ナルサカの鬼   作:雪宮春夏

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 新年明けて一月たち、やっと出来たのがこれです。
 →結論 また新作をあげてしまいました。

 まるまる二行使って遊んでました、雪宮春夏です。
 思いついた物を書いてすぐにあげる癖はそろそろ止めるべきかもしれません。
 続けられるかも未定なのに。(苦笑)

 こんな作品乱立ばかりの作者ですが今年一年、またよろしくお願いします。
 
 では、どうぞご覧下さい。



 one 旧校舎の怪異 

 それは、右も左も分からなくなってしまった俺にとって、たった一つだけ提示された道標だった。

『……もし、貴方がまだ』

 僅かな逡巡。

 俺を匿ってくれた、広義的には同属という、俺よりもかなり年上なのだろう()()は、僅かばかり目を伏せ、ついで俺を見つめた。

『そこには行き着くだけでも、辛い道です。辿り着けるかどうかすら、分からない。確実に追っ手はかかるでしょう。私はここから出た貴方を助けることは出来ません……よしんば辿り着けたとしても、彼らが貴方を受け入れる保証も、無いと言って良い……』

 因縁があると、教えられた。

 あちらとこちらには、友好関係など望めない。

 訪ねた先で、殺される可能性の方がずっと高い。

『それでももし、貴方がまだ……「人として生きること」を望むのならば……』

 その言葉は、俺にとって、たった一つの道標だった。

『江戸に……東京にいる奴良組の総大将、ぬらりひょんを訪ねなさい』

 この会話を交わしたのは、まだ秋の色が深い京都の地。

 人の悪意を受け、異形になった俺に、たった一つだけ残された道標。

 そして、俺の新たな物語の始まりだった。

 

 

 

「若がいつまでも奴良組を継がずにブラブラしてるから!!」

 ぬくぬくとあたたかな日差しの下で微睡んでいた俺の耳にまで届いた怒声は、下手をしたらこの屋敷中に響いているのでは無いかと思われる。

 またやっているのかと、重い目をこじ開けながらも思ってしまったのは仕方がないだろう。俺がここに世話になるようになってから彼ら二人の言い合いは毎朝の日課と言っても良い位に繰り返されていた。

 ふわぁと、噛み殺しきれない欠伸を寝具の中で零しているうちに、一方の相手……「若」の通う学校へ行く時間が迫ってきたのか、庭の外が目に見えるほどの騒々しさに包まれていく。

「また学校でイジメにあいますぞ!」

「……若は我々の大事なお人」

「その若に何かあったら……人間どもタダじゃおかねえ!!」

 段々熱を帯びていくこの家に居着く妖怪達の声に、遂には「若」の悲鳴染みた懇願の色濃い制止が辺りに響き渡った。

「たのむからご近所で「出没」しないでくれーっ!!」

(大変そうだなぁ)

 その騒ぎを聞きながら思考があくまで他人行儀になってしまうのは、俺が奴良組の正式な組員では無いからだろう。

 だからこそ、「若」と呼ばれる彼……次期「若頭」と目されている少年においても、どこか他人事にしか思えないのだ。

(……いや、そこを差し引いても、本家の妖怪達はちょっと過保護に過ぎるけどな)

 その理由と呼べるものは色々と想像できるが、あくまでそれは想像の域。

 結局の所、まだ住み着いて間もない俺はどう繕ってもこの屋敷の住人には……「家族」にはなれないのだろう。

(……まぁ、時間だけの問題でも無いだろうが)

 ふと、俺以外の誰もいない自室の中で浮かべた笑みはなんなのか。

 予想は出来ても考えたくは無くて、そのまま俺は布団を更に深く被り、目を閉じる。

 燦々と輝く太陽の光は、今の俺には酷く眩しすぎた。

 

 

 

(……俺、何でここにいるんだろう)

 時を経て、同日夜。

 ぼんやりと…未だ要領の得ない思考回路のまま、そんなことを考える俺の目の前では、まだ幼さの残る少年、少女達がワイワイと賑やかに話し込んでいる。

「及川氷麗です! こういうの、超好きなの!!」

「俺も好きなんだ。倉田だ」

 その中に、酷く見覚えのある二人の姿がある。

 奴良組本家の妖怪で、俺がここにいる元凶の一端でもある二人だ。

 ……というより、なんであの二人の正体に「若」が気づかないのかが本当に分からない。あんなに分かり易いのに。

 そんな些事をとりとめも無く考えているうちに始まった子供達の子供達による夜中の大冒険。

 何でも舞台は東央自動車道……国道を挟んだ向こう側に立つ、この学校……「若」が通う、浮世絵中学というらしいが、そこの旧校舎らしい。

 現在使われている校舎との間に国道が出来たことで引き離され、使用する機会が無くなり、現在は廃校同然の廃れ具合になってしまった所。

 そこが現在、絶好のホラースポットなのだそうだ。

(……脳天気な)

