あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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カナリア自警団 その13

 レオナさんが搭乗する隼を見送った後、ヘレンさんが突拍子もないことを言い出した。

 家。それは帰るべき場所であり、大半の人達にとって心安らぐ場所でもある。今からそこへ行くと、綺麗なおべべについている口から放たれたわけで。

 慢心するなと自分に言い聞かせたばかりだというのに、ヘレンさんの何気ない一言で心が揺さぶられる。

 私も人の子ですし、生きている以上は色々とあるわけでして『終電、終わっちゃったね』的な問題を提出されれば時刻表を取り出して『まだ間に合いますよ』と返事をするタイプでありますし。

 自分でも何を言っているのか分からない程、混乱の渦に陥れる訳だが、ヘレンさんの向かう先は来た道ではなく隣にある格納庫。あ、あれ? 

 後ろを大人しく付いて行くと、そこにあるのはカナリア自警団の塗装が施された紫電とイヅルマ仕様の赤とんぼ。ジノリさんとハヤトさんが二人で準備をしている姿が見受けられる。

 未だ状況が理解出来ない。家に向かうはずなのに機体が準備されている。それも二機。どういうことなのだろうか? 

 

「おいすー」

「相変わらずマイペースな娘じゃの。そっちのは口を開けてどうしたんじゃ?」

「さぁ? いえにいこーって誘っただけだよ?」

「……それ以外の事をちゃんと伝えたか?」

「んーにゃ」

 

 私の目の前にいる二人から深い溜息が聞こえる。その反応が正しいよね? 私の反応は間違っていないよね? 

 

「いつも思うけどよ! お前はどうしてそんなに言葉足らずなんだよ!」

「なんでー? ハヤトには通じてるじゃん」

「通じてない! ちゃんと人に伝わるように喋れよ!」

「むぅー、ハヤトだって私と目を合わせて喋れないくせに」

 

 抗議をするように近づいて行くヘレンさん。心なしか後ずさりを始めるハヤトさん。

 

「やめろぉ! それ以上俺に近づくなぁ!」

「なんでー?」

「俺が入院中に傷口広げたり、男の純情を弄ぶ悪魔だからだよ!」

「そんなこと、あったっけ?」

「つい最近の事じゃないか! 知らぬふりして近づくなよ!」

 

 既にハヤトさんは壁際まで追い詰められている。それでも尚近づくヘレンさん。何をなさるおつもりだろうか? 

 

「あ……あぁ……」

「ようやく、目を合わせてくれたね」

 

 そう言って微笑むヘレンさん。それとは対照的なハヤトさん。逸らしていた視線が合うほどの距離になれば自然と背丈の問題も発生し、当然ながらまだ少年というべきハヤトさんの視線は一転に集中するわけで……。

 

「お、大きい……もの……」

「男の人って、みんな好きだよねーこれ」

 

 ヘレンさんが両腕を組む。ただそれだけなのにあの太陽は形を変える。服の上からでも十分すぎるぐらいに。思考が飛び始めている私にも効くからやめて。

 

「お……おまえなんか! おまえなんかぁ!! うわぁぁぁん!! ドスケベー!!」

 

 自我を取り戻した瞬間、暴言なのか真実なのか判定し難い泣き言を叫びながらハヤトさんは格納庫から泣いて出て行ってしまった。その気持ち、凄く分かる。

 

「また逃げちゃった」

「近寄り過ぎたのでは?」

「むぅ……話をしたかっただけなのに」

「無理を言うな、まだ子供じゃぞ? あまりからかうもんじゃない」

「へーい」

 

 幼き少年と青年に大ダメージを与えるヘレンさん。今度から親しみを込めてハヤト君とでも呼んでみようか。お互いに共通する悩みを抱えているわけだし。

 再びジノリさんの溜息が聞こえ、こちらに話を振り始めた。

 

「おまえさんも議会で酷い目に遭ったばかりだろうに」

「半ば不慮の事故みたいなものですから」

「当たった箇所は大丈夫なのか?」

 

 破損した木槌が飛んできた場所へ手を伸ばし、労わる様に撫でる。当初はタンコブが出来上がりそれなりに痛みもあったが、今ではシノさんと飛行訓練を再開出来ている。眩暈らしき現象も無いので大丈夫だ。

 

「おかげさまで腫れも引いて痛みも無くなりました」

「それはよかったの。あの娘っ子もおまえさんを鍛えるのが楽しみになっている様じゃからな」

 

