あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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カナリア自警団 その11

 私がイヅルマへと到着し、震電に関する問題に一区切りがついてはや幾日。

 アコさんとミントさんに案内をしていただいた図書館へ足を運び、イジツにおけるユーハングを求めて資料と日々睨めっこの毎日を送る。

 

「ハルトさん、こちらの本にもユーハングに纏わることが書かれていましたよ」

「ありがとうございます、ミントさん」

 

 日頃から図書館へ足を運ぶことも多いというミントさんは、私の探している本の内容を伝えると、どこからともなく本を見つけ出して、こうして運んできてくださる。

 その中にはイジツの人が記載したであろう、ユーハングの姿や形、情景が本を通して伝わってくる。

 聞いた事のある地名、まだ知らぬ地名、それら事柄をミントさんやレオナさんに質問をしながら用意した紙に記載していくことが私の近況である。

 

 

「ハルトさんはユーハングの文字や意味が理解できるのですね」

「ハルトをイヅルマへ向かうように仕向けたアレンという男が研究者でな。あいつの相手を出来るほどユーハングに精通しているぞ」

 

 一部の人達はもちろん知っている。私がそのユーハングと呼ばれている穴の先からやってきたということ。

 それ以外の人達には家族の影響で理解出来るようになったと通している。最近とても嘘や誤魔化しが上手になってきた自分の事が分かるのがなんともはや。

 

「あ、それってウキヲエですよね?」

「ミントさんはウキヲエにご興味が?」

「はい。私も元々絵を描いたりすることもあり、興味があります!」

「よければ一緒に読んでみませんか? 文字の部分を朗読する程度しか出来ませんけど」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 

 私の隣の席に座り、両手を膝に置いて行儀良くと座るミントさん。

 紫色の髪を一つに束ねて三つ編みに。頭には小さな帽子がちょこんと乗せられ、髪と同じ色の半纏を羽織っている。

 そこへ手袋やタイツを身に着けているせいか、シノさんやエルさん以上に肌色が見えない程である。

 シノさんやリッタさんによると、この可愛らしい見た目で熊を倒すことが出来るほどの古武術の使い手であるという。イジツって毒吐いたり爆発したりする生物以外いたんだ。しかし熊をも倒すってイジツの人は半端ない。

 

 ミントさんが持ってきてくれた本は多少ながら埃を纏っていてるが、既に払ったような形跡が見受けられる。

 よく見れば人の手のような形、隣にいるミントさんの手を見つめれば白い手袋が少しばかり汚れていた。

 

「すみません。手袋を汚させてしまったみたいで」

「気にしないでください! なんかこう私にもビビッと感じるものがあって自分を止められなくて!」

 

 髪で片目が隠れている状態であるが、照れたように微笑んでいるのは分かる。

 そのお気遣いに甘えるように改めて表紙に書かれている文字を読む。

 

「月刊浮世絵」

「ゲッカン? ウキヨエ?」

 

 馴染みがあるようで無いような、といったやや困り声で復唱するミントさん。

 表紙全体を見直してみると、隅っこに凄くお安いお値段が書かれている。初版が安い連載誌か何かだろうか……。

 ページを捲ると私には見慣れた色合いが目に映る。年数のせいなのか保存状態が悪かったのかは分からないが、掠れてはいるもののカラーページには浮世絵が掲載されている。

 

「この色合い! ユーハングとおぼしき文字! 極まれに流通されているというウキヲエを紹介する本ではないでしょうか!?」

 

 机に両手を置いて身を乗り出す勢いで食いついてきた人がいる。頬や鼻先に触れるミントさんの髪がくすぐったい。あと凄く幸せな香りがするけれど我慢の子。

 興味津々なのが良く分かったので、本の半分以上をミントさんが座る席の方へと移動させる。むしろそうしないと私が色々と困る。

 

「すすすすみません! 興奮の余り己を乱してしまいました!」

「これってそんなにレアな本なのですか?」

「もちろんです! 何でもコレクターと呼ばれる方々が血眼で探していると噂されるぐらいですから! あぁまさか見る機会が訪れるなんて……」

 

 両手を祈るように組み、新しい世界へ旅立とうとするミントさん。思い込んだら一直線の姿は多少ではあるが羨ましく感じる。

 

「私はウキヲエについて知識が無いものですが、流行りの画家さんとかはいらっしゃるので?」

「ホクサイやクニシゲの作品の影響で少しずつではありますがウキヲエ画家を志す人達がいらっしゃいます。ですが依然としてホクサイとクニシゲの作品と評価がとても高く人気です。ただそれ故に作品そのものがとても高額で取引をされていて、一般人では作品そのものをお目にかかる機会が中々無いのが現状ですね……」