 彼らのレクリエーションを横目にそう感じたのは俺が同年代の時にこんな冒険とはくらべものにならない経験をしてしまったせいだろうか。

 当たり前の日常がどれほど尊いものか、それは崩れてからではないと分からないとはよく言ったもので、そのような事態にまだ直面したこともないからこそ、彼らはこのような刺激を日常に求めるのだ。

 頭では分かっていても、この世界の()()を知る身としては、ただそんな命知らずな真似に溜息を禁じ得ない。

 その場に集った七人……俺を含めた三人は「若」がそこにいるという理由だけで集ったわけだが、二人の目的である「若」の守護に加え、「若」を除いた三人が望むであろう刺激を、実感させないことが、今回の()の役どころと言ったところだろうか。

(あの二人は、最終的に「若」さえ無事なら、他はどうなっても構わないんだろうがな……)

 生憎と、俺はまだ人間に対して、そこまで無関心にはなれそうに無い。

 吐息に自嘲の色を含んだ溜息を混ぜて吐き出すと、ふと車の有無を確認していたこの「冒険」の発起人、清継という少年と視線が交わった。

「失礼。見たところ、うちの学校の生徒ではなさそうだが……あなたは?」

 問いかけに混じったのは僅かな不信感。

 制服姿の二人と異なり、私服の、しかも明らかに年上と思えた相手には、当然の対応だろう。

 さして気にする様子もなく、俺は考えていた言い訳と共に軽く頭を下げてみせた。

「……『桐ヶ谷 和人(きりがや かずと)』だ。見ての通り中学生ではないが、子どもだけだと何かあったら大変だと思ってな。「彼女」に頼まれて引率役としてきた。……まぁ、羽目を外さない限りは放任しといてやるから気にせず好きにやってくれ」

 「彼女」と指さされた雪女が、アルカイックスマイルのまま、絶対零度の瞳で睨んでいた事は敢えて気づかなかったことにした。

 折角の自分の時間をこんなことの為に無駄にされたのだからこれぐらいの仕返しはしても罰は当たるまい。

 

 

 

 素っ気ない言葉で紹介を終えた人は、黒髪、黒目の和風美人と言うか……一見、女性と見紛うばかりの、整った顔立ちをしていた。

「夜の学校って、ちょっと気味悪く思うけど、大人の人がいるなら安心だね?」

 そう僕に語りかけてきた幼馴染みのかなちゃんに頷き、僕も清継君達にならって国道を横断する。

(これって……決して悪行ではないよね!?)

 漠然とした不安を抱えたまま、僕らは廃墟として佇む旧校舎に、足を踏み入れたのだった。

 

 

(ありえねーっ!!)

 探索開始から数十分が過ぎた旧校舎の中には、何も起こらない事に対して興ざめをおこす面々と、人知れず起きた異変の全てを対処したことで、疲労困憊になるリクオという、対極な双方の姿があった。

 四隅の角に座り込んでいた少女の霊や給湯室で人の血を飲まんと欲していた声。和式トイレの中から出かかっていた蟲のような何かに天井からぶら下がった人物霊等々……。

(とても一人じゃ庇いきれない……バレるバレないじゃなく……)

 この場所に入ってから遭遇した諸々の量を改めて思い浮かべると、途方に暮れる以上に不安が襲う。

(このままじゃ、みんなに危険が……)

 息を整え、顔をあげようとしたリクオは、そんな彼を注視する二人の人物に気づかず、そして。

「……大丈夫か?」

 背後からかけられた声にも、やや大袈裟ともいえる反応を示してしまった。

「あ……桐ヶ谷、さん」

 声をかけてきた青年は、先刻紹介を受けた自称「引率役」。自身で述べていたように危険が起きない限りは動かない主義なのか、あれ以来必要以上に他のメンバーに話しかけることもなく、距離を置いて自分たちを観察しているようだった。

