穴というモノはまったくをもって分からない。
突入する前に見た穴は、行先も見えず膜のようなものを張っている状態であった。
そこへ戦闘機で突入するとなれば恐怖も感じるし、何よりイジツへと本当に繋がっているのか疑わしく感じてしまう。
結果的には無事に穴から脱出してイジツの世界にこんにちわ。一瞬で着くかと思われたが突入から脱出までに数秒の間があった。
濃い霧の中を飛行していたのかと思うと肝を冷やす。雲の中を飛ぶのはこれと似た感覚なのだろうか。厳守されていたので雲に入った事は一度もないので分からないが。
一呼吸して曽祖父と無線で会話が出来る事を確認する。だが急に違和感を感じた。
それは自分が操縦している震電以外のエンジンの音。近距離で。それも複数。
確認する為に首を振ると戦闘機五機と主翼が二つある機体が一機。確か複葉機という区分に入る機体だ。いや、それは今考える事ではない。このままだと初見殺しのパターンに突入してしまう事に気づき、つい叫んでしまう。
その内の二機が素早くこちらに近づいてくる。ヤバイと脳みそで実感しても手が上手く動かない。
そうしている間にも接近してくる戦闘機。そしてこちらに向けて機銃を撃ってくる。
生まれて初めての経験に恐怖を覚える。力んで踏んでしまったラダーのおかげで避ける事が出来たが、機体は不安定なまま右往左往とふらつく。
こういう時って! こういう時って! どうすればいいのかを必死に思い出す。あれだけ訓練したはずなのに咄嗟に動けない自分に情けなさを感じる。あぁそうだ、高度を上げれば相手は追いつけないはず。というより隼やんか! おハヤブサー!
「飛行機を六機確認! 一機は主翼が二つある機体で残りは……隼だ!」
『ハルト君、落ち着かなくてもいいから高度を上げて振り切るんだ』
はぁい師匠! じゃないイサオさん。青空に向かってフルスロットルで上昇を始める。
しかし隼も負けじと追いかけてくる。訓練時に隼に搭乗していたイサオさんから散々お尻を掘られた悪夢が蘇る。腕の差なのか、機体の差なのか、多分両方だ。一定高度まではピッタリと張り付いて振り切れないのだから。
今も後方にいる隼から射撃を受ける。相手の射線軸に入らないように僅かに機体を動かし上昇し続ける。イジツに来て早々、このような場面に遭遇するとは誰が想像できたであろうか。イサオさんか! 分かってて訓練してたんだな!
悪態をつきながらも上昇を続ける。実時間だけならきっと短いのだろうが、今はとても長く感じる。隼が上昇できない高度に到達しない事には始まる事すらできやしない。
どの程度、時間が経過したのだろうか。気が付けば空が濃い青色になり、後ろにいた隼も離れて行く。安堵と共にイジツの空も青いんだな。とか考える。
機体をゆっくりと水平に戻し深呼吸。第一イジツ人に出会って即撃墜される所だった。
はぁーとため息をついていると先程とは違う隼が二機近づいてくる。今度はこちらを伺うようにゆっくりと。
これはもしかして対話が出来そうな空気? 言葉通じるのかなと考えているとイサオさんから無線が入る。
『大丈夫かい? ならよかった! ハルト君に死なれたら隣のジイサンに僕も同じ所に送られそうだったよ!』
曽祖父ならやりかねない。きっとその後に自分も追いかけてきそうだ。そうならなくてよかった。というかイサオさんと会話できるんだから大丈夫だよね。だよね?
