昨日は久しぶりの震電の操縦から始まり、イヅルマの出来事を教えていただくという怒涛の一日であった。
その事が原因とは言いたくはないが、レオナさんが部屋を出て行かれてから張りつめていた糸が途切れるように。気が付けば布団の中へ忍び込み眠りについていたようだ。
扉からコンコンと叩く音が聞こえ、布団に入ったままの状態で返事をするとレオナさんが入ってきた。
「おはよう。今日はお寝坊さんだな。それも仕方ないか」
「あい、最近はちゃんと起きれるようになってきたと思いましたが、今日は駄目だったみたいです」
「今日は目を瞑ってあげよう。明日からは頑張るんだぞ」
レオナさんは窓を開けて部屋に光を取り込む。その光が眠りから覚めたばかりの私には眩しくてつい頭まで布団を被ってしまう。
「太陽の光が眩しぃー」
「まるでホームにいる子供たちのようだな」
呆れるようにそう言われてしまい、指先で頭をツンツンと突かれる。子供たちと同じだと言われてしまえば奮起も沸くもの。こんな身形ですがこれでも成人しているのだ!
被っていた布団から抜け出してベッドのふちに腰をかける事に成功。よく出来ましたといわんばかりに所定の位置に手が置かれる。
まだほんの僅かな付き合いであるが、レオナさんはとても面倒見の良い方で、ザラさんとはまた違った方法で他人をやる気にさせるのが上手である。
それは自分の信念を行動に移して実行する姿であり、周囲に目を配らせて気遣いをしたり、はたまた人を褒めたり、相手を怒らせない程度に煽ることでやる気をださせたり。
本人は失敗だらけだと謙遜するけれど、そういった失敗がきちんと糧となって今のレオナさんがあるんだろなと、お世話になりっぱなしの私が身を持って実感させていただいております。
「身支度を整えたら下にある食堂に集合だ。二度寝は厳禁だぞ?」
「了解しました。ちょっとだけ身体を動かしてから直ぐに向かいますね」
頭から手が離れ、レオナさんは部屋から出ていく。
一先ずは身支度を整えよう。寝る前に放り投げた衣服を扇ぎ、埃や汚れ、ほつれた部分が無い事を確認して一枚ずつ着ていく。
その後に、イジツへ来る前から始めた体操を手早くこなす。未だに身体から骨の音が鳴るのは何故なのだろうかと不思議に思いながら。
食堂へ下り立つとレオナさんが片手を挙げてこちらに合図をしてくれた。先に食べているわけでもなく私を待っていてくれたようだ。まさしくこういうところが人に慕われる部分なんだろうと思いながら席に座り、運ばれてきた朝食を一緒にいただく。
「ハルトさん、レオナさん、おはようございます。本日は私、エルがお二人の担当を務めさせていただきますね」
朝食後、その場で食休みも兼ねて待機をしていたところ、宿にエルさんがやってきた。
決まり事の中の一つである自警団から一名同伴をさせるという話。これはカナリア自警団からの提案という事になったのだろうか。
イヅルマの自警団は規模が余所よりも大きいと聞かされている、部隊も幾つかに分かれているようで誰が来るのだろうかと密かに心配していたのは内緒の話である。
「よろしく頼む。本日、我々の行動はどうすればいいんだ?」
「ひとまずは昨日と同じ自警団の詰所に向かわせてもらいます。部長が連絡を入れてくださったことで議会から人が訪れるようですので」
「了解した。では案内を頼む」
「はい。では参りましょうか」
こうして再び自警団のある場所へと足を運ぶこととなる。
前を歩くエルさんを見ていて思ったのだが、エルさんってどこかのお嬢様なのだろうか?
昨日は大地の恵みに意識を全て持っていかれていたせいで何も考えていなかったけれど、何処となく雰囲気や口調から気品のようなものを感じられる。
いやまぁエンマっていう例外もいるのだから人を見た目で判断してはいけないよね。反省。
「昨夜、アコがお二人の見送りをした際に町の事を喋っていたりはしていませんでしたか?」
「丁度、ここの広場から見える景色について楽し気に教えていただきました」
「やはりそうでしたか。アコってばハルトさん達にイヅルマへ来ていただけたのが余程嬉しかったのね」
「随分と親しそうだが、エルとアコは?」
「幼馴染なんです。アコが自警団学校を卒業したと同時にカナリア自警団の団長に任命された時、団員はあの子一人だけで……それで私にもカナリア自警団の団員になって欲しいと言われた時は嬉しくてお母様の反対を押し切って入団してしまいました」
「それはなんというか思い切りましたね」
「頼られて嬉しかったこともありますし、何より刺激的な毎日が送れるのではないかと思うと、いてもたってもいられなくなっちゃいました」
エルさんが可愛らしく伝えてくるけれど、後半部分は聞いてはならない事を聞いてしまった気もする。でもアコさんとの仲の良さは十分伝わってきた。
「それにしても学校を卒業と同時に新設された自警団の団長に抜擢とはこれまた如何に?」
「アコのお父様がイヅルマの伝説的な英雄であられたというのも理由の一つでしょう。そこへ昨日お話させていただいた悪習も重なることでアコが団長へと抜擢されてしまったのでしょうね。でも私は今こうしてカナリア自警団の団員として働くことが出来て楽しいです」
「始まりはどうであれ、全てが悪い方向へと向くわけではないということだな」
「仰る通りです。おかげさまで刺激的な毎日で飽きる事がありません」
「私は日々平穏に暮らして生きていきたいものです」
あらあらとエルさんが可笑しそうに笑う。イジツの人たちも生まれ育ちに差はあれど、本質は変わりなさそうなのがよく分かる。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい! エル! ハルトさん、レオナさん、おはようございます!」
自警団の詰所に辿り着き、昨日と同じ部屋へと案内されると朝から元気一杯のアコさんから挨拶がくる。
私とレオナさんも返すように挨拶をしていると気づいた事がある。他の団員の方がいない?
