ナルサカの鬼   作:雪宮春夏

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 前半、ほのぼのです。
 後半、ドシリアスな上にグロ表現等あります。
 温度差(?)の違いが嫌な人は読まないで下さい、雪宮春夏です。

 第二話と銘打ちながら、内容は一話の裏話。
 しかし、これを一話の後にくっつけるのは少し違うと思っての分割です。

 それでは、どうぞご覧ください。


two 旧校舎の怪異 顛末

 小さい頃の僕は、ただ無邪気にその存在に憧れていた。それは祖父の語る話がただ面白く、現実を直視する必要がなかったからだ。

 でも今は違う。

 僕は()()()()()になるんだ。

 それが正しいことだと、今のぼくは信じている。

 

 

 

「うわぁぁぁ! よく見たら全部写ってるしぃ!!」

 帰宅後、小学校時代から二人が護衛としてぼくについていたと知ったぼく、奴良リクオが改めて小学校時代の卒業アルバムを紐解いていけば出は出はと言うかのような勢いで、リクオの写真には必ずと言っていいほど彼らの、若しくは二人の内一方の存在が写されていた。

「まさか……キリトも!?」

 思わず問いかけたそれに彼らは呆気なく否定した。

「いいえ。キリトは今日だけですよ? だいたいあんな奴をリクオ様のお側に寄せるなんてことある訳ないじゃないですか!」

 でも、結局今日も何の役にもたってはいませんでしたけどと、続けてつららは不満顔でむくれる。

「……まあ、保険以下の存在でしたが。見た目を繕うのだけはうまいですからね。子どもだけで悪目立ちし、下手に世間体を悪くするのはリクオ様の本意ではないだろうといってましたが……」

 こうしてみると、単に外に出たかっただけなのかもしれないなどと、青田坊もどこか呆れた風に呟く。

 キリト……人間の姿では桐ヶ谷和人を名乗っていた彼が、本家の中から出たところを、リクオはほとんど見た事は無い。

 彼が奴良組に入ったのは今年の初め……まだ雪が溶けきっていない頃だと思う。

 ある夜更けの時分に、ふらりと奴良組本家に現れた彼は当然のこと、本家の妖怪達に、直ぐさま囲まれた。

 その時の様子はあくまで伝聞にしかならないのは僕がその現場を実際に見ることが出来なかった事が大きいだろう。

 あの日のことは酷く覚えている。

 皆の異様にピリピリとした空気。

 微かに聞こえたキリトの声は泣き出しそうなくらい弱いもので……そしてその日、多分ぼくは物心ついて初めて、母さんの怒った声を聞いた。

(それから……キリトは本家にこそ暮らしているものの、皆との、僕との距離は相変わらず変に開いているんだよなぁ。……その分、何故か母さんとの距離は近そうだけど。台所とか、よく手伝ってるし)

 未だにあの時の彼らの張りつめた空気の理由は、双方どちらにも聞けてはいない。

 本家の面々はともかく、キリトは尋ねた分、きちんと答は返してくれるのは既に分かっているので、これはどちらかと言えば、聞く勇気が持てないだけなのだが。

(………そういや、キリトって「何の」妖怪なんだろう?)

 そんな基本的な事さえ、話せないほどまだ、二人の、彼らの距離は遠かった。

 それに一つ溜息をついて、リクオは明日に備えて寝床へ潜る。

 

 

