先に侵入したレンジさんが手前にあった箱を一つ手に取り持ち出してきた。
それを開ける為に箱を調べてみると、どうやら組手で接合して固定をしている模様。
釘を使う程の事でもないのか、あるいは釘すら使えないほど資源が不足していたのか。それを知る由はない。
開かれた箱から出てきた物を見て一安心する。最近はよく目にするユーハングの置き土産が出てきたからだ。
「これって、ユーハング酒か!?」
「瓶の形や琥珀色の液体が一致していますので間違いないかと」
「アジトにこんな場所があるなんて! ハルトをここまで呼んで正解だったわ!」
「本来の依頼とは別件で喜ばれると複雑ですけどね。あと離れてください、幸せになってしまうので」
「いいじゃない! 幸せは分かち合うように出来ているのよ!」
「ロイグは貴重なお酒が飲める事で幸せなだけなのでは……」
「それは言いっこナシよ! モア!」
驚く者、はしゃぐ者、お酒に興味はない人達と様々。
「似たような箱ならまだ奥にあるんだが、何本眠っているんだ? コレ?」
「中身が同じであれば、市場で一斉に売り出したら価格が下落するぐらいはあるかと」
「マジかよ!?」
驚きの様子で隠し部屋を見つめるレンジさん。
ラハマで見つけた箱の数よりも遥かに多い。勿論、あの中にはお酒以外の物もあるのだろうが、それでも相当の数が手元にある事になる。
本日もまた宴会騒ぎになるのだろう。だが本命はこれではない。存在していても困る物、存在しなくても困る物である、イジツに現れた日本軍の資料だ。
私の頭に顎を乗せているロイグをモアさんに引き取り願いを届け、無事受理される。
階段を下り、隠し部屋に入り周囲を探索する。
外から見えたとおり、レンジさんが持ち出してくれた箱が複数ある。それよりも大きい箱が無造作に床に置かれている。
私の目の前に映るのは何も置かれていない机。近づき、机の表面を指で拭うと埃が付き、線が出来上がる。
よく見ると引き出しが取り付けられているのが分かる。埃が舞うのを最小限に止める為にゆっくりと引く。
鍵などの抵抗は無く、私の意図通りに開かれていく。そして現れた物は一つに纏められた書類。
取り出して表紙を見つめる。赤色に染められた表紙に黒字で書かれている「極秘」の文字。
家族を探しに穴を通じてイジツへ。紆余曲折があって辿り着いたのが機密文書。
ラハマ近郊で資料を見つけた時のアレンはこのような高揚感と緊張感を得ていたのだろうか。
私は緊張感の方が勝り、手が震える。他人に全て任せて目を伏せたくなる衝動も。
深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとするが、何十年ぶりかに開かれた部屋で行う動作では無かった。
埃で思いっきり咽て呼吸困難に陥る。逃げるように一旦部屋から出る事にした。
「コレはユーハングが書き残していった資料なのね?」
「はい。表紙の文字が正しければ、五段階中の三段階に値する機密文書が書かれているかと」
「それってどのくらいの機密なのかしら」
手帳を取り出して確認をする。
「ひーじ……曽祖父から教えて貰った内容ですと、主に建物や外邦図と呼ばれる地図に関する事みたいです」
「地図? そんなものまで書かれているの?」
テーブルに置かれた機密文書にみんなの視線が注がれる。
「そういう事で家主さん、どうぞ」
「私が捲るの!?」
「うだうだ言ってないで早く捲りなさい! このままにしていたら始まらないでしょうが!」
「はーい。薄いから、一度最後まで捲るからその時に意見を聞かせて頂戴」
周りにいるみんなに一言伝え、ロイグの手によって封印が解かれていく機密文書。
出来れば重たい内容で無い事を祈りたい。この際、海軍から肉じゃがのレシピを入手したとかでもいいから。
パラパラと捲られていく極秘文書。ひーじぃに負けず劣らず達筆な文字で書かれている。
詳細内容は後で見せてもらうとして、目に映ったのはイジツの全体図。
一部の地域に関しては拡大図が描かれており、ラハマ・イケスカと書かれた文字。
