「ハルト、必要な物は揃っているか? 忘れ物はないか?」
「大丈夫です。元々最低限の物しか持ち込んでいませんし、イザとなればイヅルマで購入……出来ますよね?」
「それについては問題ない。飛行船業によって栄えた町だから人も多い、日用品などであれば店を探すのに困る事はないぞ」
よかった。マダムから頂いたお給金が役に立つ時が来たというもの。使わないに越した事はないのだけれど。
「そういえば思ったのですが、飛行船の技術ってもしかして?」
「あぁ、穴の出現でもたらされた物が元だと聞いている」
イジツの世界を飛び回るあの飛行船も日本、というよりも地球のどこへ繋がった穴からやってきたのだろうか?
でも、実物が穴を通りやってきたというのは少し考えにくい。なんせ本当に大きいから。
そうなると日本軍の誰かが図面を持ち込んだのか、または穴から部品が降ってきたと考える方が現実的かな。
視線に映る建造中のまだ骨組みが垣間見る事が出来る羽衣丸を見つめながらそんな事を考えていた。
「ザラ、すまないがしばらくの間、頼んだぞ」
「任せておいて、レオナ。そちらも気を付けてね」
隊長と副隊長の引継ぎをする光景を目にしながらも、マダムに伝えておかなければならない事があり、お傍に近寄らせてもらう。
「マダム。再びご迷惑をおかしてしまい大変申し訳なく思います」
「些細な事よ。私はハルト君がするべきと考えての行動ならば、それに従うべきだと考えているわ。それに」
「それに?」
「アレンの件やユーリアの事を含めれば、むしろこちらがお礼を伝えるべきだわ。ハルト君、本当にありがとう」
「へぁ!? いや! まだ何も成果は出ていないのですが!?」
「アレンに関しては希望が生まれた。ユーリアに関しては想定外の出来事だったけれど、彼女の嬉しそうな姿を見れば一目瞭然よ」
マダムの微笑みと言葉。正面から言われると照れをとおり越し、身体がむずむずとしてきて何も言えなくなる。
「自信を持ちなさい。皆が貴方の力になりたいと思っているわ。もちろん私もね」
「ありがとうございます。この御恩をどのような形でお返し出来るか分かりませんが、まずは私に出来る事を精一杯こなして来ようと思います」
「それでいいわ。お互いに自分に出来る事をこなしていきましょう」
マダムから伸びた手、重ねるように握手を交わす。暖かい手から安らぎのような安心感を受け取る。
そこへスッと現れるのは言うまでもなくユーリア議員。両手を腰に当てて何かを言いたげな雰囲気。
「ハルト、私に何か言う事はないのかしら?」
「お礼の言葉であれば沢山ございますが、お時間はよろしいのですか?」
「ユーリア議員、貴女の船はそろそろ出発時刻と聞いておりますが」
「ルゥルゥとハルトが親し気に話をしている時に、そんな事は知った事ではないわ」
「それはそれでどうなのでしょうか」
一度咳払いをして場を立て直す。
ユーリア議員と正面に位置する立つ。始めてお会いした時とは随分と印象が変わる事があったけど、それも良い思い出。
「ユーリア議員。私と震電の為にご助力を頂き誠にありがとうございました。遅くはなりますが必ず御恩を返ししたいと考えております」
「そんな堅苦しい言葉はいいわよ。でもそうね、ハルトの目的が達成出来たのならガドールに来なさい。歓迎するわよ」
「ガードルにですか? それは嬉しいですね」
「歓迎するわよ。私の屋敷で飛行船の話の続きを時間がある限り好きなだけするわよ」
「それはなんというか一晩では終わらなそうな雰囲気がしますが」
「私が満足するまでは帰さないわよ」
口の端を吊り上げるユーリア議員の姿。実現に至ったら何徹することになることやら。
