鎖骨から取り出された一つの銃弾。
それは銀色のトレイの中に転がったまま、机の上に置かれている。
手術を終えたばかりのハルトの顔には、大量の汗が発生している。
手元にあるハンカチでその汗を拭う、その度に聞こえてしまう、意識の無いハルトの泣き声にも似た誰かを呼ぶ声。
ここで寝転んでいる人達の中に、ハルトが求めている人はいない。
それが私を少し寂しい気持ちにさせられる。
本日も訓練室なるものが正式に稼働し始めた病院で、アレンと共に身体を動かす日々が始まる。
その際には必ずケイトが同伴しており、アレンがサボらないようにジッと監視を続けている。
ケイトの機体は、あの戦いで再び修理に回されてしまったので、手持無沙汰のようだ。なんていうかごめんなさい。
そしてもう一人、私が撃たれた際に傷の手当をしてくれたカランさんもいる。
どうやらアレンの足について興味があるようで、歩けなかったアレンの足を観察してみたり、リハビリを繰り返して一時的に立てる様になったアレンの様子を見た時は、驚きの表情をしていた。
「それ、切らず治したって事なの?」
「いやいや、流石に手術をして骨とかを固定したよ。肉体的に問題無い状態になったはずだけど歩けない状態になってしまってね」
「訓練をサボっていたからとか?」
「否定はできないなぁ」
どこからかスキットルを取り出し、一杯飲もうとするアレンの腕を反射的に掴むケイト。
じっとアレンの目を見つめ、何を訴えたいのか、流石に誰でも分かる。
スキットルを取り上げられたアレンは露骨に項垂れる。
「片足だけなら復帰も可能だっただろうけど、両足だったのが痛かったなぁ」
「でも先程、その両足で立ったじゃない」
「それこそまさにハルトのおかげさ。ユーハングの医術で無理矢理ながら立たせる事によって、身体に感覚と癖を覚えさせる。アレもなかなか辛かったなぁ」
「医術と言われたら本業の人に怒られます。ただ父親が似たような状態になった時の事を思い出せただけですよ」
「それでも、ケイトはハルトに感謝する。無理難題を押し付けたにも関わらず、実現させてくれたハルトには感謝してもしきれない」
「僕の足が治る為なら何でもする。って言い切っちゃうぐらいだもんね」
あははっと笑うアレンを横目に、少し恥ずかしそうな素振りを見せるケイトの姿。
スキットルを取り上げられた事への反撃だろうなぁ。
あの言葉は確かに勘違いをしても仕方ないと思うんだ。私も最初はそう考えてしまったから。
「顔がニヤけてるわよ、ハルト」
カランさんからご指摘を受けて両手で自分の顔を触るが、特に変化はない。嵌められか!?
「あら、どうやらハルトも当初はそのように受け止めていたようね」
「あははっ、ケイトは可愛いから仕方ないよね」
「……恥ずかしい」
揶揄いの対象が私に変化する。こちらまで羞恥心で顔が赤くなりそうだ。
あの時は、ケイトが続けて発言した言葉の内容によって、そういう意味ではない事が判明したからよかったものの、もし勘違いをしたままだったら……?
何も変わらなそう。ヘタレですし、異世界に来て早々、カワイコちゃーんなんて出来る程、図太くないし。異世界でなくても出来ないとかはこの際無しで。
どっと疲れが溢れ出て、先程のアレンと同じ様に項垂れてしまう。そんな私の姿を見て聞こえてくる各自の笑い声。
「こんなテープ状の物を巻く事で立てるようになるだなんて」
休憩を挟んだ後、再びアレンの足を実験台に、ケイトが手際よくアレンに処置していく姿をカランに見せる。
伸縮性のある布を長く切り取り、手順に従って足に巻いていく。
布がずれないようにしっかりと固定をして、強めに引く時にアレンの声が漏れるのはちょっと楽しい。
私の記憶による再現故、足はいつもより少しばかり無骨な形で分厚くなるが、ガッチリと固定されているのが分かる。
カランはその状態のアレンの足を触診して念入りに調べている。
「もう私よりも上手だね、ケイト」
「アレンがやる気を起こしてくれたのが一番の理由」
「流石の僕でもここまでして貰えたなら期待に応えたくなるものさ」
「基本的に筋肉を一ヶ所に集めるようにして固定するのね」
「立たせるのが第一でしたから、力を入れる場所を分散させずに一点に集中させればって思ったわけです」
「なるほどね。こういう方法もあるのね」
