シノさんはとても綺麗な人だ。
自警団の制服を着こなし、肩下まで伸びている艶やかな髪、凛とした細くて長い眉毛、メイクによって目つきがやや鋭く見えるところではあるが、左目の下にある泣きホクロが鋭さを和らげてくれている。
唇に薄いピンクのリップ、耳には青い花をイメージしたピアスを付けており、見た目に気を遣う方なのが分かる。
私に戦闘機のイロハを叩き込んでくれた時、後部座席にいるシノさんからは厳しい口調が飛ぶ。それは私の身を案じての事だというのは明白である。
他者に厳しく当たる事も多いが、自分には更に厳しい。人一倍、努力家なのは誰の目にも明らかだ。
だからこそ、みんなシノさんを頼りにするのだろう。
私にとっても胸を張って自慢できる教官殿である。この言葉に意図は無い。本当に。
「ハルト、何をぼさっと立ち尽くしているのよ?」
だが、いま私の目の前にいる教官殿は、普段見慣れた服装から雰囲気まで全てが違う。口調は変わらないのだが。
中身が入れ替わっている訳ではないのだが、いつもはクールビューティーと言われている教官殿の姿とは真逆の服装だ。その姿を目にしたせいで言葉に詰まる。
全体を白とピンクに覆われ、そこら中にフリルが付けられた服装は、可愛いを全面的に押し出している。
頭にはヘッドドレスともいえる形をした帽子を被っていることもあり、お人形さんかと思ってしまうぐらいに。
やはりシノさんは美人さんだ。似合うかどうかは横に置くとして。
「すみません、シノさんがとても可愛い姿をしていたもので」
「あら! ハルトはこの服の素晴らしさが分かるのね!」
「よくお似合いです。見惚れてしまいました」
「もう! そんなに褒めても何も出ないわよ! でも、ありがと!」
ごめんなさい。嘘を付きました。先程から好奇心と懐疑的な視線を周囲から感じられ、一刻も早く逃げ出そうとか考えていました。
そんな思いとは裏腹に、私の言葉を素直に受け取り、とても嬉しそうに微笑んでいるシノさんを見つめていると胸が痛い。
「出会えて丁度よかったわ。時間はあるかしら?」
「ごめんなさい、今しがた用事が出来ました」
「分かったわ、それじゃ行きましょうか」
シノさんは何を言っているのだろうか? 伺う様に見つめていると、ウインクで返される。予想以上にご機嫌が良い。
この空気を感じ取ると、イジツ人の気質ともいえるゴリ押しで物事を進めている訳ではなさそうだ。
どちらかといえば『分かっているじゃない』の雰囲気。つまり私の遠回しなお断りを、シノさんは私に付き合うという用事が出来たと受け取ったわけだ。
なんというポジティブ思考。いつの間にか私とシノさんの間には、言葉は不要のレベルで繋がりが出来上がっていたのか。
いやまあ浮かれているだけだと思いますけどね、ウインクを下さるぐらいですから。
早くこの場から逃げ出しておこうと考えていた私が悪いのだ。そんな私にご褒美までくれたのだから、本日は罪滅ぼしも含めてシノさんにお付き合いをしよう。
あと、イジツに居る間は、自分の考えは素直に言葉にしようと改めて決意する。空気なんて読むものじゃなくて吸うものだ。
どこへ向かうかも分からぬまま、シノさんの横に並びながらイヅルマの町を歩く。すれ違う人達からは、様々な視線を頂く。
そんな視線を気にも止めずに歩くシノさんはお強い。カナリア自警団として市民の皆さんから顔が知られていると考えているのだろうか?
