窓から朝日が差し込んでいるのが分かる。昨日の夜はロイグさんとの会話が盛り上がり、寝る時間が遅くなってしまった。
もう少しだけ惰眠を貪りたい。もう少し、あと少し、せめて朝食前まで。
そんな時、昨日とは違う力強い扉をノックする音。返事をするまでもなく誰かが部屋に入ってきた。
未だにお布団に潜り込んでいる私の肩を掴み、揺する。
「ほら! さっさと起きなさい!」
少しずつ意識が戻り、焦点が合い始めた頃に訪れた人物はリガルさんだと判明する。
「おはやうござます……」
「ロイグもハルトも、昨日はどれだけ話に夢中になっていたのよ……」
解散した時間は日付が変わる少し手前だと記憶している。ほとんどは話を聞く側の立場ではあったけれど。
怪盗を始めた理由、仲間が出来た喜び、夜明けの鷹について書かれた日誌を集めた事。それらをアカツキと名乗る偽物連中に全て奪われたという話。
相手の情報を探り、偽アカツキ計画を企てている人物がいる事までは分かった。
その実行犯はロイグさんのご学友であり、命令を下しているのは、お上。という連中だという事も。
そこで一旦情報は途切れる。相手に怪盗団アカツキのアジトと呼ばれる場所が知られている以上、一時的に身を隠すように場所を移動しなければならない。
仲間達とはバラバラに行動し、身を潜めながら情報収集をしていたところ。だそうだ。
だが、残念な事に有益な情報が手に入ったとは言い難いのが一つ、いままで集めた資料で解読出来ていない物が多数あり、これらが何かヒントになるのではないかとロイグさんが考えているのが二つ。
そして、反場八つ当たり気味に震電でも盗もうとしていたところで、偶然アレシマで私を見つけ、今に至る。
「はぁ……」
「何をため息なんかついているのよ。私が起こしてあげたのに失礼じゃない?」
私は未だにお布団に潜り続け、顔だけを出した状態で仰向け、腰に手を当てながら顔を覗き込むリガルさんの髪が朝日に照らされて煌びやかに輝いている。
「……おやすみなさい」
「ちょっと! 何をまた寝ようとしているの! ロイグみたいな事をしないで頂戴!」
夜遅くまで語り合った友人は私と同じ事をしていたらしい。元から朝は弱い人間が、夜遅くまで起きていればこうなる事は明白。
父親を起こす側だった自分も、リガルさんのように何とか父親を起こそうとしていたけれど、揺さぶるぐらいじゃ起きてはくれないんだよなぁ。
それどころかアレをやってくる訳だ。私が行ってリガルさんに効くかどうかは分からないけれど、もう少し寝たいからやってみよう。
ベットの中心から少しだけ横にズレ、右手を横に伸ばしたまま左手でお布団を捲り上げる。
生物を飼った経験がある人には分かるかもしれない。つまるところ、一緒に寝ようという合図。
空いたスペースに右手でポンポンとベットを叩く。はよ、一緒のお布団でもうしばらく寝ようじゃないの。
……なにも反応が返ってこない。天井を見つめていた視線をリガルさんがいるはずの方向に向ける。いる事は確かだが、こちらを見つめたまま反応がない。
きっと照れているのだ。私も父親の睡魔への誘いを受けた時は気恥ずかしさがあったというものだ。だが、一度お布団に入れば幸福感しかない。暖かなお布団、人の温もり、おかげで何度、誘惑に負けてお昼まで寝てしまったものか。
思い出を振り返っていると、ベットが沈む感覚を覚える。やはりお布団という魔の手からは誰しも逆らえないものなのだ。仕方ないのだ。
「……」
身体に衝撃が走る。無言で倒れ込んできたリガルさんは、勢いを利用して私の胸板に自身の右腕を打ち込む。
良い所に食らったようで一時的に呼吸が出来なくなり、痛みに悶える。
攻撃をしてきた当人であるリガルさんは、お隣にうつ伏せ状態のままベットに顔を埋めて動かない。
