『こちらはイヅルマ所属カナリア自警団です! 前方の戦闘機、応答してください!』
『まっ、分かっていたけど何も反応しないわね』
『こちらからの呼び掛けに応答せず。迂回をする気もなさそうですね!』
『いまアコに連絡を入れたわ! エルとヘレンが上がって来るから、それまで私たちで対応するわよ! ハルト!!』
「はいぃ!!」
『私が許可をするまで射撃は一切禁止! 私の後ろを死んでも離れるんじゃないわよ!』
「了解です!」
『シノさん! 相手がイヅルマの防空圏に侵入してきました!』
『相手は六機、部隊を三つに分けられたら面倒ね。先手を打って数減らしを狙うのはどうかしら?』
『賛成です! ふっふっふー! 自分の呼び掛けと防空圏に侵入してきたのが運の尽きですよー!』
『それじゃ行くわよ! カナリア自警団を甘くみない事ね!』
二人が搭乗する紫電の回転数が上がるのが、目と耳を通じて伝わる。私は命令通り、とにかくシノさんの後ろをくっ付いていかないと。
震電のスロットルレバーを奥へと押し込み、操縦桿を握り直す。視線はずっとシノさんの紫電を見つめ、回避運動にも対応出来るようにしなければ。
イジツにやってきた瞬間に比べれば何倍もマシなんだ。あの時は緊張の余り、力んでペダルを踏み込んだおかげで運よくキリエの射撃を回避出来たんだ。
二人は二機一組の綺麗な編隊を組み、相手の射撃軸をずらす為だろう、僅かながら機体を左右に振りながら相手に向かっていく。
対して空賊と思われる六機は、編隊と言えるような飛び方をせず、機種すらバラバラ。座学で習った事がそのまま正解に繋がるのであれば、零戦五二型、三二型、二一型となる。
相手の搭乗基準は分からない。一番手前にこそ五二型が飛んでいるが、他は特に決められていないらしく順序不同だ。
お互いに搭載されている装備は九九式二〇粍機銃。そこへ追加して相手には九七式七粍七固定機銃を搭載されている。
口径こそ小さく、威力もそれなりであるが、弾道や発射速度は優れており、数も十分出回っている。
イジツでは最も基本的な機銃であることから、後ろを取れない状態からの交戦開始時には十分注意すること。座学の時にシノさん念を押す様に教えられた。
編隊を組んだまま相手との距離が近づくその時、光が見えた。
『こんな距離から撃ったところでまぐれ当りもしないわよ』
『やっぱり空賊ですかねぇ。最近は大人しいと思っていたのに』
『相手の都合なんて知らないわよ。だけど私たちがすべき事は一つよ』
『そうですね! 油断せず! 確実に落としてやりましょう!』
私とは違い、職務を全うするのが当たり前とも受け取れる発言をするお二人。なんとも心強い。
更に相手の機体が近づくが、二人はまだ射撃を開始しない。そんな事をお構いなく相手から機銃掃射が行われる。心臓の鼓動を気にする前に呼吸をするのを忘れてしまいそうだ。
五百、四百と距離が狭まり、私の方では三百を切るのではないかと思う辺りで、ついに二人が動き出す。
『いざ! 尋常に勝負!』
リッタさんの声と共に、僅かに撃ち出される機銃。その瞬間、紫電が動きだす。シノさんの動きに後れを取るまいと、模範するかのように必死に震電を動かす。
相手の機体そのものを避ける様に、機体を僅かに上昇させ、右ロールを行いながらすれ違う。一瞬ながら煙らしきものが目に映った。
このまま終わりかと思えば、主翼が地面へと向いた瞬間、シノさんは旋回体勢に入り、次の敵へと照準を合わせる。赤とんぼで後部に乗せられた時にも思ったが、一つ一つの動きが正確で素早い。
『星ひとつです!』
『やるじゃない、リッタ! こちらも五二型の被弾を確認したわ』
『やっぱりシノさんですね! これで相手が三つに分かれる事は回避できました! 本日も自分の紫電は絶好調です!』
