あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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カナリア自警団 その20

 底まで落とした気分を持ち上げる方法。幸いな事に私はそれを知っている。

 それは私の羞恥心を感じさせた出来事を無理矢理思い出し、声を上げながら走り回る事。客観的に見てもどうしようもないことは分かっている。

 だけど、これが最も手っ取り早い方法で、私の中に潜む自己嫌悪を引き出し、感情を丸め込め、ポイ捨てが出来るのだ。大概は紐が付いているから捨てられないのだけれど。

 迷惑と分かっちゃいるが、そうでもしないとあの人達とは顔も合わせられない。ここ最近、覚え始めたイヅルマの町をひたすら疾走していく。

 頭を押さえる様に耳を塞ぎ、大きく口を開けながら、体力が尽きるまでひたすら走り続けるしか私には方法が無いのだ。

 

 

 息も絶え始めた頃、ようやく心が落ち着きを取り戻す。ああすれば、こうすれば、そんな事を考えていたら先へ進めない。無理矢理な処置だが、今回も上手くいったようだ。

 周囲を見渡せば、そこは見慣れた景色となった広場であることに気が付く。辺りもすっかり闇へと変貌を遂げる。

 日々、体力作りをしているとはいえ、こんな時間になるまで走り回っていたのか。筋肉は裏切らない。それは体力も。

 目に止まったベンチに腰を下ろして、俯きながら呼吸を整える。しばらくの間、こうして幾度か息を吸っては吐いていれば、落ち着いた頃にはまた詰所へと戻れるだろう。

 もっとも恐ろしいのは、皆さんからの視線だ。怒られる事は確かだよなぁ。軽蔑はされるだろうなぁ。

 震電、どうなっちゃうんだろうなぁ。一層の事、逃げ出し……たくは無いな。それだけはしてはならないと思う。

 結局、腹を括って詰所に帰るしかない。自己嫌悪は追い払えても、不安はどうしたって残るのだ。

 顔を上げてベンチから立ち上がろうとした瞬間、私の名前を呼ぶ人の声と影が見えた。

 

「ハルトさん! 見つけましたよ!」

 

 顔を上げれば、先程まで一緒にいたアコさんの姿が目に映る。私を探してくれていたのか、息が乱れていて肩が上下に動いている。

 

「ミツカリマシタ」

「もう! 突然、会議室から飛び出して行くんですから! 一人で行動しては駄目だとあれほどレオナさんにも言われていたでしょう!」

「ゴメンナサイ」

「隣、座ってもいいですか?」

 

 どうぞ、の意味も含めて端に移動する。アコさんが隣に座る事により、このベンチは満席だ。元々が小さめに作られてあるようで、アコさんとの距離は近い。

 

「走って落ち着きましたか?」

「おかげさまで、よくご存じですね」

「あれほど分かりやすく居場所を伝えてくだされば、私にも分かりますよ」

「追いかけてきたんですか!?」

「いやぁーハルトさんって、足が速いですよね!」

「(言えない……エルに上空からハルトさんを確認してもらったら、同じ場所を周回していると聞いて、力尽きるのを待っていたなんて)」

 

 息切れを起こさせてしまうほど、私の心の調節につき合わせてしまったのか。それでも私よりまだ余裕がありそうなところは、やはりイジツ人。根本的に何かが違う。

 

「すみません、突然消えてしまって」

「大丈夫ですよ、ちゃんと気づけましたから」

「アコさんもお父様の映像をゆっくりと見たかったのでは?」

「んー確かに。でもお父さんの元気そうな姿を一目、見れたから。後はお母さん達に任せればいいかなって」

「アコさん、お強い」

「いやいや! なんていいますか。お父さんがまだイカルガ自警団の団長として働いていた頃は、多忙でなかなか家に帰ってこれなかったんですよ。だから正直に言うと……あんまり覚えていないんです、お父さんの事」

 

 両手の指先をツンツンとしながら照れ臭そうにそう語るアコさん。世界は違えど、誰かを守る職業に付いていらっしゃる方は、どこの家庭でも同じなんだなぁ。

 

「私の父親も自警団のようなところに勤めていますから、僅かにですが分かりますよ」

「ハルトさんのお父さんもそうだったんですか!?」

「父親だけでなく、祖父も、曽祖父も。なんだかそういう家系の元に生まれたみたいです。それでも一度として同じ道を歩めとは言われなかったなぁ」

 

