帰還後、軽めの夕食を頂き、部屋に戻りベットのお布団に顔を埋めていたら朝を迎えていた。自分が想像をしていた以上に脳味噌は疲労困憊の様子だ。
意識は未だに夢の世界へ旅立ったまま、寝ぼけ眼を擦りながらおぼつかない足取りで食堂へと向かう。
昨日、飛行船に戻ってきて早々に、飛行船内にいる間は食事の際に必ず顔を出す事とレオナさんから追加のお約束を頂いてしまった。詳細は後述で。
ふらつきながらも無事に食堂に辿り着き、その場にいた皆さんに挨拶をする。
案の定、視線を一身に浴びてしまうわけでして。チカからは髪ボッサボサ! と笑われながら言われ、小さな手で更にボサボサにされる始末。
他からは身支度を整えなさい、髪を切りなさい、夜は早く寝なさいとお言葉を頂いてしまう。正論過ぎてぐうの音もでない。
あい、あい、と夢の世界から返事をしていたところ、横から突き出されたのはお馴染みのパンケーキ。差し出されたパンケーキの元に視線を向ければ、目をキラキラと輝かせたキリエの姿。
食べるでしょ? 食べるでしょ? と信じて疑わないパンケーキからの使者、もとい同志からの無償の愛情をお断りするべく、パンケーキを向けてきた手をキリエにお戻しをするが、抵抗を受ける。
相変わらず一口というには大きすぎるサイズを目の前に、食べれば寝覚める派と、朝からそんな重たい物は食べられません派との争いが始まる。
ここにパンケーキの押し付け合いが始まるが、夢の住人が勝てるわけもなく、キリエを基準とした一口パンケーキは無事に私の口の中へと押し込まれた。暴力的なカロリーの味がする。美味しい。
「あの子達、何をしているの?」
「ただのじゃれ合いですこと、気にしたら負けですわ」
「胸焼けしそうね」
「若さがあるとはいえ、朝からパンケーキはちょっとねぇ」
無理矢理、口に収められたパンケーキをなんとか飲み込む事に成功。何か飲み物はと視線を動かしていたら、横から果実ジュースの入った樽ジョッキが現れる。
これまた太陽のような笑顔のチカ。ニカッと笑う素敵で可愛らしい表情に思う事があり、つい聞いてしまった。
「二人とも、私に何かご希望が?」
「パンケ「カレー!!」キ!!」
食事を終えて二度目の就寝に入るべく、部屋に戻り再びベットと再会を果たす。どうして人類はお布団に勝てないのだろう。
本来であればレオナさんにお時間を頂いて報告をすべき事があるのだが、アレシマから同伴されているお二人に聞かれたらマズイ内容の話も多々。
お二人を信用していないという訳ではないのだが、私がユーハングから来た事を知る人は少ない方が良いだろうというのが基本方針。
それが昨日の夜に再び説教をされた原因でもある。調子に乗ってリガルさんに海が映し出された写真を差しあげた事がレオナさんにバレたから。お二人が道中共にする様な未来になるとはあの時は思わなかったのだ。
ついでにラハマに戻ったら、食欲魔人二人に其々のご希望の食事を振る舞う事が決定した。
パンケーキは大丈夫だが、カレーはどうやって作ろう。日本式の作り方をしたくてもカレールーが無い。ジョニーさんに聞いても無理そうだったらレトルトで誤魔化してしまおう。無理を言う方が悪いという事で。
そうこうと考えている内に、意識は穏やかに遠のいていった。
会う度に寝ぼけてばかりね。とザラさんに笑われてしまう昼を過ごす。
私にとって初めてのイジツ大移動。その最中、空賊と呼ばれる輩たちと初遭遇をした。
突如として船内に鳴り響くサイレンと共に現れた空賊は、コトブキ飛行隊ともロイグさん達とも違う戦闘機に搭乗して現れた。
後から聞けば零戦二一型という機体らしい。数はそれなりにいたみたいなのだが、機体に対して操縦の腕が追い付いていないところを見ると空賊になりたての可能性があるとレオナさんは言う。
機体数が多いおかげで入手がしやすく、性能も良い。その反面、防御力は薄い為、弾を当てればそこまでの脅威ではない。と教えて貰えたが、どう操縦すれば空中で動く相手に対して弾を当てられるのだろうか。震電から弾を抜いてるような私には未知の世界である。
ゼロ戦という単語であれば流石に聞いた事がある。当時の日本の戦闘機として代名詞の様な扱いをされているおかげか、多くの分野にわたって名前を目にする事がある。
ただ、その名称の後ろに付けられている型番、二一型、三二型、五二型があると聞かされると頭の上にはハテナマークが浮かぶ。