ハイになっているのか、思考の方向性が少しおかしい。ともかく返事をしようとしたら、耳に響くほどの怒声が聞こえる。女性の声で『イサオ』と。イサオさんご指名入りまーす。
『生きてたのか!?』
『ありゃ、バレちゃった。えーと確かその声は……』
『コトブキ飛行隊隊長のレオナだ!」
『あー! そうそう隊長さんだ! 元気してた? 僕はこっちで五体満足に元気で生きてるよー』
『ふざけるな!』
イサオさん、その返しは怒りますよ。空気読んで黙っててもらってもよかったんですよ。
あ、空気を読んだのは穴の方みたいだ。少しづつ形が崩れていく。
『穴が閉じようとしているね。もう時間も無いけど丁度いいや。隊長さん、そこにいる震電の子がしようとしてる事を手伝ってあげてくれない?』
『なぜ私が貴方の悪事に手を貸さなければならないんだ!』
『信用無いなぁー。じゃあ前に言ってた借りを返すって事で、ね。おねがーい!』
『それはイケスカ動乱を起こした貴方に返すものではない! リノウチ大空戦の時に私を救ってくれた人に返すものだ!』
『同一人物なのに酷いなぁー。まっ話ぐらいは聞いてあげてねー。じゃ!』
『まて! イサオ!』
そのやりとりを打ち切るかの如く穴が消失する。これでしばらく私は日本に戻る事が出来なくなった。イジツにいる唯一のユーハングの人間、なのだろうか。
しかし最後は現地の方との一方的な対話で終わりですか。私に対しては何も無いの? グッドラック的な? 針の筵な状態になってる気がしますよ、イサオさん。さっきまであった気がするほんの僅かな対話のムードが一蹴されている。
頭をかかえたくなる状態になったこの場で先ほどイサオさんと会話をしていた女性がこちらに呼び掛けてくる。結構なドスの効いた声で。
『……こちらオウニ商会所属、コトブキ飛行隊隊長のレオナだ。そちらの目的を伺いたい』
黙っていても墜とす。馬鹿な事を言っても墜とす。そんな空気が張り詰める。
「あーあー、こんにちは。私はハルトと申します。貴方がたでいう所のユーハングから来ました」
ユーハングその言葉で他の機体にいるパイロット達からは様々な反応が返ってくる。
だけどレオナさんという方は感情を押し殺すように応答する。
『先程の件も含めて貴方に聞きたい事がある。こちらの指示に従ってもらえるか』
「了解しました。こちらに交戦意思は御座いません。指示に従います」
『イサオがイジツで何をしたかは知っているんだな?』
「極々簡単に。ただしイサオさん側から見た内容ですが」
『そうか。その事についても詳しく聞かせて貰う事になる。まずは我々の機体の高度まで下降を』
「了解しました」
一言断ってから安全域だった高度からゆっくりと降下していく。
レオナさんの前方まで降下して足をだし、翼を振る。思い出した。たしか戦意無しを伝える方法だった気がする。今更な知識だけどあの状況ではする暇も無かった。
そして今も状況だけなら似たようなもの。レオナさんの指先一つで私は撃墜されるだろう。大丈夫、大丈夫と根拠のないモノにしがみつく。
ほんの少しの時間をおいてレオナさんから応答がくる。
『……こちらの指示から外れないように飛行をしてくれ。くれぐれも馬鹿な行動は起こさないように』
大丈夫です。射撃訓練は一切教わっておりません! それを伝えても状況は良くならないだろうから黙ってるけど。
レオナさんが全機に命令を出す。帰還する町はラハマという場所だ。
確かイサオさん情報だと反イケスカ連合の一つとして機能していた町だっけか。
イサオさんの野望を打ち砕いだ人達がいる町。難癖レベルの要請を承認しても拒否しても町ごとを焼き払うとかやっていれば反感を買うよね。
オウニ商会。コトブキ飛行隊。ん? コトブキ? コトブキ飛行隊って確かイサオさんを野望を打ち砕いた敵のエース部隊で、様々な異名で呼ばれていた気が……。
「ゴロツキ飛行隊?」
『あ゛ぁ゛』
「ひぃぃぃ」
やばい地雷踏んだ! 背中に物凄い殺気が刺さる。