この地図が描かれた時点で馴染み深い地名が付けられている。
ユーハングが命名したのか、その前から付けられていたのかは分からないが。
そっと閉じられる機密文書。ロイグの言う通り、書類そのものは薄いが中身が濃すぎる。
「と、言う事で専門家のハルト先生のご意見どーぞ!」
「ヤベェ物を見つけてしもうた」
誰に触れる訳でもなく、両手が宙を泳ぎ、口元はガタガタと音を立てんばかりに震えている。
その手を両側にいたカランさんとモアさんが握りしめてくれた。
「はいはい、落ち着きなさい」
「大丈夫ですか? ハルトさん」
「ダメかもしれません。目に見えない衝動に駆られていて動悸が」
「そんな事を言う余裕があるなら平気よ」
そう言いつつも背中を擦ってくれるカランさん。紫色をベースとした瞳に赤色が強調されている。目が合うと少しずつ昂った意識が落ちついていくのが実感できる。バイオレットサファイアのような美しい彩。
「大丈夫ですからね、私たちが付いていますよ。ハルトさん」
握った手を優しく撫でて落ち着かせてくれるモアさん。琥珀のような黄金色をした瞳。その瞳は誰よりも優しく大きな愛情を秘めている。
「約一名、こんな騒ぎでも顔を出さないヤツがいるけどな」
「ベッグったら! こんな時まで機体弄りをしているのね!」
「それはそうよ。ベッグにとってのオタカラはお酒や資料よりも珍しい機体でしょ? 既に見つけたようなものよ」
カランさんのご指導の元、深呼吸を繰り返して徐々に落ち着かせる。
モアさんまで一緒になって深呼吸をしている姿を見て自然と笑みが浮かぶ。荒波がようやく収まったようだ。
機密文書がこちらの視点からみて正しく上下になるように動かされる。
「さっ! ここから先はハルトの仕事よ! 是非とも内容を解いてみて頂戴!」
「先程とは違い、随分と楽しそうですね、ロイグ」
「だって! 考えてみたら自分のアジトにユーハングの資料が残されていたのよ! これも一つのロマンじゃない!」
「また始まったわよ、ロイグの癖が」
呆れ返るリガルに同意するアカツキの皆さん。
ロマン。確かにロマンの塊のような物が出てきてしまった。
これが良い方向に傾くのか、悪い方向へと進んでしまうのかは分からない。
立ち止まったままではいられない。先に進む為には歩みを止めてはならないのだ。
夕食を挟みつつも作業は続けられていく。
ロイグから託された機密文書。冒頭に書かれていた文章は、イジツにおける日本軍の工廠建築予定地。
地図と照らし合わせて読むと、ラハマ、インノ、イヅルマ等の今でも町として機能している場所に一つずつ。
それ以外にも訓練地として挙げられている幾つかの個所。このアジトもその内の一つだ。
そしてオフコウ山も。その近くにも何かを示す記号が書かれている。記号の意味については候補としか書かれていない。
ロイグにも分かる様に、解明できた記号を意味する言葉を紙に書き写す。
書道に関する書籍が出てきてよかった。これが無ければミミズ文字にしか見えない文字が幾つもあったから。
今にも爆発しそうな脳味噌を一度休ませよう。両膝に腕を置いて顔を下に向ける。
視線の横から伸びてくる腕、その手にはティーカップに注がれた紅茶が見える。
顔を上げてソーサーごと受け取ると、運んできてくれた人物が横に座ってくる。
作業していた物を一旦テーブルから全て移動させる。零れたら大変な事になるし、何よりも無粋に感じたから。
問われる事も無く、問い返す事もせずに、一口目を頂く。アレシマで頂いたアールグレイの味がする。
「なんだか懐かしさすら感じられますね、この味」
「出会ってからそれほど月日は経過していないわよ」
「そうでしたか。最近は時間の進みが早く感じ取れて頭の整理が追いつかない状態ですよ、リガルさん」
「貴方のソレ、もはや癖みたいなものね」
「中々どうして、名前で呼び合うのは慣れていないもので」
照れるように頬を掻く。
「それで、何か分かったのかしら?」
「良い事も悪い事も」