自分自身に納得させるように呟くカランさん。
内科的処方……になるのかは専門者ではないから分からないけれど、両足を同時にやられてしまった際の治療法として使えるだろう。
後は訓練室に置かれる事になったナツオ班長お手製の器具も。
病院には壁際に沿って人を支える平行棒はあっても、それはどちらかといえば片足を負傷した人向け。
アレンの場合は車椅子のまま二つの平行棒の間に進入し、ケイトの助力を借りつつ腕の力で身体を起こし、平行棒に捕まりながらゆっくりと一歩ずつ歩くのを繰り返す。
それ以外にも、座りながら間接の可動域を増やす為、足を上下左右に動かしたり、筋肉を衰えさせない為にマッサージをしたりと。
アレンをテーピングで立たせて以来、ケイトは大変忙しい日々を送っている。
だけど何かを言うわけでもなく、淡々とアレンの手伝いをしている。
アレンも口では揶揄う様な事を言って振る舞っているけれど、訓練を怠らずにこなしている姿を見てれば、この二人は似た兄妹なのだなと思う。
「想像以上だったわ、ハルト」
「そう言っていただければ幸いです」
私のベッドの上で横並びで会話中。
気が付けば丸一日、アレンを実験台にした講習会を開いていた気がする。
対象者は、流石に疲れが出たのか隣にある自室でヘトヘトになっている。
『サボっていたアレンにはいい薬』そう微笑みながら喋るケイトは『また明日』とアレンに伝えて去っていった。
その時のアレンの表情は中々貴重だと思いながら、自室でカランさんと今日の出来事を復習中。
「テーピングで人を立たせる……よく考え付くものね」
「筋肉の衰えと、その後の訓練を考えると、軽傷であれば巻いて固定する選択もあるみたいですよ」
「こっちみたいに切ってボルトで固定して石膏で固めておしまい。じゃないのね」
「ユーハングも昔はそれしか選択肢が無かったみたいですけどね」
ふぅと悩まし気な吐息。
「ハルトの肩も、ユーハングならどのように治療されるのかしら?」
「イジツと変わらないと思いますよ? 骨が繋がったらプレートを外す為にもう一度手術をして取り外し、あとは自然治癒でしょうか」
「こちらだとそのままね。骨が繋がったなんて開かないと分からないもの」
やや俯き気味になる。ここら辺ばかりは技術力の問題も発生してしまい、個人で対応するのは難しい話になってしまう。
「イジツは見た通り、荒くれ者が多くて怪我人ばかりでしょう? あちこちで喧嘩して空戦して外傷ばかり、そちらの治療は空賊辺りでも実験台にしてれば良い治療方法が見つかるのだろうけど」
「けど?」
「みんな空ばかり眺めていて、地上にいる人達の事はあまり興味が無さそう。大半の人達は地上に居て、外傷よりも風邪による頭痛や発熱、腹痛の方が多いはずなのに。子供なら尚更ね」
考えてみるとラハマにある病院もここ一件だった気がする。
ここは外科も内科も小児科も含めて処置してくれる総合病院みたいなものだ。
もしかしたらイジツでは珍しい部類に入る病院なのだろうか。
「子供が熱を出しても治療費が高いから病院を受けさせる事も出来ないなんて話もよくある事よ」
「カランさんも高額費を請求してると聞いたような聞かないような」
「支払える奴等からは貰っているわよ、子供たちから治療費を寄こせなんて直接的な事を言えるわけないじゃない」
むぅとした表情をして、指先を私の頬でグリグリと動かす。
相も変わらず透き通った肌。細い指先。少しむくれて膨らんだ顔とこちらを見つめてくるバイオレットサファイアに似た情熱と冷静が入り混じる瞳。
こうしている時のカランさんは、女性というよりも少女という雰囲気が良く似合う。
だがあくまでそれは見た目だけ、実際は夢と現実の間を戦うお医者様だ。
「私は私のやり方で人を救う為にも、もっと知識が欲しいわ。ハルト、知っている知識を全て教えなさい」
「教えなさいと言われましても、家庭で対処できる程度の治療方法だけで薬剤の調合まで出来るカランさんに教えられる事なんて」
「あるわ、今日一日見せてくれた医療行為だってイジツでは試された事がないものよ」
「アレはまぁ身内の事故から発生した際に覚えた医学の一つではありましたけれど」
「ゴダゴダ言わずに知っている事を吐きなさい」
カランさんから両手が伸びてくる。
それを華麗に捌いて回避してやる! と意気込むまではよかった。
