部屋に招き入れ、ロイグさんにはベットに座る様にお願いをする。
私が座っている木の椅子は固く、クッションも無いので女性を座らせるのは気が引けたのである。
「ハルト、展望室ではごめんなさい」
「いえ、ロイグさん達をデートに誘う良い口実が出来たので私に謝れる事は何も。むしろ得をしている方ですから」
「あら、嬉しい。得をしたなんて言ってもらえるだなんて」
「事実ですから」
この部屋はお世辞にも広いとは言えないが、このぐらいの広さは自分に合うようで落ちつく。
そこにベットと備え付けの丸いテーブルに今座っている木の椅子が一つずつ。椅子に座りテーブルで日誌を書くのも一日の終わりの楽しみ。
「あのね、ハルト。貴方に伝えておかなければならない事があるの」
「デートよりも前にですか?」
「残念な事にね。それでデートがおじゃんになっても仕方ないと思うけど、それでも伝えておかないと私の気が済まないのよ」
なにやら決意は固いようで。ロイグさんにここまで思わせるような出来事。なんであろうか。
「まず一つ。私たちの用事についてハルトには教えてなかったわよね?」
「ラハマに用事があるとだけは聞きましたが、それだけですね」
「私たちの用事、ハルトの素性を探る事だったの」
「私……ですか。何か分かりました? なんて聞いてもよいのやら」
「勿論! ユーハングに関しては特別と言って良い程、豊富な知識を持ち合わせている事が分かったわ。それに温厚で人の話を聞いてくれる人物だという事もね!」
ユーハングについては言うまでも無く。温厚かと聞かれても正直なところは分からない。これで結構テンパると口が悪くなるタイプだし……。
不意にユーリア議員から言われた言葉が思い浮かぶ。人一人が現れただけでこの状況よ。
「二つ。ユーハングに特別詳しいハルトに仕事を依頼したいの」
「仕事ですか。マダムと相談を踏まえてですけど、引き受ける事は可能だと思いますよ」
こちらの世界の日本が知れる機会があるのなら、私にとっても悪くない話だ。
曾祖叔父の居場所が絞り込めてきたとはいえ、現地調査に直ぐに向えるかといえば難しい。コトブキの力沿いが無ければ移動もままならない人間だからね。
「そして三つ。ここが一番大切な話なの。聞いてくれる?」
「勿論ですよ」
ロイグさんが深呼吸をしている。その口から発せられる言葉の意味は一体なんであろうか。こちらまで緊張し始めてしまう。
「ハルト。私の名前はロイグ。怪盗ロイグという通り名で活動をしているの。そして怪盗団アカツキのリーダーでもあるの」
怪盗。日本人がこの言葉を聞いて最初に浮かぶのは一体なんだろうか。やはり三世? それとも真実は……いや、この子は探偵だ。
聞き慣れない単語故、実際に存在したと思われる人物だと、釜茹にされたらしい石川五右衛門を思い出すだけで精一杯だ。
ぼーっとしながらロイグさんから語られた三つ目の話を考えている時に気が付く。不安げな目でこちらを見ているロイグさんの姿を。
「すみません。聞き慣れない単語で色々と思い出すのに一苦労していました」
「聞き慣れない? 私たち結構派手に活動していたつもりだけど?」
「きっと私のいた辺鄙なところまで情報が伝わらなかったのでしょうね」
もしかして、イジツでは有名な怪盗団なのだろうか? そうだとしたらマズイ、僻地住まいで押し通せるものだろうか。
脳味噌をコネコネしながら考える。その沈黙が終わりだとも知らずに。
「ハルト」
「なんでしょうか?」
「貴方に最後の質問よ。ハルトはもしかして、ユーハングからやってきたのではないかしら?」
突然の事で身体がビクッっと反応してしまう。
震電に搭乗し、ユーリア議員の発言、私がイジツで有名だとされる怪盗団アカツキを知らない、そこから更にイジツで起きた出来事を質問されたら……。
一息入れる。これはバレたらマズイ案件なのだろうか? ロイグさんであれば大丈夫ではないだろうか? 昨日、自分で発言したロマンと美しい物を共有し合った仲という言葉。
あの時はリガルさんからは賛同を頂けたけど、ロイグさんからはまだだった。誤魔化すのであれば、このあやふやな物にしがみ付くほか仕方ない。
「ちなみに、どうしてそう思われたか聞いてもよろしいですか?」