「相変わらず、大したもんだよね~。キリトのそれも」

 ところ戻って旧校舎内部。援軍にあたる「彼ら」が持ってきた麻袋に詰められたのは、不法侵入してきた敵対勢力とはいえ、俺たちと同じ一つの命の成れの果てだ。

「……本当に馬鹿げた身体能力だな。鎌鼬でもないくせに、腕を振るう速度を超高速とすることで擬似的に相手を切り裂くなんざ……「武器」なんて、本当に必要なのかよ?」

 どこかうんざりしたように問いかける援軍の彼らは、見た目は俺よりも随分と幼い。

 だが、その実年齢は、おそらく俺が最初に会った「同属」の()()とどっこいどっこいなのだろうから、もう年齢詐称ではすまないレベルだろう。

「それはいる。なぜならこんなふざけた戦法は、いくら妖怪の体でも生身じゃあ使えない……この()()だからこそ、出来るやり方だからな」

 彼らが時間つぶしに使っている話題に答えながらも、なるべく丁寧に遺体の一つ一つを袋に収めていく。

 殺しておいて言う言葉ではないが、せめて安らかに眠って欲しいとは思う。

 それすら自己満足で、偽善でしかないのだから、本当に俺は救いようがない。

 薄らと苦笑を浮かべた俺は、最後の一人を治めた麻袋を抱え上げて……何やら不吉な音が、俺の右腕から出されたのを聞いた。

 恐る恐るとその右腕に目線を合わせると、間接にあたる部分に微かな亀裂が生じている。

「……あーぁ。またやったのかよ」

「……なるほどね。確かにこれはいるね。()()()()()()「武器」」

 一人は呆れ。一人は苦笑。

 それを受けながら、俺は溜息をついて、ブラブラと不自然な動きしか出来なくなった右腕をみる。

「問題ないよ……どうせそろそろ「薬」も無くなるしな。数日中にはあそこへ行くさ」

「了解。牛鬼様には伝えておくね。じゃあまた」

「なるべく値引きさせろよ。おめぇの()()はただでさえこっちの貴重な収入源、食い散らかしてんだからな」

 二人が別々の言葉を投げ、夜の中に消える。

 それを見送りながら、俺は改めて寿命がきれたのだろう己の右腕に視線を向けた。

「……さて、どうやって気づかれずに抜け出すかな?」

 俺は俺のことを、聞かれ無い限りは喋らないようにしている。

 当然、この腕のことも。

 奴良組本家の面々は、俺が隻腕であるという事実を知らない。

 

 

 瞼を閉じているはずなのにはっきりと分かる明るさと、肌を焼く熱さに、それが炎だと知って、彼は目を開いた。

「……ナルサカのオニが覚醒しました。……これより儀式を行います」

 その頭上から振ってくる平淡とした声。気を失う直前に嗅がされた薬の副作用だろう。重苦しさの抜けない頭痛の中でぼんやりと意味を掴めない声を彼は聞き流す事しか出来なかった。

(あぁ、これは……あの時の夢だ)

 それを別の視点で見ている意識がある。

 こういう、夢だと自覚して見る夢は、明晰夢と言っただろうか。

 あの時の俺は、誘拐紛いな連れて来られ方をされて、ここがどこなのかもわからなくて……常の俺としては珍しい、混乱状態に陥っていた。

 だからこそ、何が入っているのかも分からない怪しげな薬を無理矢理服用されてまともな抵抗すら出来ない状態にされたのだ。

(……まぁ、これから起きることを考えたら、逆にここまで現実味がなかったから、俺は逃げることに躊躇せずにすんだのかもしれないけど)

 そうでなければ、おそらく俺はこの場所に今も囚われていただろう。

 その結果がどうなっていたのかは、その仮定を覆した俺には、あくまで予想でしか語れないが、碌な事にはなっていなかったのではないかと思う。

 改めて見ると、ミミズののたくったようなおかしな模様の書かれた敷布で顔を隠した二人の男に、左右から彼は抑えられていた。

 おそらく、彼が目を覚ました直後から、この体勢だったのだろう。

 彼の眼前で焚かれている炎。その傍にある何十もの紙で巻かれた一振りの抜き身の刀。

 客観的に見ている今だからこそ、この場所の異様な雰囲気がはっきりと分かる。

 俺が冷静に状況を見定めている内に彼と炎と傍らの刀を囲むように、円心状に佇んでいた者達が、一斉に何らかの言葉を呟きはじめた。

 内容自体は声量がそこまで大きくないことと、敷布で声がくぐもっているせいか、意味のあるものとしては聞き取れない。

 ただ、今の俺にはそれ雰囲気その物が、嘗て暮らした仮想世界で行われていたとされる、ある儀式を思いおこさせた。

(強制シンセサイズ……)

 無論、俺はその儀式自体を、伝聞でしか知らない。

 実際にそれを受けて、その行為の時間を覚えていられたものはいないだろう。

 それを実行していた者達も、既にこの世のどこにもいない。

 それでもこの場に満ちる空気が、それに近しいものなのではないかと、何故か俺には思わせられる。

 俺の内心を置き去りにしたまま、夢は進む。

 当然だ。なぜならばこの夢は俺自身の記憶の追体験に過ぎず、言うならば既にとうの昔に過ぎ去った過去の出来事なのだから。

 夢を見ているだけでしかない今の俺が何を思い、やろうとしたところで、それがこの夢に影響を与える事などあり得ない。

 その渦中に置かれている彼の……嘗ての俺の意識はまだ朦朧としたままなのか、その傍らに一人の男がその抜き身の刀を手に捧げて近付いてきている事にも気づいていない様子だった。