誤算があるとすれば、自分の身体の状態と、カランさんの勢いが予想よりも強かったという事だ。
手が重なりあい、押し返そうと思うが、力が入らずにカランさんに押し倒されるという情けない状態に。
弾き出された両手は恋人繋ぎ、カランさんの頭は私の心臓の真上。女性の香りと柔らかさに自分の鼓動は早まるばかり。
その状態にさせた張本人に全て聞こえている模様。穴があったら入りたい。
手は緩めているので好きなだけ外してください。
そして姿勢を正して元の位置にお戻りいただければ幸いです。
私はまったく力が入らなく、金魚の様に口をパクパクとさせて息をするので精一杯。
しかし、カランさんはこちらの予想とは違う行動を取る。
手は更に力が込められ、指先が埋まる。
頭が動いたと思いきや、心臓の真上にあった頭を傾けて、耳を直接当てる体勢に。
その為、カランさんの身体は先程よりも私の近くに寄り、視線を下に向ければ表情が見える。
窓の外は既に夕焼け、その光がカランさんを包み込む。
茜さす君に見惚れてしまい、息をするのも忘れる程、この世界は美しかった。
「少しスッキリしたわ、……ありがとう」
辺りは暗闇で覆われている。
病室の扉と窓から僅かに零れる光でお互いを認識している状態だ。
幻想的な世界は徐々に薄まり、やがて消えていった。
その後もしばらくあの体勢のまま、口を開く事も無く時が過ぎ、今に至る。
そしてゆっくりと離れて行くカランさんに寂しさを覚える。
再び二人横並びで座る。先程と違うのは、掌一枚分の隙間すらない程の近さ。
何を喋ろうか、そう悩んでいるうちにカランさんから話しかけられる。
「どこか焦っていたのかしら、私」
「何かありました?」
「何も、ただハルトの心音を聞いていて、心が落ちついていくのが分かったのよ。忙しなく動き回っている自分がいるなって」
「心音を聞かれてる人の事も考えて欲しいのですが」
「あら、私みたいなので興奮して鼓動が抑えきれなかった変態さんに何を言えと」
「カランさんで欲情するのは変態じゃないです! 鏡で自分の姿を見てきてくださいよ! この美女め!」
「その美女に対して辛く当たるのね、酷いわハルト、抱きしめ合った仲なのに」
「なんだかすっごくモヤモヤしますね、その言葉」
顔を合わせて呆れながら笑う二人。
「カランさん、もしよければですけど、私とユーハングに行ってみません?」
「私がユーハングへ……?」
「ちょっとした気分転換と環境の変化で見つかるものもあるかと、まぁその先にはイサオさんも居るんですけどね」
イジツの天敵の存在に頬を掻く。
「……ありがとう、ハルト。純粋に嬉しいわ。でも今は行けない」
「やっぱりアカツキの事が気になりますよね?」
「そうね、ここまで来てあの子たちを放っておくような事は出来ないわ」
「私もこのタイミングで穴が開かなければなぁ……」
「ハルトは十分、力になってくれたわ。後の事は私たちに任せてくれないかしら、一応仲間でしょ、私たち」
「あれだけ頑張ったので仲間として承認してくださいよ!」
「冗談よ、貴方は怪盗団アカツキのメンバーなのだから」
ベッドから立ち上がり背伸びをするカランさん。
そのまま私の正面に立ち前屈みに。
気が付けば、僅かにあった距離はゼロとなり、想いを伝える場所が重なり合う。
「私を落ち着かせてくれたお礼、ユーハングに誘ってくれたお礼、それと……美人だと言ってくれたお礼よ」
それじゃまたね。一言残して病室を出ていくカランさん。
何が起きたのか分からない。ただ意識が戻るにつれて分かるのは……。
布団に潜り込み、カランさんにしてもらえた行為について喜びが爆発してどうにかなりそうな自分だけが取り残された。
病室から出て扉の横にある壁に寄りかかる。
先程までいた室内から、ハルトの声が漏れている。実験は成功したようね。
でも、私自身の実験も成功してしまったみたい。
ハルトと同じぐらい、激しく動く心臓の鼓動。異性に対する愛情。
私の両親はよく実験で結婚し、私を生めたなと思う。
私には真似出来そうにない。そんな両親を見ていたから結婚をする気は無かったけれど、考えが変わってきた。
それは室内で唸っている馬鹿が付く程のお人好しのせいね。
「ハルト、無事にユーハングへ戻るのよ。そして必ずイジツに帰ってきて。でなければ私が貴方を追いかけて行くわ」