更なる攻撃がくるのだろうか、不安になりつつ左手でリガルさんにお布団をかける。特に抵抗なし。
予想外の出来事もあったが再び眠りにつけそうだ。永眠ではない事を喜びを噛みしめ、ハルト、二度寝します。おやすみなさい。
「貴方、相当な馬鹿よね」
勢いよく首だけこちらに向け、器用に頭を私の右腕に乗せてジト目で罵倒してくる。ちょっと怖い。
「馬鹿じゃないやい」
「なら阿呆ね。間違いないわ」
そちらは否定はできない。
ベットに手を付けて身体を起こすリガルさん。そのままちょこんとぺたんこ座りをして、少し呆れ顔で頭を傾けている。
「おふざけもこれぐらいにして、さっさと起きなさい?」
駄々をこねる子をあやすかの様に、声色は先程までとは違い、私のお腹を優しくポンポンと叩いてからベットから降りる。
ここまで優しくされてしまったのなら起きなければ。続くように身体を起こしてベットに腰を掛ける。
押し殺すように欠伸をして顔を上げる。覚醒とまではいかないが、ベットに再び潜り込む程の眠気は無くなったようだ。
「早く着替えて下りてきなさいよ?」
そう言葉を残して、リガルさんは部屋を出て行った。
身体を軽く伸ばし、ほぐす様に簡単な柔軟体操をして、着替えをする為に行動に移る事にした。
再びアレンのところに顔を出そうかな。マダムからお給金を頂いている身だしね。
「おや、二人とも久しぶり。元気にしてたかい?」
「アレン!! この町にいたのね!」
朝食を食べながらの会話、私のラハマでのお仕事はアレンの話し相手。それをお二人に伝えると、会いたいという言葉を貰う。
確かアレンも知り合いだと言っていたから、連れて行っても問題ないだろうという判断で、お連れした。
「どうだい、お宝探しの方は順調かい?」
「現在、手詰まり中なのと追われている身で」
「あらら、中々そちらも苦労しているみたいだね」
「でも、これぐらいじゃ諦めないわよ! こっちにだって秘密兵器がいるんだから!」
バッと両手で私をご紹介するロイグさん。そんな大層な人間ではないのにと思いながら、アレンへのお見舞い品を頬張る。
「確かに。僕にユーハングの事を教えてくれる先生だからね、ハルトは」
「やっぱり! 昨日の夜だってユーハングと何か繋がりがあるのかって聞いてもはぐらかされちゃったわ!」
「おやまぁ。ハルト、彼女達の正体については聞いたのかい?」
念の為に辺りを見回す。人がいる様子は無さそうだけど、喋っていいのかな。
「一応、大雑把に聞いてはおりますけど」
「あんなに夜遅くまで語り合ったのに! 大雑把にしか聞いてなかったなんて酷いわ!」
「リガルさんはあの時、居ませんでしたけど、何をされていたのですか?」
「夜だもの、さっさと寝たわ。お肌に悪いし。あといい加減、敬称を付けて呼ぶのを止めなさい」
「まだ慣れていません。ご了承を」
「二人とも聞いてくれるかしら、今朝ハルトを起こしに行ったら彼が私をベットに……」
「あああああ!! 事実と色々違うけれど本日から名前で呼ばさせていただきます! リガル!」
「あーずるいー! 私も名前で呼んでよー!」
頬っぺたを膨らませて私の腕をツンツンしてくるロイグさん。
大人の女性なのに可愛らしい仕草も似合うだなんて反則的な人だ。
「あはは。仲が良い事はよく分かったよ。そこまで仲がいいならご存知かもしれないけれど、彼女達は怪盗。怪盗団アカツキのリーダーとメンバーだよ」
「ロイグさんがリーダーなのは聞きましたけど、リガルさ……リガルもメンバーなのですか?」
「そうよ。とはいっても入るも自由、抜けるも自由の緩い怪盗団よ」
「強制したところで良い事なんてないもの。あと、さん付けよ、ハルト」
