ラハマにある一画。
そこには隣接するように建てられているオウニ商会が所有する倉庫と格納庫。
私の救出作戦において破損状態に陥ってしまったコトブキ飛行隊や怪盗団アカツキの機体は、一時的にここに運び込まれ部品の取寄せを待つ状態である。
他にも敵対していた相手が搭乗していた疾風も、破損機体だけはここに残した状態で置かれ、可動可能な機体はそのままアレシマで傭兵部隊へと転向中。
『傭兵に転向するには、ちと機体が目立ちすぎるかもしれんな』敵対関係であった翁と呼ばれるじーさまがそんな事を呟いていた。
それともう一つ、私と共に奪われた機体も眠っている。
震電だ。
病院暮らしもそれなりに慣れてきたある日。
窓から差し込む太陽の光に身体を委ねながら日向ぼっこを満喫していた時に、お見舞いに来てくれたベッグさんの一言から始まった。
「ハールート! 破損した震電の修理がしたいのだ!」
「はぁ、それは一向に構いませんけれど」
「わーい! さすがハルトなのだ! 気前がいいのだ! では早速作業に取り掛かるのだ!」
「ちょっと待て、直すにしても部品が無いぞ」
高揚した状態で病室を出て行こうとするベッグさんの目の前に現れたのは、ナツオ整備班長。
その言葉に反論するようにベッグさんの口が開く。
「大丈夫なのだ! これでもベッグは機体修理だけでなく部品の作成も出来る天才技術士なのだ! 問題ないのだ!」
「ほぉ、その天才技術士様はどこから素材を集めてこようとしているんだ?」
「もちろん、倉庫に転がっている他の機体の破損部品からなのだ!」
有無言わさずベッグさんの頭にナツオさんのゲンコツが落とされる。
ぐぇぁーという叫び声。それはそうだ、あそこにある物は基本的にオウニ商会の所有物。
それを勝手に修理の為とはいえ利用しようとする発言を、オウニ商会に所属しているナツオさんが許す訳もなく。
ナツオさんにフードを引っ張られた状態で再び私の居る病室に戻り、各自椅子なりベッドの上なりと好きな所に座る。
「大体な、震電は独自規格が多くて隼一型や疾風の部品を流用したところで満足がいく部品が作れるとは思えないぞ?」
「やってみなければ分からないのだ! やる前から諦めるのはベッグの流儀に反するのだ!」
「同じ整備士として気持ちは分かるんだがよ、もし設計図も無しに始めたとしてもだ、震電の修理が完了する頃には、ハルトはユーハングに戻っちまってるぞ?」
「なぬっ!? ハルトはもうユーハングに帰ってしまうのだ!?」
「次回、穴が開いた時に必ず帰還しろとお達しを頂いているので」
「それは何時頃なのだ!?」
「アレン曰く、一か月後ぐらいですかね」
その言葉に分かりやすい仕草で落ち込むベッグさん。
流石の天才技術者でも一月という短い期間では、修理を終わらせる事は困難のようだ。
「そういやユーハングに戻る時の機体はどうするんだ? 震電は知っての如くあの状態だろ?」
「流石に富嶽で帰る訳にもいきませんし、かといって他に所有している機体もなく、ついでに言ってしまえば震電と隼一型しか操縦方法を知らない訳でして」
ナツオさんの呆れた表情と大きなため息。
イサオさん直伝による強行訓練と、予め用意されていた機体が隼一型だったもので、どうしても操縦出来る機体は偏ってしまう。
イジツで操縦方法を学び、実地訓練を行う時間さえあれば、他の機体も飛ばせるようになるのだろうか?