そんな素振りに気が付いたのか、アコさんがお答えしてくれた、
「他の皆さんは警備に出掛けています。空から街中と手分けをしている状態ですね」
「随分と忙しいみたいだが……他の自警団はいないのか?」
「それが……あの事件の後という事もあり、調査の為に活動停止にされている自警団もありまして、動けるのが私たちカナリア自警団だけの状態なんです」
「それはまた大変ですね」
「いえいえ! 市民の皆様からの信頼を取り戻すためですから! 特に大変とは思っていませんよ!」
アコさんの力強い言葉。自分の仕事に誇りを持って職務に励んでいるのが分かる。隊長しかり、団長しかり、人を率いる事が出来る人は必ず何かしらの人を魅了させるものを持ち得ているように見える。
「そういえば本日は議会の方がこちらにいらっしゃるとエルさんから聞いたのですが」
「はい! 今回ハルトさんをお呼びした件についてと、評議会へ登壇していただく前に一目会いたいという方がいらっしゃいまして」
「事前にお会いするのは構わないのですが、大丈夫なんでしょうか? どちらかといえば議員さん側のルールの問題とかなのですが」
「事前に申請書を出しておけば問題ないよ。何よりアンタを呼んだ奴はそれらを一切無視した奴らだけどね」
背後から聞こえる張りのある女性の声。気が付けば目の前にいるアコさん、エルさん、そして奥にいらっしゃる部長さんまで敬礼をしていらっしゃる。
ゆっくりと身体を声の聞こえる方に合わせると、一人の老婆……と表現するには失礼な気がするほど、覇気のある女性が立っていらした。
「アンタがハルトでいいんだね? こちらが噂のコトブキの隊長さんかね」
その声に応えるようにお互いに頷く。
「私の事は議長とでも呼びな。それか既に引退済みの身を引っ張り出されたババアとでも」
「議長と呼ばせてください! って議長?」
「おおお久しぶりでございます! 入口では何ですから! ささっこちらの方へ!」
部長さんの焦りの声と共に対応室へと案内され、座るようにと勧められるのでそれに従う。
レオナさんはお仕事モードに切り替わったのか、遠慮するといった仕草をして私の真後ろで直立している。そのお姿は凛々しく格好いい。
「さて、手始めにこちらからいいかい? このたびは我々イヅルマからの突然な要望に応えていただき感謝の言葉を伝えたい」
「いえ、最初は驚きましたが友人たちの勧めもありましたので。それに今回は力強い護衛がついてきてくれるという事もありましたので」
「コトブキ飛行隊、それも隊長であるレオナを護衛に連れて来させるとは。あの子にとって余程、重要なんだねアンタは」
「あの子とは?」
「アンタたちからはマダムと呼ばれているルゥルゥの事さ。あの子が飛行船を、羽衣丸を所有する際に色々とあってね」
あのマダムが誰かのお世話になるという姿は余り考えられないけれど、嘘を言っているようには見えない。
「しかしこちらの奴らが色々と無理無茶な条件を突き付けたにも関わらずよく来たね。イヅルマへ行くように勧めた友人とやらの顔が見て見たいよ」
「私たちもカナリア自警団のお二人も全員が酔っ払いに良い様に言いくるめられたんですよ。私に至っては利があるかもよって促して」
「それは面白い話だ。いつかゆっくりと聞かせてもらいたいものだが、先に本題に入ろうじゃないか」
引き締まる空気。イジツへ辿り着いてから幾度か経験した聞き取り調査。こればかりは何度繰り返しても慣れそうにはない。
「イヅルマを取り巻く現状は聞いたかい?」
「そちらにいらっしゃるアルバート部長から」
「なら話は早い。あの出来事が公になってから一部では火消しに躍起になる奴らで一杯さ。自分たちはイサオとは違うと」
「独占するのは一つの穴か、複数の穴か。穴の為に余所の町を焼き払うか、焼き払わないか」
「誰しもイサオの行動を見ればそうも考えるだろうね。だからこそイサオの象徴ともいえる震電にはどうしたって敏感になっちまう」
議長さんの深い溜息。こうしてイジツの人たちから直接イサオさんの行動を聞かされると、とんでもない悪党であることがよく分かる。普段付き合う分には陽気で手品好きの変なおっさん程度の感覚だというのに。
深呼吸の後、お年を召されているとは思えないほど、鋭い目つきでこちらを見つめてくる議長さん。
「ハルトや。あの震電は本当にイサオの所有していた機体ではないと言い切れるんだね?」
「はい。震電は私の曽祖父から委ねられた機体です。決してイサオ……の機体ではありません」
つい癖でさん付けで呼びそうになる。これも早めのうちに慣れておかないと。
でも、こうして正面から否定をするのは何だか胸が痛い。イサオさんの震電が呼び寄せたこの事態。それでも全てが悪い方向に向いているわけではないと、後ろにいるレオナさんの存在を感じながら思う。