あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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第5話

 話し合いから約一か月ほどの時間が経った。

 まもなく穴も開くだろうとイサオさんが言う。実際に三つの輪は一つになりかけていて、もはや時間の問題といった所。

 イジツに向かう前の、最後の時間を使いあの後の出来事を書き残しておく事にする。

 これをふたたび目にし、イジツでの出来事を続きとして書き連ねる事が出来るように。

 自宅のPCの中身を消去出来ないままお陀仏になってたまるものか。

 

 

 腹を括った後の曽祖父は行動が早かった。

 何処かに連絡を入れた後は、即座に私の飛行訓練が始まった。

 曽祖父が隼の点検を行い、イナーシャハンドルを使いエンジン始動。カラカラとした音の後にプロペラの風切り音が響く。

 生まれて初めて見た光景に少しだけ興奮するが、直後に渡されるエチケット袋。吐くほど辛い現実がこの後に襲い掛かるのか。

 操縦席にイサオさん。その後ろに反対向きに固定された私。操作を覚える前に肉体で空にいる感覚を覚えろという。

 イサオさんが念入りに曽祖父から言われていた言葉は、雲にだけは絶対に入るな。

 

 イジツに向かう為に畑の端に用意された直線の道。滑走路から隼が空へと飛び立つ。

 地面から離れた時のお尻がムズムズする感覚。空に向かっているのかという興奮に包まれる間もなく地獄が始まる。

 イサオさんが笑いながら隼を操縦する。とても楽し気で飛ぶ事が好きなんだろうと思えてくるのだが、私はそれどころではない。

 肉体がこれまで経験した事のない方向から重力を感じ、悲鳴を上げる。

 脳味噌も言うまでもなく、警告音が聞こえるかのようにヤバイ・マズイと同じ思考が繰り返し伝達される。

 結果。口から一杯何かが出てきた。臭いだろうにも関わらずイサオさんは笑って飛び続けていた。

 

 

 震電の修理について。

 再度、機体の確認をしたところ。射撃を受けていた事もあり一部胴体の破損。特にエンジンが悲惨な事になっていた。

 修理をすることは不可能。ならエンジンを交換するしかない。だが同じエンジンを入手する方法はこの世界には無い。ハ43と呼ばれるエンジンを再び入手し、オリジナルに戻すことは叶わなかった。

 復元が駄目だと分かれば早々に違う可能性を考え始める曽祖父とイサオさん。オリジナルに拘る必要性が無くなった事を良い事に代理品を考え始める。

 その結果、入手のしやすさ、信頼性の高さ等を含めて選ばれたのはイギリス製のエンジン。

 どこぞへと連絡を入れて一週間。そのエンジンが届く。何処に連絡したのと尋ねれば、『昔、ちょっとな』だそうだ。

 破損した胴体の修繕。操縦席を守る防弾ガラスの入れ替え。無理矢理機体にねじ込まれていくエンジン君と排気を出す為の機体修繕。やる事は盛り沢山。

 寝る暇もなく機体に付きっきりの曽祖父であったが、技術者だった頃を思い出すのか。とても楽し気な顔をしていた。

 

 

 日々、体力作りと隼に振り回されている間にも、イサオさんの知りたがっていた事を探すお手伝い。

 私のおハヤブサ号の後ろに乗せて町にも出かけたりした。街中で目を離した隙に消えるのは毎度の事でもあった。

 ご注文通り、この世界についての資料をかき集めた。国、経済、歴史、人種と様々。

 それらを調べている時のイサオさんは普段の時とは違い、無言で読みふけている。時々、この世界の戦闘機を見せて息抜きをさせる程に。

 ジェット化された震電に乗ってきただけあってこちらも夢中に読む。その姿は子供の様に無邪気にも見えた。

 ただミサイルは嫌いらしい。

 

 

 曽祖父の技術とイサオさんの知識により、震電は再び空へ向かう可能性を得た。

 幾度となく滑走路だけを往復し、機体全てのバランスチェックが行われた。排気の為に開けられた穴があばら骨の様にも見える。

 そしてイサオさんの操縦により、テスト飛行が開始されようとしている。

 

「何か注意点はある?」

「オリジナルとの違いは教えた通りだ。後は飛んで覚えてみろ。パイロットがヘボでなければ無事に離陸できる」

「言ってくれるねぇ! それじゃ天上の奇術師の飛び方をよく見ておくんだよ!」

 

