あの穴の先にあるモノは   作:星1頭ドードー

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カナリア自警団 その後のアコさんと

 イヅルマにある自警団専用の大きな格納庫の片隅で、私は一人、資料の整理をしている。

 静寂に満ちたこの空間に響くのは、資料を捲る音、それらをまとめる為に書きだすペンの音、そして私の唸り声。

 やはりタネガシに足を運ばねばならないのだろうか。私がイジツに滞在できるであろう残された時間を考慮してみるが、明らかに足りない。

 今から新しい土地へと向かい、聞き込みから資料の入手、現地調査を行うのは、中々の過密スケジュール。

 私の中でもっとも不安材料なのが、タネガシを牛耳るのがあのゲキテツ一家だという事。あのフィオさんとローラさんが所属しているマフィアだ。

 タネガシで余り見かけない人間が現れたならば、誰かかしらを通じて情報はお二人に伝わるだろう。そこから私の存在を知るなんてお茶の子さいさいだ。アレシマで私がお二人から逃げ出した過去も考えると、一度捕まったら早々離してくれない事は明白。

 誰もいない空間で溜息一つ。まだまだ問題は山積みだ。

 

 

 普段であれば、この格納庫ではジノリさんとハヤト君が、あの戦いで破損した機体の修理と点検作業に追われている姿を見かける事が出来る。

 作業が行われている際に耳へと伝わる様々な作業音が心地よい。時折、ジノリさんの叱咤が飛び、大きな声で返事をするハヤト君。

 自警団の仕事が終わる頃にはリッタさんもやって来て、より一層賑やかになる。その時間は私の密かな楽しみとなっていたりする。

 いま二人の姿が見えない理由は単純で、連日の機体整備にようやく一区切りが付き、本日は休日にするとジノリさんから事前に伝えられているからだ。

 

 私は私であの事件の後、イヅルマ市民の皆様からの熱気に満ちた褒め殺しに耐えきれなくて、少しばかり距離を置く為、格納庫にある作業机で資料整理をしていた。褒められる事に慣れていない人間からすれば、あの経験はまさに未知の領域である。

 事件後、当初はそのような日々が毎日続いたが、市民の皆様からの賑やかしも大分落ち着きを取り戻した矢先、あの突発イベントが行われて、その際にカナリアくんの中にいた事が知られてしまい、今度はどこへ行っても『あの時は派手に倒れたな!』とからかわれてしまう事に。

 我ながら大変恥ずかしい失敗ではあるが、最近ではイヅルマの人達の話のタネになるのならいっか、と開き直る事にした。

 

 

 一息つく為に軽く背伸びをして身体を動かす。

 その際にどうしても目に止まるのは、格納庫の隅に移動させられている震電の姿である。

 修理の急ぎが必要ない事も既に伝えてあるので、しばらくの間は、あの時に受けた銃弾による掠り傷や穴の空いたパンケーキマーク姿の震電が見る事が出来る。

 震電の状態を見る度に、イヅルマの空にはちゃんと私もいて、目的を果たして帰還をする事が出来たのだなと何故か他人事の様に思う。

 あの銃弾の嵐の中でよく五体満足で生きていられたものだ。

 

「あっ! やはりまだこちらにいらっしゃいましたか! ハルトさん!」

「アコさん? こちらまで足を運ばれるだなんて何かありましたか?」

「そろそろお昼の時間が近いのですが、まだ詰所に戻られていないと聞いたので、様子を見に来ましたよ!」

 

 発言とは裏腹に、やや照れ臭そうに頬を掻きながらそう私に伝えるアコさん。

 近くに置かれている時計に視線を移すと確かにお昼の時間が近い。朝から作業を初めていれば、いつの間にやら気が付けばこんな時間に。

 

「わざわざお伝えに来て下さったんですね。ご足労いただきありがとうございます」

「気にしないでください! こちらへ来る道中も街中のパトロールが出来ますから、むしろ丁度良かったです!」

 