 大学に通っていたら曽祖父に呼び出されて、気が付けばイジツ。他の二人はこの事を知っているのかな? 一切話さず、触れず、出会わずに来てしまった。

 

「私は自警団学校に入学して、本来なら卒業後に駆け出しの団員として始まるはずだったんですが……。皆さんにとってお父さんの娘という立場の私は使いやすかったみたいで」

 

 頬を掻きながら少し困り顔のアコさん。本人が望まなくてもそういう事を仕掛けてくる人はいるよね。直接的ではなくて、興味を持ってもらおうと行動する人なら助かるのだけれど。

 

「エルさんに少しだけ伺っておりました。カナリア自警団は一人から始まったと」

「はい。最初は人集めから始まり、お飾り自警団と呼ばれながらもお仕事をこなしていき、最後にシノさんが加入してくださり、六人になったときはとても嬉しかったです!」

「シノさんが最後ってちょっと意外、でもないか。自分に厳しいお方ですし」

「あれでも性格は丸くなったんですよ?」

「うそでしょう!?」

「ホントです! でもハルトさんの訓練に付き合っている時のシノさんは、私が出会った頃のようで見ていて懐かしいです」

 

 なるほど、訓練中の教官殿が昔のシノさんだったのか。ツンツンで誰かが立ち入る隙も無かったんだろうなぁ。

 今も時折、キツイ物言いをされる事はあるけれど、上手く操縦出来れば、きちんとお褒めの言葉を頂くことが出来る。嬉さと恥ずかしさが交じり合うせいで、大抵、変な返事になってしまい怒られてしまうけれど。

 

「シノさんはきっとああいう性格だから直接言わないと思いますが、宿舎ではよくハルトさんの話をされているんですよ?」

「それはお恥ずかしい。怒った話ばかりでしょう?」

「それがですね! 私たちも驚くぐらいとっても褒めているんですよ! 自分の話を良く聞き、素直に受け止め、訓練に生かしているって!」

 

 言われた事を復習しているだけです。そうしないと前回覚えた事はどうしたの! って雷を落とされるから。でも最近はそれも良……。まだ私には早い世界だ。素直に褒められたい。羞恥心に再び着火点。

 

「エルは自分の知らない世界を教えてくれるって嬉しそうに話をしたり」

「あの世界は知らない方が良い気がするのですが。でも市長とお会いした時に私も知らない世界を見させていただいた気が」

「あはは……。エルは甘えさせ上手ですからね。ハルトさんも口元を拭いてもらっていたじゃないですか!」

 

 そうだよ、お昼ご飯食べていた時にあーんしてもらってた。口元を拭き拭きしてもらった。イヅルマの闇は私の闇でもあったのだ。着火点その二。

 

「リッタさんは大きな弟が出来たみたいだ! って。少し目を放すとすぐ何かを仕出かすところとか!」

「仕出かすのか、巻き込まれているのか、議論の余地がありそうですが、レオナさんも一緒にいたからなぁ」

「二人ともハルトさんのお姉ちゃんしてますもんね!」

 

 二人とも心配性なお姉ちゃんである。むしろ私が甘えん坊なせいじゃないかと最近思い始めた。平気で撫でてぇ……撫でてぇ……。と要求していますし。着火点その三。

 

「ミントさんはユーハングの絵に纏わる話が沢山聞けて嬉しかったようです!」

「アコさんもウネウネした絵を見ますか? そのうちミントさんに描かれてしまうかもしれませんよ?」

「それはちょっと……」

 

 流石のアコさんも若干引き気味に。文学少女かと思えば、中身は超武闘派という事に初見で見抜けるものなのだろうか。

 熊すら倒せる一撃をお見舞いされて、今も生きている事に感謝しよう。鉄棒ぬらぬらジジイのせいで着火点その四。

 

「ヘレンさんは……何も言ってませんね」

「人に興味があるのかさえ怪しいところなのですが」

「ですが! 誰かの為に親身になって動いているところは、私がヘレンさんと出会ってからはまだ二度目です! 誇っても良いと思いますよ!」

 

