イヅルマの上空から見下ろす街並み。それはいつもとは違い、人々は慌ただしく何かを準備を初めている。
市長から通達された内容に、町の住民が自分達でも何か出来る事はないかと役割を求め、議員や自警団の指示に従っている。
避難が可能な人達は、他の町へ一時的に疎開するように。それが不可能な人達は、自警団が指定した町にある堅牢な避難所へ集められる事になった。
その中でも、元自警団員の人達は早急に集められ、交代で町の素敵を担当する事になる。そこには私を議会へ行く際に護衛をして下さった人の姿も。
彼等は何時現れて、イヅルマに牙を剥けるのは分からない。ただ、こちらとて素直に、はい、そうですか。で済ませるつもりが無いのが町全体から伝わってくる。
熱狂とも言える雰囲気の中、私は震電と共に哨戒任務とは名ばかりのミヤコさんから指導を受けている最中である。
『あら、そんなに難しい事かしら?』
「上空から下降して標的と同じ高度になり次第、目標を射撃する。言葉にすれば簡単そうにも思えますけど」
『簡単よ。どのタイミングで操縦桿を引き、どの距離から射撃を開始すればいいのか理解すれば簡単に的中させる事ができるわ』
「ミヤコさんに質問があります!」
『勉強熱心ね、シノさんが気に入るわけだわ。それで何かしら?』
「これって明らかに私も小型飛行船のブースターを破壊する役目を担っていますよね!?」
『あら、バレちゃった』
「流石に何度も繰り返し行われると私でも感づきますってば……」
ミヤコさんからの課題を改めて言うのであれば、震電の特性を利用して私はイヅルマの上空で待機し、指示が合った場合、小型飛行船の真後ろに付くように下降して、ブースターを破壊するというものであった。
この訓練は本当に保険なのだろうか。まさかこの重要な任務を私に行わせる訳ではないと思いたいのだが、疑う暇もなく指示に従い回数をこなしていく。
幸か不幸か、急速に速度が上昇していく下降中に関しては、身体的な問題は特に見当たらない。イサオさんやシノさんに散々恐ろしい目に遭わされた結果なのか分からないけれど、重力により身体が機体へ押し付けられながらも目を瞑る事なく計器を見つめ、操縦桿を引く瞬間に比べればそれほど苦だとも思えず。
問題なのが機体を水平に合わせた後、そこから標的に標準を合わせて発砲する事だ。
ミヤコさん曰く、直進しか出来ない標的なのだから、練習を怠らなければ当てる事はさほど難しくはない、との弁。
不安なのは護衛部隊の存在、イサオさん所属部隊の人達が何機で現れるのか。小型飛行船からこちらを引き離す為に囮部隊も出てくる事は確かだろう。
唯一の救いなのが、こちら側は人手不足では無いという事だ。現役の自警団から様々な理由で退職された方まで様々だが、キッチリと自分たちの仕事をこなせる素晴らしい人達がいる。
一連の状況から考えれば、短期決戦となる可能性が高い。今日現れるのか、明日襲い掛かるのか、それは私には分からないが、可能性としてはどちらかが確率が高いと対策会議で聞かされた。何故、私がその場に問題無く居られたのかは不明である。
『あら惜しいわね、もう少し落ち着いて近づいてから射撃を開始するように。やり直し』
もう何度目だろうか、小高い丘に置かれている大きな岩に対して射撃訓練を開始し初めて、失敗し、そのまま上空へと戻されるのは。
自分から予習と復習と口走ってしまった事が原因である事には違いない。あくまで座学についての発言だったのだが、イジツの人達にはお構いなしの様で。
他の機体では早々お目にかかる事が難しい空へと容易く上昇する震電。水平を保ち、ミヤコさんの合図と共に再び下降を始める。
近づく地上、速さの問題なのか、機体を制御が出来ているおかげなのか、正面を視線で見ているだけでは変化に乏しく、それが逆に恐怖を覚える。
ただし、こちらには機体に備われている計器がある。視野で確認出来ずとも、忙しなく動く針を見逃さず、来るべきタイミングで再び操縦桿を引き、機体を水平へと保つ。
そこから僅かな時間で標的を照準機に収め、機銃を放つ。震電に積まれている五式三十粍固定機銃四挺。高威力なれど弾薬の少なさが問題であり、撃ち続けると直ぐに弾切れとなる。
シノさんやミヤコさんからも、その部分については念を押されており、タンタンとリズムに合わせるように指を動かす様に機銃を発射させている。
そして幾度となく行われた練習は、ついに標的である岩へ当てる事に成功をする。真正面でないのだが、震電に搭載された四挺の威力は素晴らしく、目標物は半分以上吹き飛んでいる。
この光景を見せつけられたならば、保険の意味も薄らながらに理解が出来る。イザという時に私がブースターの攻撃を実行し、破壊する事が出来れば、皆さんの僅かながらのお手伝いにはなるのだろう。
『ほら、私の言った通り、やればちゃんと出来るじゃない』
「偶然という可能性も無きにしも非ずでは?」
『シノさんがあれだけ褒めていたのだから、これぐらいは出来て当然よ』
「何かの機会で数回、褒められた記憶しかないのですが」
『あの子も照れ屋さんなのよ。それに応えるのもハルト君の役目でしょ?』
「いい様に言い包められた気がします」
『ふふっ。それじゃ一度、補給の為に戻りましょう。哨戒の交代時間にもなりますからね』
「はい。ありがとうございます、ミヤコさん」
