慌ただしく働く人達を横目に、休憩も兼ねてエルさんがお茶を提供してくれた。
カナリア自警団も詰所で待機をしている余裕は無く、こうして格納庫近くで出撃待機のまま、皆さんは手持無沙汰にしている。ヘレンさんは以下略。
「仕方のない事ですが、私達の役割を考えると、こうして待機するのも立派な職務です!」
「そうそう。慌てても良い事は起きませんからね。こうして緊張を解しながら待つのが一番よ」
「自分達だけ何もしないというのは、なんというかむず痒いといいますか、初めての経験なので慣れないです。お姉様」
「師匠に機体の作業を手伝わせて欲しいって言ったら大人しくしてろ! って怒られてしまいましたよ!」
「それはそうでしょう。私達は相手の本体が現れた時に出撃する専用部隊なのだから!」
「なんだかシノさん嬉しそうですよね」
「エースとしての血が騒ぐんじゃないかしら? 久しぶりに歯応えのある相手の様ですから」
「歯応えとは言いますけれど、相手はあのイサオ所属部隊の黒い疾風ですよ? そこらの空賊とは目じゃない強さだと思うのですが?」
「だからこそよ、あいつらを一機でも落とせれば、今後の行動に多少なりとも制限を掛けられるでしょうからね」
「でも今回は町の護衛が最優先です! あくまで疾風は第二目標なのをお忘れなく!」
私の隣では、何事も無く夢の世界に旅立ったままのヘレンさんと共に、カナリア自警団の皆さんの話に耳を傾けていた。
皆さんやる気に満ち溢れている。自警団として町を守るという重大な出来事が始まるのだから、当たり前とも言うべきか。
イヅルマへ訪れてから怒涛の日々を過ごしたが、今日が一番の山場である事は違いない。何故なら耳を塞ぎたくなる程の警報音が鳴り響き、事態が動き出した事を示しているからだ。
『方位二百二十度の方向に黒の疾風を確認! 数は六!』
鳴り響く警告音と共に、無線からは相手の位置が伝えられ、その方向は小型飛行船が去っていった方角とは、やや反対側の位置を示している。
「ようやく一息ついたばかりだというのに、タイミングの悪い人達ね」
「お母さん、やっぱり出撃するの?」
「当然、こんな騒ぎを起こした子達にはそれなりのお仕置きが必要だわ」
「大丈夫だとは信じているけれど、気を付けてね」
「ありがとう、アコ。貴女達も本体が来たらよろしく頼むわね。それじゃ行きましょうか、ハルト君?」
「はい?」
「貴方はこの戦いの大事な保険なんだから、最後に飛んでいたら意味がないでしょう?」
「さっきまで射撃訓練を受けていましたよね、私!?」
「大丈夫よ。シノさんが言っていた、かみ合わない歯車はちゃんと調節し終えたから。後は私の指示に従えばいいだけよ? それともこんなオバサンの言う事は聞けないタイプかしら?」
「滅相もございません!! 教官共々、鍛え上げて頂いたこの力をご自由にお使いください!!」
「うんうん、素直で良い子ね。それじゃ行きましょうか」
ナントカとは言えない日本人。訓練して頂いたとはいえ、あくまで小型飛行船のブースターを破壊する為の射撃訓練。これで動いている戦闘機を相手に戦えと仰るのだろうか?