 教えを乞う側としては、常にシノさんの罵倒を食らう訳でして。でもそのおかげか少しずつ機体を操作するという感覚を身に着けている感じはする。

 

「ボヤいてたぞ。おまえさんの操縦は歯車がかみ合わない時計みたいだと。可能性を秘めている箇所があるにも関わらず、それを発揮出来るような操縦技術を持ち合わせていないとな」

「一撃離脱が前提の機体でしたので、それに合う戦法ぐらいしか教えてもらえる時間が無かったとも言えます」

「なかなかどうして、おまえさんも急ぎの身か?」

「時間制限がある事は確かです」

 

 詳細はアレン頼みになってしまうが、少なくとも一ヶ月は猶予がある。一ヶ月しか無いとも言える。

 そう考えるとイヅルマで知る事が出来た内容の整理が終わったら、一度ラハマへ帰るのが正解だろうか。その際にはお世話になった方々へ挨拶に行かないと。

 

「考えごと、終わった?」

「うわぁ!? びっくりした!」

「ハルトにまで驚かれた」

「いやいや! こんな間近に綺麗なお顔があれば誰だってびっくりしますって!」

「ほむぅ」

 

 何事も無かったように後ろへ下がるヘレンさん。私の心臓が激しく動いているのが分かる。きっと顔も赤くなっているのだろう。

 

「はぁ……そろそろ行かなくていいのか?」

「あ、ごめん。行くね」

「気を付けて行けよ、娘は大丈夫だろうが、おまえさんは特にな」

「ありがとうございます。行ってきますね。って家ですよね?」

「飛んだらちゃんと伝えるからー」

「お、お願いしますよ、ヘレンさん」

 

 ヘレンさんは紫電に搭乗し、私は赤とんぼへ乗り込む。後ろに誰もいない状態で飛ぶのは初めてだ。シノさんの罵倒……もとい激励がどれだけ励みになっていたかよく分かる。

 

 

 イヅルマから飛び立ち、紫電の後ろを赤とんぼで必死に追いかける。シノさんの訓練によりイヅルマへ来る前よりは良くなったと思いたい。機体性能に差がある二機の間隔が一定を保たれているのは、ヘレンさんの巧みな操縦によるものだろう。

 

『すぴぃ~』

「寝てるんかい!? 起きて! 起きてください! ヘレンさん!」

 

 なんで飛ばしながら寝れるのさ!? そもそも家って何なの? 自宅なの? 実家なの? せめてそこだけでも教えて! 

 

『んぁ、もう着いた?』

「知らんがな! というよりもなんで私を家に連れて行こうとしているんですか?」

『配達があったんだよね』

「配達? 何かお届け物でも?」

『んーにゃ、お父さんが牛乳屋なんだー』

「なるほど、それで?」

『護衛の仕事と重なっちゃったからさ、手伝って? ハルト』

 

 つまり、も何もそのままではないか。配達の手伝いをする為にご実家に向かっていて、それに私も手伝えって事だよね。

 

「それは構わないのですが、私に出来る事なんですか?」

『大丈夫だよ。シノから訓練を受けているでしょ? 日に日に上達している姿を見てたから』

 

 何時の間に。自分でもイヅルマへ来る前よりは多少はマシになったとは実感している。更に地図の読み方や、自分のいる位置を知る為に地上の目印などを教えて貰えた事によって、行動範囲は広がったと言えるだろう。イヅルマ周辺限定で。

 

「でも空賊が出てきたら一巻の終わりだと思いますけど」

『最近イヅルマも色々とあったからね、そんな状況で好き好んで現れる可能性は低いと思う。それに』

「それに?」

『危なくなったらあたしを呼んで。直ぐ駆けつけるからさー』

 

 ハヤト君、君の言う通り、この人は悪魔だと私も思うよ。こんなに魅力的で頼りになるお姉さんが同じ人間だとは思えないもの。

 

 

「ただいま~」

「おう、遅かったじゃ……そいつは誰だ?」

「配達を手伝ってくれる、ハルトだよー」

「お世話になります。ハルトと申します」

 

 サングラスを掛け、髭を蓄えるいかついお顔。正直怖い。それは正解だと直ぐに分かる。

 

「お前はヘレンの何だ?」

「は? はぁ、えっとヘレンさんには護衛をして頂く立場であり、私は護衛対象とでも言えばいいのでしょうか」

「護衛? お前はヘレンに守られる様な奴なのか?」

「はい。お世話になっております」

「お父さん、ハルトは」

「ヘレン、居間にお前の好物を用意しておいた。好きに食べていいぞ」

「お父さん、だいすきー」

 