 

 肩を落とすミントさん。取引をしている資産家達が本当にその作品が欲しくて購入している事を切に願う他ない。日本……ユーハング全体で考えてしまうと、投資対象として見なされている部分もあるから。

 しかしながらイジツに存在するホクサイとクニシゲの作品とは一体なんぞや? まさか現物が穴を通じて降ってきた? むしろ当時の日本軍のエライ人達が持ち込んて来た物とか? どこでも日本を作りたがる人達に頭が痛くなる。

 

「ハルトさん! ここは何て書かれているんですか!?」

「えーっと、ホクサイは改名をする事でも有名であり、三十回以上も名前を変えたとも言われている」

「さ、三十回もですか……」

「一芸に長けた方のする事は分かりませんね」

 

 そのページには北斎の名を問われれば頭に浮かぶであろう、大波が印象的の神奈川沖浪裏と書かれた絵が掲載されている。

 これ程の絵が二百年以上も前の人が描いた事への驚きと、現存していたという衝撃。日本だってその間に色々な事があったのにね。

 

「これはイジツから消えてしまった海の絵ですよね? 海とはこんなに荒れているものなのでしょうか……?」

「絵なので多少は誇張されている面もありますが、強風が原因で海が荒れている時はこういう現象も起こるみたいですよ」

「ハルトさんは海の事についても詳しいんですね。まるで見た事があるように語られていらっしゃいますし」

「残念ながらここに書かれている文字を翻訳しただけですよ」

 

 勿論、そんな事は書かれていない。イジツで暮らすユーハングに詳しい人間を演じるのは難しい。

 

「ハルト、私からも質問してもいいか?」

「かまいませんよ。どうかされましたか?」

「その絵に描かれているユーハングの文字にどうしても気になる部分があってな……」

 

 それは作品の題名にも書かれている『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』この冨嶽の部分が気になるのではないだろうか。文字の頭に棒が無い方の冨嶽ですけど。

 

「富嶽の文字が気になりますか?」

「まぁあんな事があればな」

「ユーハングで一番有名な山の別名っていうだけですよ。なので背中に富嶽が宿っているという表現もあながち間違いでもないかと」

 

 思い出し笑いを必死に堪えているレオナさんの口元がヒクヒクと動き始めた。図書館なので我慢してくださいね。

 気を取り直して次のページ……あ、これ駄目な奴だ。ミントさんの目に止まる前に閉じようとした瞬間、手首を握られる。いくら何でも俊敏すぎやしない? 

 

「どうして急に本を閉じようとされたのですか?」

 

 表情は笑顔なれど、瞳の色が先程より輝きが失せ、発せられた声は低い。

 北斎について忘れていた事がある。この人は風景画から春画まで何でも描く人であったという事を。

 そして『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』の次に紹介されていた浮世絵は『喜能会之故真通』いわゆるところのタコと女体の合わせ技。月刊浮世絵とかいうタイトルの癖に初回からフルスロットルで突っ走ってやがる。

 今も私の手首を握るミントさん。その細指からは到底考えられない力が込められ始めた。もしかして古武術とかあまり関係ない、力こそパワー系の方? 

 

「ミントさんに質問です。絵を描かれる際に裸を主題にして書かれた事はありますか?」

「へっ!? ああああの! その! あ……あります……」

「次のページにはホクサイが描いた春画と呼ばれる絵が掲載されていたので、図書館で見ても大丈夫なものなのかと不安になり閉じようとしたのです」

「あ……なるほど! ってすみません! 私ったらまた先走ってしまいました! 手首、大丈夫ですか……?」

 

 クッキリとミントさんの指の後が残り凹んだままではあるが、誤解を招くような行動を取った私にも責任がある。おあいこという事にしてしまおう。

 

「大丈夫ですよ。ミントさんもそういった絵を描かれた経験があるのですね」

「なんていいますか……ほとばしる情熱と勢いに任せたらウキヲエとはまったく別の物が出来上がってしまい、どうしたら良いものかと」

「やっぱりアコさんですか?」

「なんで分かるんですか!? お姉様には絶対に内緒にしてください! お願いします!」

 

 あちらこちらと空を切っていた両手が目の前で合わされてお願いのポーズ。日頃の行動を見ていれば分からない方が難しいと思う。

 

「たまたま聞いてしまっただけなので誰かに言いふらしたりはしませんよ」

「よかったぁ……あの絵がお姉様にバレてしまったら何て言われてしまうか想像すると夜も寝れなくなってしまうところでした」

「話を戻しますが、つまるところそういう絵が次のページに掲載されているのですが……どうします?」

「見ます! こんな貴重な機会を! ましては文章まで理解出来るタイミングはハルトさんがいらっしゃる今しかありません!」

「本当に? 本当にいいの?」

「このミント、一度言った言葉を取り消すようなことは決して致しません!」

「ならば仕方なし。とくとご覧あれ」

 

 ミントさん自身でページを捲るように催促する。警告はしたよ? たくさんしたからね? 知らないよ? 

