あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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カナリア自警団 その14

『ありがとね、ハルト』

「いえ、お力になれたのなら幸いです」

『なったなった。もうちょい力を抜いてもいいと思うよー』

「ヘレンさんはもう少し覇気を出された方が良いかと」

『よく言われる~』

 

 一晩明け、あの時のヘレンさんとは打って変わっていつも通りの様子だ。気の抜けるような声、それでもどこか頼りになる、私の知っているヘレンさんの姿だ。

 あの瞬間は冷や汗が止まらなかった。過去に何かあったのだと思う。そうでなければあの重く、そして悲しみが含まれた言葉を発する必要はないのだから。

 

 

 ヘレンさんの言葉と共に、辺りの空気が静まり返る。

 親子の間で何があったか分からない。ただ親が子を想う気持ちがあり、子が親を想うところもある。

 この空気を打ち払う為にも、本来の目的についてお二人に聞こう。

 

「配達はどうするんですか?」

「あ、忘れてた」

「まずはそれを終わらせてからだな」

 

 そこからは淡々と作業が進み、私の搭乗してきた赤とんぼの後部座席にはミルクが積まれる。

『零すなよ?』片方だけ器用に口角を軽く上げるその表情、チョイ悪オヤジのように笑みを浮かばせながらそう伝えてくるジョージさんに、ヘレンさんは『いつもシノを乗せてるから大丈夫だよ』と。

 それはシノさんに絶対に言わないでください。何故か私の訓練が三割増しで厳しくなる未来が見えてしまうので。

 

 ヘレンさんと途中まで共に飛行し、私の担当する配達先が見えてきたところで一旦お別れ。

『おわったら、すぐ戻るねー』返事をすれば、私と飛行していた時とは目に見えて違う速度で空を飛んで行く。

 赤とんぼに積まれたミルクを死ぬような思いで引き下ろし、ヘレンさんが戻るまで配達先のご自宅でお邪魔させて頂ける事になった。

 

「オマエさん、見かけん顔しちょるな?」

「今日はヘレンさんからのお願いでお手伝いをさせて頂いています」

「それじゃ断れんわな! あの娘子はアレがこうで! ココがこう! と来たもんじゃからな!」

 

 ガハハと年齢を感じさせないご老人の高笑い。どうやらヘレンさんの魅力は年代関係ないようだ。儂も、も少し若ければ。その言葉はご老人の後ろにいらした奥様に聞かれていたようで、止める暇も無く良い音が周囲に響き渡る。

 目が合った奥様とはカラ笑いで済ませた。少しずつイジツに馴染んできたのではないのだろうか。女性を怒らせてはいけないのは、世界が変わっても共通。

 

 

「ただいまー」

「ただいまです」

「おう、お帰り。ご苦労さん」

 

 ジョージさんから手渡されたのは牛乳。緊張で喉が渇いていた事すら忘れていた。ありがたく受け取り、いただきます。

 ゆっくりと飲む私を尻目に、ヘレンさんは一気飲みで白髭を付けながらゲップをしている。なんてチグハグな人だろうか。

 

「あたしは寝るー」

「ゆっくり寝ろよ」

「って事は本日はこちらで一泊ですか?」

「日も暮れ始めた。飯と寝る場所ぐらいは用意してやるから泊まっていけ」

「ありがとうございます。甘えさせて頂きます」

 

 泊めさせて頂けるのならば無理する必要もない。時間制限のある旅とはいえ、ご厚意を無下に扱う程の急ぎではない。

 

「ヘレンがいない間に聞きたい事がある」

「私に答えられる事であればなんなりと」

 

 夕食を頂き、一息入れる時間。ヘレンさんは寝たまま起きてこない。

 

「穴とは一体なんだ?」

「哲学を振られましても分からないとしか」

「なら、穴はなぜ突然現れる?」

「分かりません。人為的に開かれた事はないようですが、自然発生、災害。どちらにせよ人に出来る事は、穴が出現した際に消滅させる事が可能だという事実のみかと」

 

 天井を見つめるジョージさん。思うところありけり。

 

「穴を見つけて探しに行きたいのですか?」

「……」

「私からも質問をしてもいいでしょうか?」

「なんだ?」

「ジョージさんは、アコさんのお父様とはどういったご関係なんですか?」

「そこは説明されていなかったのか。聞いても余り面白い話じゃないぞ」

 

 イカルガ自警団。イヅルマにおいて少数精鋭のエリート部隊として名高いという話から始まり。

 その団長にしてアコさんのお父様である、トキオさん。

 副団長にしてヘレンさんのお父様である、ジョージさん。

 隊員ながらも撃墜数トップのアコさんのお母様である、ミヤコさん。

 

「そして元パロット社の社長にして、クロサギ自警団の団長だったウタカだ。あいつも全部一人で背負い込みやがって」

「お話を聞かせて頂きありがとうございます。ようやく散らばった点が線で結ばれた気がします」

「トキオ以外は終わった事さ、気にするな」

 

 立ち上がり、戸棚から何かを取り出したあと、私に差し出す。そこには一枚の写真、そしてイカルガ自警団とおぼしき三人の姿が写っている……が。

 

「逆光のせいもあって良く分かりません」

「俺が持っている写真はそれだけだ。顔が知りたければミヤコ……いや、確かアコが持っていたはずだ」

「なるほど、でも見せて欲しいとは言いづらいですね。知ったところで……という面もありますし」

「そんな事で傷つくような娘じゃない。機会があれば聞いてみればいい。ヘレンがここまでお節介を焼く程の人間なら大丈夫さ」

 