 寧ろこれから起こることを知っている俺の方が、嫌でもその先を意識してしまい、心なしか後ずさりそうになる。

(……くそったれ)

 いっそ、「それ」が起きる前に夢から覚めて欲しいところだが、自発的な夢からの覚醒の仕方など俺は知らないし、知識も無しに出来るものでも無いだろう。

 その意味では間違いなく、これは悪夢の類だった。

「ナルサカに伝わる剣……「鬼切丸」よ」

 朗々と傍らの男が発する声は、くぐもった他の声と合わさり、嫌でもその場の異様な雰囲気を高めていく。

「「鬼を切る」名を持ちながら、他ならぬ「鬼」に力を貸した罪、主人となる資格を持つ者を断つことにより償うがよい」

 たかが道具でしかない剣相手に、随分と仰々しい言い回しだが、聞いているこちらとしては堪ったものではない。

 僅かな無音。

 ついで響いたのは、聞き慣れた俺の声……聞いたこともないほどの、喉を裂くかのような絶叫だった。

 朦朧とした意識も、覚醒したのだろうが、今度は痛みでまともに話すこともままならない。

 あの時は焼けるような痛みと、呼吸もままならない苦しさで、まともな思考能力なんか持てなかったなと、他人事のように思い出してしまう。

 しかし、続けてみせられる映像には、俺自身も未だに直視できない物が入っていた筈だ。

 それを理解していて尚、目を閉ざした位では、この夢は覚めてはくれないのだけれど。

 先刻まで一斉に同じ言葉を発していたように見える円心状に囲んでいた人々が、ついで、次々と、異なる言葉をバラバラに放ち始める。

 まるで追い討ちをかけるかのように。

 ある筈の無い耳鳴りまで聞こえそうになるが、俺は耳を塞ぐことすら出来ない。

 いや、耳を塞いだところで容赦なく、その声は俺の中に入ってくるのでは無いかと思える。

 ゾワリと。

 痛みに声を掠れさせる俺の前に焚かれる炎の中で、何かが蠢いた気がした。

 ゾクリと、それを見ているだけの筈の俺の背筋に悪寒が走る。

 単なる夢の筈なのに、これはどういう仕組みだろう。

 ジリジリと痛みに似た熱を感じて目を向けると、本来なら義手がある筈の右腕に義手がなく……夢の中で目を見開き、声を引き攣らせる俺と同じく、剥き出しの右肩の半ばまでしかない傷口に彼らのつけていた敷布と同じ、ミミズののたくったようなおかしな模様が蠢いている。

……まるでその模様自体が生きているかのように。

「……っ!」

 咄嗟に左手でその部分を強く押さえつけるも、蠢く模様がまるで意思を持っているかのように左手にも模様が広がっていく。

(……なんだ!? これっ……!!)

 その瞬間、俺が疑ったのが、これがただの夢でない、何らかの攻撃である可能性だった。

 俺はあの当時をまるで覚えていない。

 しかし、さっきまでは俺はあくまで追体験のように夢の内容を第三者の視点で見ているだけで、実際に何らかの影響を受けていたことはない筈だ。

 なのに。

 俺自身もまた、混乱の一歩手前に至っていたが、それは再び朗々と響いた男のこえによって、掻き消えた。

 いや、これからの事を思えば、この悪夢をこれ以上見ることがなくなるのならば、この時点で狂ってしまっていた方がマシであったかもしれない。

「喜ぶがよい。お前自身から生まれた()()がお前の力を呼び覚ます。……案ずることはない。お前の力は我らがしかと使ってくれる……全ては」

 

 

 

「……()()()()()()()()()()

 先刻まで聞いていた声と全く同じ筈の物が、耳に、体にこびりつくような違和感……それは、不快感とも言い換えられる程の感覚だった。

 しかし俺は、それにただ震えているだけで、何の反応も返せない。

 目の前にあるのは小瓶に入った、赤い液体。

 そうだ。

 これと同じものをあの時、あの場所で入れられたのだ。

変若水(おちみず)……」

知らず知らずに言ったその名称は、この時点での俺は知らない。俺がそれを知ったのは、ここから逃げた後、一時的に俺を匿ってくれた同属の()()が推測混じりに教えてくれた物だ。