 イナーシャハンドルを使いエンジンが始動し始める。隼とは違う機動音。

 徐々に上がる回転数。それに共鳴するようにパンパンと弾けるような音と共にエンジンが唸りを上げる。

 ゆっくりと進む機体は本格的な加速を開始し、離陸可能な速度にまで達成する。

 そして地面から車輪が離れ、機体は空へ飛び始めた。

 ふらつくような事もなく。綺麗な青空へと震電は舞い戻って行った。

 

 

「こればかりはジイサンを褒めずにはいられないなぁ! 震電をあんな風にして修理して動かしてしまうだなんて!」

「お前さんも口ばかりのパイロットではなかったようだな。換装した機体の初飛行であんなに綺麗に飛ばせる奴を見たのは初めてだ」

「お! ジイサンから褒められるなんて、明日は何か恐ろしい事が起こりそうだよ!」

「よく言うわい」

 

 震電(キメラ版)の復活という事でちょっとしたお祝い会。お外で食事は楽しい。

 一時はどうなるかと思った曽祖父とイサオさんの関係。けれど共通の目的のおかげで少しは壁が薄くなったのかな。と。

 機体の修繕、改装という大仕事をやってのけたのか、二人ともお酒が進み結構なグダグダになっている。

 

「この機体の塗装はどうするんだ?」

「勿論! 赤に染めてもらうよ! そうしないと僕の震電だと分からないだろうしね」

「ならパーソナルマークはどうするんだ。自由博愛連合とやらのは残すのか?」

「残したままにしておくと面倒な事になりそうだなぁ……。ハルト君! なにか書きたいマークあるかい?」

「いきなり言われましても何も思い浮かばないのですが」

「せっかくだから今決めて。パパっと描いちゃおうよ!」

 

 酔っ払いは簡単に言いやがる。とはいえマークかぁ。ドクロ……はねぇな。やっぱり鳥とか。そうなると鷲とか鷹とか。やばいカッコイイ。胸熱。

 震電に自分の考えたマークが描かれるというだけでテンションが上がる。あーでもない。こーでもないと妄想を繰り返していた。それがいけなかった。

 気が付けば酔っ払い二人は震電の所に移動をしていた。勿論、そのまま何もしない訳もなく。

 

「ハルト君ー。終わったよー!」

「は? まだ何も決めてないのですが」

「長そうだったからジイサンと決めて描いちゃった」

 

 てへぺろ。という感じでサラッと言い流すイサオさん。何が、何が描かれてしまったのだ。

 

「ちょ! これパンケーキじゃないですか! 何を思いついてコレに決まったんですか!」

「いやー街に連れて行ってもらった時に立ち寄ったお店のパンケーキが美味しいのを思い出してね」

「それ何時行ったの!? 私食べた記憶ないのですが!」

「そりゃそうだよ。ハルト君を撒いた後に一人で食べてきたからね!」

「絶許」

「ハルトは昔からパンケーキが好きだったからなぁ。丁度、まるいしよかったよかった」

 

 よくねぇよジジイ! ご丁寧に皿まで描いてフカフカの美味しそうなパンケーキを描きおって! 

 

「これについては後日、二人がシラフの時に考えるので中止です!」

 

 イサオさんからハケを取り上げてパンケーキマークの上に三本の線を上書きする。

 塗装し直しの意味でやった行動なのに、幻聴が聞こえてくる。独房……連れて行け……。

 恐ろしい。いったいこのマークに何の意味が。呆然と聞こえてくる幻聴に耳を傾けていたら、ハケを再びイサオさんに取られる。

 そしてササっと何かを追加された時には幻聴は消えてなくなった。恐ろしい、三本線効果。

 

「いやー流石はハルト君! 消すのかと思ったらフォークを描こうとしていたんだね! そうだね、食べるなら必要だよね!」

 

 イサオさんの手によって追記された絵には、右側にナイフ。三本線がフォークへと様変わりし、パンケーキに刺し込むようにも見られる。

 嗚呼、ぼくのかんがえたかっこいいマークが。理想のマークが。

 酔っ払い共に勝てる訳もなく。マークはこれで決まったのである。

 

 

 隼の単独飛行も出来るようになった頃に、震電の操縦に移る事になった。

 隼のように操縦席の後ろ側に余裕がなかったので、イサオさんを背もたれにするような感じで搭乗。とても窮屈。

 だけど隼との違いで感じた事はいくつかある。馬力から体にかかる重力までまるっきり違うという事。とにかくキツイ。パワーの差なのか旋回するだけでも一苦労。到達可能高度というものも格段に上がった。