とはいえ、私が考えたところで仕方ない。再び震電に搭乗し、先程までいた空へと戻ろうではないか。出番がない事を祈りながら。
「(お母さん、妙に楽しそうで不安だなぁ……。ハルトさんに無茶させないといいんだけど……)」
再びイヅルマ上空へと舞い戻る。そこには交代で先に空へ上がっていたジョージさんや、元自警団といった方々まで歴戦のつわもの達が集う。
『お待たせ、なんだか同窓会みたいね』
『出来れば地上で行いたいものだ』
『あら? ジョージが乗り気だなんて珍しいわね。こういった事は苦手じゃなかったかしら?』
『苦手ではない、好き好んで集まる気が無いだけだ』
『はぁ、相変わらず堅物ね。それより相手の様子はどうかしら?』
『イヅルマの防空領域の手前で行ったり来たりだ。相手も自分達の役割を理解して侵入だけはして来ない』
『一層の事、操縦を誤って防空領域を超えてくれたならば事が早く済むのにね』
『物騒な事を言うな。それに持久戦であればこちらに分があるんだ。嫌でも仕掛けてくるさ』
『だとしても、囮部隊に私達の時間をあげる義理もないわ。ハルト君、ちょっとこちらに来なさい?』
ミヤコさんの指示に従い、編隊の前方へお邪魔します。黒い疾風が良く見えるのはいいのだけれど、これはつまり。
「私はエサ役ですかね?」
『理解が早くて助かるわ。前方で三百六十度、右旋回をしてきてくれないかしら?」
「撃たれる可能性は?」
『相手が短気で知性の欠片も持ち合わせていなければ、震電を見ただけでも撃ってくるでしょうけれど、今のところその様子は無いから大丈夫よ』
「信じてますからね?」
『骨は拾ってやる』
「ちょ!? ジョージさん!?」
『あら、冗談を言うだなんて。子供が出来ると貴方でも変われるものなのね』
私の後方では和気藹々と和む雰囲気を醸し出すつわもの達。こちらは心臓が張り裂けそうな勢いで動いているというのに。
シノさんから座学で教えられたイヅルマ防空領域。一度ここで空賊と出会った事もある。目印となる地上物と計器を見逃さず、絶対に領域を超えないよう一定速度を保ちながら旋回を行うしかない。
操縦桿に込められた手の力を一本一本ほぐす様に動かしたのち、右へと倒し、手前に引く。震電の主翼は地上へと向けられ、進行方向は右へ。この時点では相手からの反応は無い。
六十、百二十、百八十度の右バンクを済ませても、相手からの発砲音から無線まで一切反応が無く、ミヤコさんの指示通り一周を終えてしまった。
『こういう敵を相手にするのは嫌ね。仮にも主人と同じ機体で挑発させたのに無反応だなんて』
「私としては何事も無くて助かったのですが」
『あら、ハルト君の格好良いところ、お母さん見て見たかったわ』
「色々とツッコミを入れたくなりますが、ここから先は会議で言われた通りの行動を起こしてもよろしいのですか?」
『お願いするわ。パイロットのハヤト君もまだ子供だから完全に癒えていないこの状況で飛ばす訳にはいかず、それ以上に搭乗機体である雷電は整備中のまま。今この状況下でハルト君に不意打ちを仕掛けられる機体は存在しないから、自由に大空を飛んできなさい』
「了解しました。また後で」
私の第一任務とも呼べるべき事を終え、イヅルマへ機体を向ける。そのまま操縦桿を引き、これまで以上に高い空へと向かうべく、震電が上昇していく。
幾度となく背中に押し付けられる重力を感じてきたが、上昇で感じるのと下降で感じるのはまた違った感覚を受ける。
高度は約三千五百クーリル。ここの空はまだ青く、視線を上げれば宇宙との狭間とも呼べる黒ずんだ青色が見える。いつかイジツでイサオさんとロケットを飛ばしてみたいな。
そんな思いを一度、断ち切るように地上を上空から探索する。小型とはいえ飛行船。赤とんぼが飛行する高度よりも高い位置から調べれば、何かを見つけられる可能性も高まる。
警戒すべきは相手から狙われた場合の対処法。仮に相手の機体である疾風が私に狙いつけ、高度を上げたまま現れた場合、機体の性能を引き出せる限界高度は、約三千二百クーリルと教わった。
それでも上昇速度、位置した高度での最高速度はこちらが上であり、逃げ切る事に集中すれば何とかなるといった話だ。逃げ切るのが前提なのが我ながら情けないけれど。
だが、それも先程、相手の前で旋回した際に何もされなかった事を考えると、可能性としては低いのだろうか、はたまた囮部隊はその役割を果たす為に耐えていただけなのだろうか。慢心せずにいくならば後者で考えていた方が良さそうだ。
モコモコ帽子の暖かさに癒されながらも、イヅルマ上空を旋回しながら周囲を見渡す。雲一つない晴れ空、各地に散らばる赤とんぼの機影が映える。
その際に、景色に僅かな違和感を覚える。確か気になる事があれば赤とんぼに指示を送り、素敵してもらいなさいと言われていたが、冷静に考えてみるとこの立ち位置ってかなり重要なのではないだろうか? そういう重要そうな事は誰も言わないよね?
「こちら震電、赤とんぼ一号機、応答願います」
『こちら赤とんぼ一号、何かあったか?』
「そちらから見て正面、四十度の方角に反射するものが見えました。索敵お願いしてもよろしいですか?」
『了解した。気にせず命令してくれ、そう指示を受けている』
指示を出した赤とんぼは、私の指定した方角へと機体を向け索敵を始める。
人に指示するなんて生まれてこの方、初めての経験かもしれない。それをイジツで、しかも戦闘に突入するのが前提の状況下でやらなくてはならないとは。
色々と思考しようと頭が動き始めようとするが、この場においては必要の無い事だ。切り離すように目の前の事に集中する。
『こちら赤とんぼ一号、震電から指示があった場所を探索したら破損した機体が転がっていた。これが光に反射して上空で光る様に見えたと思われる』
「こちら震電、了解しました。赤とんぼ一号、ありがとうございます」
見間違えで済んだというべきか、お手数おかけして申し訳なさもほんのりと。
しかし、上空から眺めていれば飛行船の一つや二つ見つかるものだと考えていたけれど、なかなかどうしてそれらしき姿は見当たらず。
まさかと思いながら更に上空も見つめてみたり、震電の周囲を見渡すが、やはりそれらしきものは存在せず。一体どこへ?