 空に浮かぶイジツの太陽に負けずとも劣らず、素敵な笑顔をこちら向けてくれるアコさんが眩しい。

 今日だけでなく、あのイベントの時も前のめりで倒れた私を介抱してくれたのはアコさんであった。

 他の隊員の皆さんから聞いた話では、呻き声と共に前のめりに倒れた私を仰向けにした後、颯爽にカナリアくんの上で前転し、勢いそのままで担ぎ上げて病院へと向かったらしい。それはもしやレンジャーロールと呼ばれる担ぎ方なのでは。

 アコさんの心配も他所に、カナリアくんは動きづらさはあれど地面に倒れた程度では、私でもかすり傷の一つも出来ない程に頑丈な着ぐるみなのだが、そこへまた一人、騒がしい人物が現れる。言うまでもなくレオナさんである。

 どこからか私がカナリアくんの中にいる事を聞きだしたのだろう。その後は、両サイドから私を心配してくる声が聞こえ、最終的にお医者様から煩いと病院から叩き出されていく二人を思い出す。

 

「なんだか楽し気な表情をされていますけど、何かありましたか、ハルトさん?」

「あのイベントの時に介抱していただいた事を思い出しまして」

「あっ、あれはハルトさんが急に倒れ込んで来るのがいけないんですよ! 突然の事でびっくりして本当に心配したんですから!」

「ご心配おかけさせました。おかげさまでこうして元気にしております」

 

 格納庫に人二人。他愛のない会話が大きな建物内で声が響く。コロコロと表情を変化させるアコさんを見ているのが楽しい。

 

「ハルトさんって、本当に目を離した隙に何かを起こすタイプですよね」

「本人からすると一切自覚は無いのですが」

「レオナさんとお話をさせて頂いた際に、ハルトさんあるあるで物凄く盛り上がりましたよ?」

 

 椅子に座ったままの私に近づき、覗き込むように身体を折り曲げて見つめてくるアコさん。少し意地悪な表情が見える。

 

「いつのまにそんな出来事が」

「私達が騒ぎすぎて病院から追い出された後になんですけどね……」

「私は念の為、病院で一泊させられていたのでそんな事があったとは知りませんでした」

「ちゃんと隊を率いる者同士、意見交換もしたんですからね?」

「疑いませんって。何か実りある話はありましたか?」

「はい! 大変勉強になるお話を聞かせてもらいました! 流石、あのコトブキ飛行隊の隊長をされている方だと!」

「私は隊長として仕事に専念されているレオナさんの姿を見た記憶がおぼろげなのは何故なのでしょうか?」

「きっと、ハルトさんの前だと自然とお姉さんになってしまうからだと思いますよ?」

 

 楽し気に声を出しながら笑うアコさん。そんなレオナさんをよく見ていてあげてね、なんてザラさんからお願いされていたのは内緒。

 それでもイヅルマに来てからレオナさんの新しい一面が見れた事が嬉しくも思う。

 

「さっ! ハルトさん! お昼ご飯を食べに一旦戻りましょう!」

「うぇーい」

「時々、ヘレンさんみたいな返事をしますよね、ハルトさんって」

「こういう返事をしてもアコさんは許してくれると私は信じているのです。これを教官殿に向けて言った日にはそれはもう大変な事に」

「シノさんの対応が普通だと思いますけど……」

「ならばアコさんは器が大きいという事で」

「結局、からかっているんじゃないですか! もう!」

「ごめんなさい。でもアコさんを信じているのは本当ですからね」

「私だってハルトさんの事は信じてますよ! 私達の為にあれだけご協力をして頂いただけでなく、イヅルマの危機を救ってくださったんですから! それに……」

「それに?」

「お父さんの事も含めたら、私はどうすればハルトさんに恩返しが出来るのでしょうか……」

 