ついこの間まで、プロペラが付いていれば大体飛行機だろうという大雑把な人間には詳細は不明なわけで。詳しい事はナツオさんに聞いてみるといいと言われた。
こういった話を改めてレオナさんから聞くと、コトブキ飛行隊は傭兵であり、本物のエースパイロット達の集まりなのだなと実感する。普段そのような風に見えないのは誰かさん達のせい。
そして夜を迎え、私がお借りしている部屋に一人の人物がやってきた。
「随分と寝ていたみたいなのに、疲れた顔をしているわね」
「すべき事が明確に分かってきたら、次はどうやって一つ一つをこなして行けばよいかを考えている最中で」
「言える事はただ一つよ、人に頼りなさい。ハルトが私に教えてくれたでしょう?」
「とはいえ何から頼るべきかと」
「悩んでいた訳ね。まぁいいわ、一先ず私に付き合いなさい。見せておきたいものがあるのよ」
部屋にやってきたユーリア議員の後を追うように、後ろをついて行く。
その先にある展望室で再びユーリア議員が話しかけてくる。
「もうじき、ここからオフコウ山が見えるわ」
「何時の間にここまで戻って来たのでしょうか?」
「すっとろい飛行船でも飛行を続けていれば直ぐよ。不思議と空賊の襲来が少なかったのが不気味ではあるけれどね」
「ここに私の探し人がいるといいのですが」
「夜って事もあるから、視界は余り良くないわ。上空からの下見程度と考えて頂戴」
「分かりました。ありがとうございます、ユーリア議員」
「別に帰り道だからかまわないわよ。あとそこの二人、そんな所で話を聞いてるならこっちへいらっしゃい」
なんの事だろうかと考えていたら、ロイグさんとリガルさんが現れた。いつの間にいらしていたのだろうか。
「ごめんなさいね、聞き耳を立てるつもりは無かったのだけれど、中々入りづらい話をされていたみたいで」
「そうね、こちらも訳ありな事は確かだわ。ついでに二人に手伝って欲しい事があるのよ」
「私たちにですか? 一体何でしょうか?」
「簡単な話よ、ここからオフコウ山を覗いて何か変わった様子がないか、一緒に調べて欲しいのよ」
「あっさり言うけれど、夜間となると何かを見つける事は困難に近いわよ?」
「承知の上よ、別に何も見つからなくても咎めたりはしないわ。あと私の為とは思わずにハルトの為だと思ってやって頂戴」
「ハルトの為ですか? ラハマに向かうのにわざわざ遠回りになる空路を利用してでもオフコウ山を見せたかったと?」
「ユーリア議員、それは本当なのですか?」
「ついでよ、気にするほどの事ではないわ」
四人でオフコウ山を見下ろす。
執事さんに見せて貰えた帳簿から生まれた幾つかの疑問と候補地、その一つがここだ。
オフコウ山の独特な形は、私の知っている空母と呼ばれる船の艦種によく似ている。
ユーハングの人達もそう捉えていたのか、ここを飛行機の離着陸の訓練として利用していたと伝えられている。
山のふもとから谷底まで飛行機の残骸が散らばり、訓練の過酷さと離着陸失敗の多さが物語っている。
「何度見ても残骸ばかりよね、ここ」
「かなりの数が地表に置かれたままになっていますよね」
「そうね。これだけあるのなら死者が発生していてもおかしくないのだけど」
「死者ですか? ハルトは一体何を探しているのですか?」
「墓よ」
「は、墓!?」
「ゆ、ユーリア議員! それは流石に!」
身振り手振りでその話はマズイとアピールをし続けたが、私を尻目にユーリア議員の話は続く。
「ハルトはね、家族を探しているのよ。既に亡くなられている可能性があったとしてもね」
秘密裏に事を進めていく予定が、ユーリア議員から私の目的をお二人に暴露されてしまった。
一体どういった意図があって口にしたのだろうか。お二人の様子は少々気まずそうな表情をされている。
「生きているのかも分からない家族探す為に、託された震電と僅かなツテを頼ってラハマまでやってきたのよ」
間違ってはいない。だけど伝え方次第ではとてつもなく重たい話になるのね、私の目的って。
「私が言えるのはここまで。この先の事が知りたいのなら直接本人に聞きなさい。何か問題が発生したなら責任は私が負うわ」
「ユーリア議員!」
「ハルト、貴方が隊長さんからお説教をされたのは知っているわ。それが何故か分かる?」
「その、私が迂闊な行動をした為に、注意と心配を含めてのお説教ですよね」