 俺や()()のような、畏れという概念が生まれるよりも遙か昔に生まれ出でた鬼の一族の血肉からのみつくられる、人間を鬼へと……人外へと変質させる薬。

 それを入れられて、俺はこの姿になった。

 それを入れられて、嘗ての俺は……「桐ヶ谷和人」だった男は死んだのだ。

 目の前の俺は炎の中からあふれ出した模様が全身へと広がっていた。

 本来ならば白に近いはずの肌がびっしりと黒に塗り潰され、唯一、右肩の切断面だけが、赤く色づいている。

 小瓶を持つ男は笑みを浮かべながらその切断面へと小瓶の中身を垂れ流した。……それは、一滴たりとも地面に落ちることなく、体の中へと染みこんでいく。

「やめろ……」

 無意識に言葉が零れた。

 既に終わっていることだ。奴らが止めることは無かったと分かっていても、言わずにはおれなかった。

「やめてくれっ……!」

 異変は、直ぐさま訪れた。

 違和感に、驚愕に、見開かれた目。黒である筈のそれが充血したように、赤く、紅く染まっていく。

「あ……あがっ……!」 

 苦痛に、喘ぐように開かれた口の中から異様に尖った犬歯が見えた。

 それは、現実の俺の体に確実に存在する、人外の証の一つでもある。

「……っ!」

 握った拳に、痛みが走った気がした。

 それでも、まだ足りない。いっそ、その痛みで今すぐにでも、目を覚ましてしまえば良いのに。

 そう願った所で、叶えられた試しなどない。

 それを証明するかの用に、三度朗々としたあの声が耳に届いた。 

「素晴らしい……! これが羅刹(らせつ)……!!」

 そこに宿ったのは、狂気の混じった歓喜。

 その力を得ることを、ただ喜んでいる。

 あたかもそれが己の所有物(もの)のように。

 それを見つめていた俺は、直視することが出来ずに、目を逸らす事しか出来なかった。

 おそろしいと思う。どんな凶悪な妖怪よりも、欲にまみれた人間の方がよっぽど……だ。

「この術式が浸透し、折伏を完成させれば……後の結果は自ずとついてくると言うもの……!」

 薄らと浮かべる微笑には美しさの欠片もない。醜悪その物であったが、それを見咎める相手はここにはいないのであろう。

 全てこの男の計画通りに進んでいる。

 実際にその通りで、俺自身もそう思っていた。

 だからこそ、次に起こった変化に俺は目を見開いた。

 

 

バチッと。

 

 

 横たわる俺の体に、稲妻が走ったのだ。

 そして……素肌を黒に覆われた俺の目は、人である「黒」でも、人外である「紅」でもない……「金色」に変化していた。

 

 

「……え?」

 パチッと、見開いた目を、二度、三度と瞬かせ、漸く俺は、ここが奴良組本家の中にある、自分の居室だと分かった。

「…………ゆめ?」

 何かを、確かめるように、言葉を呟く。

 別に、夢の内容を忘れたからではない。

 だだ、呟かなければ、どちらが夢なのか、分からなくなりそうだった。

「う゛っ……」

 しかし、その悪夢を見るごとに繰り返していた日常(ルーティン)は、唐突に終わる。

 内から湧き上がってくる何か。

 衝動的に沸き起こる空腹感……飢餓の予兆に、口を押さえてジッと耐える。

 これが何かは知っている。

 しかし今は間が悪かった。

(薬……切らしてたんだった……)

 昨夜、旧校舎から帰った直後、飲んだ薬……それは、羅刹のもつ殺戮衝動、及びそれを誘発する吸血衝動を抑える薬なのだが……それが、俺の手元にあった最後の薬だったのである。

『……どうせそろそろ「薬」も無くなるしな。数日中にはあそこへ行くさ』

 数時間前の俺自身を、ついつい殴りたくなる。

「数日どころか、今日中に取りに行かないと、不味いかも」

 この時俺の顔色はかなり白くなっていたと思う。

 そのため俺はすっかり忘れていた。

 夢で俺が最後に見た「金色」の事を。

 この色は俺自身が知らないだけで、数多ある仮想世界で起きた、あのいくつもの戦いの中で……何度も俺以外の人々は見ているのだという事実を……俺だけがまだ知らない。

 

 

 




次回 薬を貰いに行きます。

凄い簡潔ですが、取りあえずはこれで。

では、ここまでありがとうございました。
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