マダムと同じ様に握手。力強い返しで自信に満ち溢れているのが手から伝わる。
「それじゃ今度は本当にお別れね。またね! ルゥルゥ! ハルト!」
こちらを振り返る事無く飛行船に搭乗し、ラハマから離れていく。
「ハルトさん! 準備の方は整いましたか?」
「お待たせしました、アコさん。荷物の積み込みも終わりました」
「随分と少ないようだけど、大丈夫なの?」
「もし滞在期間が長くなればイヅルマで必要な物を購入すれば良いとレオナさんから教えていただいたものですから」
「このような件でイヅルマへお呼びする事は恐縮ですが、全てが済みましたら是非町を案内させて下さい! 私たちの町をハルトさんにも是非知って欲しいです! もちろんレオナさんにも!」
「ありがとう。お二人には苦労をかけてしまうかもしれないが、よろしく頼む」
「こちらこそ! よろしくお願い致します!」
レオナさんの返答にアコさんとシノさんの綺麗な敬礼が返される。
「ハルトー! 何かあったら直ぐにチカ様を呼べよ!」
「分かった。一番槍のチカが真っ先に駆けつけて来てくれるんだね」
「さっすがー! 分かってんじゃん!」
背中を容赦なくバシバシ叩いて来るチカ。これも信頼関係の証だろうか。
でも、こういうスキンシップは嫌いではない。むしろ好きな方である。
「ハルト、わたくしは貴方の決断を支持致しますわ」
「ありがとう、エンマ。それでも、皆に頼りっ放しなのは変わらないんだけどね」
「この場合、突如降り注いだ困難を自らの意志で行動を起こし、困難を乗り越えるという明確な意志を周囲に知らしめる事が大切ですわ。それが出来れば自ずと結果は後からついてくるものですよ」
エンマの言葉を心に刻む。その結果が良い方向に繋がるように少しでも頑張らなければ。
「ハルト、今回は一緒に行く事が出来なく申し訳なく思う」
「アレンの事もあるからそこまで甘えることは出来ないよ。でもその代わりにお願い事があるんだ」
「ハルトからのお願い。ケイトに出来る事であれば何でも」
「私がイヅルマへ行くようにけしかけたアレンを厳しく訓練してあげてね。もちろん適度な休憩や休息日をきちんと取りながら」
「ん。了解した。アレンにお灸をすえるよい機会」
ケイトの表情が僅かながらに緩み、微笑みを見せてくれた気がする。
「ハールトー、今度はいつ帰ってくるのー?」
「長期間ではないと思うよ。キリエも心配してくれているの?」
「そっちはレオナが一緒だから特に心配してないけど、ハルトの作ってくれるあのパンケーキが今度は何時食べれるのかと考えると夜も……」
「はやく寝なさい」
ラハマからしばらく離れる為、コトブキの皆とちょっとしたお別れの挨拶を終わらせ、久しぶりに震電に搭乗する。
イサオさんを搭乗させて日本へ現れた時の震電とは大分様変わりしているけれど、イサオさんと曽祖父の共同作業によりこの震電は再び空へと返り咲く事が出来た。
エンジンは全取替。代替品のエンジンを積み込み、空冷から液冷に替わる事による換装作業。それにともなう改修も。
よくぞあの短期間でここまでと思いながらも曽祖父は一つだけ悔い残ると言っていた箇所がある。
それはスターターモーターとブースターコイルボタンの実装だという。優先順位を付けていく事でどうしても後ろにまわされた結果、未実装となった。
なんでもこれが実装出来ていれば、操縦席での作業は必要となるが、イナーシャハンドルを利用しなくてもエンジンを発動させる事ができるとか。
今でこそオウニ商会のお世話になる事で、ナツオ班長の手による整備から始動までお手伝いをしていただけているが、もし出会わない可能性があったとしたら……まっ、その時はその時か!
