イヅルマが闇に溶け込み、星々の光と窓辺から漏れる光が町全体を覆う頃、アコさんと続いていたお喋りは一度、終わりを迎える。
『大丈夫ですよ!』そう私を励ましてくれるアコさんのお顔をいまだ直視出来ないのは、羞恥心だけなのか。
ともあれ、足取り重くも詰所へと戻り、謝らなければならない人達がいる事は事実であり、なんだか幼少の頃を思い出す体験だ。いくつになっても怒られることは慣れない。
「ただいま戻りました! ちゃんとハルトさんを捕まえてきましたよ!」
「捕まりました。ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
戻ってきて早々ながら、謝罪の言葉と頭を下げて態度を示す。これ以外、言葉や仕草を思いつかないのだ。
詰所にはカナリア自警団の皆さん、ミヤコさんにジョージさん、議長や部長さんもいらして、少し手狭にも感じられる。ここにいる全員を代表をするかのように、議長が一歩前へ。
「頭を上げな! そのままじゃいつまで経っても話が進みやしない」
「しかしながら私が仕出かした事は皆様に対して大変失礼に当たる事でもあり私自身も皆様に対してどのように顔を合わせても良いものかと思うと頭など到底上げらっ!?」
下げた頭部に衝撃が走る。長々と言い訳の為に口を動かしていたら、議長から一撃を頂いたようで痛みがじんわりと伝わる。
「言い訳にその口を使うのなら、私らにきちんと説明をする方に使いな!!」
「はいぃ!! 分かりました!!」
そのやり取りを横で見ていたアコさんは、頬を掻きながらも笑みを浮かべていた。
「あの人の無事を知れた事が、私にとって何よりの報告だったことがハルト君には分かるかしら?」
「ワカリマセン、ミヤコサン」
「貴方がユーハングからやってきた事や、震電を所有していた理由を全て吹き飛ばしちゃうぐらいなんだから」
笑みに包まれたお顔。間違いなく惚気話を聞かされているのは理解した。でも考えてみれば曽祖父がイジツへ来ようとした理由と似た話なのだから。
「生きていると疑う事は無かったが、これを見た限りではユーハングに馴染み過ぎていないか?」
家畜を搭載していたと聞いていたから、畜産を営んでいるのだろうか? 曽祖父とも知り合いらしいし、二人の間に何かがあった事は確かだと思うけれど。詳しい事に関しては、日本に戻らないと分からない。
「お二人から見て、本当にあの方がトキオさんで間違いないのですか?」
「勿論、ずっと見てきた顔と声ですもの。でも昔よりもちょっとだけ渋くなって格好良くなっていたかしら」
「子供たちが大人になるぐらいさ。それに自警団の制服を身に纏っていた頃よりも、顔つきが穏やかになりやがって」
「あら、そこがいいじゃない。忙しくてまともに家へ帰れなかったあの頃が大変だったのよ」
「違いない」
思い出話に花を咲かせるお二人の間に、割り込むように議長が入り込む。
「トキオが無事に生きていた事は何よりの報告である事に違いない。が、聞かなくてはならない事もある。ハルト、答えてもらうよ」
「了解致しました。私の知っている事であればなんなりと」
「アンタは七十年前に消え去ったとされるユーハングの人間である事に違いはないね?」
「はい、あの穴の先からやってきた、皆さんが言うところのユーハングの人間です」
「そしてアンタの名前の前に『シキモリ』が付いている事も間違いは無いんだね?」
「はぁ、私の名前を正確に伝えますと『シキモリハルト』になりますが」
両腕を組んで椅子にもたれる議長の姿。なんとも意味深な態度であるが、私の名前を聞き直してどうしたものや。
天井を見つめたまま無言でいた議長が、大きくため息を付き、再び私に視線を合わせる。その内容は私を驚かせるものであった。
「ハルトの目的である探し人。私が知っている人物かもしれない」
「知っているんですか!?」
「私自身が見たわけじゃないよ。私の母が世話になったユーハングの人間に、その名前が合ったと聞かされたのさ」
「議長の母上に? 世話?」
「私が生まれる前の話さ。命の恩人でタネガシからイヅルマへ逃げ出せたのも、あの人のおかげだと、よく聞かされていたものさ。今更思い出すなんて歳は取りたくないね」
「命の恩人ですか。それはなんとも」
「ハルトは何か聞かされていないのかい? その人に関する事を」
探し人について。曽祖父の弟であり、私の曾祖叔父に当たる人。一通の手紙に穴に関する事を曽祖父に伝えて日本から消えてしまった人。そして……。
「曽祖父曰く、ただ怠けたいだけの人だと聞かされています」
私の発言の後、皆の視線が一つに集まる。その先にいる人物はいうまでもなく。
「何事も無かったように寝てますね」
「へ、ヘレンさん! 起きてください! 大事な話の途中ですよ!」
リッタさんが懸命に揺さぶり起こそうとするが起きる気配は無い。
我、関せずなのか、今日一日の疲労が出始めたせいかは分からない。多分、前者だと思う。
「それだけかい?」
「それだけです。だからこそイジツへ来たとも言えますが」
「確かにそうさな。母は怠け者が怠けたいだけの理由で救われたって話しかね」
口調は荒っぽくも、笑いながらそう語る議長。私から何を申し上げてよいものやら。
なんせ手紙にも面倒だとか、当時の軍人さんとは印象の違う内容ばかり書かれてあったものだから。
でも、そんな性格の曾祖叔父だからこそ、救われた人がいるんだ。これだけでも曽祖父に伝えられる事が出来れば、きっと何かを感じ取ってくれるだろう。あちらは兄弟なのだから。
