あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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怪盗団アカツキ その11

 目の前にある山は、相変わらずその存在感を示している。その山を一つずつ鑑定をする為に作業をこなしてゆく。

 昨日まで持ち合わせていた理想は既に置いてきた。目の前にある物は私の生まれ故郷の物だ。年代はバラバラであるがご先祖様たちの魂を感じとれる。

 何故、そう断言できるのか。本日の鑑定品は浮世絵とか書道史に関する内容の物ばかり出てくるからだ。

 久しぶりに漢字とカタカナ表記だけの物を見つけて、これは! という期待をしていたら、タコと女性の絡み合いよ。鉄棒ぬらぬらジジイめ! まじ卍。

 飛行船でザラさんとお喋りした際の会話に、確かウキヲエという名前に変化してイジツで流行っている事、ご友人の方が画家だという話を思い出す。

 これらをロイグにお願いをして売ってもらえないだろうか。少しでも参考になるのであればと思うが、ふと考える。

 元はユーハング由来である事は確かだが、既にイジツではウキヲエと名前を変えて一つのジャンルになっている。好意で渡すとしても無粋な気もしてきた。しかもこれ、春画だし。

 

「腕組んで何唸ってんだ?」

 

 不思議そうにこちらを見つめながら、話しかけてきてくれたのはレンジさんだ。

 ロイグと変わらないその長身、動きやすさを重視しているのだろうか、フィットさせた服装からは身体の線がよく分かる。ロイグとはまた別のカッコいいお姉さんだ。

 その瞳は赤色を灯し、ルビーの如く情熱を感じさせる。

 

「ご先祖様たちのねじ曲がった情熱と魂について思う所がありまして」

「なんじゃそりゃ?」

 

 仕分け済みの中からタコさんの春画を取り出し、レンジさんに渡す。

 その絵を見て呆れたような表情をされる。

 

「ユーハングの人間は何を考えているんだ?」

「分かりません。およそ二百年前の人間が描いた物ですから」

「そりゃ分からんわ」

 

 二人して溜息を漏らす。

 現代日本であれば、ジャンルとして受け入れられているであろうシチュエーションの一つ。

 では二百年前の日本と世界ではこの作品はどのように受け止められたのだろうか。

 少なくとも日本は受け入れてしまうのだろうな。二百年後の私ですら作品を知る事が出来ているのだから。

 物ですら擬人化させて愛でるご先祖様たち。

 

「しかし、こうして中身が分かる様になってくると、ますますユーハングの事がよく分からん」

「イジツの世界においてのユーハングも当初は疑問が浮かぶことが多かったですが、こうして鑑定作業をしていると自分の世界がよく分からなくなってきました」

「ユーハングから来た人間ですら分からないなら、イジツの人間がユーハングについて分からんのも仕方ないか」

「でも、ウキヲエの書籍に関しては良い値段で売れると思いますよ。イジツで流行しているようですし」

 

 日本由来の浮世絵が流行り、感化され、自ら作品を作り上げようとしている人がいるのだから。

 浮世絵の描き方は書かれていないけど、イジツにはない作品をみてひらめきが浮かぶかもしれないしね。

 

「金かぁ……」

「何か思うところがおありで?」

「アタシの弟の話はロイグ達からは聞いただろ?」

「アタルさんですよね。一悶着あって命の危機であったけれど、心臓手術を行えば助かるとか?」

「大分端折られた気がするが、そんなところだ」

 

 弟のアタルさんは、誰かさんの次期後継者の為に買われていった。姉の足かせにはなりたくないという想いで。

 それをレンジさんが必死に金策をして取り戻そうとしていたところで、登場するのが偽アカツキならぬロイグの事を知るラムダと呼ばれる人。

 そして誰かさんという名のスメラギ卿。イジツの貴族制度はどうなっているのだろうか、今度アレンに聞いてみれば教えてもらえるかな。

 問題は、この二人に関しての情報がまったく分からない。スメラギ卿に至っては石油採掘で財を成したという以外は不明。

 この調べ物の山で何かが引っかかるのだろうか。ラムダについてはロイグに考えがあるようだけど。

 

「アタルを買い戻す為に貯めておいた金があったからな。それをこの間、ダグのヤツに預けてきたから当分は間に合うはずだが……」

「確か門番をやられていた方でしたよね。今度は入院費やら諸々とかかると?」

「そういうこった。いくらあっても直ぐに手元から消えてくな」

 