めっというお言葉まで頂く。気を付けないと今度は何を言われるか、されてしまうのか検討もつかない。
「次にハルトについてだけど、彼は穴を通じてユーハングからイジツへと来たんだよ」
「そうでしょうね。ユーリア議員のおかげで大方予想は付いていたもの」
「人に助言を残すなんて珍しい、飛行船で見たユーリア議員の態度、ハルトから何か影響を受けたのかな」
「行きと帰りで様変わりしているようなら、原因は一つね」
「わたくし、一切の自覚が御座いません」
ユーリア議員の態度が濃く変わったのは、イケスカ到着後から帰りの車中までの間だと思う。
会談中は色々とありましたし、私としてはお礼と今後の協力を約束させてもらえて、これから少しずつ恩を返せるかなと思う次第で。
ただ、どうしても物事には優先順位がついてしまうもの。
「整理を付ける為に私から改めてお伝えしますね。私は穴を通じてユーハングからイジツへと参りました。理由は曾祖叔父がイジツで生きているか、亡くなられているかの確認。それとイサオさん絡みも少々」
「やっぱり、あの震電はイサオがイケスカ上空で搭乗していたものなの?」
「はい。そして穴に飛び込んで着いた先が、私の曽祖父の土地の上空でした。イサオさんを保護した曽祖父は私を呼び出し、辿り着いた家でイサオさんと出会い、色々あり過ぎて今に至る。といったところです」
「それでイケスカにまで用事があったのね」
「今にしてみれば、会ったら伝えて程度の言付だったので、行かない方が色々と楽だったかなと思う次第でございますよ」
深めの溜息をつく。言付を届けに行ったおかげでブユウ商事を私が継がなければならない展開になりつつあり、一体どうなるやらといった状態。
それでもアレンの解析と執事さんからの情報提供で、ある程度は曾祖叔父の居場所が絞れるようになったのだ。感謝すれど文句を言えるような立場ではない。
「貴方も中々苦労しているわね」
「いやいや、イジツで出会えた人達のおかげで順調すぎるぐらいに事が進んでいると思っていますよ。下手をしたら空賊に拾われてたりする可能性もあったわけですし」
「その時は、身ぐるみ剥されて荒野で放り投げ出されていたわね」
「それが冗談でもない事をイジツに来てから実感しましたよ」
本当に、穴から飛び出した瞬間、キリエに追い掛け回されたぐらいで済んでよかったなぁと思う。その後は誤解も解けて親しくなれたのだから。
「それで、ハルトは彼女たちの依頼を引き受けるつもりなのかい? 結構物騒な状況になっているみたいだけれど」
「まずはマダムの許可を。情報の絞り込みがしたい事も事実。推定五か所の部分をせめて二か所にまで絞り込みたい。それが可能にできる方法としてはロイグさんの所持している、ユーハングに纏わる物を解析出来れば可能かもしれないという期待」
「確かに、全ての場所を探すには人もお金も時間もかかるだろうからね」
ロイグさんは敬称付きで呼んだ事に不満があるらしく、私の頬を指先でツンツンと押して抗議をしている。
「でも、その前にまずはケイトを震電に搭乗させて飛行させる事、アレンの足のリハビリのやり方を徹底的に覚えてもらう事が先決かな」
「アレンの足って治るの?」
「可能性がある。というぐらいです。イジツとは違う方法で医療行為を行ってうまくいけば……ってところです」
「それって物凄く大切な事じゃない! アレン! 頑張りなさいよ!」
「疲れる事は嫌だなぁ」
「ダダをコネている場合じゃないでしょう! こんなチャンス、ハルトと出会わなければ得られなかったでしょうに!」
「それを言われると反論のしようがございません」
ガクッと顔を落として反省。上げた時には笑い話。
震電の飛行試験まで、用件を済ませる事に集中するとしよう。