だとしたら日本人としては是非とも一度、零戦を操縦してみたい。様々な媒体で見かける機会が多かったから。
そこでふとイジツで知った出来事を思い出す、その象徴とも呼べる零戦も様々な型番がある事を。
私が今まで媒体を通して見て来た零戦と呼ばれた機体は、一体何型だったのだろうか? そもそも零戦を使用していたのかさえ怪しい。
……そこに触れてはならない気がしてきた。それに折角イジツにいるのだから実物を片っ端から見ればいいだけではないかという事実に気が付いてしまったから。
ベッグさんは落ち込んだまま、ナツオさんは何かを考え中、私は今まで見て来た零戦の型番を思い出す事に必死になる。
そこへ誰かがこちらへと向かってくる足音、しばらくして病室の扉を叩く音が室内に響く。
「若いのが三人とも項垂れて何があったというのじゃ?」
「あ、ジジイなのだ」
「ジイサンもハルトの見舞いか?」
「零戦って何型まであるんですか? じーさま」
其々の呼び方の通り、翁と呼ばれる人物が病室にやってきた。
片手に持ち歩いてきた物はお見舞い品であろうか、毎回律儀な人だなと思う反面、嬉しい気持ちが笑みとなり浮かぶ。
手短な椅子を手に取り、跨ぐようにして座りこちらに顔を向けるじーさま。
お互いの悩み事や問題点を共有する事で何か方法は無いかと、ご老公にお知恵を借りする事になった。
そうしたところ、震電に関しては一つの希望が見え始めた。
「設計図ならあるぞ。副長が震電に搭乗した際に実物との違いを確認する為、使用していたからの」
「どこにあるのだ!? 副長って人に会いに行けば見せてもらえるのだ!?」
「いんや、わざわざ会いに行かんでも儂が預かっとるよ。儂がここで小僧の連絡役を買って出た時に渡された……って儂の身体を弄っても持ち歩いておらんわ!」
「なら置いてある場所に今すぐ取りに行くのだ! ベッグは一刻も早く震電を修理しなければならないのーだー!」
ベッグさんの怒涛の勢いに困惑気味のじーさまと、疑問を浮かべるナツオさん。
「ベッグはなんでそう震電の修理を急いでいるんだ? 何か理由でもあるのか?」
じーさまとじゃれ合う手が止まり、顔をこちらに向けて私を見つめるベッグさんの瞳。
私が原因となると、やはり日本に帰還する事が影響しているのだろう。
帰還するまでに修理を終わらせ、再び震電に搭乗して帰還して欲しい……とか?
そう問いかけると頷いて返すベッグさん。
「ハルトには震電を好きに触らしてくれた恩があるのだ! 受けた恩はキチンと返さないとベッグの気が済まないのだ!」
「でもアカツキのアジトにいた間は、ずっとベッグさんに整備をお願いをしていましたし、おあいこって事では駄目なのでしょうか?」
「ダメなのだ! あの震電はイジツでも唯一無二の機体で、ベッグが見て、触れて、弄らせてもらえた機体の中でも最上級のレアな機体なのだ! その機体を出会ったばかりのベッグに託してくれたハルトの信頼にベッグは応えたいのだ!!」
普段は無邪気で好奇心旺盛なベッグさんが、こればかりは譲れないとばかりに熱弁を振るう。
その熱意はとても嬉しい。私が日本に帰還する際に、愛機である震電で帰還して欲しいと願うベッグさんの想いは胸を打つものがある。
だが、私としては攫われた時に助けていただいた恩もある。
むしろ本来ならばこちらが返さなければならない順番でもあるのだが。
受けた恩の繰り返し、とはいえその為に無理無茶はして欲しくない。どうしたものか。
相も変わらず、脳を回転させてもこれだという答えが浮かばない自分に心がやきもきとする。
「当事者として話を聞いていると耳が痛いわい」
「ハルトの『命の方が大切』を忠実に守った結果、ケイトが震電を撃墜したのも原因の一つだけどな」
ニヤニヤとした表情を浮かべながら笑うナツオさん。絶対に分かってて笑っている。
この機体から全てが始まったとも言える位、震電は大切な機体である事は確か。
確かなのだけれど……やはり皆の命の方が大事だなぁ。
腕を組んでらしくもない姿で一人納得していると、今はこの場に居るべきではない人物の姿をナツオさん越しに見てしまったのである。
物音一つ立てず、ナツオさんの真後ろを取る一人の人物。
ナツオさんは視線が自分の後ろに集まるのを不思議に思ったのか、笑うのを止めてゆっくりと後ろを振り向く。
そこに居たのは紛れもなく……。
「ケ、ケイト!? あ、いや! これは違うんだ! 言葉のあやと言うべきか! むしろよく撃墜出来たなって話しであってだな!?」
表情を一切変えず、尚も立ち尽くしたままのケイトの姿。
ナツオさんが身振り手振りを使いつつ必死に弁舌を振るうが、最終的には。
