あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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怪盗団アカツキ その後のモアと

 室内を漂う良い香り。

 左側からはトントンと、右側からはコトコトと。

 味見がしたいのか、下から伸びる幼い子の手と、それを咎める女性の声。

 家庭の温もりが感じられる、台所のオーケストラはまだまだ続く。

 

 

 病院から退院後、するべき事をこなし、イジツに居られる僅かな時間。

 せっかくイジツに、ラハマで落ちつける時間が出来たのだから、ゆっくりと街中探索でもしようと考えていた。

 だが、それも怪盗団アカツキの手によってあっさりと崩れ去っていったけれど。

 

 カランさんからは『士気向上要員』という謎の役職を承る事になる。

 その理由は、約数名からハルト成分が恋しくて堪らないというお悩み相談を受けた事から始まる。

 

「ロイグもリガルもさっさと行動に移せばいいのよ。それが今更、恋する乙女のようにモジモジとして、診断と称して惚気話を聞かされ続ける私の身にもなって欲しいわ」

「あの、匿名希望者のお名前が公表されている気がするのですが」

「いいわよ別に、貴方だって二人からの好意には気づいているのでしょう?」

「お見舞いに来て頂いた様子をみれば、少なからず」

 

 身なりのお世話をしてくれたり、餌付けをしてくれたり、手を握ってもらったり。

 あれ、でもそれだけで考えると様々な人達から労ってもらった事になる。

 コトブキの皆はしかり、マダムやユーリア議員からも。勿論、アカツキの皆からも。

 やばい。もしこれらがカランさんのいう好意であれば、私は人知らず後ろから刺されても仕方ない程のフラグを立てていたのか!? 

 

「まっ、しばらくあの二人の相手をしてくれると助かるわ。主に私が」

「カランさんが楽したい為だけに攫われたんですかね!?」

「利害一致しただけよ、クフフ……」

 

 口元がヒクヒクと動いている私の姿を見て、ご満悦そうなお医者様。

 イジツのお医者様は皆マッドだ。

 この荒野で人を治す職業についているのだから、これぐらいの精神力を保持していないと治療行為なんてやっていられないのだろう。

 

 

 こういった経緯もあり、士気向上とお留守番も兼ねてロイグさんのご実家にお邪魔する事になった。

 ロイグのおじいさんからは『孫を守ってくれてありがとう』と頭を下げられる。

 元はといえば私絡みの事に皆を巻き込んでしまった事もあり、こちらも詫びる。

 呆けた顔でこちらを見つめるおじいさん。そうだ、この感性は日本人気質によるものか。

 どうしたものかと思っていれば、嬉しそうに高笑いをして人の肩をバッシバシと叩いてくる。

 治療済みとはいえ中々の痛み、引き攣りそうな表情を堪えるようにしていると、今度は首に腕をまわされる。

 

「どうだねハルト君! 本気でウチの可愛い孫娘を手に入れるというのは? あの様子だと本人も満更でもないようだぞ?」

「例えお付き合いする事になりましても、私はもうすぐユーハングに戻らないといけないのですが」

「だからこそだよ、イジツに自分の最愛の人がいる場所を作り、そこへ戻るという目標を立てればみんな幸せだ! そうは思わんかね?」

「その時は、セットでイサオさんも戻ってきますけどね」

「アヤツもかぁーっ!」

 

 頭を抱えるロイグのおじいさん。でもイケスカの頃の様なイサオさんでは無いと思いますよ。なんとなくですけどね。

 ロイグさんの事は当人同士という事で一方的に逃げ出す事に成功する。

 

 そうそう、サブジーはあの後、二人の手によって見事御用となり、渋々ながらも二人の我儘に付き合っているようだ。

 捕まえる為とはいえ、サブジーの機動に惑わされる事も無く、確実に実弾を主翼にブチ当てて強制的に降ろしたナオミさんの行動力は恐ろしい。

 キリエが『何も出来なかった』と凹んでいたのが印象に残っている。

 サブジー曰く『腰を痛めなければ撒けた』と私にマッサージをさせながら呟いていた。なお、当人は日本へ帰る気がない模様。

 ニッカさんは動けないサブジーを相手に聞きたい事を根掘り葉掘り聞けて嬉しそうだ。

 

 

