あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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怪盗団アカツキ その7

 駐機場に立つ私とケイトにナツオさん。目の前にはコトブキの迷彩へと変貌を遂げた震電の姿がある。

 隼一型のケイト機の仕様と少し違い、主翼の先は紫ではなく赤、胴体部分にエンマ機に似た赤い流線が描かれていた。

 何故かパーソナルマークだけは未だにパンケーキであるが。

 

「ナツオさん。マークの方もケイトの物に変更してもよかったのでは?」

「そうしようかと思っていたのだがな、本人からはこのままがいいと言われてな」

「塗装はイザという時の事も考え、視認性を重視して識別しやすいコトブキの迷彩で妥協した。だが、本人を識別するパーソナルマークの変更だけは譲れない」

「ただのパンケーキだけどいいのかなぁ」

「この震電にはこのマークが一番似合う。それにハルトの震電だと思わせてくれる事で心が落ちつく」

 

 マーク一つでケイトが落ちついて搭乗できるのならそれでいいか。

 ナツオさんの最終点検が完了し、後はこちらの準備を待つのみとなった。

 既にケイトは震電に乗り込んで、こちらも最終確認をしている。

 ちょっとした高さのある台を借りて、機体の外からケイトの様子をうかがう。

 

「渡した震電の手順書、読めました?」

「大丈夫、簡潔ながらも分かりやすく読みやすかった。緊急時の脱出方法だけは念入りに詳細が書かれていたが」

「何か震電に異変を感じたら、機体の事は気にせず脱出してください。大切な機体である事は確かだけど、ケイトの命の方が言うまでもなく大切だから」

「ハルトの言う通りだ。現状では一機しか存在しない震電だが、それでもパイロットの命の方が大切なのは言うまでもない」

「……ん、了解した」

 

 少し遅れて返事をするケイトにナツオさんは感じる事があったようで。

 

「随分と素直だな、ケイト。お前さんの事だから不時着ぐらいはって考えていそうだと思っていたが」

「考えている。だが、今回はケイトの我儘を実現させてくれたハルトに従う」

「オマエ達も信頼関係が深まっているようで何よりだ」

 

 茶化す様にして笑うナツオさん。表情を崩す事なく計器の確認に余念がないケイト。私だけ照れているという状態。

 

「さっ、始めるとするか!」

「私はみんなのいる建物の屋上でケイトを見守っていますからね」

「了解した」

 

 

 ハルトが小走りに震電から離れ、建物に向かって行く姿が見える。

 ナツオ班長の指示の元、イナーシャハンドルが差し込まれエンジンの始動準備にかかる。

 アレシマで行った事と同様に、手渡された手順書を思い出し、機体の操作を始める。

 点火。イジツには存在しないエンジンが再び音を立て火がともされる。

 滑走路へと移動を開始、その間に飛行前の手順を再確認。

 到着後、各所の稼働確認、スロットルを操作してエンジンの反応速度を確認する。想定通り。機敏に反応を示し機体後部の排気口からは時折、エンジンから排気と共に火が吹く。流石はナツオ班長。

 後はプロペラを擦らない為に、機首を上げ過ぎないよう離陸をしてあげればいいだけだ。

 

 ……不思議だ。この震電の持ち主はハルトである事に違いはない。だが、その前はイサオの機体でもある。

 穴の調査をしていたアレンを襲撃し、足を動かなくした張本人。その本人には富嶽生産工場戦で一矢報いる事が出来た。エンマの言葉を借りるならば、スッキリした。

 のちにイケスカ騒動と呼ばれる戦いは終息し、一段落、とならないのが難しい。

 依然としてアレンの足が治る見込みは低く、高度六十センチクーリルを保ったまま。何か治療方法がないかと空いた時間を利用しても、空賊の活動が活発的になり、機体の修理が完了した順番に任務へ就く状態、集中的に調べ物をする時間も取れないまま。

 そんな時、突如開いた穴から現れたのがハルトだった。

 

 ユーハング工廠跡地へ行動を共にし、隠されていた物資を分け隔てなく分け与え、アレンの足についてもケイトの我儘を聞き入れてくれた。

 ほんの僅かな可能性でも、当初はそう考えていた。

 イケスカから帰還後、ハルトは自身の目的を前にしてアレンの治療を優先してくれた。事情があるのだろうが、嬉しい。

 アレンの足を診察するように触れ、何かを呟きながら伸縮性のある物を見た事も無い巻き方で処置する。

 正面からアレンを炊き抱える様に立たせ、合図と共に手を離す。ほんの僅かではあったが、アレンは自分の足で高度六十センチクーリルを超える事に成功し、再びベットの上へ着陸。

 一瞬だけだからと、本人はやんわりと否定をしたが、その一瞬ですらいままで不可能であった。

 事実、アレンは自分の足で立てた時、瞬間的に目を見開いたのをケイトは見逃していない。

 