 ヘレンさん! ちょっと待って! なんかお父様が物凄く誤解をされている気がするんだ! それを解くためにも居て……もさらに誤解を生みそうだ。

 

「これでゆっくりと喋れるな。何をしに来た?」

「ヘレンさんが最初に言われましたように、配達のお」

「俺の娘を気安く名前で呼ぶとは、良い度胸をしている」

「きちんと敬称を付けているのですが」

「ヘレンも立派な大人だ。親がどうの言うつもりはない。だが惚れた女の後ろに隠れているような奴にくれてやるつもりは無い」

「ちょ!? 違います! そういう関係ではございません!」

「母親によく似て育ったヘレンの傍にいて何の関係もないだと……。今度は俺に対しての挑戦状か、度胸だけは一人前のようだな。久しぶりに相手をしてやる」

「へ、ヘレンさん!! お父様を止めてください!!」

「貴様にお義父さんと言われる筋合いはない!!」

 

 見た目渋いオヤジなのに、中身は娘にデレデレなオヤジじゃないか! 気が付けば今から決闘を始めんと言わんばかりに覇気を醸し出すお父様。やべぇ、イジツってやべぇ。振り幅に中間地点が無く、片側ずつしか存在しない。

 

「お父さん、違うってば」

 

 私を救ってくれる可能性を秘めた悪魔は、口に物を頬張ったまま再び現れる。戻ってきてくれただけでも感謝をすべきだ。そう思い込む。

 

「自警団の仕事でハルトを護衛することになって、今日は私が担当だったんだよ」

「……仕事? カナリア自警団のか?」

「そっ、ちゃんと団長から許可を貰って連れて来ているんだよ。しかも配達の手伝いまでしてくれるってさー」

 

 ヘレンさんの言葉にようやく事態を把握してくれたのか、若干俯きつつサングラスの位置を調節している。尚、配達の手伝いをする事になったのを知るのはつい先程の模様。

 

「あ、あの」

「悪い、誤解をしていた様だ。許してくれ」

「いえ、私もきちんと説明をすべきでした。あらぬ誤解を招いてしまい申し訳」

 

 姿勢を正して頭を下げる。愛する娘さんの為とはいえ少々過剰とも思える言動。そこから推測する邪な考え。それも含めての謝罪である。

 

「コッペパン、うめー」

 

 全ての元凶は、私たちを見つめながらもお腹を満たしていた。

 

 

「そうか、議会の連中に呼び出されてイヅルマへやってきたのか」

「はい、ですがそちらは一先ず落ち着いたので、今度は私個人の用事を済ませようと思い、カナリア自警団の皆さんには引き続き護衛をお願いしております」

 

 落ち着きを取り戻したヘレンさんのお父様、ジョージさんにこれまでの経緯を伝える。

 

「お前さんも人探しか……」

「も?」

「いや、忘れてくれ。こちらの都合だ」

「団長のお父さんの事なら、もう知ってるよ」

「えっと、行方不明になられた原因が、穴へと進入したのではないかと推測されている話。で合っていますか?」

「……驚いたな、そこまで聞いていたのか」

「護衛として来て頂いていたコトブキ飛行隊のレオナさんがいらした事もあっての説明だと思います。アルバート部長から一通りの事は」

「コトブキ、それも隊長を務めている人物が護衛とはな。いや、震電が絡めば不思議なことではないか」

「ハルトはユーハングに詳しいみたいだからね~」

「なら、穴について何か知っているのか?」

 

 通ってきました。突入から脱出まで時間差がありましたよ。こんなこと言える訳がない。実際、日本へ帰る為にはアレンの助力が必要不可欠だ。

 

「私の友人であれば。ですが彼曰く、必ずしも穴はユーハングに繋がるという訳では無さそうです」

「アコの父親、トキオがユーハング以外の世界に辿り着いた可能性もあるということか」

「はい。ただし机上の空論であるとも。実際に飛び込んだのは」

「アイツとイサオのみ、か」

 

 ジョージさんの言葉に頷く。そのイサオさんは元気一杯、日本を満喫していますけどね。

 でもそう考えると、トキオさんが穴へと突入し、日本へ辿り着いていたら海上でも無い限りは生きているのではないかと思う。少なくとも二人は片道切符でも穴の先へ辿り着けたのだから。

 

「お父さん」

「どうした? ヘレン」

「無茶だけは、しちゃだめだよ」

 

 普段と同じ声、同じ姿にも関わらず、ヘレンさんの言葉には重みを感じさせるものがあった。

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