 私の思いとは裏腹にミントさん慎重にページの端を掴み、開く。やぁ! タコと女体の合わせ技だよ! 

 この場もミントさんの身体も凍る様に硬直する。しばらくした後に壊れかけたゼンマイ人形の如くこちらへ顔を向けてくる。私、沢山警告したよ。

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 図書館に響くミントさんの声。その瞬間、身体に衝撃が走る。何をされたのかは分からないが、私の意識を一瞬で刈り取る何かが放たれた事は確かだ。

 

 

「図書館の方から抗議があり、暫くの間、両名は施設の利用禁止との通達を受けましたよ」

 

 何処からともなくエルさんの声が聞こえる。

 その声に導かれるように私の意識がゆっくりと戻りつつあるのが分かる。

 先程まで見慣れない景色の中で棒立ちしている自分がいて、よく知る顔の人達があちらへ戻れと手振り身振りで追い返そうとしていた。戻ってもイジツっていう別世界に居るんだけどね。

 目を開けて周囲を見渡すと、どうやら自警団の詰所に居るようだ。

 ヘレンさんの如くソファに倒していた身体を起こすと、ミントさんからの謝罪の嵐がやってくる。

 

「ごめんなさい! 余りにも衝撃な絵だったものでつい!」

「つい、で殴られた訳ですか」

「丁度、良い場所にいらっしゃったもので」

「そんなに衝撃的な絵だったのかしら?」

 

 気になるご様子のエルさんがお伺いを立てる様に質問をしてくる。

 

「えっと! その! あれを言葉で表現するのはちょっと……」

「ユーハングに生息しているタコっていう海の生き物が女性に襲い掛かってる絵ですよ」

「ハルトさん!!」

 

 思い出したのか、顔が赤くなるミントさん。逆に興味津々なエルさん。この対照的な反応はなんだ? 

 

「そのタコって生物はどうやって襲い掛かっていたのかしら?」

「八本の足を器用に使い、女性の身体に絡みついて口を無理矢理……」

「もう! それ以上は言っては駄目です!」

 

 ミントさんの両手が私の口を覆うようにして塞ぐ。図書館の一件を気にしているのだろうか、重ねるように合わせた手から伝わる力はとても柔らかく押され、喋れなくされてしまう。

 レオナさんの呆れ顔、エルさんの物憂げな表情は一体何でしょうか? 

 

「ふぅ……海の生き物ですら想像上で私に刺激的な思いをさせてくれるというのに、現実にいる誘拐犯たちのだらしなさが情けないわ」

 

 正直、何を言っているのかさっぱり分からないが、理解した事がある。

 イジツはヤベーやつしかいないのではないか? この過酷な環境下で生き残りを賭け、毎日が空戦のエンジョイでエキサイティングな日々を送っているのだから。むしろ私が異端者。分かってた。

 月刊浮世絵に書かれていた文章が頭を過る。

 

 一期は夢よ、ただ狂え

 

 閑吟集の一節。ここだけをくり抜けば『人生は一時の夢、ならば心奪われるものに打ち込め』だろうか。意訳しすぎだろうけれど。

 イジツに当てはめる言葉としてはピッタリではないだろうか? 例えヤベーやつしかいないとしても、皆何かしらの目的や目標を持って生きているのだから。

 そう考えるとユーリア議員は少し変わった道を歩んでいる事になる。衰退の一途を辿るイジツをこのままにしておけないという思想から起こす行動は、周りを敵だらけにする。

 だが、それでも行動を止めないのはユーリア議員がイジツで最も夢を見ている方という事なのだろう。

 その夢に私という存在が少しでも力になればと思う事は不自然だろうか。お世話になっているカナリア自警団の皆様に対しても。

 

 器用に身体をくねらせているエルさんを見つめながら、そう思うのであった。




風邪が治らないので今週はお休みさせていただきます。
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