イサオさんと曽祖父に叩き込まれた事を忠実に。計器を見逃さず一つずつ操縦席にあるレバーを操作していく。
焦らず正確に。計器の針が指定の位置を指している。ナツオさんに合図を送り、イナーシャハンドルが回される事で独特の回転音が聞こえ始め、始動。
前の震電には無かった胴体部分にある、あばら骨のようにも見える場所から排気と唸り始めるエンジンの音。
エンジン始動をさせるだけでこの有様。イジツでも自由自在に飛ばせる環境が整ったら少しは操縦の練習を行わないと行動に支障がきたしそうである。
その時、無線から声が聞こえた。先程までレオナさんと会話をしていたザラさんからだ。
『ハルト君、大丈夫?』
「自分で震電に搭乗するのは久しぶりで緊張しています」
『そんなに緊張しなくても大丈夫よ。レオナもいる事だし、案内をしてくれる自警団のお二人もいらっしゃるわ。安心して』
「あい、頑張ってみます」
とはいえ肩は強張り身体はなんとなくふらふらと。その姿を何処からか見ているのだろうか、言葉が続く。
『なら楽しい事を考えましょう? イヅルマでの事が済めばあの二人が町案内をしてくれるんでしょう?』
「確かに。落ち着いたら図書館や本屋さんに行きたいです」
『あらあら、まるでケイトみたいね。そんなハルト君に一つお願い事があるのだけどいいかしら?』
「なんでしょうか?」
『町を案内してもらえる時は、レオナの事をよく見ていてくれないかしら?』
「それはどういう意味でしょうか?」
『レオナはああ見えて新しい物に興味津々な性格でね。この間なんて飛行船でも訓練が出来るからって機材を購入して名前まで付けちゃって』
新しい物好き。自分の使う物に名前を付ける。私の知っているレオナさんの印象とはかなり食い違う。
「なんていいますか、意外です。私の知っているレオナさんは自立した大人の女性なのですが」
『ふふっ、レオナだって隊長の前に一人の人間ですもの。でも、そういう部分があっても良いと思わないかしら?』
「大変良いと思います。可愛いは正義」
『よかったわ。可愛いは正義。ユーハングの言葉は面白いわね』
ザラさんの抑え込むような笑い声が無線から伝わる。自分で発言をしておいて羞恥心が湧いてくる。
『それでも、新しい物が全て良い物だとは限らないわ。詐欺の可能性だって捨てきれないもの。だからレオナの事、ちゃんと見ててあげてね。ハルト君』
「了解しました。大丈夫だとは思いますが頭に入れておきます」
『そう言ってくれる思ったわ。それじゃ気を付けて行ってきてね、ハルト君』
駐機場から飛び立つ四機の機影。ラハマを一周し、向かう先はイヅルマへ。
お二人の搭乗している機体は紫電と呼ばれている。カナリア自警団のチームカラーなのだろうか、機体は制服と同じ白を基本としている。
先導をするように二機は私たちの前を飛び、その美しい姿を私に魅せてくれている。
真ん中に私の震電が。そして殿はレオナさんの隼が優雅に飛行をしている。
そう、私以外の皆はとても綺麗に空を飛んでいるのだ。
『ハルト、貴方はもう少し機体を安定させて飛ぶ事は出来ないの? 後ろを頻繁にフラつかせて飛行されると気になって仕方ないのだけど』
「すみません。とにかく機体を飛ばして何かあれば即座に逃げろという訓練しか受けていないもので。あとはこの機体も中々の曲者で」
『大丈夫ですよ、シノさん。ハルトさんは人より操縦が下手なだけです。そんな方でもお守りするのが私たちの役目ですよ!』
心にグッときた。むしろグサッと。アコさんの悪意の無いド正論すぎる発言にぐうの音もでない。
『ま、まぁこういうところも含めて事情があるんだ。すまない』
『い、いえ! レオナさんに謝れる事では! 私も少し言葉が過ぎました! ハルト、ごめんなさい』
「大丈夫です。一つだけ気になる事があるのですが聞いても平気でしょうか? シノさん?」
『アコの事なら諦めなさい。私も既に経験済み。何度あの悪意の無い言葉を聞かされたものか……』
何かを悟るかのような口ぶり。つまり気にしたら負けだという事なのだろうか。
『私、何か変な事を言いました?』
「いえ、道中お世話になるかと思いますが、よろしくと思いまして」
『お任せください! ハルトさんと震電は私たちが責任を持ってイヅルマまでお連れ致しますから!』
こういう風に会話をしている分には何も問題がなさそうなんだけどなぁ。
あれから1年。こちらも1年。