「まるで魔法使いだね、ハルトは」

「先人達のたゆまぬ努力のおかげですよ。足の筋肉を保持してくれた人達とかね」

 

 こちらに振り返り、ケイトを見るハルトの視線。当たり前の事を褒められると気恥ずかしい。

 ナツオ班長が用意してくれた器具を使用して、少しずつ訓練を重ねて行けば、日常生活を送る分には問題が無い程度に回復できるのではないかと、ハルトが言う。医者ではないから予想だけど、と注釈付き。

 

 ケイトはハルトに何を返せるのだろう。本人はお世話になっているから別にと答えてくれたが。

 今回、震電に乗せてもらえる事になったのもハルトからの好意によるもの。

 こうして積み上げられていく目に見えないモノ、モヤモヤとする心にある何か。

 離陸を終え、防風を閉める。何故だろうか、機体内部に風が循環したというのに、匂いなど感じられるわけがないのに、感じ取れるハルトの匂い。

 イジツに存在する男性と違い、アレンとも違った男性の匂い、だけど不思議と心が落ち着くとても良い匂い。

 深呼吸をする。先ほどまであったモヤモヤとした心は消え去り、晴れやかになっていくのが良く分かる。

 こんなにも穏やかな心境で戦闘機を飛ばすのは初めてかもしれない。

 不意に笑みが浮かんでしまうのは、震電を飛ばせる喜び以外も含まれているのは仕方のない事。

 建物の屋上にいるみんなに見える様に、アレンやハルトに見える様に、震電を大きく旋回させる。

 

 

「自分以外の操縦で震電が飛んでいるのを見るのは久しぶりだなぁ」

 

 建物の屋上につけば、そこは既にお祭り会場。

 敷かれたシートの上にはザラさんのお弁当、エンマのお菓子、既に一杯始めているアレンとロイグさんの姿もある。

 

「ユーハングでもイサオが操縦していたのか?」

「曽祖父が修理を施した後に、無理矢理二人で搭乗したりも」

「随分と無茶な鍛えられ方をされたようだな」

「おかげ様で。始めて隼一型に乗せられて、半月もしない内に震電ですよ」

「ハルトって隼に乗ってたの!?」

 

 レオナさんとの会話にキリエが参入。珍しい事にパンケーキを食べていないが、手にはおにぎりとシフォンケーキ。その食べ合わせは大丈夫なのだろうか。

 

「イジツにくる為の訓練期間中にね。初めて乗った飛行機が隼。初めて自分で操縦した飛行機も隼だよ」

「おぉ……私より隼愛があるかも」

「隼でイジツに来ていたら、キリエに即撃墜されていただろうね。飛ばせるだけって程度の操縦技術だから」

「あ、あれは震電だったから! 隼だったら攻撃しないもん!」

 

 全力で否定するキリエの姿に、レオナさんと二人で笑い合う。

 そんな私たちを呼ぶザラさんの声。気分はちょっとしたピクニック。

 空を見上げればイジツの空を旋回している震電の姿。

 そして聴こえてくる。かの国の人達が、口笛のようなエンジン音、Sweetest Soundと呼び、愛したエンジンの音色。

 震電に向けて手を振る。ケイトに見えていればいいなと思いながら。

 

 

「ハールトっ! ホラホラっ、貴方が見つけてきたお酒なんでしょ? 一緒に飲みましょ!」

「僅かな間、席を外したというのにどれだけ呑んでいるんですか! ロイグさん!」

「もぅ! またさん付け! そろそろお姉さん怒っちゃうぞ!」

 

 無慈悲に引っ張られる頬っぺた。押し潰されたり、引っ張られたりと、忙しい頬である。

 

「ほっははひへぇー」

「この程度で酔っぱらってなんていないわよ! リガルの事は名前で呼ぶのにっ! きっとリガルに弱みを握られたのね!」

「人聞きの悪い事を言わないでくれるかしら!」

 

 聞こえていたのだろうか、横座りでエンマお手製お菓子を食している美しい人。

 エンマと並ぶように座っているその姿は、二人が持ち合わせている気品をより魅力的に引き出している。

 

「ハルトにウッフンアッハンして誘惑して言わせてるんでしょ!」

「レンジみたいな言い方は止めてちょうだい!! お酒取り上げるわよ!?」

「やーだっ!」

「なら、せめてその手で掴んでいるものを離してあげなさい。そのままだとハルトの頬っぺたが腫れるわよ」」

「むぅ」

 

 渋々、ロイグさんが私の頬からそっと手を離す。細くて長い綺麗な指。

 そのまま離れていくかと思いきや、解放された頬を労わる様に撫でてくれる。嬉しく思う反面、掴んだのもロイグさん。やや複雑な心境である。

 助けてくれたリガルに顔を向けると、その瞳からは今のうちに言っておきなさいと言わんばかりの合図を受け取る。

 私が恥ずかしいという理由以外は無いのだから、呼んでみよう、目の前にいる人の名前を。

 