「それはまぁ、展望室で聞いたユーリア議員の言葉と態度かな? あの人がオウニ商会のマダムと仲が良いのはよく聞かれる話だけれど、ハルトに対しての接し方はマダムのとはまた違った仲の良さを感じたのよ」
『私の好きなようにですか?』
『そう、それがイジツに良い影響を与えてくれると私は確信しているの』
何故、あの時ユーリア議員は私以外の人にも聞こえる様にこの事を伝えたのか。確信という言葉を用いてまで。
考えてみても分からない。ただ、恩を感じている人からの期待に応えたいと思う気持ちはおかしい事だろうか。
ただし、私以外の人が聞いた場合は。
「疑問が湧きますよね……」
「後は私たちの事を本当に信じてくれていた事が分かったから……かな」
「ロマンと美しい物を共有し合った仲。としか言ったつもりはないのですが?」
「普通なら鼻で笑われて終わりよ? しかも私たちが追い求めている物は、あるのかどうかも分からない夜明けの鷹が残したとされるオタカラなのよ?」
「それはまた壮大な夢とロマンに満ち溢れてますね」
反射的に返事をしたが、うん、分からない。空を飛ぶ鷹と指使いが凄い鷹なら分かるのだけれど、夜明けの鷹は初めて聞いた。
ただ、純粋に夢がある事が羨ましい。私の夢ってなんだっけ? 小さな頃はたくさんあったはずなのに思い出せない。
そして夢を言葉にしなくなったのはいつからだろう。あ、これ良くない思考だ、やめやめ。
ダークサイドからの魔の手を振り切り、俯いていた顔を上げると、目の前にはイジツの山が見えた。肌色面積が多めの大きくて柔らかそうな、そのイジツの山から目が離せない。というよりも視線を外しきれない程、近づいてくる。
「もうもうっ!! レオナもハルトも!! 貴方達は最高よっ!!」
視界不良、なれど高揚感が高まる。頭を抱えられながら強く抱きしめられ、ロイグさんの暖かな体温が顔を通して伝わる。
私のオタカラはイジツに、ここにあったという事で良いのではないだろうか。
パソコンの中にだけ存在しているベストなフレンズ達よりも、最新鋭の機器を利用して見つめた世界よりも、この体験に勝る物などあるものだろうか。
今日に至るまで、夢も希望を成就させる為には自身で行動を起こさなければ何も叶わなかった。例え叶えたとしても触れ合う事は叶わない。所詮は画面の向こう側の存在だ。
だが、現実はどうだ。今まさにロイグ山に埋もれ、挟まれた挙句、髪をわしゃわしゃとされている。何故、みな私の頭を荒っぽく撫でるのだろうか。
ここで自身の異常事態に気が付く。不思議な事にあれほど湧き立つ高揚感は嘘の様に消え去っていた。残されたものは、ただひたすらに純粋な感謝の気持ち。拝みたくなる程の有難さ。尊い存在。
自然と涙が流れ落ちている事に気がつく。人間、感極まると悟りをひらいてしまうのか、泣いてしまうものなのか。一つ勉強になりました。
「ちょっと! 急に泣き出してどうしたの!?」
ロイグさんの両手で頬を押さえつけられる。少し強めの力で押さえられているおかげで唇が飛び出しているが、そんな状態の私をお構いなしに器用に親指を使って涙を拭ってくれる。
「内に秘めていたものが噴出してきただけなので気にしないでください。あと、少し離れていただけると」
顔が近いのだ。吐息さえ感じ取れるのではないかというぐらいに。
最初は訝しい目で私を見つめていたが、何かに気が付いたのかイタズラを思いついたような笑みを浮かべている。
「ハルト、もしかして照れてる?」
「とんでもなく情けない姿をお見せしている気がして」
「そんな事はないわよ? 今のハルトも素敵よ」
そう言われるが、拝みたくなる気持ちで涙を流し、過ぎ去った高揚感の代わりに気恥ずかしさが浮上している状態。
眼も顔も赤く染まる私の姿を、ロイグさんがどう捉えてくれれば素敵だなんて思えているのか不明ではある。
「これでアレシマのお返しが出来たわね! 私ばかり慌てている姿を見られていて不公平だったもの!」
にひっ、という擬音が聞こえて来るのではないかと思うぐらいの満面の笑みで、やり返してやったわ! と満足気なロイグさん。
アレシマで初めて出会った頃の調子に戻った事は確かなようだ。