その答えは、赤とんぼ二号機から伝えられる事になる。
『こちら赤とんぼ二号! イヅルマより東南東、百度の方角より新たな黒い疾風が六機! 飛行船の姿は……嘘だろ!?』
『赤とんぼ二号! 何があったんだ! 正確に報告しろ!』
『地上から突然、飛行船の姿が現れました!! 外装を陸上迷彩の布を被せ隠蔽していた模様! ブースターの配置は、上部機体の腹部中心に二連が二基、後方両左右に三連が二基、下部の胴体部分にも両左右に三連が二基取り付けてある模様! まだブースターは点火していません!』
小型飛行船とはいえ、よくぞその量の迷彩布を用意出来たものだと感心してしまう。それ以上に私達に気づかれないようここまで近づいていたなんて。バレていたらその場で爆破されて作戦そのものが終わるというのに。
上部胴体にブースターを取り付けられたのは分かる。だが、下腹部と下部胴体にまで取り付けるとは。下腹部に取り付けられたブースターによる風圧や熱量の関係で操舵室に人は居られないのではないかと想像する。まさに人が居ない事を前提とした利用方法か。
船のような形をしている下部胴体には、爆薬が詰め込まれている事は間違いない。それが何キロ載せたのか、はたまたあの狭そうな空間に何トンを押し詰めたのか。こればかりは分からない。
無線は先程とはうって変わり、騒がしくなっている。そちらに耳を傾ければ、囮部隊を相手にしていたミヤコさん達も戦闘状態へ突入し、カナリア自警団は本命の相手をする為に順次、空へと上がっている。
あの小型飛行船のブースターが点火されたなら、速度はどの程度出す事が出来るのだろうか。確かラハマ、イヅルマ共に最終防衛線は二キロクーリルと伺っている。
小型飛行船が見つかった場所は、ここから十キロクーリル先と赤とんぼ二号機の人が叫んでいた。
町からはかなり近い場所に位置するが、これからブースターが点火されこちらに向かって来る事を考えればおおよそで十分ほどかかると推測する。それでも十分しか時間がないとも言える。
周囲にいた他の部隊が牽制の意味も含めて小型飛行船と、それを護衛する黒い疾風に集結していくさまが私のいる空から良く見える。
カナリア自警団は囮部隊が出現してから搭乗待機をしていたのだろうか。既に全機が空へと上がり、編隊を組みながら向かっており、囮部隊の方では一機から煙を上げている機体が見える。あれをやったのは間違いなくお二人のどちらか。
私は継続して周囲を警戒しているが、ここから更に本命が現れるのだろうか。そこが不な部分ではあるが、小型飛行船という主目標が現れた時点でこちらに意識を集中するべきだろう。
突如、爆発と言っても過言ではない程、周囲の空気が響き渡る。ブースターが点火されたのが確認でき、小型飛行船はイヅルマへと進行を始めた。
『クソッ! 俺達じゃ相手もさせてくれないのかよ!』
『疾風を飛行船から離せればそれでいい! こちらは数を失わず、気を引きつけていれば、後はカナリア自警団が何とかしてくれる!』
『最初はただのお飾り自警団かと思えば、気が付けばこちらの主戦力部隊か』
『彼女たちの努力あってこそだ。いい加減、俺達も昔の思い出にばかり目を向けている場合じゃないって事さ』
『なんせ、あのジョージがよく喋るぐらいだからな!』
昔話に笑いが止まらない様子だけど、それでも自分達の役割をキッチリとこなす他の自警団員。
「すみません! お待たせしました! カナリア自警団、ただいま参りました!」
『みなさん、まだまだ余裕がありそうでなによりです』
『後は自分達に任せてもらえれば根性でなんとかします!』
『お姉様と居られる町を破壊するだなんて絶対に許せません!』
『飛行船の護衛に六機とか、囮部隊も合わせた方がマシだったと思わせてあげるわよ!』
『おなかすいた』
「ヘレンさん! 後で好きな物を食べさせてあげますから! ちょっとだけ頑張ってください!」
『団長がいうならがんばる~』
何時どんな時でも自分のペースを狂わせることがないヘレンさんが羨ましくもありつつ、もう少し普段の生活をしっかりして欲しいと考えてしまう。
いやいや! 今はそれを考える時ではない! 小型飛行船を止めないと!