そんなシノさんに負けない様に、私は普通を装う。あの一件以来、ちょいちょいと市民の皆さんから話しかけられたり、餌付けをされたりした経験がここで生きる。と思う。
この際、何が勝ち負けで普通なのか分からないが、これでも私は日本人。シノさんが着ている服装が好きな人達がいる事も理解しているし、男性がセーラー服を身に付けて道端を歩いてもスルーされる国に生まれ育ったのだ。
そう、大事なのは理解。理解をしようとする努力。たとえシノさんがゴスロリ好きだとしてもシノさんに変わりはないのだ。
「ハルト、ユーハングにもこういった服装はあるのかしら?」
ひっそりと決意を固めていた私に話しかけてくるシノさん。自身の服を軽く摘まみ、そう問いかけてくる。
「専門で取り扱っているお店が複数存在するぐらいには、知名度はあります」
「専門店が複数もあるの!? やはりユーハングね、イジツより先に進んでいるわ……」
「まさか服装でユーハング恐るべし! みたいな使われ方をされるとは思いませんでしたが」
「何を言っているのよ! 普段身に付ける物なんだから当たり前じゃない! 私からすれば戦闘機が! 発動機が! って異性同性問わず夢中になっている方が不思議よ」
「皆さん大好きですからね、ユーハングの機械」
「だからこそ、ハルトがイジツにやってきて、私達と出会い、私の服装に理解を示してくれている今がどれだけ貴重な機会か分かっているのかしら?」
「最後の部分が思いっきり私心だと思うのですが、教官殿」
「それだけ理解してくれる人が少ないのよ……。ミントは素敵だって言ってくれたんだけどね」
「可愛いが好きそうな感じがしますよね、ミントさん」
「だから今度、あの子の為に一着プレゼントをして」
「止めてあげて!」
そんなやりとりを続けながらイヅルマを散歩する私達。この様子だと特にコレといって用事があって出歩いていた訳ではなさそうだ。
歩きながらの会話の最中、ふと足を止めたシノさん。その視線の先には屋台があり、女性客で賑わっている。
支払いを終えたであろう人達が手にしているのは、飲み物のようだ。どの世界でも流行というものは発生するみたい。
その姿を見ていると、喉の渇きを感じるのが分かる。ずっと喋っていたから丁度いいかも。
「シノさん、よかったらそこの屋台まで付き合ってくれませんか? なにやら美味しそうな飲み物を販売しているみたいなのですが」
「結構並んでいるわよ? それに男性客はいないみたいだけど?」
「だからこそですよ。一緒に並んで下されば……」
そこで言葉が止まる。あれ、これってデートじゃない? お喋りしながら街中を散策して、時折ウィンドウショッピングをしながらお店を冷かしたり。
黙ったままの私から何かを感じ取ったのか、少し赤みを帯び始めたシノさん。その表情をしたまま沈黙が続く。
このままでは気まずい空気になってしまう。ここは一先ずシノさんには日陰にあるベンチで座っていてもらおう。
「し、シノさん。飲み物を買ってきますので、そこにあるベンチで待っていて下さいますか?」
「わ、分かったわ」
お互いにしどろもどろになりそうな会話を終え、私は列へと並び、シノさんは木陰のベンチへ。
こうして距離が離れた状態でシノさんの姿を見つめると、次第にアリなのではないかと思い始める。
本日は唐突な出会い方をしたせいで、日頃のシノさんとのギャップを脳が素直に受け止められなかっただけであったか。
そんな事を考えていれば、シノさんと視線が合う。自然と笑顔になり手を振ってみるが、視線を外されてしまった。
それもそうだ、急にお互いを意識してしまう様な発言をして、私だけ既に自己完結済みという。シノさんからすれば『急に何よ!』と思われても仕方ない。
けど、視線は外したまま膝の上に置かれていた手から、こちらに向けて小さく手を振り返してくれているシノさんの姿を見てしまったら、それだけで心が喜びで満ち溢れてしまう。
「あ、ありがと、ハルト」
両手に持っていた飲み物の片方をシノさんに手渡す。
お隣にお邪魔させて頂き、さっそく飲み物に口を付ける。すっきりとした爽やかな味わいは、乾いた喉に潤いをもたらせてくれる。
「あっ、美味しい」
「お口に合うようでよかったです」
