飛行船内でユーリア議員と会話をした時に、自由博愛連合へ加盟をしようとするガドール評議会を止めるため、自身が議会へ登壇した際の話を思い出した。
『丸めた紙が飛んでくるなんて可愛いものよ。それなりに固い名札からどこぞの馬鹿はイナーシャまで飛ばしてきたのだから』
流石に冗談であろうと思ったが、あの時のユーリア議員の表情を見ていれば本当なのだと信じ込まざるおえなかった。
『私にも野望があるの。イケスカ騒動によりイジツ全体が揺れ動いている今、空賊離脱者支援法が無事に通過されたあかつきには、私に暴言はおろか物まで投げ込んできた奴ら全員にケツからイナーシャぶち込んで正気に戻してやるのよ!』
口角を上げて微笑みながらそう語るユーリア議員はとても素敵でした。そしてその話は満更嘘でもないのだなと、私の目の前で起きている事態に頭を悩ませる。
入場前のお目覚め一発。開かれた扉を一歩ずつ前へと進み壇のあるところまで辿り着く。
議長に向けて一礼、議会にいらっしゃる議員の皆様に一礼。これが作法として正しいのかは分からないが、私の話を聞いてくださる方への敬意は忘れずに。イヅルマのシンボルマークってどれなんだろう。
私が何故ここにいるのかをアレシマで演説をされたユーリア議員の話を元に進めていく。
事情により自身が向かう事が困難になった曽祖父の代わりに家族を探しに。
操縦の下手な私でも万が一、襲われた際に逃げ切ることを前提として用意してくれた機体が震電であること。
その震電がイジツを揺るがした事件であるイケスカ騒動に大きく関わっていたとは知らなかったということ。
イヅルマ議会からの要望にお応えしたのは、私と震電は自由博愛連合とは無縁であり、アレシマの時と同様に実際の機体を再びイヅルマ議員の皆様に見ていただくことが、私に出来る精一杯の誠意であると判断をさせていただいた。
嘘か誠か。イサオさんが自分の物に名前を書く性格であれば全て台無しなんですけどね。
静まり返っていた議会は徐々に人の声によって満ち溢れる。
その中で耳に届いた幾つかの内容。
『幼い子供があんなにも堂々とした立ち振る舞いを』
『イジツは広い。渡り歩いて暮らす者たちも数多くいる』
『これに応えずしてイヅルマの正義はどこにある!!』
という肯定的な? ご意見。
逆に私を呼び出したと思わしき議員達からはこんな内容も聞こえた。
『見せてもらうだけでなく、機体の調査まで話を進めなければ』
『あの空を飛んだ私の友人たちがイサオの機体だと断言している!』
『そんな甘い対応で済ませようとしているから悪習が今まで続いたんだ!!』
最後の言葉をきっかけに、議会は私を置いて大荒れ状態へと突入する。
議会を飛び舞う資料と思しき丸められた紙。席に立てられていたはずの名札。そして回転しながら空を飛ぶイナーシャハンドル。
イジツの人達ならば当たっても怪我で済むのだろうか。私なら多分死ぬ。
前日、食堂のラジオを通じて聞いたお互い意見という名の言葉のぶつかり合い。ただの罵りも含む。
イヅルマにいる間は『悪習』と『パロット社』の話題には気を付けようと、この光景を目にしながら心に誓う。
「静粛に! 静粛に!! 黙れ小僧共!!!」
手にした木槌を加減もせずに打ち込み続ける議長。不安の感じ、議長の姿が視界に映るよう身体を半分そちらへ向けてみると、鬼がいた。
見なければよかった。後悔先に立たず。片方からは罵詈雑言、もう片方からは木槌を力強く叩く音。そして不安は的中してしまう。
何かが破損する音、それと共にこちらへ向かって来る物体。視界に入るのは先程まで議長の手によって叩かれていた木槌の頭の部分。
勢いに任せて回転してこちらに飛んでくるが、不思議なことに動きがゆっくりとしている。
まさか私の中に眠る何かがついに目覚めたのだろうか。前日、シノさんの厳しい訓練を受けた影響か。第六感、シックスセンスというものか!