「ペース配分はちゃんと考えた方が良いぞ。帰りも同じ道を通るんだし……はしゃぎすぎて、疲れたんだろ?」

 苦笑交じりに言われた言葉は下手に嘘をつくことを好まないリクオには渡りに船で、空笑いと共に流した所で、前方から聞こえた声に我に返った。

「ま……待って!!」

 食堂に入ろうとしている一同を慌てて追い越そうとするリクオは最後まで、桐ヶ谷が最後尾にいた本当の理由に気が付かなかったのである。

 

 

 

「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 悲鳴をあげながら裸足で……中には上半身裸の姿もいたが、逃げ出した彼らはただ、その場から離れる事だけを考えていた。

 離れた後どうするのか、そもそも、どこへ向かうかなど、彼らにとってはさして深く考えることではない。

 この世界に住む大多数の生物は、彼らにとっては補食対象であり、数少ない()()……今し方相まみえたような存在でさえなければ、自分たちを阻むものなどいないのだから。

 だからこそ、危険は去ったと思ったのだ。

 ()()が追ってくる気配は無い。

 ()()をやり過ごした以上は、今まで通りの生活に戻れると。

「……本家の奴らが甘いって、言われる所以(ゆえん)はこれだよなぁ」

 思っていたそれは、飄々とした口調で語りかけながら迫り来る目の前の相手によって、粉々に打ち砕かれていた。

 暖かみの感じない、冷然とした紅色の瞳。

 キラキラと、月の見えない闇の中で輝く白銀の短髪は、所々癖があるのか、跳ねた部分が見える。

 黒いズボンに、黒のパーカー。何も手元に無い姿は、まるでふらりと散歩に来ているかのように身軽なものだ。

「な……なんだお前はっ!」

 ジリッと、後ずさりながら吐き捨てたのは悲鳴染みた声音。

 そこに微かに混じっていたのは、紛れもない恐怖だった。

「なんだ……ね」

 対する相手に動揺は見えない。

 それどころか、周囲を囲み各々が放っている筈の威圧にさえ、まるで反応を示さないのだ。

 単なる()()の筈なのに。

 逃げ出した建物から出る前に、ポツンと一人立っている目の前の男を最初に獲物と定めたのは誰だったのかは分からない。

 ただ、堪能していた食事を人間の子供達に見られ、その子供達を始末しようとしたところで手痛いしっぺ返しを送られた事で、いつもはたとえ少しであっても働く思考がこの時は働かなかった。

 ただ、鬱憤交じりに、欲望のままに喰らおうと動いた彼らが次いで見たのは、一瞬にしてはじき飛ばされた自分たち自身だった。

「さぁなぁ、俺はなんだろうな?」

 戯けるように、軽く首を傾げてみせる相手の目はしかし、僅かたりとも笑ってはいない

 それどころか彼が口を開くごとにビリビリと周囲の気配が重たく澱んでいるようにも感じた。

「ここに迷い込んだ……入り込んだ奴らを喰らい続けたお前らは……じゃあなんなんだ?」 

 ようやっと、動いた唇。そこから漏れ出た疑問に、しかし答えることはない。

 なぜならば考えたことなどないからだ。

 彼らにとってそれは当たり前のこと。

 わざわざ目の前にある食事の意味を考えることなどないのだから。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 それ故に、彼らをこの時、突き動かした衝動は、ただ、ただ欲望でしか無かった。

 答を考えることすら放棄した彼らは、()()と思われる相手に襲いかかる。

 裂いて、千切って、……殺す。

 常に抱く欲望の通りに、今までの獲物と同様に扱おうとした彼らは……気が付けば地に伏していた。

「……?」

 ごぼっと、次いで口から零れたのは、鮮血。

 視線を向けると、そこには先刻までと何も変わらない獲物の姿。いや、軽く手を振り上げた部分が変わったと言える場所だが、そこには何もない。直ぐさま降ろされたそれは無意識なのか軽く左右に振られている。

 それはまるで。

 まるで……刀剣の返り血を払うような仕草。

 そこまでが、それの思考の限界だった。

 己が切断さ(きら)れたという自覚もないまま、それは息絶えたのだった。

 

 

 