『どういたしまして。今日中に現れそうになかったら、今度は確定するまで付き合ってもらうわね』
鬼教官が二人に増えた。しかもこちらはシノさん以上のスパルタ式。置かれた状況下のせいだとはいえ、お手厳しい。
地面好き。本当に大好き。足元がふわふわしないだけでこの快適さ。空を飛ぶという行為は本当に夢が有り、浪漫の塊である事は確かなのだが、地上暮らしが私には一番似合っている。
行儀が悪いが、格納庫の隅にあった机に頭を乗せて休憩中。ジノリさんやハヤト君は大忙しである。
申し訳なさも感じつつ、襲い掛かる眠気にどうしても耐えられなくなってきたその時、頬っぺたを誰かがツンツンしてくる。
閉じかけていた目を開けば、シノさんがいらした。
「屋上から見ていたわ。やれば出来るじゃないの、ハルト!」
「教官殿がお褒めの言葉を下さる。これはきっと夢」
「私が褒めるのがそんなに珍しいわけ!? 起きなさいよ!」
「頭がパンクしそうで無理です」
「そこで身体が重いとか言うわけじゃないのね。あそこまで訓練したなら普通は疲労困憊で機体から降りるのも一苦労すると思うのだけど?」
「シノさんに沢山鍛えてもらいましたから。身体は平気なのですが、機銃掃射のテンポがいまいちよく分からなくて。あと水平を保つのがこれほど神経を使うとは」
「ハルトにとって射撃訓練は初めてだったものね。それも含めて、ミヤコさんの指導によく耐えたわ。偉いわよ」
そんな事を口にしつつ、意地悪そうな笑みを浮かべながら人の頬っぺたをツンツンし続けるシノさん。鬼教官殿にここまで褒められると照れが生じてシノさんの顔を見ていられなくなる。
「そんなに照れなくてもいいでしょうに」
「褒められるのは慣れていないんです」
「……そっか。昔の私と一緒ね」
「シノさんにも経験が?」
「あるわ。話してあげてもいいけど、流石に今は時間に余裕が無いからまた今度、ね」
片手を腰に当て、視線を合わせる様に前屈みをしながら人差し指を口元に。目元にあるホクロも相まってとても可愛らしい仕草だ。
「しかし、相手はいつやってくるのかしら?」
「もうじきじゃ、これが予定通りの行動ならば、既に飛行船の換装は済んでこちらに向かっておるじゃろ」
「その割にはこちらの素敵に引っかからないみたいだけど?」
「案外、小型船という特性を生かして渓谷の中でも飛行しているかもしれんな」
「そうなると人が操縦している事になるじゃない!?」
「あくまでイヅルマに近づくまでの道中じゃ、搭乗している奴等は所定位置まで小型船を運ぶこと。そして最終確認が済み次第、船から降りて自動操縦装置に任せるつもりじゃろう」
「それならまだいいけど、爆薬を積んだ飛行船を人が乗ったまま落とすのは流石に抵抗があるわ」
「そこは深く考えん方がいい。明確な敵意を持ってイヅルマへ攻撃を仕掛けてくる連中じゃ。相手の都合まで考えていたらキリがありゃせん」
「とにかく小型飛行船の進路をイヅルマから引き離す事を優先、ですかね?」
「そうだ。こちらがすべき事は黒い疾風の撃墜ではない。そして相手もこの作戦にそこまで執着心があるとは思えん」
気が付けばジョージさんがいらしていた。私とミヤコさんの交代で空へ上がる様子だ。その姿は渋いの一言。何をさせても格好いいオヤジである。娘さんが関わっていなければ。
「次は空の貴公子と謳われたジョージさんの飛行が見られるのね! こんな時に不謹慎だけど、自警団に所属していてよかった……」
「その異名で呼ぶのはやめろ、マジで」
「恥ずかしいのですか?」
「この歳でその呼び方をされてみろ、顔から火が出る思いだ」
「ジョージったら、昔は平然としていたのにね」
「あれは若気の至りだ。空に上がるぞ」
「はいはい、いってらっしゃい」
ミヤコさん含め、全員でジョージさんをお見送り。相手は何時来るのだろうか。私が緊張していても仕方ない事なんだけれどね。ただの保険なんだし。
「団長、鹵獲した飛行船の最終確認が済みました」
「イヅルマの様子は?」
「現在のところ、哨戒機を複数飛ばしておりますが、こちらの存在にはまだ気づいていない模様」
「了解した。提供された情報にあったレーダーのクラッターに上手く紛れ込む事に成功したようだな」
「あやつ等を褒めてやらんとな。本来であれば飛行船を操縦させる様な連中ではあるまいに」
「前哨戦とはいえ無理をさせた事には違いない。後で礼を伝えさせてもらうとしますよ、翁」
「後は自動操縦装置によりパロット社へ飛行船を進行させ、爆破させれば我々の勝ちですね」
「果たして上手くいくものじゃろうか?」
「さてな、今回の作戦立案者にでも聞いてみてくれ。我々は最低限の事だけをすればいい。決して無理はせず、人的被害が発生しそうであれば撤退も視野に入れておけ。復讐する機会は幾らでもある」
「イサオ様が戻られるまでの間、このような形で戦闘が続くのでしょうか?」
「しばらくは。それも我々に課せられた義務さ。イサオ様の敵となりうる奴等を自由博愛連合の存在を見せ続ける事により警戒させ続け、疲労困憊になったところを突く。とはいえ、結局は我々も耐え忍ぶ日々が続くだけだろう」
「それでもイサオ様を帰還を。いざとなれば我々も穴に突入して探し出すのも役目ですか」
「可能な限り最後の手段にしてもらいたいわい。現状で出来る事はまだ山ほどあるからの」
「さて、諸君。作戦実行までまだ猶予はある。それまで各自準備を怠らないよう。ここからが本番だ」