動揺しすぎてまた機体がふらつく。咄嗟に謝罪の言葉を伝える。すみませんごめんなさい何でもは出来ません。
余りにも感情が表に出たせいで同情されたのか、助け船を出してくれる人がいた。
『レオナ。イサオの件で気持ちは分かるけれど、彼に八つ当たりしても仕方ないわよ』
『……はぁ。大きな声を出してすまない』
「い、いえ。こちらこそ大変失礼な事を言いまして申し訳」
『はい、そこまで。せっかく出会えたのだから自己紹介でもしましょ。私はザラ。よろしくね』
間に入ってくれた人はザラさんというらしい。
主翼が二つある機体、赤とんぼを操縦しているのがケイトさん。後ろにはお兄さんのアレンさん。
そしてチカさんにエンマさん。最後は私を撃墜しようとしていた……。
『あれ、キリエ。どうして黙ってるの? 名前ぐらい伝えなよ』
『むぅー』
『何いじけてるの? あ、もしかしてマークがパンケーキである事に気づかなかったからとか? 日頃あれだけ愛してるーって言いながら食べてるのに?』
ウケるーと煽るように笑いだすチカさん。
反論するように大声で答えるキリエと呼ばれた人。
『大体アイツの機体と色でマークだけパンケーキとか卑怯じゃん! こっちだって色々と事情があるのに!』
『でもわたしは気づいたけどなー』
『それは私が追撃してたから気づけただけでしょ、私だって援護だったら気づいてたし!』
『あー! あー! そういう事いうんだ! もうキリエの援護なんてしてやんないー!』
そこからはチカさんとキリエさんの口喧嘩が始まり、器用に機体の翼を振って自分の正当性をアピールする。
そんな二人には慣れているのか呆れているのか、コトブキ飛行隊の方々は軽い溜息を吐く。
『しかし、キリエじゃありませんが何故パンケーキをマークにしていましたの?』
「修理をする以前の機体には自由博愛連合の物が描かれていまして、そのままイジツに向かったら相手次第では撃墜されるだろうな。という結論になりまして」
九割ぐらい嘘を付く。まさか酔っ払い共に勝手に決められたなんて恥ずかしくて言えない。
『確かに。あの忌々しいダニ共のマークのままでしたら私が墜としていたところですわ』
訂正。勢いでパンケーキに塗り替えてくれて本当にありがとう! そうでなければもう私は撃墜されていた事でしょう!
しかしエンマさんは中々毒舌な方なのですね。お声は凛としていらっしゃるのに。
「違うマークにしようと決めた時に提案したのですが却下されてしまい、結果がこの通りです」
『まぁ、それでパンケーキでしたの』
『パンケーキ! やっぱりユーハングにもあるの!? どんな味どんな形ふわふわサクサク大きい小さいとにもかくにも美味しいの!?』
横から突然割り込んでくるキリエ? さん。もしかしてパンケーキ好きなのだろうか。物凄い勢いで質問が飛んでくる。
「バターだったりアイスだったり丸かったり薄かったり何かが挟まれてたり包まれてたり色々とありますけど、美味しい事は確かですよ」
私を置いてパンケーキを食べに行ってたイサオさんが言うんだから間違いない。絶許。
『はぁ……ユーハングのパンケーキ。食べてみたいなぁ……』
「材料が揃いそうなら作りましょうか? 覚えている限りのレシピになりますが」
『ホント!? パンケーキの為なら何でも手伝うよ!』
周りの溜息から伺うによっぽど好きなんだなという事は分かった。
『あ、私はキリエ。よろしくね!』
「こちらこそよろしくお願いします」
『ところでさ! 何で片側のパンケーキだけ線が入ってるの?』
「フォークです。フォーク。そういう事にしておいてください」
『パンケーキマークに食器も完備。やるねぇ。もしかして君もパンケーキ好きかな!?』
「自作する程度になら好きですよ」
『キタッ! 同志よ! ユーハングからようこそ! 大歓迎するよ!』
機体の認識マークがどれほど大切なのかを知った、イジツでの始まり。
ホットケーキミックスを使って鉄板焼きする程度の好き。がバレたどうなるのだろうか。