 その誇りは甘えではないだろうか? やはりイヅルマへ、カナリア自警団と出会ってから気……は抜いているつもりはないけれど、甘えん坊になっている事は確かだ。家にいえーいした時の勘違いにより、着火点その五。

 

「こうして並べられると、イヅルマへ来た当初の目的を忘れそうになります」

「それはもちろん! ハルトさんの誤解を解く為ですよ!」

「その誤解が真実だった今は?」

「私のすべき事は変わりません! ハルトさんの身は全力でお守りするのが私の仕事ですから!」

「あの震電は元々イサオさんの機体で、イサオさんの手引きによってイジツへやってきたと知っても言えますか?」

「勿論です! 自警団に勤める者として、イケスカ騒動を起こしたイサオについて発言するのは難しいですけど、騒動を起こしたのはハルトさんではありませんから! 罪を憎んで人を憎まず! ってあれ? なんか違うような?」

 

 自分の言葉に首を傾げて考えるアコさんの姿に、笑みが零れてしまう。

 やっぱり、アコさんは立派なカナリア自警団の団長だ。誰が何と言おうと、この人がいなければ成り立たない。そう思わせてくれる程に。

 

「もう……ハルトさんは、本当に甘えん坊さんで、泣き虫さんでもあったんですね」

 

 気づかない内に涙が流れていたようで、アコさんがハンカチを取り出して涙を拭き取ってくれる。だってさ、嘘ついて怒られるだけならまだしも、軽蔑されるかなぁとか考えてたなんて言えないじゃん? 気が動転していたりとか原因はあるけどさ。

 

「拭いても拭いても止まりませんねぇ……。あっ! んーでも恥ずかしいけれど……」

 

 成すがままにされた私は、少しずつこれから先の事を考えられるまでに復活してきた。手始めに私の正体を皆さんに伝え、その後は……。

 

「は、ハルトさん! このままでは埒が明かないので! その! 粗末な場所で申し訳ありませんが! よろしければどうぞ!!」

 

 背筋を正したアコさん。そのお顔は既に赤く染まり、僅かに動かされている手が招く場所。それは膝の上。ひざまくら。

 涙が止まらずじっと座っている人間と、自身のふとももを手で小刻みに叩き続ける人間。これを他の人間が見たらどう感じ取るのだろうか。

 この場合の正解は? 分からないけれど、感情の赴くままに身体を委ねよう。

 アコさんの綺麗な足を傷つけないように、そっと優しく頭を乗せた。頭部から伝わる人肌。涙で歪んだ世界でも分かる、アコさんの綺麗なお顔。先程よりも優しく拭われる涙。これはもう着火点どころではなく、爆発するほかない。

 

「うわぁ! 大丈夫ですか、ハルトさん! さっきよりも涙を流す量が! そそそ粗末な膝で申し訳ありません!!」

「さらさら、ぬくぬく、ムチムチ」

「いま最後になんて言ったー!!!」

 

 全力で両頬を引っ張られて伸び切る私の姿。良いと思うんだけどなぁ、健康的で。私には勿体ない程の場所だ。

 願わくば、ミントさんに知られる事にならないよう、祈るしかない。再びあの世界で、あの人達と再会するにはまだ早すぎる。

 

「ハルトさん、泣き収まったらでいいので、一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「なんなりと」

「えっと……。先程はお父さんの事はお母さんにって言いましたけど、本当はお父さんの話を聞きたいんです。何をしていたのか、どんな人だったのか、もっと聞いてみたいんです」

「私との出会いは、ほんの僅かな時間でしたよ?」

「いいんです! あんなに親しそうにお父さんと会話をするハルトさんから聞きたいんです」

「分かりました。もう少しだけお待ちください」

「ゆっくりでいいですよ。泣きたい時は好きなだけ泣いた方が心と身体に良いですから。それに私もこうしていると落ち着くんです。不思議ですよね、ハルトさんって」

 

 そう言われてもこちらから何か言える訳が無い。荒ぶるイジツ人にほんの少し安らぎを与える存在。ペットか何かじゃないかな? 

 もう少しだけ泣かせてもらったら、思い出話をして、また頑張ろう。出来ればカナリア自警団のみんなと共に。

 

「ムチムチ」

 

 アコさんにこの一言は禁句だ。あやすように撫でる掌が、瞬時に拳へと変形する程だから。

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