震電に搭載された五式三十粍固定機銃、四挺が同時に火を噴き、小型飛行船の進路を変更させる事に成功をしたあの日から数日後。
イヅルマ郊外へと向かう小型飛行船は、ガス袋とブースターの全破壊により、不時着するような体勢で地上へとその胴体を押し付け、爆破した。
僅かながらその爆風による余波を受け、町にある建物では窓が割れたりと被害はあったもの、人的被害はゼロ。これは住民の皆さんや自警団員といった方々の努力の結果であろう。
黒い疾風について。
彼等は小型飛行船のブースターが破壊されると知るや否や、撤退命令を出し、囮部隊共々イジツの空へと消え去っていった。
余りの手際の良さ、元々彼等にとって小型飛行船によるイヅルマ襲撃は本位では無かった事が伺える。現にイヅルマの駐機場の片隅には、小型飛行船と共に去っていったはずの議員がさるぐつわをされ、全身を縛られた状態で見つかったのだから。あの時の口約束を守る辺りは律儀というべきか、なんというべきか。
最終的に彼等に狙われたのは、震電に搭乗していた私であった。各機の搭乗者の技量に任せ、カナリア自警団の動きを封じ、私が空から降りてくる事を狙っての行動。
相手の作戦成功率が低い事は、対策会議でも指摘されていたが、まさか本当に護衛すべき小型飛行船を破棄するかの行動を起こしてまでも私を狙ってくるとは思いもよらなかった。
あの猛攻で撃墜されなかった事は、本当に運がよかったとしか思えない。でもそれだけで無い事も重々承知している。
私の為に付きっきりで訓練をしてくれたシノさんや、私がブースターを破壊するまで疾風を牽制し続けてくれたカナリア自警団の皆さん。誰一人として欠けていたら作戦は成功しなかった。
イサオさんからの出題された問題の一つは、やはりあの疾風の事だろうか。執事さんもイサオさんに盲目的な人達がいると伝えられている。
今回は敵同士で戦う事となったが、イサオさんが再びイジツへ舞い戻るまでの間、戻ってきた後の事を考えると、出来れば早めに手を打って起きたいのも事実。けど無線で交信出来たのもあの一瞬だけ。
中々どうして、一つ終わるとまた一つ難題が浮かび上がるものだと、目の前にある震電の機体を眺めながら黄昏てしまう。
「今回ばかりはコヤツも無傷とはいかんかった様じゃな」
ジノリさんの発言通り、震電は疾風からの攻撃を全て回避出来た訳ではない。赤く染められた機体には、所々に銃弾の掠り傷、主翼に描かれたパンケーキマークのど真ん中には穴が空いてしまっている。メープルシロップを流し込むには丁度良さそうな穴だ
飛行中は気づかなかったけれど、これでよく機体を安定させて射撃が出来たものだ。
「しかしコヤツの整備を後回しにしてもよいのか? お前さんの成果でいえば優先的に修理を受ける事もできるじゃろうに」
「この町を守ってくださった方々は自警団の皆さんです。私はあくまで保険として準備をして、今回はたまたま使用する事になっただけなので」
「欲の無いヤツじゃの。いや、でもお前さんらしくて良いのかもしれんな」
「そりゃそうさ、私が認めた人間だからな! ようやくハルトの良さに気が付いたか、ジジイ!」
「なんじゃい、元議長のババアめ」
議長、今は頭に元が付く。今回の一連の騒動に一区切りがついたタイミングで辞表を提出され、受理された。
本人曰く『清々したわ!』と笑顔で言われてしまえばそれ以上は、何も言えない。元議長にはイヅルマで大変お世話になり、私の探し人に関しても話を聞かせてもらえた。
一つだけ気になる事がある。私とイサオさんの関係について尋ねて来ない事だ。これは私から切り出すべき話なんだろうか。
「元議長、一つよろしいですか?」
「ハルトとイサオの関係についてかい?」
「よく分かりましたね。何も言われないのでこちらから伝えるべきかと思い、話を切り出したのですが」
「長く生きてれば何となく察する事が出来るようになるんだよ。確かに気になる点は幾つもある。だがそこまで根掘り葉掘りと聞いても仕方ない」
「仕方ない、ですか」
「人一人で出来る事なんざ限られているという事さ。でもそうだね、二つほど聞いても良いかい?」
「なんなりと」
「ハルトはまた穴を通じてユーハングに戻る手段を持ち合わせているんだね?」
「友人のご助力があっての事ですが、帰還する方法はあります」