「それが分かっているのなら問題はないわ。それを踏まえてハルトに言いたい事があるの。この先もハルトが何かを思いついたなら好きなように行動しなさい」
「私の好きなようにですか?」
「そう、それがイジツに良い影響を与えてくれると私は確信しているの」
「また大げさな、アレシマ行きの時にも言いましたが私一人でイジツに変化が発生するとは思えません。それにまだ私は何も成してはいませんよ?」
「私はハルトという理解者を出会えたわ。それで十分よ」
この時のユーリア議員の表情は今まで見た事のない、穏やかな笑みを浮かべていた。
その姿に見惚れていて、こちらが何かを言う前にユーリア議員は展望室から引き上げてしまう。残された三人の間にはぎくしゃくとした雰囲気が残される。
「すみません。突然重たい話になってしまい」
「あー……うん。びっくりはしたけれど、ハルトは平気なの?」
「家族ではある事は間違いないのですが、顔は写真で、声は聞いた事がない程、昔の方なのでそこまでは」
「そんなに離れた関係なのに探しに来たってわけ?」
「代理、ですかね。本来であればまだ生存している曽祖父が探しに来る予定でしたのですが、事情がありまして」
「その事情を聞いたら、私たちに何か問題が発生すると?」
「お二人には何も無いと思います。私が再びレオナさんに怒られるのと、雇い主であるマダムから何か一言を頂くぐらいですよ」
レオナさんからはそろそろゲンコツを頂いても仕方ない気がする。マダムならば「そう」の一言で済まされそう。
「ただ、私の目的そのものよりも、問題にされてしまうのが私と震電の関係だと思います。イジツで起きた出来事を考えれば」
「託された震電、僅かなツテ、アレシマの評議会、イケスカへの用事。答えを言っているようなものだと思うのだけれど?」
「えぇ、なので詳細と言われましても、もう一つ二つ情報が追加される程度だと思いますよ」
「それを知った私たちが、何か事を起こすのではないか、考えないのかしら?」
「お二人のお言葉を借りるならば、ロマンと美しい物を共有し合った仲。ですから、大丈夫でしょ?」
お二人に問いかけるように発言する。私がロマンや美しいという言葉を使うのは身体がむず痒くなる。恥ずかしさ半分とアレシマでロイグさんからの質問を誤魔化した時のようなチクっとする罪悪感と。
こちらに視線を合わせたまま開かれるロイグさんの瞳、アメジストのように神秘的な紫。見つめていると穏やかな気持ちになれる優しい瞳。
反対に目を細めて微笑むように私を見つめるリガルさんの瞳、その瞳からは慈愛とも受け取れる視線を浴びる。サファイアに似た美しい青い瞳。
「分かってるじゃない。私たちには今更よね」
「そう言ってもらえると肩の荷が下ります、リガルさん」
「あら、まだ敬称付きなのね、寂しいわ」
「これは癖みたいなものでご了承を」
「嫌よ、コトブキの様に名前で呼ばないのなら、ある事ない事を言いふらして周るわよ?」
「ひどっ! そんなに名前呼びの重要性が高いんですか!?」
「高いわよ。私がハルトからの信頼にこたえられる、今できる精一杯の事だもの」
美しい人からの信用がヘヴィー級。パンケーキからの使者しかり、イジツの人達は自分の中の信念に共感を覚えてくれた人に対して真正面から応えようとする。
そして何か発生すると一緒に巻き込むという、台風の様な人達でもある。
その中の一人であるリガルさんは、隣でぼうっとしているロイグさんにちょっかいを出し始めた。
「ロイグ? どうしたのかしら、そんな呆けた顔をして」
「ごめんなさい。少し考え事をしていたわ」
「……今日はこれぐらいにしておいた方が良さそうね」
両手を軽く開くような動作をし、お開きを伝えるリガルさん。
「そうですね、時間も遅くなってきましたし、夜は早く寝なさいと叱られたばかりなので先に失礼しますね」
おやすみなさい。そう伝えて先に部屋から出ようとした瞬間、声をかけられる。
「ハルト!」
「はい? どうかいたしましたか、ロイグさん?」
振り返り、言葉を待つが返事が来ない。口が空いたり閉じたり、隣人は先程とは別の意味でジト目でロイグさんを見つめている。これは待つよりもこちらから喋りかけた方がよさそうだ。
「ロイグさん、私はしばらくの間、ラハマに滞在しています。お二人の用事が終わり、都合が良ければなのですが……」
なんだか非常に照れ臭い。何故ならどう考えても。
「お茶でもいかがですか?」
デートのお誘いだよね、これ。