「ハルトが選んでくれたのかしら?」
「はい。と自信を持って言いたいのですが、実際は店員さんにおすすめを伺いながら選びました」
「もう、そこまで素直に言わなくてもいいじゃないかしら?」
「性分みたいなものでして」
「確かに、ハルトならそうかもしれないわね」
誤魔化さず素直に答えたのが変だったのか、シノさんが笑う。なんだか照れ臭いけれど、ギクシャクしたままの空気で終わらなくてよかった。
「そっちはどんな味がするの?」
「レモン……でしょうか? 酸味が薄くて飲みやすいですよ。よければどうぞ」
ストローが付いている容器をシノさんに向ける。照れよりも呆れ顔に近い表情をしている。
考えている事は分かるけど、一つ一つを意識し始めたら、再びぎこちない態度に戻ってしまいそうだから。
ならこういう事をするなって? それは無理というものでしょう。私の中では既にデートをしていると認識しているのだから。
髪をかき上げてストローに口を付けるシノさん。吸い上げられていく飲み物と、鳴らされる喉の音。その仕草からは色気を感じられる。
「どうでしょうか?」
「……ハルトも経験してみれば分かるわよ」
お返しといわんばかりに私へストローが向けられる。私にもやってみろと。
先に仕掛けたのはこちら側、ケッコウデスとは言えるわけもない。一口頂きたいという欲求も沸いているのだから。
シノさんが使用していたストローに口を付けて飲み物を一口頂く。店員さんから味を聞いていたはずなのだが、不思議な事にその味は味覚に伝わらない。
「まったく味がしない。むしろそれどころじゃないのですが」
「無意識に勧めてくれたのか、意図的に勧めたのかによって、この後の私の態度が変わるのだけど?」
「意図的です」
伸びてきた手は、的確に私の頬を掴み引っ張っていく。
自分でも驚くぐらい伸びていく頬に、何故か笑いが止まらない。
そんな私を見て、怒るのが馬鹿らしく感じたのだろうか、再び呆れた様な顔をするシノさん。溜息一つの後に、微笑みをくれた。
頬を引っ張られて笑う人、頬を引っ張って笑みを浮かべる人。傍からどう見られているかなんて、今更言うまでもない。
気が付けば夕焼けが空を赤く染める時。あの後、シノさんがオススメする可愛いが沢山ある場所に連れて行ってもらった。
女性から見る可愛いには、様々なジャンルがあるものだと感心してしまうぐらいに。ゆるキャラ的な物は、世界を超えるのがよく分かる。
「あら、もうこんな時間ね」
「今日は一日が一瞬で過ぎ去ってしまった感覚です」
「私もよ。休日をこんなに楽しく過ごせたのは久しぶりだわ」
「それはよかったです。用事が出来た甲斐がありました」
「その用事って、本当は他にあったんでしょ?」
「まあ、有ったといえば有りましたが、私個人の用件だったので問題はありません。気にしないで下さい」
「……分かったわ。ありがとね、ハルト」
「こちらこそ、お付き合いいただきありがとうございます。シノさん」
今日はシノさんが笑ってくれる姿を沢山見られて、知らない一面も知れてとても唯意義な一日だ。
こんな楽しい日がいつまでも。そう考えてしまうところではあるが、私を待っていてくれる人達がいる事を忘れてはいけない。
このイジツにだって、きっと私の迎えを待ちくたびれている人がいるはずだ。
「ねえ、ハルト。今度、家族を探す為に行かなくてはならない場所があるって言ってたわよね?」
「オフコウ山ですね。早めに準備を整えて向かおうかと思っています」
「そこへ私も連れて行ってもらえないかしら?」
「それは構いませんが、何もない可能性の方が高いですし、あったとしてもお墓参りになるだけかと思いますよ?」
「構わないわ、こちらが無理を言っているのだから」
「ちなみに理由を伺っても?」
「私が孤児院育ちなのは知っているわよね?」
「ええ、努力を続けてシラサギ自警団の団長にまでなられた方だと」
「ありがと。素直に受け取っておくわ」
照れながら指に髪を絡ませ、そう答えるシノさん。
「そのせいなのかしら、家族というものがよく分からないのよ」
シノさんの言葉に、私はなんて返せばいいのだろう? なんだかんだ男ばかりとはいえ家族がいる身の私が何かを伝えても。