私達六機、駆けつけてくれた他の自警団員が四機、そしてお母さん曰く、保険として上空にいるハルトさん。何かあれば叫ぶようにして呼び出せとは聞いてるけれど……。
目前にいる黒い疾風、イサオ所属部隊と呼ばれるだけあり、一筋縄ではいかない。
陽動を仕掛けてみても乗らず、撃ち落そうとすれば、木の葉の様に舞う。私達を牽制するように的確で最低限の射撃、疾風という機体性能に負けず劣らず搭乗者の能力も高い。
『チクショウ! 被弾した!』
「直ぐに退避してください! 後は我々が!」
『隙みーっけ』
ヘレンさんの声が聞こえたかと思えば、小型飛行船から爆発音が聞こえる。位置は腹部中心にある内の一基!
『おっちゃんの仇は討っておいたよ~』
『ありがてぇ、嬢ちゃん! 全部終わったら何か奢らせてくれ!』
『まじか』
「流石です、ヘレンさん! 出来れば同じ個所にある一基も破壊出来れば直進能力を下げる事が!」
『団長! 相手の動きが鋭くなってきましたよ!』
『油断大敵。ここからが本番のようね』
リッタさんやエルのいう通り、ある程度の様子見をしていたようだが、ここにきて急に動きが鋭くなる疾風。
一機、また一機と他の自警団員の方が被弾をしていく中、ミントさんが再び中心に残されていた一基を破壊。
「ミントさん! 凄いです!」
『引きつけてくださった皆さんのおかげです! 後は左右どちらかに集中すればよろしいのですね、お姉様?』
「そうです! 飛行船後方に移動し、片側の三連ブースターを破壊出来れば、後は勢いと慣性で船体が曲がるとウタカさんが教えてくださいました!」
『言うのは簡単だけど! 私の後ろについた疾風が振り切れないわ!』
『同じくー。この人達、やっぱり凄いね』
『敵を褒めてる場合ですか、ヘレンさん! 自分は一機後ろに付けましたよ!』
『私をお姉様の元に行かせないなんて、ユルサナイ』
こちらの数が減っていくに従い、各機に徹底マークをされてしまう。手が空いている機体は、あちらが二機、こちらは三機。どうやって隙を伺おうか考えていると、自警団員の方から無線が入る。
『団長さんたち! 俺があいつらの的になるから、その間に二人でどうにかしてブースターを破壊してくれやしないか?』
「そんな無茶です! 無理な事はさせられません!」
『数で勝っている内に手を打つべきだ、それが今なんだよ』
それは確かだ。既に小型飛行船は当初の位置から進み、イヅルマまで残り七キロクーリルまで迫っている。
最終防衛線は二キロクーリル。最悪、自爆行為に走られたならば、安全の為に四キロクーリルまでにブースターを破壊したい。
決断が閉まられる中、エルがそっと私に問う様に話しかけてくる。
『大丈夫よ、アコ。あの人を信じて私達がブースターを破壊しましょう』
「でも危険が!」
『それも承知の上よ。もし怪我をされたなら、お見舞いに行きましょう。きっとみなさん喜んでくれますわ』
「そんな事でいいのかなぁ?」
『ふふっ、そういう事が大事なのよ。さっ始めましょう。相手と数が勝っていて、私達よりも遥か上空にいる人に意識が向かれている間にね』
隙を見つけて上空を眺める。まだ空には震電に搭乗したハルトさんが残っている。シノさんとお母さんの訓練に耐えきったハルトさんは、当初とは別人の様に操縦が上手くなっている。
空賊と鉢合わせしたあの時も、シノさんの命令通り機体を動かせたのだ。初の実戦だっただろうにシノさんの動きに合わせていけるぐらいだもん。元々何か持ち合わせていたのかもしれない。
お母さんは保険だ何だと好きな事を言っていたけれど、私達にはまだ戦力が残されている事がどれほど心強いか。本人に聞かれたら全力で否定されちゃうけど。
……本当に私が危なくなって助けを呼んだら、来てくれるのかな? ハルトさん。
カナリア自警団の動きがまばらになっていく。
追う者に追われる者。徹底したマークにより、自由に動く事が出来ず、落とす事も困難な状況下。お互いに正面から交差しても、相手も割り切っているのか付かず離れず。その中で一つ動きがあった。
アコさん、エルさんともう一機の機体が、後方にあるブースターを破壊すべく動き始める。
一機は黒い疾風に猛然と切り込み、二機の編隊を崩す事に成功。エルさんがその内の一機を射程に収めるが、残念な事に射撃は当たらず追撃を始める。