 明るい表情が俯き加減に。お父さんの件についてはオタガイサマな案件だと思うのだけど、アコさんの中では違うのだろうか。

 

「気にしない方がいいと思いますよ? こう言っては何ですが、偶然の重なり合いとしか思えませんですし」

「それでも! お母さん達の喜ぶ姿を見せてくれたのは確かです! 私もお父さんの元気な姿が見れてとても嬉しかったのも事実です!」

「んーそれじゃ食堂でカツ丼を奢ってください」

「私のお父さんの存在価値がとても低くないですか!?」

「そうは言われても、あの時あの方がアコさんのお父さんだと知る由もなく」

「それはそうなんですが……なんだかモヤモヤとするんです! 私の納得が出来るハルトさんへの恩返しを考えてください!」

「私がですか!? 既にイヅルマの素敵な夜景を見せて頂きましたし、私がユーハングと知られた際にも慰めてもらいましたから、むしろ頂いてばかりなのですが」

「それは一旦忘れてください!」

 

 強硬姿勢を崩さないアコさんであるが、顔が赤いのはきっと私に膝枕をしてくれて頭をナデナデした時の記憶が蘇っているからではないかと思う。

 私もあの時の事は良く覚えている。人生初ではないかと思う出来事でもあり、それも容姿端麗のとても可愛らしい女性にしてもらったという事実。

 最近思うのだけど、イジツにいる今が私の人生のピークなのではないかと。その代わりにイジツ基準や出来事に驚かされる事も多々あるが、それさえもイジツの世界を楽しむスパイスになっているようにも考えられる。でも空戦はやっぱり怖いのだ。

 

「私の納得が出来る恩返しの方法は思いつきましたか、ハルトさん?」

「言葉にされると不思議な感覚に陥りそうですが、一つ浮かびましたよ」

「本当ですか! それは一体なんですか!? 私のチェックは厳しいですよ!」

 

 両手をワキワキと動かしながら今か今かと待ち望むアコさん。提案が却下された時点でくすぐりの刑に処されてしまうのではないかと不安になる程に。

 

「写真を撮りませんか? 考えてみたらイジツへ行き、アコさんと出会ったという証拠を用意しておかなければ、お父さんに信じてもらえるのかなと」

「写真ですか、確かにそれは良い案ですね! でもお父さんに私がアコだと分かってもらえるかな?」

「後日で良いので、アコさんとミヤコさんのお二人が喋る姿も撮影出来れば問題ないかと」

「確かに! お母さんも一緒ならお父さんもきっと信じてくれる……ってちがーう!!」

 

 頭を抱えながら提案を拒否するように叫ぶアコさん。今日は一段と身振り手振りが大げさだなと傍から見ながら思う。

 

「これじゃハルトさんに恩返しをするどころか、またお世話になってしまうじゃないですか!」

「別に気にしなくても。それに必要な事だと思いますし」

「それはそうなんですが! うぐぐ……」

 

 隊を率いる人間は、皆何処かかしら譲れない部分を持ち合わせているみたいだ。でも他に案と言っても……あっ。

 

「なら私と一緒に一枚どうですか?」

「……ハルトさんと一緒にですか?」

「はい。ただお互いに密着しあっての撮影になってしまうので無理にとは言いませんが」

「それです! それでいきましょう! 私とハルトさんが一緒に写っていればお父さんも文句は言わないでしょう!」

 

 さっきまでお世話になるから嫌だと言っていた気もするが、アコさんが乗り気のうちに済ませてしまおう。

 手招きでアコさんを呼び寄せ、私の隣へと誘導する。密着するぐらいの距離感、アコさんから甘い香りを感じとれる程に。

 取り出したスマホ君で自撮りの体勢に。手を伸ばして画面に私達二人が収まるようにピントを合わせるのに四苦八苦。

 二人で位置を移動したりと試行錯誤を重ねた結果、お互いの頬が触れあう程の距離に。背丈は余り問題にならなかったところが泣ける。

 