 様子を見ながら、大丈夫そうであれば話を振ってみようかな。私もお節介なんだけど、お節介なんだけれど、日本へ戻れた時にもしかしたらっていう考えが振り切れない。

 ただ、その場合は絶対に私の事を知られてはならない。レオナさんからも『希望は時として人を傷つける』と言われている。

 私は一体どうしたんだろうか? こんなにも人と関わり合いを持つようになるとは。

 

 

『とーちゃく~』

「ふぅ、お疲れ様でした」

 

 イヅルマへと無事に辿り着く事が出来た。一度だけ戦闘機の集団と出会ったが、ヘレンさんに挨拶をして何事も無く去っていった。挨拶のノリからして明らかな上下関係を感じさせる。

 格納庫へ二機が近づき、一時停止をすると、何時もの見慣れたジノリさんの顔。視線を送れば、私に向けて親指を何処かへ向けている。

 その先には教官、いやシノさんが両手を腰に当てて立っていたのである。

 

「あんたたちぃ! 許可なく外泊とはいい度胸してるじゃないの!」

「あ、シノ。おいっす」

「おいっす、じゃないわよ! みんな心配……それはともかく! 提出した許可書通りの行動をしなさい!」

『うえーい』

「二人してなに声を揃えてるの! 返事は『はい!』でしょう!」

 

 帰還して早々にお小言を頂いてしまう。最初の掛け声なんて、刑事ドラマに出演していた往年の名女優のような叫びっぷりだ。

 二機は再び格納庫内へと収納され、張りつめていた気は……シノさんとの会話で解けてたか。

 

「ヘレンはそのまま詰所に向かってアコに報告しなさい。ハルトはこのまま私の訓練を受けて貰うわよ」

「へーい、またねーハルトー」

「またです、ヘレンさん。教官殿、小生も休憩を頂きたく」

「赤とんぼを飛ばしたぐらいでバテるような訓練をしてきたつもりは無いけど?」

「おしっこ」

「もう少し言葉を選びなさいよ!」

「お花摘ませてください」

「……なんか腹立つわね。まぁいいわ、さっさと済ませてきなさい」

「あざーっす」

 

 頭を手で押さえて呆れながらも許可を頂いて颯爽とおトイレへ。赤とんぼは風を感じられて好きなのだが、その反面もう少し厚着をしないと用足しが近くなっていけない。

 

 

 やぁ、久しぶりだね、震電。どうやらまた君にお世話になる時がやってきたようだ。

 と、悦に浸るほど離れていた訳ではない。用事やらで格納庫には足を運ぶこともあった。ただ、そんな冗談を言いたくなる程、機体は綺麗に磨き上げてあり、指で軽く触れても埃一つ付きやしない。

 

「ハヤトがの、目を輝かせながら磨いておったからな」

「師匠! それは言わない約束でしょう!」

「あ、なら乗ってみます?」

「馬鹿たれ、自分の愛機にそう簡単に人を乗せるもんじゃない」

「そうですとも! 機体はその人に合わせて調節されるんです! ハルトさんも紫電に乗れば問題ナシですね!」

「とにかく私を紫電に乗せたい事だけは伝わりました。リッタさん」

 

 いつの間にか格納庫にいらしたリッタさん。どこかですれ違ったのかは分からないが、紫電が大好きな事はよく分かった。

 震電。思い出は沢山、愛着も沢山。だからといい独占したいかと問われれば、なんとも。

 大切な機体であることは間違いない。イジツに来れたのも震電のおかげだ。それでもなんて言葉で表せばいいのやら。

 

「おまえさんから借りとる整備手順書があってよかったわい。そうでなければ見た事も無い発動機をどこから弄ればよいか頭を悩ませるところじゃったぞ」

「それはよかったです。ラハマでお世話になっている整備士の方が持っていけと渡してくれた物ですから」

「ソヤツはこの発動機を調整した事があるのか?」

「ユーハング語で書かれている原本がありまして、そちらをイジツ語に翻訳して手渡した後は、整備士であるナツオさんにお任せしていたのです」

「ほう、オウニ商会に所属していると聞く女子だな。どおりで文字がまるっこいわけじゃ」

 

 私には結構乱暴な殴り書きにしか見えないが、イジツ語という視点からみればそういう風に捉えられるのだろう。原本と呼ぶべき曽祖父の手帳は、達筆すぎるという難点も抱えていたけど。

 

「ほら、そろそろ行くわよ?」

「ふっふっふー、ついに自分の紫電を見てもらう機会がやってきましたよ!」

「リッタさんも訓練ですか?」

「そうです! と言いたいところなんですが、実際はパトロールです! しかも今日は少々厄介な相手といいますか」

「パロット社が製造した小型飛行船の納品日なのよ」

「あれ? パロット社ってまだ存在しているのですか?」

「残念な事に。例の事件で取り潰しも提案されたのだけど、そうなると造船に携わっていた人達が職に溢れてしまう。直ぐには新しい職を紹介する事も出来ないって話にまで発展してね」

「どこも世知が無い世の中といいますか」

「腕利きを余所の町に取られてしまうのも癪だと考えるヤツもいるという事じゃ。ほれ、行ってこい」

「あい、行ってきますね、ジノリさん」

「師匠! 行ってきまーす!」

 

 こうして私は震電と、シノさんとリッタさんは紫電に搭乗し、訓練組とパトロール組、それぞれの空へと別れるはずだった。

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