぇ。油断して鉛玉を食らったあげく、穴に突入する為に無理をさせたからエンジンはお釈迦。こちらで不時着させた事も響いてこのままだと飛べない状態だよ」
イサオさんにしては珍しく凹んでいる。よっぽどのお気に入りだったのかな。
こうして現物を見ていると、本当に異世界から来たのだなと実感する。ましてはあのような損傷の仕方なんて現在の日本では到底見られないような傷跡だ。
流石に可哀想だったので軽く背中を擦って慰める。
「こっちにある羽の付いた飛行機も戦闘機なの?」
「隼一型だ」
「これに乗ってイジツに行こうとしてたの?」
「その通り。イジツには当時の機体が持ち運ばれた事は協力者達のおかげで知る事ができた。機体その物は用意はしたが残念な事に今回は飛ばす時間もなかったが、当時の日本軍の機体が今でもイジツにおいては基礎的な戦闘機になっている事がイサオのおかげで知る事が出来たのは運が良かった。それだけでも安心して飛ばせるよ」
「撃墜スコア持ちは凄いですな」
「何機。かだぞ。元は技術畑の人間だ。修理に整備をしていた頃の方が長かったな」
へー。そんな時代もあったんだと感心していたら。背中を擦っていた相手が丸くなっていた背中を伸ばして曽祖父に顔を向ける。
「ジイサン。頼みがある!」
「駄目だ」
「僕の震電を直してくれないか!」
「駄目だ」
「無論、お礼はする。というよりも直してくれたらこの機体をあげるから!」
「話を聞いていないのかお前は。無理なのだよ。物資とか技術とかの問題ではなく設計図が無い」
「なっ!? だってここはユーハングでしょ! 零戦は? 彗星は? 富嶽は!? 全部ユーハングから来た物だよ!?」
「残念ながら、ユーハング。日本軍は戦争に負けたんだ。そこら辺の機密書類は実際にあったとしても敵国に渡る前に焼却処分だよ」
呆然と立ち尽くすイサオさん。イサオさんがこの世界に来て知りたかった事の一つだったのだろか。
幾つかの機体は現在も現物保存がされていたり、レストアされて空を飛ぶニュースも見かけた事があるから全てではないのだろうけれど。
折角だからバイクをここに置きなさいと言われたので移動をさせる。私のバイクもそういえば、おハヤブサー号である。
エンジンを積んだ機体が三つ並ぶ。私のおハヤブサ。曽祖父の隼一型。イサオさんの震電。
今なお沈んでいるイサオさんを連れて家の中へ。そしてその日はあのテンションの高いイサオさんは戻っては来ずにその日は終わる。
翌朝、誰かに揺すられて目が覚める。言うまでもなく相手はイサオさん。
「どうしたんですか。朝も早よから」
「気づいたんだよ!」
「何にですか?」
「イジツに居た時だって断片的な情報から作りあげてきたんだ! 物資もあって技術力もあるこの世界でなら僕の知識も加えれば修理が出来る可能性がある! そしてその震電にハルト君に乗せてイジツに行ってもらうんだよ!」
唐突な話に曽祖父がいるかどうかを確認してしまう。よかった。いないみたいだ。
「修理はともかく、どうしても私をイジツに行かせたいんですね。やっぱり生還率とかの話ですか?」
「それも勿論の事だけど、ユーハングに住んできたハルト君からみたイジツを見てきて欲しい」
「話を聞くだけでヤベー所なのだけは分かりましたけど」
「そのヤベー部分をハルト君の目線から改善できそうな事を探すだけでいいんだ。ユーハングの仕組みと照らし合わせながらね」
これまた大きな事を言う。気に入らない物は爆撃してきた人間とは思えない。それにそういった事であれば尚の事、経験値がパネェ曽祖父が適任ではないかと。
「確かにその部分では強みと言えるだろうね。ただ……」
珍しく言い淀む。何か懸念すべき事でもあるのだろうか。
「単純にあのジイサンだとイジツに行ったら帰ってこない気がするんだ」
「口では言っていましたけど。探し物の為にアッチで骨を埋める気マンマンな口ぶりでしたね」
「それでは僕が困るんだ。いずれは僕もイジツに戻る予定はある。だけど僕がいなくなった間のイジツの情報が何もなければ帰るタイミングが難しい」
「イサオさんはイジツに戻って何を企んでいるんですか?」
「いやぁーそれが何にも浮かばないから困っているんだよね!」