「すまん、ケイト。私が悪かった。今度ハンブルグサンドを奢るから許してくれ」
「ん、許した」
ナツオさんが謝るという珍しい光景を見てしまった。
病室にケイトが加わり、机を用意してじーさまが持ってきてくれた震電の設計図を広げる。
そこで行われている三人の女性たちによる会議。
私は話についていけるはずもなく日向ぼっこの再開、じーさまは楽し気な表情で彼女たちを見守りつつお見舞い品を口に運んでいる。
「小僧は幸せ者じゃの」
「はい、それは間違いないかと。見ず知らずの人間を受け入れてくれた方々には頭が上がりません」
「そんなに自分を過小評価するもんではない。少なくとも儂らは小僧のおかげで救われたようなものだ。彼女らも何かかしら小僧の影響を受けているのは間違いない」
「だとすれば、私も皆さんの影響を受けて良い方向に向けて来たのかなと、最近思います」
「そうだの、負の連鎖があるなら正の連鎖だって起きてもおかしくないな」
お見舞い品にある果物を一齧り、それ私宛に持ってきてくれた物ではないのだろうかと心の狭い事を考えてしまう。
「だからこそ、小僧に賭けてみたくなった。儂らを誑かした連中が何者なのかを知る為に、イサオ様と手を組んでイジツをどう変えようとしていくのかを見届ける為に」
「イサオさんや私だけでは無理ですよ。皆の協力は不可欠です」
「ならばイサオ様をユーハングに閉じ込めておいた方が、小僧にとっては都合が良いのではないか?」
「かもしれません。けどイサオさんと約束したんですよ。イジツの隅から隅まで探索して、生き残る可能性を一緒に探しましょうよって」
ロケットを打ち上げてみたりとかね。
その為の準備は膨大に山積みなのですが。お金とか、お金とか。
じーさまは嬉しそうに大笑い。貴方もイサオさんと共にコキ使われる未来が待っているとも知らずに。クフフ……。
「やはり面白い奴だの、お前さんは」
「精一杯、生きているだけなのですけどね」
「イジツで生きていくならそれが一番だ。さて、儂はお邪魔するぞ。設計図は見終わったら小僧に渡しておいてくれ」
自分で持ってきたお見舞い品の半分ぐらいを消化して、じーさまは病室を去って行った。
それと共に女性陣の会議も一区切りがついた模様。
ナツオさんはベッグさんの肩を叩いて慰めるようにして立ち去り、ケイトも『また来る』と一言だけ発して病室から出て行った。
先程と同じ様に項垂れたままのベッグさんを呼び寄せ、ベッドに二人横並びなるように腰を掛ける。
「ハルト、ごめんなのだ……。ナツオやケイトと相談して考えてみたけど、どうしても間に合わないのだ……」
「いいんですよ、ベッグさん。お気持ちは受け取りましたから」
「それでもベッグは……」
いつだって周りを明るくしてくれる彼女は今にも泣きだしそうな顔をしている。
そこまで震電や……私の事を考えてくれていると思うと、嬉しい。
そっとベッドから立ち上がり、彼女の目の前に立つ。
少しだけ顔を上げてくれたベッグさんは、不思議そうにこちらを上目遣いで見つめている。
その仕草は、小柄な体型も相まって少女の様にも見えてしまう。一部はとっても大人なのだけれど。
私はその場で床に両膝をつき、ベッグさんの両手を手に取る。
「ありがとうございます。ベッグさん」
「お、お礼を言われる事は何もしていないのだ!」
「お気持ちだけでも十分、なのですが一つお願いをしてもよろしいですか?」
「お願い? 何なのだ?」
「私がイジツに戻ってくる間、震電を預かってもらえないでしょうか?」
突然の提案に驚きの表情を隠せないベッグさん。
色々と考えた末、これがいいのかなって。
「勿論、その間は好きに震電を弄って頂いて構いません。例えば修理をして利用していただいても結構ですし、震電に搭載しているイジツでは未知のエンジンを分解してみるのも良いかと」
「ハルト……ベッグでいいのだ? 本当にベッグでいいのだ?」
「ベッグさんだからこそ、お願いしているつもりです。よろしくお願い致します」
頭を下げてお願いをしようとしたところ、こちらに両手を広げて飛び込んできたベッグさんが目に映る。
慌てて支える様に身体を伸ばすが、勢いに負けてベッグさんと一緒に床へと倒れ込む。
広げられていた両手は首にまわされて、フード越しにお互いの頬が合わさる。
乗りかかる身体の体温と女性特有の柔らかさ、頬擦りをされている感触に自分の顔が熱くなるのが分かる。
それでも、全身で喜びを表してくれているのが分かる。それがとても嬉しい。
先程までの姿とはうって変わって、元気一杯といった様子で声を張り上げるベッグさん。
「ハルトがイジツに戻ってきたら、パワーアップしたベッグ様を見せてあげるのだ!」