翌日、就寝前に見た夜の眺めも、今ではすっかりと朝へと変化した頃に、飛行船はイケスカへと到着した。
本日ここで行われる会談がイジツへと辿り着いた私にとって一つの山場になる。
ブユウ商事の代行を務めている執事さんに、イサオさんの事、曾祖叔父の事、伝えなければならない事もあり、教えて頂きたい事もある。
イケスカ側からの手筈で車が用意されており、現在は街中を移動中。
隣にいるユーリア議員からは「肩の力を抜いていつも通りにしてれば大丈夫よ」と私の頬っぺたを突っつかれながらお言葉を頂く。
そうだ、私は一人で向かう訳でないのだ。今の内に頭の中で伝えるべき事を整頓する。
今日はいつもより長い一日になりそうだ。
「ハルトとユーリア議員、出掛けちゃったねぇ」
「それはそうでしょうに、元々はこちらが本命なのですから」
退屈そうにテーブルに肘を立て掌に顔を乗せているキリエ。
エンマはどこにいても変わらず、ガドールの飛行船に積まれている紅茶の味を堪能している。
今回、コトブキ飛行隊はイケスカでの行動は禁じられている。あれから一月か、まだ一月というべきか、未だイサオを支持する人達が多くいる町だ。
そのような場所にイサオの野望を打ち砕いだコトブキ飛行隊が飛行した日には、市民感情も含めて良い状況になるとは思えず、飛行船から降りて町に繰り出した日には何が起こるかは想像に容易い。
なのでコトブキの隊員は、ハルトとユーリア議員が戻ってくるまでは待機命令という名目で暇を持て余している状態なのである。
「とはいえだ、緊急出撃は出来るように注意を払っておくように」
「レオナったら固いんだから。現在の警備担当はガドール親衛隊の人達。何か起きてもイケスカ飛行隊が対応してくれるでしょう?」
「それは確かだが、それを口実に朝からアルコールを摂取するんじゃないぞ?」
「あら、バレちゃった」
ザラの愉快そうな態度を見て溜息をつく。顔を横に向けると読書に勤しむチカとケイトの姿が見えた。その時々、二人は海のウーミについて話をしている。
全身を目一杯使う動きで擬音を口にするチカを、言葉にして伝えてほしそうなケイトの様子は微笑ましく、自然と笑みが浮かぶ。
その時、こちらにやってくる二人の姿が見える。アレシマから飛行船に搭乗されたお客さんだ。
「ハーイ、コトブキのみなさん」
「ロイグにリガルか。おはよう」
「おはよ! 随分とゆっくりとしているようね?」
「夜間警備の交代を終えてそれなりの時間が経つと、考える事は皆同じさ」
「暇を持て余したり、ハルトが心配になるとか?」
「昨日の今日だからな。だが、どちらかといえば今日は前者だな」
今日のハルトはユーリア議員と同行しているから何も起こらないだろう。無事にハルトが目的を達成できる事を祈るぐらいだ。
問題は私達の待機時間だ。予定通りであれば飛行船は夜には再び飛行を始め、ラハマに向かうのだから強行軍と言えばその通りなのだが、不意に出来る空き時間の消化に悩まされる。
外出をする事は出来ず、警備の為に体力を消耗するわけにもいかず、結果として皆と集まり談話をしているのが現状だ。
「一体、ハルトは何をしにイケスカに降り立ったのかしら?」
「我々の任務は飛行船の護衛だ。それ以上の事は教えられないな」
「あら、その言い方だと彼が何をしているのか知っているみたいね」
口元に手を当てて微笑むリガルの姿に自分が失言をした事に気づく。
「勿論、知っているわよ」
「ザラ」
「知ってはいるけど教えられないのは事実よ。飛行隊のお仕事は信用第一ですもの」
ウインクをして人差し指を口に当てる仕草は様になっている。
こうして私の失態を補ってくれるザラには頭が上がらない。
「ハルトを助けてくれたお二人には悪いがそういう事だ。すまないな」
「それもそうよね、意地悪な質問をしてごめんなさいね」
「いや、それよりも立ち話もなんだ、よかったら座らないか?」
「お言葉に甘えて失礼するわ」
椅子に座る二人の動きからは優雅さを感じられる。私とは違う、家庭の生まれ育ちなのだろうか。
「コトブキ飛行隊の皆さんに会えて光栄だわ」
「そんな、光栄だなんて言われる程の事を我々は」
「してきたじゃない。今居るこのイケスカで」
確かに自由博愛連合との戦いに終止符を打てた場所ではあるが、私達だけでは為せた事ではない。
様々な偶然と幸運がこちらに向いただけであり、自信を持って勝利をしたかと問われると疑問が浮かぶ。本当にギリギリな戦いだったから。
現に空賊は増える一方であり、穴の中へと消えていったと推測されていたイサオ自身もユーハングで健在しているのが判明してしまった。
それでも仲間を失う事無く、あの戦いを乗り切れた事は、私の密かな自慢だ。
「あの戦いは我々だけの勝利ではない。協力してくれた仲間達があっての勝利だ。我々ばかり誇張されてもこちらも困る」
「あら、隊長さんは謙虚なのね」
「事実さ、それより私の事はレオナでかまわない」
「りょーかい! それでレオナに聞いてみたい事があったの!」
少し前のめりになりながら、テーブルに両肘を立てて頬を覆うように手を置くロイグの表情は、とても楽し気で人懐い顔をしている。
今このタイミングで私に聞きたい事と言えば一つしか思いつかない。
「ハルトの事か?」
「あら、よく分かったわね!」