「自分探しの旅で異世界に来たんかい!」
あははと頭に手を当てながら笑うイサオさん。少し元気を取り戻した模様。
しかしいくつか何か腑に落ちない事がある。イサオさんが私をイジツに向かわせようとし始めた頃から引っかかる何か。
曽祖父がイジツに向かうと、イサオさんはユーハングで私から手綱を奪い好きに行動し始めると宣言。曽祖父が無事に戻って来れる可能性が低いのでイジツの情報が手に入る可能性も低い。
仮に私がイジツに向かうと、イサオさんはユーハングで何をしようとする? 私がイジツに向かった場合のみ、年齢、体力以外の要素で帰還が出来る可能性がそこそこあるような考え方。
震電の修理を願い、その機体に私を搭乗させてイジツに向かわせたい理由……。
「んーーー分からん」
「ふふふ、これでも天上の奇術師と呼ばれた男だからね! ヒントは出せても答えまでは教えられないよ!」
「そのヒントで一つだけ分かる事はありました」
「なんだい。言ってみたまえ」
「私がひーじぃと今生の別れをしなくて済むには、イサオさんの提案に乗るしかない。という事です」
そう言うと、目の前にいるイサオさんの顔は背筋が凍るような感覚を覚えるぐらいの気味が悪い笑顔でこちらを見つめている。
最初からこの人はどちらに転んでも自分に損はしないように考えていたのでは。
その中の案で私がイジツに行くという最適な方に事が進んで笑いが止まらないのだろうか。
初めて出会って以来、これほどイサオさんが恐ろしい人だと感じるのは始めてである。現代人では無く異世界の。それも連合の長を務めて戦争を仕掛ける程の人間なんだなと。
引き攣る自分の顔を無理矢理引っ張り口を動かそうと頑張る。黙っていたら本当にいい様にこき使われるだけだ。
「私がイジツに行く気になった。イサオさんの機体を修理出来たとする。更に戦闘機の操縦経験も無い私でもイジツで生き残って探索が出来る方法。教えてもらえるんでしょうね?」
「ははっ勿論だよ。ジイサンの説得がてら説明をしていくからさ。聞いてみてよ」
そう言って曽祖父が起きてくるのを待つことになった。
結果だけ先に記述しておこう。私がイジツに向かう事が決定した。
昨日の悪ふざけのような空気もなく始まった話し合い。
曽祖父もその雰囲気を悟ったようにイサオさんと向き合い話し合いを始める。
イサオさんが私をイジツに向かわせたい理由。
イジツにいる自分の執事に言付を頼みたい事がある。その際の証明として震電を見せるのが最適である事。
穴から抜け出した後に出会うイジツの人間は、穴を調べさせていたイサオさんの手先の人間である可能性が高い事から、震電に私を搭乗させてイサオさんからの使者とすれば協力を得る事が出来る。そうすれば探し物も一人で途方もなく始めるよりは楽になる。
仮に反イケスカ連合側の人間に出会ってしまっても、震電の機体性能を生かして逃げ切る事が可能。
何よりも大切なのは、イジツから帰還する場合、穴が出現した時に目的が果たせなくても帰還を優先にするという意志を持ち合わせている事。
ここから先のやり取りは確認作業のような話し合いであった。
曽祖父が震電に搭乗では協力は得られるかどうか。帰還の意思が無い人には力は貸せない。
執事の言付については。生きているよ、と伝えればいい。
震電の修理方法については。昨日の内に思い出したことは書き留めておいたよ。
操縦経験もないハルトにこの短期間でどうやって操縦を教えるのか。空にさえ飛ばさせてくれるなら僕が直伝で叩きこむよ。
そして曽祖父はこちらに顔を向けて訪ねてくる。
「ハルト。本気なのか?」
「本気です。ひーじぃとこんな形でさようならは嫌ですから」
「生きて帰れる保証もないんだぞ?」
「生きて帰る為の努力と協力、帰る事を優先する意思はあります」
「私が帰ると言っても駄目か?」
「駄目です。意思があっても年齢的にあちらで体調を崩した場合、そのままという可能性は捨てきれないです。それに……」
「なんだ?」
「居場所は知っているのに迎えにも行けず。空っぽの棺でひーじぃの葬式をするのはごめんです」
曽祖父は天井を見上げる。そのまま、時間だけが過ぎて行った。