あれから約二週間後。
ラハマの病院で治療を受け、しばらくはアレンのお隣で入院をしていた。
撃たれた箇所は鎖骨に当たり、骨に埋まる様に弾が止まっていたと医者が話していた。
嬉しそうに摘出した弾を贈り物と称して渡すのは如何な物かと思うんだ。
アカツキの事から。
あの後、怪盗団アカツキは一度、ロイグのおじいちゃん家まで戻る。
おじいちゃん達が帰ってきた時の、ロイグの形相は凄まじいものだったとレンジさんが笑いながら教えてくれた。
夜明けの鷹についても再び、念入りに洗いざらい聞き出し、子孫と思われる人達を見つけ何人かと接触できたようだ。
今度はロイグのおじいちゃんが財を成す事に成功したと聞かされた、戦闘機レースを主催する人と接触するとか。
ついでに私からのお願い事も伝えてもらい、無理矢理ながら承諾を得たらしい。
ベッグさんとニッカさんは大忙しだろうなぁ。
コトブキについて。
入院中、マダムが面会に訪れてきてくださり、提示された請求額に目玉が飛び出るかと思った訳でありまして。
その後に「本来ならば」という言葉と共に破れていく請求書を見つめてちょっとだけ安堵した。訂正、滅茶苦茶助かりました。
マダムのセレブジョークは心臓に悪いのである。
機体が破損した組は、再び短い休暇へ。
病室に訪れたザラさんからは、褒め褒めわしゃわしゃむぎゅーを頂く事に成功する。お酒臭かったのがザラさんらしいけれど。
ケイトは毎日、病室へと足を運んでくれて、ご飯を食べさせてくれた。
雛鳥に対する親鳥みたいで恥ずかしかったのだが、利き手を動かせず、左手で食べるとこぼしてしまうので仕方ないのだ。
アレンはアレンでロイグから提供された資料に夢中になり、ケイトに怒られている。
その他、諸々。
ユーリア議員に対してサブジーについて問い詰めるナオミさん。
撃墜された場所を伝えて、そこへキリエを連れて向かおうとした瞬間、新しい情報を追加するユーリア議員。
「今更そんな場所に行った所で何も残っていないわよ」
「それってどういう事よ!」
「ハルトに聞いてみなさい」
ここは病室。ユーリア議員が手に持つ物は私のご飯。運ばれる先は言うまでもなく私の口。現在、餌付けされ中。
「ナオミさん。富嶽を飛ばす日までお待ちいただけませんでしょうか?」
「富嶽が飛ぶのとサブジーに何の関係があるのよ?」
「サブジーらしき人の機体を、イジツの最果てで見たという情報がありまして、場所が場所なので富嶽から捜索しようかと」
「……アンタ、嘘だったら酷い事になるわよ?」
「嘘を付く理由はありません。何ならパンケーキに誓いましょうか?」
「それで通じるのはキリエだけよ!」
「じみーに悪口を言われてる気がするんだけど!」
渋々といった様子を隠す事無く病室から出ていくナオミさん。
キリエはまたね! と言って出て行った。
何かを言いたげな視線を送りつけてくるユーリア議員。その口が開かれる。
「ウソツキ」
前日までの出来事。
マダムに電話を借りて、イケスカにいる執事さんと連絡を取る。
私の直轄部隊の援助と真相を探る為のお願いを伝える。
「ブユウ商事の長となる風格をお持ちになられてきましたな」
「誰のせいですか! あと会長職についてはまだ確定ではないし!」
「お任せ下され、ハルト様の指示が無くとも書類の偽装なぞ一つや二つ、お茶の子さいさいでございます」
「それで得をするのは全面的にイサオさんと執事さんですよね!? やめて!!」
直轄部隊。
団長、副長、翁と富嶽運用兼整備部隊でまとめられていた形を少し変化させた。
というのも、じーさまが私の元に連絡役として残ると言い始めたから。
あの愉快そうな顔は絶対にそれだけじゃないと思う。
その結果、団長と副長で再編成された部隊はアレシマで飛行隊として登録をする事に。
イケスカ所属にも戻れないし、ブユウ商事所属にも出来ないからね。
食い扶持を稼ぎつつ、真相を探りながら空賊共を潰してもらう事にした。援助と情報交換は密です。
「しかし、ハルト様は私めの事について何かお聞きにならないのですか?」
「今更聞いて何が始まると言うのですか。みんな個人的な思いを抱えて生きているのは当たり前の事でしょうに」
「ですが、ご質問頂ければこちらとしては返答する意志がございますが」
「これ以上の荷物は背負えないので結構ザマス!! イサオさんを連れて戻るまで部隊の事を頼みました。あとキラメキ卿だとか偽の指示を出した奴を見つけたら全力で!!」
「スメラギ卿でございます。了解致しました。全力で取り掛からせていただきます」
「よろしくおなしゃす!!」
電話を切り、肩を下ろす。
あっちのジジイもこっちのじーさまもそっちのおじいちゃんも皆好き勝手に動きすぎなんじゃい!!