ならば避ける事も容易い。笑みさえも浮かべる余裕を持ちながら身体を動かし回避をしようとするが、脳からの命令に身体が反応しない。
その代わりに次々といままで見てきた光景が脳裏をよぎる。最近出会ったばかりのカナリア自警団の皆様から始まり、時間が巻き戻るようにお世話になってきた人達の顔が浮かび上がる中、破損した物体が私の頭部に当たる直前、浮かび上がってきた人物は言うまでもなくイサオさんである。
全ての元凶めぇ! 僅かな恨み言を唱えながら頭部に衝撃が走り、私の意識はそこで途切れる。
ただの走馬灯でした。
ゆっくりと瞼が開かれていく。その隙間から見える天井からは人工の光が照らされており、建物の中にいる事が分かる。
頭部に走る僅かな痛み。その場所に手を当てると大きく膨らんだコブが出来上がっていた。
当たり所がよかったというべきだろうか、破損した箇所が当たったわけではないようで一先ず安心。
「ハルトさん!? 大丈夫ですかぁ!!」
私が動いたことで発生した物音に気が付いたのだろう。カーテンを開けてこちらを覗き込むと驚いた表情と共にベッドへ駆け寄り、両手をついて顔を覗き込んでくる。イジツの人達は距離感が近い。
細いまつ毛にくりくりなおめめが見開かれており、気づけば帽子を脱いでおり、ふわっとした髪の頂点には髪が一房立って揺れ動いている。なんだか可愛いの詰め合わせみたいだ。
「意外と大丈夫みたいです」
「よかったぁ……笑いながら倒れていると呼び出しを食らって慌てて駆けつけたんですよ!」
「きっと恐怖で顔が引き攣ったせいだと思います」
第六感に目覚めたと勘違いしていたとか真実を伝えたら呆れ果てることに違いない。特に弟さんを持つお姉ちゃんなら尚更だ。
律儀に手袋を外して慎重に私の頭に触れるリッタさんの手が心地よい。そんな夢心地のような空間に突如、叫び声と共に現れる一人の人物。
「ハルトォォォ!! 私が来たからにはもう大丈夫だぞ!! 怪我はないか!? 怖くなかったか!?」
「ここから先は許可が下りた方以外はお通し出来ないのです! 落ちついてください!」
最近、とても頼りになるお姉さんといった印象を受けるレオナさん。
その両腕にはここまで私を護衛してくれた議会からの使者が二人ほど引きずられる形でしがみ付いていた。止めようと掴んだはいいけれどレオナさんの勢いを止められなかったのだろう。リッタさんも驚きの声をあげる。
「レオナさん!? 一体どうやってここまで!」
「カナリア自警団の皆とラジオを聞いていたらハルトが倒れたと聞こえてな! 居ても立っても居られずこちらに駆けつけて来た!」
「だからといって護衛の人達を二人も引きずってここまで来れるものなんですかね!?」
「大丈夫だ! それなりに鍛えているからな!」
レオナさんからの返答にリッタさんと二人して頭にハテナマークが浮き上がる。そういう問題なのだろうか。
使者の方たちはレオナさんから手を離して溜息をついている。害はないと判断したのだろう。それでも尚、落ちつかない様子のレオナさんが同じ言葉を繰り返しながら私の隣で身振り手振りを続ける。
「レオナさん」
「どうした!? 痛むのか!? いまイジツイチの医者を呼んで来るからまっ……」
こちらから話しかけただけでこの反応。瞬時にレオナさんの手首をつかんだ自分を褒めてあげたい。
「お医者様を呼ぶほどではないので大丈夫です。でも一つお願いがあります」
「私に出来ることなら何でもいいぞ! さぁ!」
凄く心ときめく言葉を聞かされたけれど、今はそれに触れる時ではない。
「ちょっとだけでいいので、頭を撫でて下さい」
「すまなかったね、ハルト。私もあのボンクラ共相手につい頭に血が上っていたようで力加減を間違えてしまったさ」
「大丈夫です。大した怪我ではありませんから」
私の髪の毛をボサボサになるほど撫でまわし、落ちつきを取り戻したレオナさんの後に、議長がやってきて謝罪を受けることになる。
「紙はともかく名札とかイナーシャを投げるのは規制しましょうよ。怪我だけでは済まないと思いますよ」
「持ち込みについては制限をしているんだがねぇ。そういう知恵ばかりはよく働くのさ」
「なんとまぁ、流石議員になれるだけの能力があるというべきでしょうか」
「そこを援護されるのも空しいもんだよ」
なんとも表現し難い顔をされる議長。それもそうですよね。