「あっ、そこまで深刻に考えなくても大丈夫よ。前に自警団の皆に実家へ招待された事もあって、何となくだけど雰囲気は感じ取れたから」
「そうでしたか。最初の問いかけだけでしたら、返答に詰まるところでした」
「ごめんなさいね、急に変な事を言って」
「いえ、それでオフコウ山へ行きたいという訳なのですね」
「やっぱり動悸が不純よね。忘れて頂戴」
「嫌です。もうシノさんを連れて行く事は決定事項なので」
「……ハルトって本当に変わっているわね」
「こちらにもシノさんを連れていく理由がきちんとあるのですよ」
「理由? 何かしら?」
「私とレオナさんだけで向かう予定が、シノさんまで来て下さる。もし、オフコウ山にお墓があった場合には、曾祖叔父から滅茶苦茶褒められる予感がします!」
「褒められるって、その場合は亡くなられているわよね? どういう事かしら?」
「自分が死んだ後に、別嬪さんが二人も墓参りに来てくれると考えれば、男冥利に尽きるというものですよ」
半分茶化しながら、もう半分は本心でそうシノさんに伝える。
深い溜息をつくシノさん。完全に呆れている。でも男の子ってそんなものだと思うのだ。例え口癖がヘレンさんの様にめんどくせーという性格であっても。
それにもしも本当にオフコウ山にお墓があった場合、私とレオナさんの二人だけで訪れるというのは何だか寂しい気がする。
そこへシノさんが自ら同伴したいと言って下さったのだ。お墓参りをするなら賑やかな方が喜んでくれるだろう。全てが前提ありきの話になるのだけどね。
「なので改めてこちらからお願いします。オフコウ山へ行く際にお付き合い頂けませんでしょうか?」
「分かったわ。私から言い出した事だしね。こちらからもお願いするわ」
「では、約束という事で小指をお貸し下さい」
「随分と懐かしい約束の仕方をするのね」
「私とシノさんの間で約束をするのなら、これ以上ない方法だと思いまして」
私が差し出した小指に、シノさんの細く綺麗な指先が伸びてきて小指が絡まり合う。
イジツでも通じる歌に乗せて指が上下に動かされるが、離される前の段階で不意に動きを止めてしまう。
「急に止めてどうしたのよ?」
「嘘ついたらどうしましょうか?」
「別に歌通りでいいじゃない? 嘘なんてつかないでしょう?」
「シノさんからの想いが重い」
「なんでよ! ハルトの事を信頼しているって意味よ! そんなに自信が無いのなら私が勝手に決めるわよ!?」
「大丈夫だと思いますが、お願いします」
「貴方が変わり者だと十分理解しているつもりだったけど、ここまでとは思わなかったわよ」
「さーせん」
指を絡ませたまま嘘をついた時の罰を考え始めるシノさん。悩んでいる表情、身に付けている服装、周囲を赤く染める夕焼け、何一つとして一致しない不思議な状況に再び脳が混乱し始める。
「そうね、もしハルトが私に嘘をついた場合、どうして私を置いて行ったのかについて問い質さなきゃいけないわ。その為だったらイジツ中を探し回り、例えユーハングに逃げたとしても追いかけてあげるわ!」
「こわっ!」
「ふふっ、怖いでしょう? だから私を置いて行ったらダメよ?」
「了解しました、教官殿」
「よろしい!」
私の返答に満足気に頷き、小指が離される。そのままシノさんは両手を組み、正面に向けて腕を伸ばす。
そして硬直した身体をほぐす様に真上へと腕が伸ばされる。時折、唇から漏れる吐息が艶めかしい。
今日一日、一緒にいた事で思う事がある。やはりシノさんは綺麗な人だ。外見だけでなく、内面も美しい人だと。
このままお別れするのが忍びないと思える程に。もう少しだけ一緒にいたい。その想いは私を動かす理由となる。
「その手は何かしら?」
「宿舎まで送っていきます。よければお手を」
「あら、ありがと。それじゃお言葉に甘えさせてもらうわ」
差し出した手にシノさんの手が乗せられる。その手を離さぬよう、傷つけないように気を付けながら握り締める。
ほんの僅かでも長く居たいという想いを乗せながら、赤く染まるイヅルマの町を、手を繋ぎながら二人で一緒に歩き始めた。
「そういえば、アレシマで私を助けてくれた方が、シノさんと似た服装をしていましたよ」
「あら! 分かる人には分かるのね! 会ってみたいわ!」