あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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怪盗団アカツキ その21

 顔に何かが当たる。

 暖かくて、水滴のような何かが。

 そのおかげで徐々に意識を取り戻していくのが分かる。気絶していたのか。

 自身の顔を包み込む誰かの手の温もり。私の頬をよく弄んで楽しんでいた方の手。

 後頭部からは柔らかな感触。この手の持ち主に膝枕をしてもらっているようだ。

 左手も固定するかの如く、力強く握り締めている人がいる。割と容赦ない力加減ではあるが、誰かは分かる。リガルだ。

 

 ゆっくりと目を開けると、無事を祈る為か、流れ出る涙を少しでも堪える為なのか、目を瞑り大粒の涙を流しながら泣いているロイグの姿が見えた。

 背中を丸めて俯き加減のロイグの瞳から直接流れ落ちてくる涙。どおりで顔中が水浸しな訳だ。特に口元と首筋の辺りが。

 では額の辺りまで濡れているのは何故だろうか。

 

 目に映る光景を観察する。ロイグの顔。泣かせてしまったのは申し訳なく思うが、とても綺麗だ。

 問題は、顔そのものは半分程度しか見えていないという事。全体が見えている訳ではないのだ。では何が見えているのか、皆まで言うな。

 神秘に満ち溢れた山々から流れ出る豊かな水源。峡谷には川が出来上がり、そこから山の麓へと水が流れて行く。

 人々は川の水を手で救い上げ、飲み干す事で喉の渇きを癒し、生きてきた。それは昔も今も変わらない。

 時には川に直接、頭を沈めて気の済むまで喉の渇きを癒した人もいるだろう。行儀は悪いだろうが、気持ちは大変分かる。

 つまりだ、私も谷間から流れてくる水を飲み干したい。出来れば顔を埋めて! 

 

 その瞬間、額にデコピンを食らう。

 誰かと手の先に視線を移すと、カランさんの姿が見えた。

 

「起きたじゃない。どう? 体調の方は?」

「なんだか力が抜けてうまく動けません」

「動いちゃダメよ。貴方は撃たれたのだから」

「……はぁ?」

 

 カランが指さす所を見て見ると、右の鎖骨部分辺りに応急処置が施された状態である。

 

「不幸な事にね。敵が決死の想いで引き金を引いて発射された弾は、天井から跳弾してハルトの鎖骨に真上からぶち当たった。理解は出来た?」

「生きているって素晴らしいぐらいでしたら」

「そうね、今のところは生きていられるわ……」

「なんですか、その意味深な答えは」

「いえ、このまま二十四時間程、放置されれば死ぬのかなって」

「二十四時間って結構持ちますよね! 応急処置をしてもらったし! 自分一人だけじゃないですし! 今のところ死ぬような状況じゃないですよね!?」

「そうとも言うわ。クフフ……」

 

 こんな時でも冗談を忘れない、ユーモアの塊みたいな人である。

 

「カランさん」

「今度は何かしら」

「手当をしていただき、ありがとうございます」

 

 はいはい、そのような返事をしたいのか肩を上げて仕草で済ませ、違う方の診察に向かってしまわれた。

 

 

「……ハルト?」

「はい、ハルトですよ。ロイグ」

 

 手で覆われている顔がロイグの手によって多種多彩に変化していく。もはやロイグの癖なのかね。

 

「ロイグ、リガル。怪我はありませんでしたか?」

 

 ロイグは未だ名前以外の言葉が出てこないのか、リガルが喋り始める。

 

「おかげさまで、どこかの誰かさんが突き放してくれたから、尻もち程度で済んだわよ」

「自分でも信じられない程、身体が勝手に動きまして」

「別に責めてなんかいないわよ、ただね」

 

 握っていた私の左手を、リガルは自分の頬へと導く。

 

「貴方は馬鹿よ」

「はい、馬鹿です、すみません」

「そこは否定しなさいよ。阿呆だ。って返せないじゃない」

「えーと、じゃあ馬鹿じゃないです」

「おばか」

「ひどっ! 結局お馬鹿さんじゃないですか!」

 

 もう一言ぐらい返しておこうと思ったが、リガルの瞳からも同じように涙が見える。

 その涙を拭う為に片側だけだが親指を動かして優しく拭い取る。

 それでも溢れ出てくる涙は、私だけでは止める事は出来なかった。

 