クスクスと上品な笑いをするマダムの姿。
「ハルト君、貴方って面白い子ね」
「どこら辺が面白く見えるのですかね?」
「精一杯、頑張っている姿が、ね」
笑ってはいけないのだけれど。そう紡がれる言葉を聞いて恥ずかしくなった。
そして現在、富嶽に搭乗して高度約一万キロクリールを飛行中。
道中、高度を上げるまでアカツキの皆さんに護衛をしてもらい、通常の地図とロイグから借りている地図を比較しながらイジツの果てへと進行中。
操縦席にはじーさまとリリコさん。
通信席にはアレンが。
窓辺にある一つしかない座席にはユーリア議員がお座りになられている。あれ? 私まだプレートが埋め込まれている怪我人なのだけど。
与圧装置を搭載しているだけあり、普段と変わらぬ姿でいられる。富嶽って凄い。
私は現在、富嶽の床の上に座っている。座布団を引いてあるから特に不便では無いのだけれど……。
「その姿を見ていると懐かしいよ。ケイトは昔、お気に入りのぬいぐるみを持っていてね。そうやってよく抱きしめながら寝ていたなぁ」
「アレン、余計な事は言わなくていい」
「枕を抱きしめて寝る癖を直してから言うべき台詞だよ」
私より重ねられた座布団の上でぺたんこ座り。
身体を固定するようにケイトの腕が後ろから抱きしめるように伸びている。所謂、あすなろ抱きの腰版。
それは密着と言っても過言ではない距離。左肩にはケイトの顎が乗せられており、吐息が耳にかかる。
皆まで言うな。ケイトは着痩せするタイプなんだ!
「お楽しみ中に悪いが目標地点が見えてきたぞ」
ついに西側からイジツの果てへ。
窓辺に移動する為に立ち上がろうとすると、ユーリア議員から手が伸びてくる。
お借りするように手を重ね合わせるが、ちょっと過剰な握り締め方じゃないですかね!?
そういった事もありつつ、外景を覗けるところまでやってきたのは良かったのだけれど……。
「積乱雲のせいで下は強風と大雨、アノマロカリスが吹き飛ばされながら空を飛んでいるし。上はそこら中で雷だらけ……」
「まぁ、そうよね」
「え?」
極当たり前のようにユーリア議員から返事が来る。
「当然だろうの」
「当然ですね」
「当たり前の結果かな?」
「イジツで知られている現象をこの目で確認が出来て、ケイトは嬉しい」
「えーっと、もしかして皆さんご存知で有られましたか?」
「もちろん。熱弁をふるう人に対して現実を押し付けるのは野暮というものでしょう?」
「あぁぁぁぁ!!」
リリコさんからの衝撃的な発言に心も身体も震える。会いたくて! 会いたくて仕方なかっただけなのにみんな知っていた!!
悶えている最中に左肩を優しく叩かれる。ユーリア議員だ。
いつもと変わらない綺麗な瞳。優し気な表情。一つだけ問題なのが、左手を自身の口に添えている事。
穴があったら入りたい。
「空がとても青くて綺麗ですね」
「そうだの。我々は空を飛んでいるにも関わらず、上を見て飛ぶ事が少ないのだろうな。ほんの僅か、顔を上げれば一面に広がる青空で視界を埋め尽くせるというのに」
「この景色を見せてくれた事は感謝しないといけませんね」
「おぉ! 富嶽の姿が見えてきたぞーっ!!」
チカの声と共に富嶽へと視線を合わせる。
イジツの果てを見て来た後に、一度、例の基地に帰還して何かを運び込み、ラハマで見せたい物があるとハルトから聞いている。
責任者である以上は全てを聞いているが、それを言葉にするのも野暮というものだろう。成功するか分からないと当人が言っていた事だから。
ラハマにある小高い丘の上。そこへケイトを除いたコトブキ飛行隊の隊員。ロイグにリガル、そしてナオミがいる。
「待てと言われて待ち、来いと呼ばれて来れば、富嶽を見せつけたいだけなのかしら」
「ハルトならそんなまどろっこしい方法は取らないと思うよ、ナオミ」
手元の時計を見る。そろそろ始まる頃だ。
「時間だ、ハルトからの言付では富嶽の下方辺りを見つめていて欲しいとの事だ」
「富嶽の下? って爆弾積んでる場所から水が流れ落ちてきてんじゃん!」
「あらまぁ、ナンコーの火災消化の時に使いたかった贅沢な手段を使用していますわね」
皆、其々に思う言葉を投げかけながら富嶽を見つめている。
落下する水が霧状に変化し、地面へと向かって行く最中、七色の何かが見え始める。