「帰還した後は、ハルトも自身の探し人の事で大忙しだろうが、これだけは聞いておきたい。イサオとトキオがイジツへ戻ってくる際に、ハルトはどうするんだい?」
「トキオさんとはタイミングが違うかもしれませんが、イジツへ戻ってきます。まだユーリア議員ぐらいしか知りませんが、イサオさんと執事さんの策略により、どうやら一年後に私がブユウ商事の新しい会長にさせられるみたいなので」
目を見開いて驚く元議長、呆れるように溜息をついているジノリさん。イサオ所属部隊と交戦した人間が、今度はその人達の上に立つと言っているのだから。
「ハルトは本当にそれで良いのかい? ユーハングってのは逃げ出したくなる程、物騒な所なのかい?」
「平和で平穏そのものですよ。ただ、イサオさんと一緒に過ごす期間があって、これだけ能力がある人をこのまま終わらせてしまうのが凄く勿体ないというか」
「私達からすれば悪党だが、ハルトからすれば年の離れた友達になってしまった訳か」
「そうですね、友達です。突拍子もない出会いから始まり、私がイジツへ行く羽目になった事も、恨み節を言いたくなるほど憎たらしいのですが、力になりたいという気持ちも沸いているのだから、カリスマを持ち合わせている人物は厄介だなって思います」
不思議だよね、イサオさんって。でもあの人や執事さんも含めて、一緒にイジツでロケットを飛ばす事が出来たら楽しいだろうな。
それにユーリア議員と空賊離脱者支援法についても力になりたい。少しでもイジツから空賊や孤児の問題が解決へと示す事が出来るのであれば。
その為にも、って考えても結局はイサオさんの手綱を絶対に離さずに、食らいつくぐらいしか方法が無いんだけどね。
「ハルト、アンタの探し人がこのイジツで見つかる事を私は切に願っているよ」
「ありがとうございます。ただ、余りタネガシには行きたくないなと」
「イヅルマへ来る前に何かあったのかね?」
「アレシマで自分達の事をゲキテツ一家と呼ばれる方々に部下にしてやる! と街中を追われた経験がございまして」
私の発言にしばし固まる元議長。それも僅かな間で、大笑いを始めた後に私の両肩を叩く。そりゃ笑うしかないよね。私も半分やけっぱちで元議長と笑って誤魔化す事にした。ジノリさんは容赦なく大笑い。
格納庫に響く三人の笑い声。再びこの町で脅威にさらされる事なく談笑が出来る喜びに浸かっているところに、駆け足で誰かがやってくる音が聞こえた。
「ハルトさん! こちらにいらしたんですね! 探しましたよ!」
「アコさん? そんなに急いでどうされたんですか?」
「市長が急遽イベントを開くと言い出しまして! カナリア自警団も参加する事になりました!」
「それはまた急な。町の危機を救った自警団をアピールしたいのでしょうか?」
「かもしれません。旧来のイメージを払拭したい目論見もある……のかなぁ?」
「アイツの場合は、単純に支持率も関係しているだろうね。低空飛行のまま辞職に追い込まれる矢先にこの事件ときたもんさ」
「中々どうして、悪運の強いヤツじゃな。巻き込まれる方はたまったものじゃないがの」
「其々に事情を抱えているみたいで大変ですね」
「他人事の様に言わないでくださいよ、ハルトさん! 呼ばれているのは私達だけじゃなくてハルトさんもなんですから!」
「結構です。ここでお茶を頂きながら資料整理もしたいので」
大衆に晒されたのはどうやら彼等だけでは無かった。真っ赤な震電が上空から急降下し、銃弾の嵐を掻い潜り、ブースターを破壊して小型飛行船の進路を強制的に変更させた姿というのは、どうやら人々の印象に残る出来事であったようで。
嬉しい反面、慣れない経験をさせてもらう事となり、ゆっくりとしたい時はこうして格納庫にお邪魔させてもらう事態となっている。
図書館の出禁が解除されたのは嬉しかったなぁ。今のままだと、また騒がしくさせてしまい迷惑がかかりそうだから行く事は控えているけれど。
「ダメです! 早く仕度をしてください!」
「人目に晒せる程、整っていないので勘弁してください」
「何を言っているんですか! 十分、格好良いですから問題ないですよ!」
おぉ……そんな事を言われたのは初めてだ。素直に照れ臭い。
私の意識なぞ露知らず、アコさんは自分で発言した事を気に止めるような事もせず、私の腕を引っ張り連れて行こうとする。その行動は、意識せず本心から来る発言と受け取って良いものなのか!