「……ハルト」

「はい、何でしょうか? ロイグ」

「貴方は何であの時、私たちを突き放して自分だけ狙われるように仕向けたの?」

「守りたかったんだと思います、お二人を」

「そんな事は分かってる!! だけどハルトの事を守りたいのは私たちも同じなのよ!!」

「私も同じです。そしてまた、同じような事が起きてしまったら、また同じ行動を取ると思います」

 

 頬を思いっきり引っ張られる。私の顔は再び人にはお見せ出来ないような見苦しい姿へと変貌している事だろう。

 でも良いのだ。ようやくロイグが微笑んでくれたから。

 

 

「怪我人を相手に話し合いを始めて済まないな、ハルト」

「気にしないでください、レオナさん。何かありましたか?」

「まず初めに。ハルトをラハマの病院へと運ぶ為に一〇〇式輸送機をこちらへ呼び寄せる事になった」

「それってユーリア議員が搭乗されている飛行機ですか?」

「そうだ。我々の戦闘機では安定した飛行とイザという時の為の処置が出来ないからな。こういう流れになった」

「何故だか分かりませんが、機体の持ち主もやってきそうなのですが」

「……すまないが、対応を頼む」

 

 目を逸らしながら頼み事するレオナさん。やっぱりこの人もそう考えてるんだ。

 

「二つ目だが……私たちと対峙した敵に関してだ」

「何かありましたか?」

「ハルトに向けて発砲した奴以外は、一切抵抗せず、武装解除を行った後は大人しくしているよ。だがな……」

「何か?」

「可能であれば、ハルトの直轄部隊として働きたいそうなんだ」

「はぁ……。はぁ!?」

「そこからは儂が詳細を話そう」

 

 やってきたじーさま。特に手足も縛られておらず、ごく普通の足取りでこちらへやってきた。

 

「小僧……ハルト様を撃った奴がいただろう? あ奴は我々に今回の任務を申し付けてきた側の人間でな。我々の行動を逐次、報告していたのだ」

「もう小僧で良いですって。その人はどうなっているんですか?」

「聞ける情報は全て聞き出した。方法は聞かない方がいい。大丈夫、五体満足で死んだりはせんよ」

「さいですか……って今回の戦いで死者は!?」

「幸いに誰も死んでおらんよ。みんな強運だの」

「落とされた身からしたら、恐怖以外の何者でもないわよ」

 

 今度はザラさんがやってきた。どうやらこのじーさまの攻撃を受けて被弾し不時着した様子。

 じーさまは元気そうに大笑い。

 

「儂にあの手を使わせたのだから誇ってよいぞ。儂の一撃必殺だからの」

「あんな奇天烈な動きから機銃を食らうのはもうごめんよ」

 

 苦笑いをしながらもきっぱりと否定するザラさん。

 膝をついて私の顔を覗き込む。

 

「ごめんね、ハルト君。私がもう少し上手く出来ていれば撃たれずに済んだかもしれなかったわ」

「それは言いっこ無しにしましょう。お互いにこうして生きているのですから」

「……もう、誰それ構わず優しくしていると、いつか誰かに後ろから刺されちゃうわよ?」

「前から撃たれたので当分は大丈夫だと思いますよ」

 

 開かれるザラさんの目、そして呆れたように笑い出す。

 

「そういう子だものね。病院に辿り着いて一段落ついたら、飛行船で話していた通り、頑張ったハルト君にはお姉さんがいっぱいご褒美をしてあげましょう!」

「マジで? マジで?」

「ふふっ、何がいいかしら?」

「えーっと、えーっと、フガッ!!」

 

 左右別々の手によって再び両頬を引っ張られる。

 

「この話の続きはまた今度ね」

 

 微笑みながら立ち上がり、手をひらひら動かして離れて行くザラさん。

 

「ハルト、今の話、詳しく」

「単語で喋られると怖いですよ! ロイグ! ちゃんと後で話しますから!」

「ふむ……。小僧はイサオ様とは別の方向で人心掌握に長けているのやもしれんな」

「じーさまの目は節穴ですかね。節穴ですね」

「小僧は容赦ないの……」

「翁。私たちもよろしいでしょうか」

 

 じーさまから言葉が聞こえた方へと視線を移動させると、副長とケイトが立っていた。

 

「儂が言うのもなんだが、手短にな。一応怪我人だからの」

「カランさん曰く、直ぐには死なないようだけど、負傷? 重傷?」

「軽傷。三十日未満の治療を要する人に該当する」

「流石ケイト。物知りですなぁ」

「ハルト様はなんといいますか、穏やかを通り越している気がします」

 