 隼からみた空の景色も美しく見とれてしまう光景だったが、震電によって連れてこられたこの空は全てが青。この世界に自分一人しかいないのではないかという不安さえ覚えるぐらいに。

 プロペラ付きですらこの感覚なのに、イサオさんが操縦するジェット化された震電は一体どのような動きをしていたのだろう。

 夢とロマンを味わえたのはほんの僅か。ここから先はイサオさんによる訓練なのか嫌がらせなのか分からない戦闘機動を震電でも味わう事になる。でも吐きません。頑張りましたから。

 

 そしてイサオさんから敵と遭遇した際の戦術を教えられる。

 敵と出会った場合、撃ち落とすのは諦める事。時間が足らなくてそこまでは教えきれないし、覚悟の問題もあるから。

 ではどうするか。震電の到達可能高度を利用して相手の機体のよりも上の高度に行く事。その際に追いかけっこが始まるけど上昇を止めない事。

 到達出来れば空賊程度なら追ってはこれなくなるから、戦闘にはならない。

 その間に無線で相手が何者であるかを知り、僕の手の者なら使者として護衛してもらう事。

 反イケスカ連合の人間だったら……まぁ余りにしつこい連中だったら降伏するのがいいよ。機体を手放す事にはなってもハルト君が死ぬ可能性は低くなるだろうしね。

 それに、ユーハングから来た事を伝えれば悪い事にはならないさ。実際、ジイサンの探し物をする為にイジツに向かうんだからね。

 とにかく。僕がこんな事を言っていたなんてイジツの誰かに聞かれたらあり得ないと言われそうだけど。必ず戻ってくるんだよ。

 

 

 こうしてお互いが自分のすべき事をし、ついにイジツに向かう時がやってきた。

 最低限の荷物を震電に押し込み。機体の点検を行う。これは曽祖父に最低限の知識として教えられた。

 私の恰好は曽祖父から渡されたパイロットスーツに、もこもこ帽子という姿。見た目なら昔のパイロット達のような姿である。

 

「よく似合っているじゃないか」

「そう言ってもらえると嬉しいけど、ちょっと動きにくいよ」

「でもソレを着てないと、イジツでも高高度は冷えるからねぇ」

「イサオさんはスーツ姿だったりラフな格好で飛んでましたよね」

「僕の場合は別に逃げる理由なんてないからね。襲ってきたら撃墜して襲われなくても撃墜すればいいだけだし!」

 

 エースパイロットの理論は凄いものである。

 そんな他愛のない話も終わりに近づいてきた。三つの輪はまさに一つになろうとしている。そろそろ行かなくちゃ。

 

「ハルト、絶対に帰ってくるんだぞ」

 

 曽祖父の言葉と抱きしめられた温もり。頑張って目的を果たして曽祖父を喜ばせたい気持ちに胸が一杯になる。

 

「ハルト君、緊張してる? ほらガムでも食べなよ」

 

 そう言ってガムを差し出してくるイサオさん。時々だけど人の心身状態を把握して優しく接してくれる。一体、本当のイサオさんはどちらなのだろう。

 差し出されたガムをつまむ為に指を差し出した。その瞬間、ガムのケースから飛び出す板に指を挟まれる。

 

「引っかかった! 引っかかった!」

 

 きっと緊張を解す為にしてくれた事なんだろう。痛いのを堪えてイサオさんの手を掴む。そして気が済むまでひたすらガムトラップを食らわせ続けた。

 

「痛い! 痛いよハルト君!」

「やっぱりイサオさんは極悪人だと思います」

「悪党からランクアップしてない!?」

「気のせいですよ、ちょっと腹が立っただけなので」

「じゃれあうのも其れぐらいにしておけ。もう時間だ」

 

 曽祖父の言葉を合図に震電に搭乗する。エンジンが始動されプロペラが回り始める。

 これから向かうイジツでは何が起きるのだろうか。胸の高鳴りを無理矢理抑え込みならが最終チェックを行い。完了する。

 