「このまま試しに一枚、撮影してみますね」

「な、なるべく早めでお願いします!」

 

 吐息さえ感じられそうな状況下で試しに一枚。映し出された二人の姿は、慣れない事から来る緊張で顔が強張っている。当たり前といえば当たり前か。

 

「表情がアレですけど、無事に撮影出来たので良しとしましょうか」

「駄目です! こんな表情をしている私の姿をハルトさんにお渡しできません! やり直しです!」

 

 目的が変わっているのではないかと思いながら、アコさんの指示通り何度も撮り直す。

 最初は強張る顔も、次第に慣れてきたのか、いつもと変わらぬ表情を出せるようになってきた事が枚数を重ねて確認できる。

 ただ、自然体の姿を撮影出来る様になるたびに、アコさんが自身の身体をこちらへ預けてきている状態に。私の鼓動が高まっている事がバレやしないか不安になる程に。

 

「撮影するにも手が限界にきそうなので、これで最後にしましょう」

「分かりました! ハルトさん、最後の一枚は私達だけの秘密にする事は出来ませんか?」

「勿論、構いませんよ。最初はそれが目的で撮影を始めたはずですから」

「そ、そうですよね! ありがとうございます!」

 

 気合を入れ直すように両手は拳を作り、覚悟を決めた表情を向けてくるアコさんを見て抱く感情は『可愛い』の一言。

 出会った当初は、発せられる悪意の無い毒舌に驚かされたりもしたが、イヅルマで共に過ごす内にそれもアコさんの魅力の一つではないかと思い初めてきた。

 イヅルマで発生した事件を通し、市長が始めた突発イベントの前に私へ見せてくれた晴れやかな笑顔。

 そして自分自身の胸の高鳴り。やっぱりそういう事なんだろう。

 最後の一枚を撮影するべく、再び密着といっても問題ない位置に立った時、自然と口から言葉が発せられる。

 

「アコさん、撮影前ですけど一言よろしいでしょうか?」

「何かありましたか、ハルトさん?」

「こうして出会ってから短い間ですけど、思った事があったんです」

「思った事……ですか?」

「私、アコさんの事が好きです」

「はぁ……ってうえぇぇぇ!?」

 

 告白して返事の第一声が奇声ですよ。でも可愛いと思ってしまうのは、あばたもえくぼ。秘密裏に連射モードにして撮影しとこ。

 万が一、撮影時にアコさんの体勢が崩れて倒れないようにと、腰へ手をまわしておいたのも正解かもしれない。

 実質、私の腕の中でも顔を赤くしながらモゾモゾと動く愛らしさ。短く整えられた赤髪がサラサラと揺れ動く。

 

「伝えたい事を伝えられたので撮影しますね」

「ちょっ!? 待ってください、ハルトさん! 心の準備が!」

「はーい、撮りまーす」

 

 アコさんの言葉を遮るように撮影準備。腰に回していた手をこちらへ引き寄せようとしたその時、アコさんからの抵抗が無くなる。

 撮影する為にスマホの画面をタップしたその瞬間、不意に頬へ感じるのは、熱のこもった柔らかな感触。

 画面に写し出されている姿を見れば、アコさんからの頬への口づけが記録されている。唐突な事を言い始めた私が固まってしまう。

 長くて短い甘いひととき。それでも次第に離れていくアコさんが、ただただ恋しく。

 

「この写真は絶対に他の人には見せちゃダメですからね!」

 

 念を押すようにその一言を発した後、アコさんは逃げるようにして格納庫から出て行った。

 これは告白に成功したという事だろうか? 心臓の高鳴りだけは収まらずに私と共にいる。

 追いかけて言葉で直接聞きたい。その想いを止められる術もなく、私はアコさんを追いかける為に格納庫から飛び出していったのであった。

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