「はいはい! 自分も質問よろしいでしょうか!?」
「なんでしょうか? リッタさん」
「あの震電はイサオが搭乗していたものなのですか!? 積まれている謎の発動機はユーハングのものですか!? ユーハングにはイジツに残された機体以外もまだまだ沢山の機体が眠って……」
「震電や発動機の前にイサオとの関係よ!!」
「シノさん! 横やりはズルいですよ!」
「ハルト! 貴方は本当に探し人の為だけにイジツへ来たの? イサオと何か密約を交わしていないでしょうね!?」
密約。イケスカに向かい執事さんと出会い、ブユウ商事の再興は……どう考えても密約だよね。
「イサオさんから頼まれた事はありました」
「それは私たちに教えられることなの?」
「皆さんがどう受け止めるか分かりませんが、お伝えします」
イサオさんの只の気まぐれとも思えた執事さんへの言付。頂いた返事の内容について、私と一緒に頭を悩ませるユーリア議員等々。
「えっと、ハルトさんはイサオが率いていたブユウ商事の時期会長になられるわけですか?」
「絶対に嫌なのですが、そのような流れを作らされてしまったわけです。ミントさん」
「そもそも、色々と理由はあれどイサオの言う事をそのまま聞くわけじゃないでしょうね?」
「そうしたいのも山々なのですが、イサオさんがこのタイミングでイジツに戻ってきていたら、またこの世界は争いの渦に巻き込まれるわけでして。それを避ける為に私が駆り出された経緯もありつつ。それに……」
「それに、なによ?」
「出会いが皆さんと違うせいなのか、私はイサオさんが嫌いじゃないんです。変な人だし、とんでもない大悪党にも関わらず、どこか惹かれているところはあります」
これは本当の事。だからこそ、あの異常なカリスマ性と行動力を良い方向に向けて欲しくて私は動いているのだから。その『良い方向』も人其々なのはいうまでもなく。
「でも、小型飛行船から始まった今日の騒動は、マダムルゥルゥの言葉が正しければ、元自由博愛連合のイサオ直属部隊の犯行よね? それについてはどうなのかしら?」
「イケスカにおられる執事さん曰く『イサオさんを盲信する連中がいると』」
「その人達に問いかけ……たらイヅルマにいる人達全員にイサオが生きていた事が知られてしまいますね」
「はい。そして彼等は私の言葉には耳を貸さないと思います。せめて場を設けることさえ出来れば」
「そんな事は無理だね。空賊を雇ってまで小型飛行船の奪取、それを換装させてイヅルマでイケスカの再現を行おうとする奴等だ。素直にこちらの話を聞くとは到底おもえんよ」
アコさんの問いかけ、議長の言い分。どちらも正しく、事実上相手の犯行を阻止、または失敗させる方が現実的という状況下。残念ながら力には力で対抗しなければ、蹂躙されるのが世の常である。
「なら、また私たちも手伝っちゃおうかしら?」
「おおお母さん! あんまり無理しないでよぉ!」
「アコ、私にはハルト君の力になりたい理由が出来ちゃったのよ。それがイヅルマを守る事に直結するのなら尚更。ね、ジョージ?」
「そうだな。まだ聞きたい事もあるが、終わらせてからでも十分間に合うだろう。そしてトキオの事を伝えたいヤツが一人いる」
「分かっとるよ。ウタカに、だろう? 私も小型飛行船について本人に直接聞かないといけない事がある。パロット社へ乗り込んだ程度じゃ分からない事も含めてね」
「その、ウタカさんは今どちらにいらっしゃるんですか?」
「幸か不幸か、自警団の取り調べが今も続いていたおかげで、ここの敷地にある独房に収まっとるよ。刑務所に送られる前でよかったと言うべきかね」
「逃げずに罪を償う道を選んだ結果だ。だからこそアイツにも伝えたい。トキオは無事である事を」
「後はウタカに会う為に、今日か明日かを選ばなきゃならない」
「それについて議長に具申させて頂きたいことがあります!」
「なんだい、アコ?」
「本来、取り調べの際には決められたルールがありますが、今回の出来事は今すぐにでもウタカさんと面談をした方がイヅルマの安全へと繋がるかと」
再び天井を仰ぐ議長。アコさんの意見と自分の考えは一致している模様だが、悩んでいる理由は今後の事についてだろうか。
「ふぅ、そもそも小型飛行船を見逃せと指示した時点で私はお役御免だ。なら最後までキッチリ仕事を果たすとしようかね」
「あ、ありがとうございます! 議長!」
「ハルト、アンタはどうするつもりだい?」
「身から出た錆ではありませんが、イヅルマを守るのに私の力がお役に立てるのであれば、好きなだけコキ使ってください。それが皆さんに嘘を付いていたお詫び……とも違うかな」
「あら、それとは別なわけ?」
「イヅルマが好きなんです。カナリア自警団の皆さんと一緒に行動を共にしていたからかな? だからこれは自分の意志です」
改めて言葉にすると恥ずかしい。けれど意志は明確にハッキリと言葉にして伝えなければ。回りくどい態度は後々尾を引く事になるから。
「ここに居る皆は、其々ハルトに聞きたい事は山ほどあるだろう、だが今はイヅルマを守る事に集中してはくれないか? その代わり、終わったら好きなだけハルトの事を好きにしていいぞ。議長……私個人が許可する!」
「せめて話だけにしてくださいよ!?」
「それを決めるのは彼女たちさ」
カッカッカと笑い始める議長を尻目に、各自の目が獲物を見つけた時の視線になったのを、私は見逃さなかった。
完全版Blu-rayを休日ずっと鑑賞していて、コトブキはこれで一段落になるのかなと思えば(以下省略)
そんな事を考えながらこの話を書いていました。