 屋敷に攫われた当初は慌ただしい日々であったが、最近は小説を読む時間が出来るぐらいに落ちついてきた。

 機体の点検作業を眺めていたりとのんびり過ごしている。

 夜明けの鷹についても進展があり、少しずつではあるけれど、再びオタカラを目指して進んでいるみたいだ。

 最後まで付き合いたいけれど、残念ながら日本へ帰投するのも私に課せられた大事な任務。

 最後まで、なんて思うようになっている自分がおかしくてつい笑ってしまう。

 

「なんだか楽しそうですね、ハルトさん」

 

 後ろから聞こえる声に反応するように身体を動かすと、そこにはモアさんがいらした。

 女性陣の中でも小柄な女性。それでも空へ上がればあの怒声。無線から聞こえていた声の主がモアさんだと知った時の衝撃は計り知れない。

 

「アカツキの皆さんと出会ってから色々とあったなって振り返ってました」

「最初はびっくりしました! ロイグ達が連れてきた方が、男性にも女性にも見える方でしたので」

「私も体格は小柄な方で、髪もそれなりに長いですからね。間違われても仕方ないかと」

「でもたくさんの事を知っていました! 海の写真を見せていただいた時は驚きましたよ!」

「何気なしに撮影していたものが、ここまで有効活用されるとは当初は思いもよりませんでした」

 

 二人してクスクス笑い。

 せっかくだからとモアさんからお茶のご招待を受ける。謹んでお受けいたします。

 招かれた先は、屋敷の台所。

 釜の上にあるのは大きな寸胴の鍋。何かを煮込んでいるようだ。

 

「椅子に掛けて待っててくださいね」

 

 言われたとおり、テーブルとセットになっている椅子に座り、モアさんの後ろ姿を見つめている。

 エプロンを身に着け、お湯を沸かす準備に食器やちょっとした軽食を手慣れた様子で用意していくその姿は、ちょこちょこと動いておりとても可愛らしい。

 流石はロイグさんの保護者。これほどテキパキと家事をこなせなければ、ロイグさんのお世話は出来ないのだろう。

 

 

「あの虹は本当に素敵でした! 富嶽を利用してあんな事を考えて実行しちゃうのは、きっとハルトさんぐらいですよ!」

 

 準備も終わり、対面で始まるお茶会。

 出会った当初の話しから始まり、虹について熱く語るモアさんの熱気が凄い。

 虹に関しては、ラハマでも話題になっていた。

 病院で安静にしている時ですら、色々な場所から話が聞こえていた。

 窓の外では、子供たちが富嶽に見立てた物を手に取りながら走り回る。

 そんな子供たちから発せられる言葉は、爆弾が落とされる時の音ではなく、水が落ちる時のビシャビシャと一風変わった音を発しながら走り回る。富嶽の威厳を一気に底まで落としてしまった気がする。

 

「それでも、ラハマのみなさんからすれば、自由博愛連合から攻撃された恐怖を上書きしてしまうほどの印象を受けたんだと思います」

「イサオさんが何か言っていたなぁ。あと少しのところで穴が消滅したとかって」

「あはは……そういえばユーハングにはイサオがいらっしゃるのですよね?」

「今頃何をしているやら。曽祖父がいる限りは無茶な事は出来ないと思うのですが」

「不思議ですね、イジツで大暴れした人がユーハングでハルトさんと出会い、ハルトさんがイジツに来る事になるなんて」

「出会った当初は色々と思惑があって無理矢理、私をイジツに向かわせたって感じでしたけどね」

 

 苦々しい顔をする自分を見て、モアさんは可愛らしく笑う

 

「それでも、こうして私たちは出会う事が出来ました」

「確かに、そこだけはいくら感謝してもしきれないぐらい」

「ハルトさんに助けていただいたおかげで料理のレシピもたくさん増えました! あとロイグの部屋を綺麗する口実も貰えました!」

 

 今度はこちらが笑う番、余程ロイグさんのお部屋の惨状には手を焼いていたみたいだ。

 

「まさかオタカラについて探していたらレシピ本ばかり出てきたのには笑ってしまいましたよ」

「あれだけの量のユーハングの本がある事を知ると、本当にイジツとユーハングは繋がっていたんだって思います」

「一ヶ所は利用して来た為、出入口が把握できたので分かりますが、他の穴は一体どこと繋がっているのだろう」

「そう考えると、世界はまだまだ不思議な事に満ち溢れていますね」

 