「なら良い事から喋りなさい。それを聞いてから悪い方を聞くか判断するから」
「へーい」
良い事。
私の家族が眠っている墓がありそうな場所が二か所にまで絞り込めた事。
その内の一つはやはりというべきか、オフコウ山が含まれてた。
つまり、私のイジツ探索もこの二か所を調べれば終わりを迎えられる可能性が出てきたという事。
「オフコウ山のすぐ側、確かソウウン峡谷だったはずよ。でも飛行船で下見をした時にはそれらしいものは見当たらなかったはずだけど?」
「もしかしたら、峡谷の底まで下りて横穴が作られているかもしれません」
「もう一つの方は……随分と遠いわね」
「近い町がイケスカですからね、それに谷にあるというのは同じみたいです」
「場所が絞れて良い事なはずなのに、向かうにはどちらも苦戦しそうな場所ね」
ここから一番近いオフコウ山。そこから谷底へと下りるにはどうすればよいのだろうか。
そして問題は下った後。残念な事にここは拡大図が無い。つまりは直接探さないと分からない可能性が高い。
「それで悪い事は何なの?」
「聞きます? 人それぞれの感じ方にもよりますが」
「ここまで来たら聞くわ。良い事でコレだもの、悪い事で何なのか気になるわ」
悪い事。
それは怪盗団アカツキにとっては朗報なはずの夜明けの鷹に関するオタカラの話。
そして私をイジツへと差し向けたイサオさんと、イケスカに居る執事さんに関するお話でもある。
「……ハルト、それは本当なの?」
「あくまで私個人の仮説です。確定ではありません。むしろ間違っていて欲しい話です」
「その仮説が当たっていたとしたらイサオ達と何の関係があるの?」
「オタカラが眠る場所とイケスカにあるイサオタワーの場所がどうしても被るんです」
虹の麓にあるとされる夜明けの鷹のアジト、そしてオタカラ。
虹という言葉が文字通りの意味を指しているのなら、水が豊富にあり太陽の光を遮らない場所。イケスカの地でオタカラを巡り二つの伝説が対峙したと噂される場所。どうしたって考えてしまう。
「その話を聞くのは明日ね。既にみんな眠っちゃったわよ」
「もうそんな時間でしたか。ってリガルさんはどうして起きていらして?」
「途中で起きたのよ。そうしたら未だに起きている悪い子を見つけてね。こうして来たわけ」
全く気が付かなかった。それ程、機密文書の解読に集中していたのか。
はたまた悪い事に関して余計な推測をし過ぎたのだろうか。ダークサイドからの魔の手に負けて深い底まで意識が落ちていたのか。
悪い方向に思考が向くと中々抜け出せないのは何故だろうか。
「それよりハルト、何か他の楽しい話はないかしら?」
「寝なくていいんですか? お肌に悪いとかなんとか」
「眠気が吹き飛ぶような事を教えてくれたのは誰かしら?」
「あい、すみません」
リガルさんを楽しませそうな話。頭に浮かぶのは何時だって青い海と白い鳥たちの姿である。
「リガルさん、前に差しあげた海の写真って覚えてます?」
「もちろんよ」
テーブルに置かれるぼやけた一枚の写真。
肌身離さずに持ち歩いているのだろうか。
そうだとしたら差しあげた身としても嬉しい。
「よく持ち歩いてましたね」
「私にとってこの写真に映る光景は、いままでに美しいと感じたモノの中でも一番と私の中の本能が訴えかけてくるのよ」
「でしたら、その光景に動きと音が加わったらどうなりますかね?」
「……まさか!?」
イケスカ以来、久しぶりに操作をするスマホ君。
あの写真だって元は動画として撮影した物を無理矢理カメラで収めた物なのだから。
再生するファイルを選択してテーブルの上に三角立て。
「小さな画面ですみません。ですがリガルさんにはお見せしておくべきかと思いまして」
返事が来ない。視線を向けると緊張した面持ちで姿勢正しく待ち構えている姿が見える。
画面をタップして動画が再生される。
ひーじぃに呼ばれた際に選んだ移動手段と、何の気なしに撮影をしたこの動画が、イジツで最も有効的に使われる事になろうとは。
ここから先は、言葉にするのは野暮というものだろう。