 自虐のように言う台詞も、微笑みながら言われては辛そうだなんて思えませんよ、レンジさん。

 しかし、やはりお金だ。どこの世界でも重要であり、お金が用意できなければ思うように行動が出来ない。

 その点で私は運が良いとしか言いようがない。依頼という名目で仕事を頂いてはいるが、マダムに養ってもらっている状態と言っても間違いではないのだから。

 ……お金で思い出した。ロイグの言葉通りであるならば、確かこのアジトは元はユーハングの施設だと。

 気晴らしも兼ねてオタカラ探しでもしてみようか。余計なお節介だろうけれど、在るかもしれないオタカラでレンジさんとアタルさんが再び出会える日が近まるのであれば。

 そうと決まれば動くまで。地面に根を生やしたお尻を上げてレンジさんを誘う。

 

「レンジさん。オタカラ探し、しませんか?」

「……はぁ?」

 

 

 アジトの駐機場。ベッグさんが今日も楽し気に震電を弄りまわしている姿が見れる。

 後部の装甲が一部外され、エンジンが剥き出しの状態になっている。信じてるからね、ベッグさん。

 

「それで! それで! このアジトにオタカラが眠っているって本当なの!?」

「地下室は見た事がないというロイグの証言が正しければ、残っている可能性があります」

 

 探索許可をもらう為に、家主であるロイグに事情を話したところ、目を輝かせて食いついて来た。

 

「まさかこんな身近にオタカラが残されている可能性があるだなんて! トーダイなんとやらってユーハングの言葉があったわよね!」

「灯台下暗しですね。まだ確定ではないですけど」

「なぁハルト」

「なんですか? レンジさん」

 

 少し厳しめの表情でこちらを見つめてくる。レンジさんの性格だ、きっと。

 

「さっきの話でアタシに同情しているのか?」

「いえ、全然、まったく」

「そこは真剣な顔つきに変化させて、違います……とか言い返すところだろ!?」

「そうは言われますが、何が出てくるのかまったく分からないのです。前回は偶然にも資料とお酒が出てきましたけど」

「あの話の流れだと貸し借りの話に持っていくと思うだろ!?」

「レンジさんに貸せるほどお金を持っていたら、私は私の家族を探す為に使っていますよ」

「深読みしすぎたアタシがバカだった……」

 

 自身に呆れたのか、肩をがっくりと落とす。

 お金を差し上げられる程、所持していない事も事実。

 ですが、お酒が出てきたら私の分は差し上げようと思っているのはまだ秘密。飲めないし、相場も分からないし、何よりまだ見つかってもいないからね。

 ラハマ郊外にあったユーハング工廠跡地以来の隠し部屋探し。いわゆるところのユーハング式へそくり探し。

 前回は事前準備不足しており、リリコさんとケイトのおみ足をお借りして行った歩幅計測。

 後日、変態とリリコさんに罵られた未来があったような気がしなくもないが、今回は予め計測器具をロイグにお借りする事ができた。

 

「駐機場の広さもあり、大変地味で時間もかかる作業ですからお二人は何処かに腰掛けながらお待ちください」

「ハイハイ! 私に手伝える事はありますかっ!」

「ありません。お待ちください」

 

 口を尖らせて猛烈なブーイングをしてくるロイグを横目に作業開始。

 これで再び隠し部屋を当てた場合、他にも多数あるというユーハングの施設でも有効な手法になる可能性がある。

 アカツキの皆さんになら手法を知られても問題ないと思いたいが、念の為に。

 たまに見つけだして掘り出し物という付加価値を付けなければ相場はガタ落ちする一方だろうし。

 何よりもユーハングの置き土産なんていう素敵な言葉が無くなってしまう可能性があるのは寂しい。

 

 駐機場を歩き回り、壁と床に触れ、異常がないかを調べるが特に問題はなさそうである。

 ロイグはする事がないと分かるとベッグさんと共に震電の観察に移行。

 何故かレンジさんは元の位置から動く事なく私を観察している。

 

 

 この数時間、お二人から見た私は不審者と呼ばれても仕方のない動きをしていただろう。ベッグさんは除く。

 座ったり立ち上がったり、壁を叩いては床の繋ぎ目に指を沿らせる。

 残念な事にこの広い駐機場にはそれらしき隠し場所は無いようだ。

 そうとなれば可能性が残されているのは、あの広間しかない。

 だが、今の広間は本来置かれている物から鑑定品まで様々な物で溢れている。

 生活する分には問題のない広さは確保されているが、物を移動させながらの作業となる。これはロイグに聞いてから行うべきだろう。

 

「ロイグ、質問をしてもいいですか?」

「なになに?」

「残念ながら駐機場にオタカラは無さそうです。残された場所は広間なのですが、物を移動させてもらわないと調べるのは難しいかと思いますが」

「そんなのレンジに頼めばちょちょいと移動させてくれるわよ!」

「アタシは運び屋か何かかよ!? ロイグもちったぁ手伝え!」

「せっかく立派な体格しているんだから、こういう時に使わないとソンソン!」

「似たようなタッパのヤツに言われたくねぇよ!」

 