屈託のないリッタさんの声。日頃から紫電の愛情を隠す事無く喋る可愛らしいその姿。それだけではなく操縦技術も凄いとアコさんから聞いた話は本当であると確信する。
『ハルトさんはちゃんと息してますかね?』
『息どころか、ピッタリと私の後ろを付いてきてるわよ!』
教官殿からお褒めの言葉らしきものを頂くも、私は操縦で思考が奪われ口が動かない。
二人の発言を聞く限りでは、相手の機体は六機から四機へと数を減らし、最悪の事態は回避された模様。
あとはエルさんとヘレンさんが到着すれば、形勢逆転なのだろうか? その前に落としきるのではないかと思うぐらい、二人の動きは鋭い。
『ハルト! 聞こえているわね! 確認の為に呻き声でもいいから返事をしなさい!』
「へい!」
『意外と余裕そうですね、ハルトさん』
『はい』を言うよりも楽なだけという理由。訓練時なら喋れたけれど、射撃音のせいなのか、金魚か鯉かと思うほどに口を動かしている。
不思議なことに身体は動く。これが脳から伝達されて動いているのか、身体に直接叩き込まれた結果なのかは分からない。ただ今もシノさんの後ろを飛んでいる事だけは確かだ。
『よく聞きなさい、ハルト! 例え相手が空賊であろうとも、二対二なら後ろの取り合いになるわ! つまりこのままだと震電の後方に一機来るわよ!』
「どうすれば!?」
『私が一度目の合図を出したら操縦桿を押して下降しなさい! 二度目の合図の時には操縦桿を引いて上昇! そして視界に映る二一型を私だと思って追いかける事! 理解したわね!?』
「りょ!」
シノさんとのやりとりの間にも、先頭を飛んでいた三二型が行動を開始する。
誰かの後ろへ付いて行く事しか出来ない私がいる状態では、私たちはこのままでは相手の機体に挟まれる。それを打開する為の作戦なのだろう。
自分の後を追いかけて来ない事に気づいた三二型が、私の後方へ位置づける。その瞬間に聞こえるシノさんの声。
『今!』
声と共に動く身体。震電は地面が見える方向へ機首を向ける。速度が出て恐怖を感じるが、私というお荷物がこれでシノさんの思惑通りに事が進められるのなら耐えなければ!
僅か数秒の出来事は、時として長く感じる事がある。それはイヅルマへ来て二度の気絶から学んだ事の一つ。それもどうなのだろうか。
『今!!』
操縦桿を引いて全身に重力を感じる。辛い事は確かだが、イサオさんから味わわされた機動に比べれば!
空へと機首を向けられた震電が映し出したものは、二一型の機影。こいつの後ろを取り続けていられれば。
『自警団を舐めるな!!』
怒気が含まれたシノさんの叫びと共に、紫電から放たれる機銃の音。それと同時に聞こえるのは交戦開始時にも聞こえた鉄を裂く音。
確認したいところではあるが、シノさんからの命令に背くわけにもいかない。もしかして一瞬で落としたの? 嘘でしょ?
『コイツを落としたらリッタの援護に向かうわ!』
『よろしくお願いします~!』
あちらは二対一のままなはずなのに、心なしか余裕すら感じられるリッタさんの声。イジツはヤベー奴等で沢山。だけどそれは頼りになる証拠でもあったのだ。
私の前にいる二一型をどうすればよいのか。判断を乞う前に無線から聞き慣れた声を耳にする。
『こちらはアコ! みなさん聞こえていますか!?』
『アコ、どうしたのかしら? 指示通りシノさん達と合流するところよ?』
『今朝、話をした飛行船がある方角を見てください! 動き出し始めているんです!』
今朝? 飛行船? アコさんから聞かされる内容が理解出来ないが、私でも分かる事がある。
こんな時に飛行船を飛ばそうとしている人は、正気の沙汰とは思えないという事だ。
エンジンあたたた。
申し訳ございません。よろしければ三月もお付き合い下さい。