 片膝をつき、こちらを覗き込む姿は所謂、女騎士。イジツの世界は夢いっぱいだ。

 

「ハルト様、これまでの数々のご無礼をお許しください」

「許した」

「……」

「許しましたって、本当に。罰則を求めるような顔をされても何もしませんよ?」

 

 なんで? どうして? そんな表情をされてもこっちも困る。困り顔が可愛いよ、この人。

 もし、ザラさんと出会わなかったレオナさんはこの人の様になられていたのかも、いや人を比べてはいけない。

 

「一つ、お願い事をしてもよろしいですか?」

「一つと言わず、いくらでも。団長からはそのように指示を受けております」

「それについてはまた後で、富嶽を利用したいと考えているのですが」

「富嶽をですか? 一体何をなさるおつもりでしょうか?」

「本当はイサオさんと一緒にと考えていたのですが、土産話ついでに下見をしてしまおうかなと」

「すみません。何をおっしゃっているのか……」

 

 また困り顔にさせてしまった。

 

「富嶽に搭乗して、可能な限り高度を上げて、イジツの果てを見に行こうかと」

 

 

 あの後、副長は駆り立てられるように富嶽の警備と整備を入念に行うと約束してくれた。

 今すぐにでもと室内から飛び出そうとしていたところを、団長に拘束され自分たちの置かれている状況について説教をされている。

 

「ハルト」

「あい、ケイトはどうしたのかな?」

「震電について伝えたい事がある」

「副長が搭乗して出撃したような記憶が少々。それがどうかしたの?」

「敵として現れた震電を止める為に、震電に損傷を与えてしまった事について謝罪したい」

「いやいや! それは仕方ないよ! 無傷で震電を降ろす方法なんてないでしょう!?」

 

 交わしていた視線がほんの僅かずらされる。何を考えてたの? いやケイトの事だから実際に行ったんでしょ! 

 

「ケイト、何をしたのかな?」

「敵として現れた震電はイサオの様な歪な機動を取る訳でもなく純粋に機体性能を限界まで利用する為徹底した一撃離脱戦を使用し隼に搭乗しているケイトたちでは通常手段では撃墜は不可と判断された為仕方なく選択した方法であり本来はこのような手段を選択する事はケイトとしても遺憾である」

「……震電に何をしたの?」

「隼の主翼先端部分を震電のプロペラに当て、無理矢理落とした」

 

 右腕を上げてデコピンでもしようとしたら、激痛が走る。

 そうでした。撃たれた肩はこちらでした。おかげでぼんやりしていた意識がハッキリとする。

 

「ハルト、無理に動いてはいけない」

「動かしたくなる様な事を発言したのは誰かな!?」

「ケイト。コトブキの安全を優先させる為に震電を落とす事になり……」

「ケイト、怒るよ?」

 

 僅かにずれていた瞳が再び交差する。不安そうな目をしても駄目なものはダメ。

 でもケイトがそのような手段を取るのだから、本当に危うかったのだろう。

 ぺたんこ座りのケイト。無造作に床に置かれている指先をなんとか掴む事に成功する。

 想いは言葉に、時には行動で、その両方を行った場合は? 

 

「ケイトがさ、その考えに至り、行動に移したのなら、本当に危険な相手だったと思うんだ」

 

 頭だけを動かすケイト。

 

「コトブキの事を考えて、自分に出来る行動が何かを追及したら、その手段になったんだよね?」

 

 再び、同意するように動かす。

 

「だからさ、今度は行動に移す前に、守りたい人たちに、仲間たちに一言伝えようね」

 

 まさか、あの一言からケイトがこのような行動を取るとは思わなかった。

 こういう行動を起こさせてしまった一端は自分の発言も影響しているのではないか。

 考えすぎかもしれないが、何時かレオナさんからちょっとした失敗談とそれからの話を聞いた事があり、そう思ったのだ。

 

「じゃ、この話はこれでおしまい! エンマに大層怒られたでしょ?」

「想定以上のお怒りだった」

「なら私が怒る必要なんてないね! ケイト、無事でよかったよ」

 

 人に何かを説くような身ではない。

 何時だって教えを請う側の人間。

 それでも伝えたい気持ちはあるものだ。

 

 大きな欠伸が出る。目の端に掴まれた両手の先はスベスベとして柔らかい。勿論、後頭部も。

 

「こんな時に変な事を言ってもいいでしょうか?」

「何かしら?」

「今、私の人生で最も幸せな時間だと言い切れるのです」

 




区切った方が良い事に気が付いたので、
もう一話、このままどうぞ。
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