あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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カナリア自警団 その19

「既にお気づきかと思いますが、改めて伝えさせて頂きます。私は穴の先からやってきた、こちらではユーハングと呼ばれる場所から来た人間です」

 

 慎重に、一言でも誤解を招かないよう言葉を選んで喋る。辺りは静まり返ったまま、誰一人として言葉を発しない。

 

「見せていただいたトキオさんの写真。この頃からは少しだけ年齢を感じさせるお顔をされていましたが、イジツに来る前に似た方を見た事は確かです」

「……それを示す事は出来るのか?」

「私が所持しているユーハングの技術であれば、写真、動き、声を確認する事が出来ます」

「声も聞けるの!?」

「私はトキオさんの声は知りません。ですが皆様であれば聞いた瞬間、分かるかもしれません」

「アイツの声なら腐るほど聞いてきたさ。本人であれば間違う理由がない」

「確認なされますか?」

「……お願い、私に彼の声を聞かせて」

 

 ミヤコさんの懇願とも取れる声色。生きていると信じ続けても、穴という不確定な存在の為に迎えに行く事も、本人が帰還する事も出来なかったところに私が現れる。

 人一人。ユーリア議員、貴女の言葉はいつだって正しい。

 

 アコさんの手をそっと放して、ポケットからスマホを取り出す。海の画像や動画ばかりを見せてきたこの子には、曽祖父の元へ辿り着くまでに撮影した様々な写真と動画が保存されている。

 その中には、道中バイクのオーバーヒートによって立ち往生をしていた私を助けてくれた人の事も。バイクと共に荷台に乗せて頂き、そこから見えた壮大な大地を撮影していた。

 音量を高めに調節して、皆さんが見やすい位置に三角立てをして設置する。

 

「大きさがこれだけしかないので、少々見えにくいかと思いますが、繰り返し再生するように設定をしておきました」

 

 三人の表情が其々、生きている事を確信し続けていた者、声と姿を見て本人であって欲しいと願う者、戸惑いを隠せない者。

 それも全て、この動画を再生することで何かが変わる。

 

 

 北の大地で出会い、トラックの荷台に乗せられてから、様々な風景が映し出される。

 私はこの時、物珍しさに動画を撮影をしていた。日頃、山ばかり囲まれた場所に居たから、久しぶりに見るこの風景全てが新鮮だったのだ。

 そんな私が面白かったのだろう、助けてくれたトラックの運転手さんが荷台にいる私にわざわざ話しかけてきた。

 

「そんなに珍しいものか?」

「ずっと陸の孤島と呼ばれるような場所で山ばかり見ていましたから」

「なるほどな、それならこの広大な大地にある自然の実りが珍しくても仕方ないか」

「えぇ、凄いです。広大過ぎて果てはあるのかと思うぐらいに」

「そうだな、俺もこの景色を始めて見た時は目を疑ったものだ」

「こちらの生まれでは無いのですか?」

「ここから少し遠いところから来たからな。まっ長いこと居れば愛着も沸くさ!」

 

 なるほど。何かを機に移住してきた方なのか。最近は田舎暮らしが世の流行と耳にする機会が多い。住んでいる者からしたらどこに魅力を見つけたのか不思議な事が多いのだけれど。

 ゆっくりと走るトラックの荷台でヘルメットを脱いだ顔に風が当り気持ちいい。私のバイクもこれで元気を取り戻してくれると嬉しいんだけれど、おハヤブサー! なんてね。

 手にしているスマホを落とさないよう、運転を続けて固まっていた身体をほぐす為に手足を伸ばす。

 時折、聞こえるコキっとした音が移動距離と経過時間を物語っている。海側から内陸部に移動しているとはいえ、広すぎる気もする。

 

「折角だ、道の駅で休憩していくか!」

「お時間は大丈夫なのですか?」

「生き物全て、休みがなければ生きてはいけないのさ」

「哲学的な事を申されていますが、なんていうか要するにアレですよね?」

「正直に言おう! サボりたい!」

 