 楽し気なロイグを横目に溜息混じりの呼吸をするレンジさん。

 ロイグの中では既に調査を実行するのは決定済みの様子。

 家主から許可が下りるのであれば、こちらも頑張らねば。

 駐機場に比べれば僅かな広さ。夕食前には終わらせないとモアさんに怒られてしまいそうだ。

 頭の中で物事の整理をしていたら、いつもの場所に誰かの手が置かれる。

 

「あんま気にすんなって。アタシ達からすればいつもの事だ」

「なんだか大事になってしまい申し訳」

「それを言ったらアタシが変な事を言い出したせいだろう?」

「そんな事はありませんよ! むしろ思い出させて頂いたおかげで可能性が広がりましたから!」

「それじゃ、お互い様ってことでな」

 

 笑みを浮かべてポンポンと優しく叩かれる。その優しさはアタルさんのお姉さんをしている時のレンジさんなのだろう。

 それを私に分け与えてくれた事は素直に嬉しい。それがやる気に繋がるのだから自分も大概だと思う。

 

「その時はよろしくお願いします」

「おう、任せておきな!」

 

 

 広間で物を移動させながらの調査。

 そして判明した箇所が一つ。その場所の前に立つと再び合間見るペナントと傍にある壁の一部。

 この場所が正しければ、前回は床で、今回はどうやら壁に細工がされている模様。

 ユーハング式へそくり探しの詳細を思い出しながら適切な壁を見つけ出して触れてみる。

 軽く叩くと今までとは違う音が返ってくる。これはもしかすると当たりを引いたのでは。

 その場所をそっと押すと、年代を感じさせず、すんなりと押し込まれている壁。

 聞こえてくる何かの軋むような音と共に迫り上るのは。

 

「あぁ! ツッキーの身長がどんどん伸びてく!」

「いやいや、床が迫りあが……っておい! 本当に隠し部屋なんてあったのかよ!?」

 

 丁度、ツキノワグマのツッキーが置かれている床に僅かな隙間が出来る。

 急ぎ色々な物を移動させ、ツッキーを無事保護する。

 床を持ち上げて目の前に現れたのは下りの階段。当たりかどうかは中を覗かなければ分からない。ぬか喜びで終わる可能性もある。

 ドタバタ騒ぎのせいで広間に集まるアカツキの皆さん。

 

「随分と冷たい空気が流れてくるな」

「食材保管庫にするのにピッタリの場所ですね」

「流石モア! ついでにお酒も冷やせて便利そうね!」

「ここに置いたら調理酒として使っちゃいますよ?」

 

 二人のやりとりを尻目に、レンジさんと二人で斜め階段を下る。

 目の前にあるのはあの時と同じ扉。案の定、鍵が掛かっているようでレンジさんが何度かドアノブを動かすが、うんともすんとも言わず。

 

「ロイグ! この扉、鍵が掛かってやがる! 開けられるか?」

「任せて! これでも私は怪盗よ! カギの一つや二つお手の物よ!」

 

 私と入れ替わる様にしてロイグは鍵開けの為に作業を始める。

 

「ハルト、ここには何が眠っているのかしら?」

「経験と希望的観測でいえば、当時イジツにいたユーハングが書き残した資料と嗜好品ですかね」

「お酒なんて出てきても、私は飲めないわ」

「私だってそこまで飲まないわよ。そこの二人がのんだくれなだけよ」

 

 辺りを見回すがベッグさんの姿だけ見当たらない。

 駐機場のある方向に耳を澄ませると鉄の叩く音が聞こえる。隠し部屋よりも震電の興味が上回る様子だ。大丈夫だよね、その音。

 その時、鍵の解錠音が聞こえて視線をそちらへと戻す。

 

「開いたわよ!」

「流石、怪盗を名乗るだけの事はありますね、ロイグ」

「そうでしょ! ハルトにも怪盗ロイグを見せてあげないとね!」

「んで、誰が最初に入るんだ?」

「もちろん! 見つけたハルトよ!」

「ここの家主さんでもいい気がしますが。私で良いのでしたらその権利はレンジさんに譲渡します」

「アタシかよ! いやまぁ発見者がそう言うんならいいけどさ」

 

 ロイグと場所を入れ替わり、ドアノブを回して押すと軋み音と共に開かれていく扉。

 ここからでも分かる。ラハマ近郊で見たあの隠し部屋よりも一回り大きな部屋。

 その内部には辺りを灯す為の小型の照明が上からぶら下がり、棚と中身が入っていると思われる箱が幾つも並んでいる。

 それとはまた別の頑丈そうな木箱が床に直接置かれている。

 

 これはもしかして、大当たりなのでは。

 




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