「これは……」
「うはぁ! あれって虹じゃない!? 色々な色で光ってキラキラしてるよ!!」
「これが虹なのね……」
「ふふっ流石はハルトね。この私に更に美しいモノを見せつけてくれるのだから!」
町にいる人達も気が付いたのだろう。窓を開け、空を見上げて眺めている人達もいる。その光景と一緒に一粒ほどの大きさでしか見えない何かも。
「もう一つ、ナオミとキリエに言付を預かっている」
「へぁ? 私にも?」
「虹を見れたなら、街中を向いて欲しい、と」
「街中ぁ? 別に変わった様子なんて無かった……」
ナオミの言葉が途中で途切れる。
周囲に響き渡る富嶽のエンジン音。そして虹。これらによって隠されていたもう一つの用件。
こちらに向かってくる一機の戦闘機。
全体を濃緑色で染め、垂直尾翼にはキリエが使用しているパーソナルマークによく似た鳥の絵。
私たちがいる丘を中心に旋回を始めるその機体は、零戦三二型。
搭乗者は言うまでもなく。
「サブジー……サブジーだ!!」
「キリエ!! 行くわよ!!」
「ど、どこへ!? だってサブジーが!!」
「だから!! そのサブジーを追いかけるんでしょうが!! ここで逃したらまたどこかへ姿をくらますわよ!!」
戸惑うキリエがこちらに顔を向ける。
行って来い。そう一言だけ伝える。素直に頷き、ナオミの後を追いかけて走って行った。
「私がハルトから預かっている用件は以上だ」
「あの時、頑張った甲斐があるってものだね!」
「そうですわね。こんなに素晴らしい景色を見せて頂けたのですから」
「私たちも仕事だけを理由に飛ばず、もう少し肩肘張らずに空を飛ぶのも良いかもね」
「あぁ、そうだな」
兵器として生み出された富嶽。それをこのような形で、皆の顔を空へと上げてしまうモノへと変化させてしまうのだから。
人一人が現れただけで、この大騒ぎだ。
「凄かったわ、ハルト」
「本当に。惚れ直したわ」
「あら、怪盗殺しが本気になっちゃったわけ?」
「どこかの金持ちが今以上に美しいモノを見せてくれるなら、話は別よ」
「そんな人、いる訳ないじゃない」
「ロイグこそ、どうなのよ? 敵はそれなりに多いわよ?」
「そんな事、決まっているじゃない。でもその前にハルトに送り付けてあげなくちゃ!」
「相変わらず好きね、貴女も。何を送り付けるのか当ててあげましょうか?」
リガルと顔を合わせる。
言わなくても分かっているのだろうけど、私にとっては大事な事だから。
ちゃんと言葉にしておかないと!
『予告状!!』
ハルト。実は私、一つだけ貴方に嘘を付いていたの。
アレシマで見た、紙に書かれていたユーハングの文字。読めないふりをしていたけれど、実は読めていたの。
だけど意味までは分からなくて、頭にずっと引っかかり続けていて、聞くにも言い出しにくくて。
実家に帰省した際に、ふと昔読んだ小説の事を思い出したの。
イジツ語で訳されていた小説の中でも、一際印象に残る不思議な言葉。
男性が女性に向けて放つその言葉は、当時の私には理解が出来なくて、その言葉に対して返答をする女性の言葉も理解できなかった。
月が綺麗だと問われているだけなのにって。
部屋中を漁り、ユーハング文学に関する書籍を探し、おじいちゃんの部屋にまで入り込み、ようやく一冊の本を見つけた。
そこに書かれていた、文字を意味する言葉。
もやもやとしていた心が晴れた代わりに、鼓動が抑えきれなくなった時、窓からバルコニーにいるハルトの姿を見て、全てを理解した。
貴方に送る予告状の内容は最初から決めてあるの。
封を開けて読み上げた瞬間、驚いてくれたならとても嬉しい。
私、死んでもいいわ。
『はい、残念ながら奴等の作戦は失敗したようです。コトブキ飛行隊と怪盗団アカツキと名乗る奴等に』
『……えぇ、新しい雇い主に対して成果をお見せできず、こちらとしても心苦しく』
『はい? なるほど、今度はそのような手を。大変参考になります。んふっ』
『次こそは貴方様のご希望に添えられるよう、全力で取り組ませていただきます』
『スメラギ卿』
怪盗団アカツキルート
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。