 紅茶を冷ますように息を吹きかけて、一口飲むモアさん。

 不思議な事。確かに不思議だ。穴は全て日本、地球に繋がっている訳でない。他の世界にだって繋がっている可能性があるとアレンが言っていた。

 今はまだイジツの生活を楽にさせる物で済んでいるが、それ以上の物が現れたとしたら……。

 じっと考え込んでいたら、モアさんの手が伸びてくる。

 

「大丈夫ですよ、ハルトさん。良い事も、悪い事もたくさんありましたけれど、私はまた何か起きても良い事が起きると確信していますから」

「確信ですか?」

「はい、穴について知っていた人達は、きっと今のハルトさんのように眉間に皺を寄せるぐらい心配する事もあると思うのです」

 

 私の頭を撫でるモアさんの手は止まらない。

 

「でも、実際に穴からやってきた人間は、ユーハング人だった。そのユーハング人はとても温厚で、困っている人をみかけると手を差し伸べる、とても優しい人でした」

 

 聖人君主のような事をしたつもりは無いんだけどなぁ。

 

「怪盗団なんて名乗っている人たちのお願い事まで引き受けちゃうぐらいですもん! 私が保証しますよ!」

「モアさんに保証されてしまった。これで無敵だ」

「そうです、無敵さんです。ふふふっ」

 

 モアさんから無敵の称号を与えられてしまった。

 これで何も恐れる事はない、そのはずなのに涙腺が緩んでくるのは何故だろう。

 

「ハルトさんは泣き虫さんなんですね」

「イジツに来る前はこんなに感情が揺さぶられるような人間じゃなかったと思うのですが」

「私は泣き虫さんなハルトさんも好きですよ」

 

 モアさんから手招きをされる。

 ポンポンと叩かれた場所は、モアさんのふともも。

 

「こういう時は思いっきり泣いた方が楽になれますよ。私の膝でよければお貸しします!」

「泣く為だけに用意された環境が贅沢だ」

「はい、贅沢仕様です! 頑張ったハルトさんにもご褒美が必要ですから」

 

 さぁ、と言われて両手が伸ばされる。

 これを断り切れる程、私は強くない。

 自分の膝を床に着き、モアさんの手が伸びてくる。

 優しく抱かれた頭は、ご指定された場所へと誘導されていく。

 

「気にせず沢山泣いてくださいね。今は私しかいませんから」

 

 頭を撫でてくれるモアさんの小さくて暖かな手、顔からもモアさんの体温が伝わってくる。

 ただそれだけなのにも関わらず、瞳から止まる事を知らない涙。

 色々な理由があってイジツに来る事になり、様々な人達と出会い、触れ合う。

 イジツの世界を好きになるほど、穴の恐ろしさが身に染みて分かるようになってきた。

 自分だってその穴から来たというのに何を言っているんだろうか。少しばかりの苦笑い。

 それでもモアさんから良い事に分類されてもらえてホッとしている自分がいる。

 

 全身の力が抜けていくのが分かる。

 このままずっと、モアさんに頭を撫でていてもらいたいぐらいに。

 きっととても情けない姿なんだろうな、でもモアさんに見られるのは恥ずかしさを感じない。

 不思議だ。まだまだ知らない事だらけだ。それでも分かった事はある。

 人と出会い、意志を伝えあい、触れ合う事で世界が広がる。

 分かってはいるが出来ていれば苦労はしない。の話だよね、これは。

 

 モアさんの手が心地よい、未だに涙を流しているのに眠気が襲ってくる。

 耐える事を知らない身体は、眠気に身を委ね、ゆっくりと意識が沈んでいく。

 

 

 私の膝の上で泣きながら寝てしまったハルトさん。

 あれだけたくさんの事があったのに、ずっと頑張っていらしていたから少しでも力になれたのならよかった。

 ハルトさんが解読してくれた料理のレシピのおかげで、たくさんのレパートリーが増えた。

 それをみんなに振る舞い、美味しいと言って貰えるのが物凄く嬉しい。

 居なくなってしまった家族の為に、今居る家族と別れ離れになる可能性があったにも拘わらず、ユーハングに来てくれたのがハルトさんで本当によかった。

 ハルトさんの長い髪を優しく撫でる。少しだけ高まる鼓動。それが何かはまだ分からない、けど。

 

「ハルトさん。お別れをしなければならない時期もあるかもしれませんが、私たちは仲間ですからね、忘れちゃ嫌ですよ?」

 

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