「これじゃ堂々巡りだね。お互いの意見の間を取って、ハルトには例の着ぐるみでも着てもらえばいいじゃないかね?」
「なんじゃ、あの奇怪な着ぐるみまだ残っておったんか?」
「奇怪ではありません! カナリアくんです! あんなに可愛く出来たのにどうして皆さんには不評なんだろう……」
多分、目元がどうしても不安を駆り立てるデザインになっているからでは。しょんぼりとしているアコさんにそれを伝える事は、私には無理だ。
「それであればギリギリ、なんとか、妥協して」
「もう! 分かりました! それで良いですから詰所に寄ってから現場に向かいましょう!」
「あい、了解です」
「二人とも、足元に気を付けてな」
ありがとうございます。感謝の言葉を伝えてアコさんと共に詰所へと走り始める。慣れ親しみ始めたイヅルマの町。見慣れぬ町の景色は、既に自分の一部となりつつある。
街中へと入ろうとする矢先に、アコさんが急に速度を緩め、足を止める。何かあったのだろうか?
「ハルトさん、聞きたい事があるのですが」
「なんでしょうか、アコさん?」
「もしもこの先、カナリア自警団に何かが起きた場合や、私個人がハルトさんに助けを呼んだ場合、ハルトさんは駆けつけてくれるのでしょうか?」
「もちろん、私で良いのなら。なりふり構わず震電に搭乗して向かいますよ。あぁ、でもイジツにいられる間の限定的な期間になってしまいますけど」
「……十分です! ありがとうございます、ハルトさん!」
こちらに振り向きながら感謝の言葉を伝えるアコさん。その時に見えたものは、イジツの空の様に晴れやかな表情をしたアコさん姿であった。
「市民の皆様、大変長らくお待たせしました! イヅルマでは続け様に難題と直面することがありました。ですが、それに負ける事なく市民の皆様を守り続けてきた、カナリア自警団。そしてご協力者であるハルトさんの登場です!」
急遽、設営された会場には大勢の人達で溢れている。カナリアくんを着ているとはいえ、周囲の視線が集まり、緊張で足が上手く動かない。
「大丈夫ですか、ハルトさん?」
「こちら側は自分が支えます! ゆっくりと歩いて下さい!」
カナリアくんの短い手をミントさんとリッタさんに掴んでもらいながら段差を昇る。転んでも頭が取れるタイプで無いのが救いといえば救いだ。
「またアレをやらなきゃいけないわけ?」
「あら、楽しいではありませんか。市民の皆様に名前を憶えてもらう為にも必要な事ですよ」
「ねむぅー」
其々の想いを口にしつつも、笑顔は絶やさずに登壇する。
そんな中、会場にいる人並みの中でレオナさんの姿が目に映る。呼吸を整えるように僅かながら上下に動く身体を見る限り、急いで駆けつけてくれたんだろう。あの日、一旦別れてからまだそれほど日が経っていないのに、懐かしさで胸が一杯になる。
カナリアくんの中に私がいる事を知るはずもないが、この短い手を振ってそれとなくアピール。あ、周囲を気にしながらも小さく手を振り返してくれた。ザラさんへ良い土産話が出来た。
編隊を組むように並ぶカナリア自警団と、その後ろに用意されていた台に乗るその他一名。自己紹介をすると事前に聞いていたが、どうもその方法は独特なようであり、私はどうしたらよいものだろうか? カナリアくんを着ているし、隅っこで黙っていればいっか。
「いきますよ、みなさん? せーの!」
アコさんのからの号令により、カナリア自警団の自己紹介が始まる。
「元気いっぱい、夢いっぱい! カナリア自警団の突貫娘、リッタ!」
「いつでも一生懸命! カナリア自警団の妹担当、ミント!」
「優しくあなたを包みます。カナリア自警団の癒し担当、エル」
「寝てもさめても夢の中ー。カナリア自警団の寝ぼすけ娘、ヘレンー」
「冷たい視線で射抜いてあげる。カナリア自警団のクールビューティ、シノ」
「あなたの心に手錠をかけます! カナリア自警団のカリスマ団長、アコ!」
『愛と正義で平和を守る! わたしたち、カナリア自警団!』
沈黙を貫くのが正解だった様だ。私にアレは出来ません。せめてと思い、慰め程度に片足を上げ、両手を羽ばたくようにポーズを取り、存在だけは主張しておこう。
イヅルマの空を守る自警団のお仕事は大変だ。日頃から市民の皆さんに認知してもらえるよう活動を行い、まだ若くて小さな羽で空だけでなく地上も見守らなければならないのだから。
それでも、ここにいる大勢の人達の笑顔を守るお仕事が出来るのならば、大変だとは思わないんだろうな。私らしくもない事を思う。
そのせいだろう、余計な事を考えていたら足が攣りそうである。もう駄目かな、駄目かもしれん。皆さん、ごめんなさい。
「うわぁ! ハルトさんが!!」
前のめりで倒れかけた時に、誰かの声がカナリアくんを着ている私に聞こえた。
その声の主は、きっと其々によって聞こえ方が違うのだろうなぁ。なんてまた考えてしまったり。
カナリア自警団ルート
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。