それからはアコさんから提出された護衛の件については了承を得られたこと、明日は選ばれた議員を連れて実際に震電を目視したいこと、再び謝罪を受けるなどをして本日はこのまま直接宿へ戻ることになった。
「歩くのは平気ですか? ハルトさん?」
「お二人にナデナデしてもらえたので逆に元気になりました」
「意外と甘えん坊さんなんですねぇ」
「私でよければいつでも撫でてやるぞ?」
レオナさんの中で私はホームの子供たちと同じ扱いにまで立場が変わってしまったようで。
優しく扱われて嬉しい気もするし、成人として扱って欲しい気もするが、レオナさんを落ちつかせようとする為に頭を撫でては失敗だったかもしれない。
今日は反省すべき点が山ほどあるなぁと考えながら、帰り道を歩く途中。威勢の良い掛け声が道端から聞こえてきた。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ユーハングから伝わる最新機器の紹介だ!」
世界は違えどあぁいった客寄せみたいな掛け声は変わらないんだ。
そんな事を考えながらも足を止めることなくそのまま通過をしていく。何事もなければ。
しばらくしてから違和感を感じたのだ。隣を一緒に歩いていたレオナさんの姿が無いことに。
レオナさんを探すように身体ごと動かしながら辺りを見渡す。
いた。先程の聞こえた客寄せの場所をど真ん中に陣取って話を聞いてる。
「どうだいお姉さん! これさえあれば雨の日だって身体を鍛える事が出来るってもんだぜ!」
「いや! しかし私にはもうおへやではしるくんが……」
「その名前から推測すると下半身を鍛えてくれるお得意様がいるようだな……しかしこっちは上半身だぜ!」
「上半身!? それは一体!?」
レオナさんのやや後方に位置しながらリッタさんと共に客寄せが紹介している商品を見つめる。
「こういうのは取り締まらないんですか?」
「うーん。人もそれほど集まっていませんし、中々対応が難しい状況ですねぇ」
客寄せが紹介している物は高さの違う段違い平行棒。普通であれば体操などの競技に使われるのだろうけれど……あそこに置いてあるのは衣服を収納するハンガーラックか、はたまたタダの布団干しでないの?
「高い位置にある平行棒。これは狭い所でもぶら下がる事で背筋を正しく伸ばし、棒を掴んだ腕を動かせば自身の重みで腕力が鍛えられるスグレモノ!」
「確かに! ダンベルを使わなくても済みということか!」
「それだけじゃないぜ! 正しく道具を使いこなせる自信があるのならば、腹に力を込める事で腹筋も鍛えられる!」
「道具を正しく使いこなす、か。確かにそれは重要だ。しかしそれならば低い方はどう使うんだ?」
「お姉さんはお目が高い! こちらも同じように上半身を鍛える物だ!」
「それでは高い位置にある物と同じではないのか?」
「……実はここだけの話がある。聞いてくれるかい?」
人目を気にするような素振りをみせ、レオナさんに近づき小声で喋り始める。とはいえ地の声が大きいから丸聞こえなのですが。
「お姉さんは知っているかい? 筋肉ってーのは生きているんだぜ……」
「生きてる!? まさか、流石にそんな事は」
「聞いた事はないか? 悩み、悲しみ、傷ついた時にこそ、全身から唸る筋肉の声が! 俺達を使えと叫ぶ声が!! 努力を惜しまず積み重ねた分だけ応えてくれる自分の筋肉たちの産声が!!!」
「ッ!?」
客寄せの言葉に何か感じ取ることがあったのだろうか。両腕の先には拳が握られ、顎を僅かに下げる。へー、レオナさんにもその身体をそこまで絞るには眠れない夜もあったんだー。
はよ帰りましょう。無言でレオナさんの袖を掴むが、逆に手を握られてしまい何も出来なくなる。いや迷子にはならないですし。どこかへ行ったりもしませんって。
そんな中、客寄せは半歩下がると突然上着を脱ぎ捨てる。そこに現れたのは見事な肉体美。やっぱりあれなのかな、お胸とかクイックイッて動かせちゃうタイプなのかな。
「低い位置の平行棒ってのは、そんな生きた筋肉に効率よく負荷をかける事で成長させてくれるスグレモノだ! 今なら現品限り! 早いものが」
「はーい、カナリア自警団でーす。公衆猥褻の罪で逮捕しますよー」
「チッ! ポリ公のおでましか! 捕まる訳にはいかねぇな! またなお姉さん!」
「待ってくれ!! その機材を私に!!!」
大丈夫ですって、ユーハングの知識ならここにおりますから。