「傍から見ていても不思議な人間である事は確かだからな。だがハルトが何をしているのかは教えられないぞ?」
それもそのはず、ハルトは家族の為に穴を通じてイジツへとやってきたのだから。ただし、イジツの世界にはまだ不慣れな点が多く、こちら側の人間から見れば疑問が浮かぶような行動を取る事もあるので目が離せない。それがアレシマでよく理解できた。
「それは承知の上で聞きたいのだけど、ハルトってユーハングについて相当詳しい?」
「また唐突な質問だな」
「彼がアレシマでそう思えるような言動と写真を見せてくれたのよ」
リガルが取り出した写真には、歓迎会で私達に見せてくれたあの海の光景が映し出されていた。考えていた矢先から突拍子もない行動をしていた事を気づかされ、頭が痛くなる。
「あの馬鹿っ……」
「ハルト君も結構、自由気ままに行動する子よねぇ」
「戻ってきたらまた説教をしないと」
「やっぱりこの写真って相当ヤバい物だったりする?」
「人によってだな。としか言いようがない」
「そうよロイグ! こんなにも美しい光景がある場所を他の誰かに知られてしまったら大変な事になるわ!」
「ちょっと意味が違う気がする気がするけどなぁ」
こほんと咳払いをして仕切り直すロイグ。
「私の持ち物の中にユーハングに纏わる物があってね。よく分からない物が多くて今まで保管していたのだけど、探し物の手掛かりでも見つからないかなって!」
「保管だなんて都合のいい言葉ね。単純に放置していただけでしょうに」
「それは言わない約束!」
「何かを探しているのか?」
「んーちょっとした、オタカラ探しよ」
「お宝探しか、羨ましいな」
「……馬鹿にしないの?」
「目標がある事は良い事じゃないか」
「でも、あるかどうかも分からないオタカラ探しよ?」
「大変ではあるだろうが、夢があって良いじゃないか」
このイジツの世界は生きていくだけでも大変だ。
そのような世界で夢があり、それを追い求め続ける事が出来るのは幸せな事なのではないだろうか。
私もザラと二人で始めた飛行隊でここまで辿り着けたのだから、夢が叶ったと言ってもいいだろう。
そんな事を考えていると両手を握られる感触がある。ロイグからだ。
「レオナ! 貴女って最高よ!」
「と、突然どうしたんだ!?」
「私の夢を聞いて笑わなかった数少ない人だからよ!」
「そんな! 人の夢を笑える程、私は大層な人間ではないだけだ!」
「理由なんて何でもいいのよ! 貴女の気持ちが嬉しかったのだから!」
両手を掴まれたまま上下に振られる。慣れないコミュニケーションで戸惑いが隠せないが、ロイグの嬉しそうな顔を見ていると彼女なりに色々とあったのだと察する。
「お宝探しが夢ってそれほど揶揄されるような事なのかしら?」
「土地柄の問題もあるでしょうけどね、大半の人間には鼻で笑われていたわ」
「でもリガルはロイグに付きあってあげているのでしょ?」
「ただの腐れ縁よ」
この後の話はロイグから聞いたものだ。
探しているお宝はムラクモ空賊団と対峙していたとされる夜明けの鷹が残したとされる物。
虹の麓にあるという説を頼りにイジツ中を飛び回り、あと一歩という所で横やりが入り、最初からやり直し中なのだと。
その時にハルトと出会い、ユーハングについて詳しい素振りを見せた彼を見て、一度情報の洗い直しをしてみようと考え付いたそうだ。
「それでね! それでね!」
どうやらこの話はまだまだ続きそうだ。
既にザラとリガルは違うテーブル席へと移動をしていた。他の隊員たちも我関せずを決め込んだらしい。
仕方ない、お誘いしたのはこちら側からだ。今日の待機時間はロイグの話を聞く事で過ごす事にしよう。
飛行船へと戻る道中、車中から眺めるイケスカの風景はすっかり闇へと染められていた。
しかし、街並みがある方角からは光が至る所から漏れ、外灯からの光もあり、ラハマの町とは比べ物にならないぐらい明るい。
これで夜空に浮かぶお月様にタヌキの姿が無ければ日本と勘違いしてしまいそうだ。
イジツイチの町とイサオさんが自慢をしていただけの事はある。凄かったですよ、イサオさん。
帰路の途中であるのだから、勿論隣にはユーリア議員がいらっしゃる。
そして私の左手はユーリア議員の右手に握り締められている。これには色々と訳がある。
帰路に着く間の車中では会話もなく終始無言であった。
私はひたすらに先程の会談の内容を整理しようと必死に脳味噌を動かしていたが、いかんせん元の出来の悪さもあって順調とは言い切れず。
いい加減、脳味噌がパンクし始めた頃に、気が付けば足の上で組んでいた両手は転がり落ち、だらしなく座席の横に置かれていた。
それに気づいたのは、転がり落ちた手をユーリア議員が握り締めてくれたからだ。
感謝を伝える時にこちらから手を取る事はあったが、ユーリア議員から手を握り締めてくれた事は始めてた。
不思議と知恵熱を起こしかけていたはずの脳が落ち着きを取り戻していくのが分かる。
少しだけ力を込めると同じように握り返して、逆に緩めると私を落ちつかせるように指先で優しく撫でてくれる。
頭を横に向けてユーリア議員の顔を拝見しようと思ったが、車窓に顔を向けられていたので表情までは分からなかった。
時折、外灯で映し出されるユーリア議員の横顔は、何かを決意した表情をし、凛として美しかった。