幾つかの扉と通路を渡り、建物内を歩くこと数分。辿り着いた先には、鉄格子の扉と護衛をする自警団らしき人物の姿。
先程までとは半分に人数が減っているとはいえ、警戒されるのも無理はない。
「そこの線でお止まり下さい。この先は留置所です。面会時間は既に過ぎておりますが、どのようなご用件でしょうか?」
「カナリア自警団団長のアコです。こちらにいらっしゃるウタカさんにお会いさせて頂きたいのですが」
「繰り返しになりますが、面会時間は過ぎております。が、許可証をお持ちであれば話は別です。お持ちでしょうか?」
「こちらに」
「確認作業を行いますので、しばらくそのままでお待ちください」
アコさんから許可証を受け取った団員は、そこに書かれている人数の確認をするように目を配らせる。アコさん、ミヤコさん、ジョージさん、そして私の四人。
その後、小部屋へ移動をして整合性を図るようだ。
今回、議長は許可証をアコさんに託したあと、早急に町全体で対策を練る必要があると言葉を残して詰所から去っていった。
あの事件の時に、空を飛んでいたと聞かされた人物の中で、シノさんとヘレンさんがこの場にいない理由。
「大人数で押し寄せる必要なんてないでしょう? 会うべき人間が会って、話をすべきよ」
「なら私も必要ないと思うのですが」
「ユーハングを証明する事が出来るのは、ハルトだけでしょうが! 明日から射撃訓練を初めて少しでも戦力になってもらうからね!」
「うぇい、教官殿」
「なんべん言えば分かるのっ! もう……信じているからね、ハルト」
微笑みながら私の胸をコンコンと軽く叩くシノさん。日頃の鬼教官の姿はどこへやら。この信頼は裏切ってはならない。
問題はヘレンさんだ。リッタさんが懸命に揺らしても起きないのだから、起こすのは相当苦労しそうであり、そこまでして起こす必要性もあるのかという問題も。
「ハルトさん! 見ていないで手伝ってくださいよぉ!」
「親御さんのいらっしゃる前で娘さんに触れるのはちょっと」
「ほう、俺がいなければ問題ないのか?」
「問題ないです」
刹那に感じる圧力が再び……かと思われたが、ミヤコさんがジョージさんの足を踏みつけて阻止して下さったようだ。
こちらに向けて『早く起こしなさい』と仕草を送られる。とはいえ、実際問題としてどうやって起こしたらよいものか?
「そもそも、ヘレンさんを起こせた事ってあるのですか?」
「ここまで爆睡しているのは初めてで! こうなればイザという時の納豆を取り出すほか」
「リッタ、それだけは止めなさい」
あのエルさんから発せられたとは思えない程、低い声。苦手なタイプでしたか。話題を逸らす為に話を変えたかったが、気になる事がある。
「あれ、というより納豆ってイジツにあるんですか?」
「私の実家で試験的に作り始めた物なんですよ! ユーハングの食べ物なんですよね!? 食べ物ですよね!!」
ヘレンさんそっちのけで納豆について前のめりに問いただしてくるリッタさん。近い! 近いです! フワッとした毛先が鼻孔に触れてくすぐったい。
「食べ物です。ちゃんとした発酵食品です。好き嫌いは分かれますが、食卓に並べられる程度に身近な食べ物です」
「良かったぁ……。話をして実物を見せると、みんな食べ物じゃない! って言われてたんですよぉ」
「ユーハングでもそう言われる方もおりますから。イジツでは尚のこと仕方ないかと」
「ちなみにハルトさんはどういった食べ方をされますか!?」
「た、食べ方? 普通に醤油を数滴垂らした後、まぜまぜしたらご飯の上に乗せるだけですがぁ!?」
突然掴まれる私の手、リッタさんの小さく柔らかなその手を感じる暇も無く、押し寄せてくる力に耐えるので精一杯だ。
「流石です!! シンプルながらも王道を行くその食べ方!! フッチにハルトさんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいですよ!!」
「ふ、フッチさんはどのような食べ方をされて?」
「お茶碗が汚れるからってホカホカのご飯に乗せないんですよ!!」
それもごもっともな理由だと思いますよ。洗い物をする時に楽な方は、いうまでもないですし。
「一つ伺っても良いですか、リッタさん?」
「なんなりと!」
「納豆にトッピングはアリなんでしょうか?」
「ありです! 美味しさを引き立てさせる物ならなんなりと!」
「ね、ネギは?」
「ありです!!」
「か、カラシは?」
「ありです!!」
意外と許容範囲が広かった。生卵は流石に厳しそう。一般家庭ではイジツはおろか、日本ぐらいではないだろうか、食せる環境が作り上げられたのは。
「あ、あの! ヘレンさんを起こさなくてもよろしいのでしょうか?」
「あぁ! すみません、ミントさん! 納豆について語れる同志がいたもので! ささっとヘレンさんを起こしてください、ハルトさん!」
ついにはパンケーキの同志から納豆の同志にまで。イジツの奥深さを知る。
とはいえ、実際どうやって起こせばいいのだろうか? 揺すっても駄目、くすぐるのは……もっと駄目だ。耳元で囁けば起きるのだろうか?