 走行中だというのに風切り音を越えて大きな笑い声が周囲に響く。自分に正直に生きてますね。でも気持ちは分かります。

 しばらくして道と田畑以外は何もないかと思われた大地に、ちょっとした大きさの建物が見えてきた。こちらの建物はスケールが違う。

 手慣れた手つきで駐車場に止められるトラック。荷台から降りて地面に足を付け、再び背伸び運動。こちらにやってきたおじさん。よくよくお顔を見てみると、以外とお若い。

 

「おっし! オッサンがソフトクリーム奢っちゃる!」

「マジで? マジで?」

「マジだ。何食いたい?」

「その前におトイレ行きたいです」

「あ、俺も」

 

 二人して笑いながら用を足す為に移動をした。もちろんこの時はスマホを一時的に止めていましたが。そこまでの領域には達していないし、今後も予定はない。何より犯罪だ。

 パラソルが立てられた場所に置かれたテーブルと椅子に腰を掛けて二人してソフトクリームを頬張る。この暑さにこの冷たさは犯罪だ。

 

「しかし最近の機械は凄いな。こんなもので写真やら何やら撮れるんだろう?」

 

 興味があるのか、スマホのレンズを覗き込んでみたりと面白い動きをするおじさん。技術の進むスピードは驚異的ですね。余所見をしていると、気が付けばあっという間に置いていかれてしまうのですから。

 

「そうらしいです」

「らしいってお前さんが使っているじゃないか?」

「こんなに利用するのは今回が初めてですよ。特に棒とか三脚は」

 

 何時使うのだろうかと思いながら購入した物が、ようやく日の目を見る機会が訪れたのだ。今使わずして何時使うといったところか。

 

「とはいえ、こうして自分用の日記代わりに使うぐらいで、誰かに見せたりとかはほとんど無いんですけどね」

「あー、なんとなくだが分かるぞ。俺も若い頃は写真が苦手で避けていた。何で自分が写っている姿を人に見られるのは恥ずかしいんだろうな?」

「不思議ですよね。見知らぬ人に見られる可能性があるとむず痒く感じるとか?」

「それかもしれんなー」

 

 気が付けば二人してソフトクリームを完食してしばしの雑談。

 

「そういえばお前さんの名前は?」

「ハルト、式守ハルトと申します」

「やっぱりあの爺様と同じ名前を背負っているのか!」

「それなりに昔から続いているみたいですよ。おじさんは?」

「おじさんは、おじさんだ!」

「うわっ、卑怯すぎる。お礼も出来ないじゃないですか」

「別に礼が欲しくて助けたわけじゃないからな。そんな事は気にするな」

 

 手が伸ばされ、頭を荒く撫でられる。髪型がボサボサな状態にされていくのがよく分かる。

 

「あぁ、でも一つお願いしてもいいか?」

「私に出来ることでしたら何なりと」

「そう固い言い方をしなくてもいいさ、ちょいと俺の事を撮影してくれよ」

「構いませんよ、カメラをそちらに向けるだけですから」

 

 レンズをおじさんがいる方向に向けて、倒れないように三脚を固定する。これなら多少、風が吹いても問題ないだろう。

 

「んっんっ、なんか妙に緊張したり羞恥心が沸いてくるな、これ」

「ただのレンズなのに不思議ですよね。写真ですか? 動画ですか?」

「声が聞こえる方で頼む」

「それじゃ動画で。はいどうぞ、喋って下さい」

「もうかよ! 心の準備はナシか!?」

「手軽で何度でも撮影出来る物ですから。まぁ気にせずどうぞ」

 

 軽く咳払いをするおじさん。人はどうして話題を変えたい時は咳払いを選択するのだろうか。あと気まずい空気の時とか。

 