 先導役の死によって、その妖怪達は呆気なく、統率を失った。最も、単なる獲物に対する食欲のみで繋がっていた彼らに最初から纏まりなど無かったのかもしれない。

 返り血の一つもついていない掌に、しかし、血がこびりついているかのような幻を見て、俺は軽く頭を振った。

「……悪いな」

 零した謝罪が自己満足であることは自覚している。

 彼らにとっては単なる食事でしかなかったのだとしても、それが「奴良組の領地(ここ)」で行われるのであれば見過ごすことは出来ない。

(「奴良組の領地(ここ)」でなければ見向きもしないのだろうことを考えれば、偽善以外の何ものでもないけどな)

 思わず浮かべた自嘲の笑みを、見つける者はいないだろう。しかし、その場が静けさに包まれる前に外から……いや、俺が外にいる時点で向こう側は建物の中なのだから室内からと言うべきだろう。そこから、「若」の苦悩に満ちた叫び声が響き渡る。

「だからボクは人間なの!!」 

「……くくっ」

 その叫びに、思わず俺は笑ってしまった。

 零れた声をかき消すように、彼らの騒音は続く。

「まだおっしゃるのですか!! あなた様は総大将の血を四分の一……」

「ボクは平和に暮らしたいんだぁ~~~!!」

 笑いが零れた理由は、己が人間であると断言できるリクオにか。それに苦言を呈しながらも「四分の一」を呼称することで無意識に残りの「四分の三」を否定しない鴉天狗にか。それとも。

 そんな彼らの掛け合いを、外側から、耳でしか受け止められないという物理的な壁を敢えて作り続けている俺自身か。

 ガタガタ、ギシギシと聞こえてくる音に、彼らが外へ出る為に移動しようとしているのを感じて、俺は周囲に散らばるそれらを……先刻まで生きていた「敵」であったモノを無造作に掴んで、彼らの視界に映らないように放り捨てた。

(……向こうと違って、現実じゃあ()()()()って所が面倒だけどな。……まぁ、中の奴らも含めて、今夜中に片付ければ良いか)

 平然とそんな血生臭い事すら考えられるようになった自分自身に改めて嫌悪感を覚えながらも、出てきた彼らに声をかける。

「やっと出てきたのか」

 ビクリッと、見ているこちらが面白くなるほどに肩を強ばらせるのはリクオだ。

 どうやら当初彼らにした自己紹介のほとんどを忘れてしまったらしい。

 しかし、その反応に、こちらが会話をはじめる前に割って入ったつららは、僅かに顔を膨れさせた。

「ちょっと()()()! 貴方肝心な時にふらりといなくなるなんて、どういうつもり!?」

「えっ!?……()()()ッ!? 桐ヶ谷さんがっ!?」

 つららの言葉に「人間」としての桐ヶ谷和人と、今の俺が結びつかなかったのか、目を白黒させている「若」に、仕方なく再び「人間」の桐ヶ谷和人の姿に戻る。

……本来なら変化にあたるのであろうそれだが、俺としてはまだ俺が「人間」であった主観が強いために、「戻る」という言い方が何故かしっくりときていた。

「あっ! 桐ヶ谷さん」

 その行為が正解だったといみじくも気づいたのは彼らの後方から男の子二人を両手に抱えた青田坊……「倉田」と、「若」の幼なじみだという家長カナが歩いてきた時だったが。

「さぁ、肝試しとしてはもう十分だろ?……一部はしゃぎすぎて倒れた奴もいるみたいだが。そろそろ良い時間だし、ここらでお開きにしようぜ?」

 皆がそれぞれの思惑で望んでいるだろう言葉を、年長者の顔で飄々と呟く。

 事情を何も知らないまま、ほっと安堵の色を浮かべる少女や、表面的な事情を知ってジトリと彼の側役である二人を睨む子どもがこれ以上の事を知る必要は()()ないだろう。

 後始末と言うべき汚れ仕事は、俺と遅れてくる()()がするべき事だった。

「じゃあな。お前ら。気をつけて帰れよ?」

 あくまでも「良いお兄さん」を演じながらも、俺の頭は冷徹なまでにこれから夜が明けるまでのスケジュールを組み始める。

 それに気づく事無く、彼らはここから立ち去っていく。

 これが、今の俺のいる世界。

 

 

 

 ここは仮想(バーチャル)でなければ空想(ファンタジー)でもない。

 ただの……現実(リアル)だ。

 

 




 頭の中では勢いよく進んでいるのに、文章にするのは難しい。
 とりあえず、目標は月一更新ですかね……(-ω-;)

 期待しないで待っていて下さい。
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