ならば何を囁けと? ご飯だよって伝えれば起きるのだろうか。熟睡相手に通じるか?
もう少し威力がありそうな言葉。なら先程までリッタさんと会話をしていた内容と、食堂でご飯を頂いた時に小耳に挟んだ内容を口にしてみよう。
『ヘレンさん、ヘレンさん、起きないと納豆とシノさんの手料理ですよ』
突如、開かれる目。鋭い眼光がこちらに向けられる。どっちが駄目なのだろうか、やっぱり納豆?
「おはようございます。目が覚めましたか?」
「死ぬところだった」
そのレベルで嫌なのか……。
結局、私の頑張りなどヘレンさんの『めんどう』で片づけられてしまったわけで。
今は檻の先へと通された後、机と椅子しかない部屋へと案内された。
どうやらここへウタカさんが連れられてくる模様。しかしながら場所が場所であり、人物が人物なだけあるので、看守らしき人物が何人か。
ウタカさんから聞くべきことは、小型飛行船の存在と自動操縦の可能性について。伝えるべき事は、トキオさんの生存。
捜査に協力的とは道すがらアコさんから聞いてはいるが、後者に関して信じてもらえるものだろうか?
看守がいる時点で、あの映像を見せるわけにもいかず。全てはミヤコさんとジョージさん頼りだ。
お二人から伝えられる言葉であれば、トキオさんの生存を、これから起きるであろう出来事に力を貸してくださるだろうか。
全ては、今から始まる。
「すまない、待たせたな」
「いえ! こちらこそ、夜遅くに訪れてしまい失礼致しました!」
「罪人に気をつかう必要はないさ。それに珍しい顔と見慣れない顔がいる」
「ウタカ、貴方に伝えたい事が出来たのよ。それもつい先程ね」
「見慣れない顔がいるのはそのせいか?」
「あぁ、コイツが俺達をここへと連れて来させた理由でもある」
「ほぅ……」
ウタカさんの視線がこちらへと向けられる。本来であれば接点は何一つ無いのだから、こうして出会う理由は無い。
だけど、こうして出会ってしまった。これが良い事か、悪い事なのか、私が判断すべき事ではないだろう。
「ごめんなさいね、アコ。貴女のおかげで部外者である私達がウタカと面会させてもらえるというのに、伝える方を優先してしまって」
「大丈夫だよ。お母さん達は、イヅルマでは誰もが知る元自警団員だから特に問題はなかったみたい。ハルトさんに比べれば説明が不要で問題なかったよ」
忘れた頃にやってくるアコさんの無垢な笑顔と言葉。本日も切れ味は抜群です。何かもの言いたげな二人の視線を感じるが、私の事なぞ気にせず。
「ウタカ。あの人が、トキオさんが生きていたのよ」
「……そうか」
「もう、貴方までジョージの様な反応をするのね。それじゃ良い人が出来てもジョージと同じで別れちゃうわよ?」
「その話はマジで止めろ。今言う事じゃないだろう」
あれ? 別れた? ヘレンさんのお母様がいらっしゃらなかった理由ってもしかしてそれ? また一人で盛大に勘違いをしていた自分がいる事を思い出し、顔が熱くなる。
「彼が伝えてくれたのか?」
「そうよ、ハルト君って言うの。彼も私達と同じで探し人を求めてイヅルマへやってきたのよ」
「それを証明出来るものはあるのか? 二人が言葉だけで信じるとは到底思えないが」
「ある。顔だけじゃなく、声まで聞かされたからな。俺がトキオの生存を信じ続けていたとはいえ、別人をアイツだと思い込むほど耄碌してはいない」
「……なるほど。ここでは言えない何かが起きたという事は理解した」
「相変わらずそういう事を察するのは早いわね」
「ハルト、といったか。伝えてくれた事に感謝する」
「いえ、偶然みたいなものですから」
「我々はその偶然を追い求めて生きてきたのだ。久しぶりに良い話が聞けて私も嬉しいよ」
僅かながら口角を上げて笑みらしきものを浮かべるウタカさん。
「君の探し人は見つかっているのか?」
「残念ながら未だ。居たとされる場所は幾つか知る事が出来ました」
「すまない、我々ばかり良い思いをさせてもらい」
「とんでもない! そのおかげで様々な人達と出会えましたから」
照れ臭さも相まって視線を周りにいる人達に向けてしまう。笑われてるのはご愛敬。
ウタカさんが一つ呼吸をして再び表情を戻すと、あちらから話を切り出される。
「ここにカナリア自警団の団長が居るという事は、話はこれだけでは無いのだろう?」