「あーその、なんだ。これを見てもらえる機会があるとは思わないが、折角なので撮影してもらう事にした」

「もう少し落ち着いて」

「さっきまでと距離感が縮まってないか!?」

「餌付けしてもらったので」

「ハルトはそれでいいのか……。まぁ、いま名前を言ったしょ……少年?」

「さっき一緒にトイレへ行きましたよね? せめて青年で。成人はしているので」

「す、すまん! 正直な事を言えば少女だと思っていた!」

「よく勘違いされます。それはいいから自分の事に集中して、はやく、やくめでしょ」

「トゲのある言葉にしか聞こえないぞ……そんなこんなでたまたま出会ったハルトの手伝いの元、撮影をしてもらっている。長い間、離れ離れになっているが、俺はこうして五体満足で元気に暮らしているぞ。ちゃんと戻ろうと調べ物だってしているんだぞ? 忘れてるわけじゃないからな?」

「どなたかへの伝言でしたか、というか私、黙っていた方がいいですね」

「構わないさ、独り言じゃ味気ないだろう? それに一緒にいるぞって証にもなる」

「確かに。でも相槌程度にしておきます」

「急に距離感を離すのな! まっ、こうして出会った人達とも仲良くやっているよ。ミヤコとアコに会えないのは寂しいけどな」

「ミヤコさんとアコさんって言うんですか。むしろ妻子持ちでしたか」

「おう! 俺の嫁さんは綺麗だぞ! だからアコもきっと美人に育つさ!」

「へー」

「ソフトクリームを奢るといった時との差よ、俺の妻と子に興味ナシか」

「あっちは忘れていたりして。亭主元気で留守が良い」

「この子ったら! 本性を露わにしてきたぞ!」

「現代っ子なもので、さーせん」

「はぁ……俺は信じているぞ? 覚えているよな? 単身頑張っているから!」

「そんなに心配なら電話でもなされたら如何です?」

「それが出来ればなぁ。まぁこうして撮影してもらっているのも訳があるのさ」

「何だかボトルメールみたいですね」

「なんだそりゃ?」

「瓶の中に手紙を詰めて海に流すんですよ。不特定の人に送る方法なのですが、運よく拾った人がその手紙を見て、自分で実現可能な事が書いてあれば奮起しようとしますし、自分が駄目でも知り合いに頼んだり。でも大半は、これを読んだら返事が欲しいなって連絡先が書いてある程度みたいですが」

 

 そんなに真面目に聞かれても恥ずかしいのですが。世代的におじさんが好きそうな感じはするけどさ。

 

「海かぁ、そんな連絡手段があるとはなぁ」

「特定者に対して、なんてのは無理ですよ? どう考えても」

「だが、人の繋がりで届く可能性はあるんだろ?」

「まぁ……そういう事例もあるみたいですが」

「なら俺はそっちを信じるさ。なに、こういうのは意外とあっさり本人に届くものさ!」

「余程の事がない限り、無理だと思うなー」

「現実主義者めぇ!」

 

 

 おじさん、本当に届きましたよ。イジツの事だとは露知らず、お仕事で単身赴任をされているのかと思っていました。奥様と娘さんのお名前まで聞いていたのに、おじさんの写真を見せてもらった事で全てを思い出したのだから。

 ずっと日本、地球の何処かの話だと思っていたからさ、イジツでは自分の事で精一杯で伝えるのが遅くなったよ。ごめんよ。

 

 この先も続く映像。そこではジョージさんの事や、ウタカさんについて話をされていた事が、今になって理解できた。

 内側からこみ上げてくる何か。余り良い感情ではない事は確か。本来なら一人で行動はしてはいけないのだが、この場に居るのが辛い。

 何を言う訳もなく、今も続く映像に全てを託して会議室から出ていく。

 風に当たり、考えをまとめたい。この先起こり得る、自身についても、飛行船や疾風の問題も、イサオさんからの宿題も、全てを乗り切る為に。

 自己嫌悪に浸るわけにはいかない。まだ、私の目的を達成できた訳ではないのだから。

 だからこそ、今だけ瞬間的に気分を底まで落とし、次に進む為に自分自身を調節しなければならない。

 その為に、ちょっとだけ一人になりたいのだ。




2021.02.28
おトイレ一緒に行ったじゃん。とセルフツッコミが入ったので加筆しました。
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