切り込んでいった一機は、相手からの射撃により機体から煙が上がり高度を下げていく。
その僅かな隙にアコさんが下部の胴体にある左側の三連を二基とも破壊する事に成功する。小型飛行船は僅かなズレを発生させ、僅かながら左寄りに船体が傾きつつあるが、依然としてイヅルマへと向かって行く。爆薬満載の位置にあるブースターを的確に撃ち抜けるなんて、さすがカナリア自警団の団長だ。
しかし、この上空にいても僅かながらに感じる視線。これはあの黒い疾風から送られてくるものだろうか。
お前の事を見ているぞ。何か仕出かそうとするのなら受けてたつ。そのような意志表示に思えて仕方ない。
私は空戦なんか逃げる以外、経験した事が無いと言うのに。シノさんから教わった知識と機体の操縦。ミヤコさんから教わった付け焼き刃とも言える射撃訓練。これで歯車が合わさったと二人はいうのだから、本人にも理解が出来るように教えて頂きたく。
小型飛行船に取り付けられたブースターのうち、破壊すべき場所は上部機体の後方にある左側の三連二基のみ。
レーダー担当官から伝えられた言葉通りなら、イヅルマまで残り五キロクーリル。最大限の安全を確保する為には、あと一キロクーリル以内でこなさければならない。
私が動き出すなら今、なんだろうが、指示もなく飛び出せる程、身勝手な行動は出来ない。出来ないのだが……。
周囲に気を配りながらも機体を徐々に動かし、飛行船の後方に位置する場所まで移動をしている。ここから下降していけば、あの訓練通りになるのかどうか。
出番が無ければ越した事はないのだが、私ですら今だろうなと思う事は、熟練のパイロット達であれば尚のこと理解している様子で。
『ハルトさん!! お願いします!!』
アコさんの叫び声に近い要請に応えるべく、機体を急降下させ、射撃位置にまで機体を持って行こうとするが、この距離感が相手の思惑でもあった。
『この機会を待っていたぞ』
黒い疾風から聞こえる無線。それと同時にカナリア自警団を追撃していた相手の機体が全てこちらへと向けられる。
「そんな!? ここまで来て飛行船の護衛を止めるのか!?」
『我々からすれば、貴様こそが目障りな存在なのだ。震電に搭乗すべき人物はあのお方のみ。ここで朽ち果ててもらう』
「イサオさん共々、面倒な人達ですよね! 本当に!!」
私に合わせ上昇してくる複数の疾風。そこから幾つもの弾薬が吐き出され、砲火の海に晒される。
こちらとて素直に直撃してたまるものかと、操縦桿を操り、レバーを踏みつける事で回避を続ける。逃げる事は得意の中に、機銃から放たれる弾薬も項目に含んでよろしいでしょうか!?
勿論ながらこの光景に恐怖は感じるけれど、目はちゃんと開き、身体は素直に動く。目の前なんて機銃から放たれた弾薬が、それこそ花火のようにキラキラと輝いて見えてしまう。
機体を横切る度に、日常では聞く事のない音が遅れて聞こえてくる。これら一発でも操縦席に当たれば終わりなんだろう。けど、あくまでなんとなくだが、今日はそういう日では無いような気がするのは何故だろうか。
まぁ、イヅルマへ来てから二度気絶した日だって、そんな事は微塵も考えていなかったけどさ。
一機、また一機と交差していく。私が引き金を引く時は、この人達に向けてではない。訓練通り、飛行船に取り付けられたブースターを射貫く為だけにあるのだから。
その時、突如横から掃射してきた疾風は、リッタさんに追撃されていた機体だ。当たるも八卦当たらぬも八卦。どうやら今回は後者の模様。
私を落とそうとした疾風たちは、アコさん達の援護のおかげで近寄ってくる気配はなし、全てを乗り越えて、ミヤコさんと訓練をした位置へと震電を運ぶ事が出来た。照準器にブースターを収め、後は射撃をするのみ。
何か叫ぶべきか、言うべきか、そんな相手なんて存在するのだろうか、十分すぎる程の人物が頭に浮かぶ。大体は悪い人であり、イジツの全ての元凶でもある、憎たらしくもあり、友達とも呼べてしまいそうな人の名を。
「イサオさんのバカたれめ!!!」
私の叫びと連動するように、震電から弾薬が飛び出し、それらはブースターへと吸い込まれるようにして的中させる事に成功した。