『ハルト、聞こえるか』

「聞こえてるよ」

『無線も大丈夫なようだな、実験も兼ねて穴が封鎖されるまでは無線を使用したままの状態にする』

「イジツでもこの無線が届いているといいね」

『あぁ。そうであれば穴が開いた時にこちらから無線で呼びかけができ、ハルトをこの世界に安全に導いてやれる事が出来るな』

『あとはスマホだっけ? アレの電波も受信出来ていれば間違いなく僕達がいる世界ってことだね!」

「そっちは穴の先で確認してみますね。あとイサオさんに伝えたい事がありました」

『何かあったのかい? 僕の事が恋しくなったとか!?」

「しばらく会えないという点では似たようなものですけど。前にイサオさんがイジツに戻った後に何をしようかって話です」

『ハルト君がデレたよ! 今夜はお祝いだよジイサン!」

『やかましい! お前はイジツに戻ったら何か仕出かそうと企んでいるのか?』

『前にも話した通り、何も浮かばないんだよね。執事に頼んだ言付もとりあえず生存報告ってだけだし』

「その事で提案が一つあるのですが」

『なになに? 今ならもれなく聞いちゃうよ!』

「イジツに戻ったら水平探査か垂直探査でもしてみませんか?」

 

 しばらく沈黙が続く。いきなり宇宙へ! なんていうのは無謀ではあるけど、イジツの世界がこの世界と同じ丸い星であれば色々と可能性は広がりそうである。良い事悪い事を全て含めて。大航海時代の空版とでも言うのだろうか。

 勿論、今まで様々な人達が成し遂げようとして様々な理由によって駄目だったという話もイサオさんから聞いた。なのでどちらも無謀とも言える提案ではある。

 

『ハルト君も中々の欲深さだよね』

「そうですか? イサオさんとロケット発射の映像を見た時からぼんやりと考えてた事なのですが」

 

 突然、笑い始めるイサオさん。結構な音量を発しているおかげで無線を通じても耳が痛くなる。

 その笑い声も次第に小さくなり、ゴホゴホと咽るような声に変わる。そこまで笑う事もないでしょうに。ちょっぴり涙目になりそう。

 

『はーこんなに笑ったのは久しぶりだよ。やっぱりハルト君は面白いなぁ!」

「さいですか。それはヨカッタデスネ」

『不貞腐れないでよー。それだけイジツの環境が凄い状態って事なんだから』

「今からそれを確認してきますよーだ」

『そうだね。それを目の当たりにして帰ってきても同じ事が言えたなら……まっ! とりあえず行ってきな!』

「そうですね。先の事を話しても進まないですからね」

『話しの区切りはついたか? さぁ時間だ。後はハルトに全てを託す。たとえ何も見つけられなくても帰るチャンスがあったら戻ってくるんだ。私はここで此奴と待っているよ』

『良い土産話待ってるよー!』

「行ってきます。二人とも体調には気をつけて」

 

 スロットルレバーを操作し、震電を加速させていく。短い期間ではあったけど、イサオさんから教えてもらった操縦法を忠実に守り、空へと舞い上がる。

 一度、大きく旋回してこの世界を見渡す。ちゃんと帰ってこなければいけないな。PCのデータも消さないといけないし。

 意外と落ち着いている自分に少し驚きつつも、穴を確認する。完全に一つとなっていて周りの風景とは別のような状態になっている。

 そこへ機首を向けて機体を水平に保ち飛び込む体勢になる。やはりこういう時は自分の名前と出撃! といったセリフでも口に出すべきなのか。

 とはいえ、あと数秒で穴の中へ。結局、口から出た言葉は行ってきます。だった。

 

 

「行ったか……」

「無事に穴に突入できたみたいだね。よかったよかった」

「聞きたかったのだが、ハルトはパイロットとしてはどうなのだ?」

「うーん、覚えは良いし時間をかければ良いパイロットになると思うよ。ただ」

「ただ?」

「ハルト君、よく吐く割に気を失う事ってなかったんだよね。結構本気の機動とかしてみたんだけどさ」

「お前さんの機動で気を失わないなら、将来性はありそうだな」

「それどころか何かのきっかけで化けるかもね。ハルト君」

「父親の影響もあるかもしれんなぁ」

 

 イサオとの会話を遮るかのように無線機から雑音が流れ始める。そして聞こえてきたのはハルトの声であった。

 

『あーあーこちらハルト。穴から抜けました。けど凄い渓谷と草一つ生えてない光景で驚愕中ですよ』

「ようこそイジツへ! その光景が日常だから嫌でも慣れるよ。無線が通じてなによりだよ!」

『心配の種が一つ減りましたね。後はスマホの方でも確認……うわっ!?』

「どうした! 何があった!!」

『後ろに戦闘機らしき機影が六機! うち五機は……あれは隼!?」




立飛のコトブキ航空祭に行くのであります。
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