「ロイグ、ありがと」

 

 撫でていた指は止まり、こちらを見つめたまま静止する。

 だが、それも僅かな間。気が付いた時には再び私の頬をツンツンと連打をし始め、上機嫌に名前で呼ばれた事をリガルやアレン達に報告する。

 やはり恥ずかしい。レオナさんやザラさんの様に、自然と敬称付きで呼ばせて欲しい人物を名前で呼ぶ事が。

 日本にいた時は名前だけで呼ぶような関係の人はいない。あだ名で呼ぶ友人はいるが、それが可能なのは名字があり、名前があり、親しみを込めて省略する為であるから。

 二つ名がまかり通る世界のイジツでは、今のところ名字がある人とは出会っていない。

 イサオさん、マダム、ユーリア議員であっても、社名、敬称、役職等が名前の前後に付いてくるだけだ。

 そういった世界であるから、名前で呼ぶ事が重要なのだろう。親しい人からは特に。

 長々と理由を考えたところで、恥ずかしいという事実は変わらないのだけどさ。

 

 それを誤魔化す為に、再び空を見上げる。ケイトは震電を流暢に使いこなし、素人目でも綺麗な飛び方をしているのが分かる。

 私にもあのように震電を飛ばす事が出来るのだろうか。出来たとしても、今度は射撃が当たらないと嘆く未来が想像に容易い。

 うん。イジツに居る間はみんなに頼らせてもらおう。無理をして死んでしまったら、ひーじぃまで後を追ってきそうだ。

 

 

 翌日。レオナさんに再びマダムとの面会のお願いをして、お会いさせていただく事になる。

 私の後ろにはお二人が同伴。マダムに私の貸し出しを依頼するのだから、本日のメインはいうまでもなく。

 

 結果から先に。許可が下りた。

 私がオウニ商会の客人という立場であり、オウニ商会からすると私に依頼をお願いする立場だった事。

 その依頼に関しては、マダムの想像以上の成果が成されようとしている事。どうやらこれはアレンの足の治療とユーリア議員に関する事のようだ。

 そしてマダム個人の考えとしては、私の手伝いをしてあげたい。それがロイグ達の依頼を引き受ける事で、私の探し人が見つかる可能性が上昇するのならば、止める理由は無い。と。

 

「宿はそのままにしておくわ、すべき事を終えたら、ちゃんと帰ってきなさい」

 

 うれしさの余りに胸を詰まらせる。言葉が出ない代わりに頭を下げる。

 イジツの世界で、私が帰れる場所が出来た喜び。

 

 

「マダムの器量の大きさは凄いわ!」

「オウニ商会を束ねているお方だからな。それでも今回は私の知っている限りではかなり甘い処置だぞ?」

「ハルトに何かを感じているのかしら?」

「放蕩息子を心配する母親みたいね!」

 

 もしそうだとすると、お母さん? 母ちゃん? ママ? うーん、考えてみたけど何か違う気がする。

 思考を巡らせていると、目の前にはサネアツ副船長のお姿が。マダムにお熱なこの人を先程の話に混ぜ込んでみた場合は? 

 

「やっぱり父ちゃんかな」

「えぇ! ハルト君に父ちゃんと呼ばれるような事、あったっけ?」

「いえ、マダムが母親だったならという話で、父親は副船長かなぁと」

「そりゃまた嬉しい事を言ってくれるね! なんならもう一度言ってくれてもいいんだよ?」

「父ちゃん、腹減った」

 

 後方にいる女性陣からの厳しい視線。三文芝居もいい加減にしておきなさいと。

 

「冗談はさておいて」

「まぁそうだよねぇ……」

「変な事を言ったお詫びです。よければどうぞ」

 

 スキットルを取り出して副船長に手渡す。中身はいつものユーハング酒という名のウイスキー。

 

「いつもすまないね」

「お世話になっていますから」

「そんな事を言ってくれるのはハルト君だけだよぉ」

 

 泣くように腕を顔に押し当てる。気が強そうな女性達に囲まれた職場なんて、私には務まりません。

 その女性陣を怒らせては私の身も危険に晒されてしまうので、副船長とはここでお別れ。

 気を付けて行ってくるんだよ? そう心配してくれる姿は、意外とお父さんが似合うのではないかと思う。

 

 

「ロイグ、リガル、大変お待たせしました。ラハマでの用件が一通り終わり、マダムの許可が下りましたので、お二人のお手伝いが出来るようになりました」

「なら善は急げ! ってね! 私たちのアジトへ招待するわよ!」

「仲間たちに連絡を済ませてあるから、みんな戻ってくるわよ」

「問題はアジトが荒らされていない事を祈るのみ! きっと大丈夫!」

 

 保証も何もないけれど! と、前向きに語るロイグの姿。

 こうして、私はラハマの町を再び離れる事となり、インノと呼ばれる場所にあるという怪盗団アカツキのアジトへと向かう事になった。

 




バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3
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