ナルサカの鬼   作:雪宮春夏

3 / 4
 半年ぶりの投稿です。
 公式から充電貰いつつ、こんなものを書いてます、雪宮春夏です。

 なんか二話以上に危険要素満載になっているような気もしますが敢えて目を逸らしておきます。

それではどうぞご覧下さい。


 three 薬鴆堂事変

……全てはただの、自己満足だ。

 

 

「……え? (ぜん)に? お前そんなこと言ったの?」

 思わぬ言葉に呆けた俺と、頷くリクオ。

 目の前の少年は幼少期に兄と慕っていた相手に放った言葉が、わかりにくい優しさばかり与える薬師に対して期待を寄せていた幼なじみが放った言葉が、どれほどの精神的な攻撃の威力を持つ凶器となるかを気づいていないようだった。

(ショックで吐血とか……してなきゃ良いけど)

 いくら何でも、病状の悪い相手に「薬」の手配はまだしも、「義手」の修理を頼むのは気が引ける。

 そう悩んでいた俺が、ショックではないが、怒りにまかせて畏れを発動させ、その反動に耐えきれずに結局吐血していたと知るのは、その直ぐ後のことである。

 

 

 さて、まずは状況を整理しよう。

 「薬」の残量が無いことを知った時、外は既には夕暮れに包まれていた。

 昨日の夜明け前に帰ってきてから寝床に入った俺は、随分とぐっすり眠っていたらしい。

 奴良組本家の中で唯一中学に通っているリクオは基本朝型で、その活動時間も日中に偏り、朝も早い。

 本家の小妖怪達の話ではどうやら学校の備品整理なども、進んでやっているらしく、その言うならば「奉仕活動」とも言い換えられる時間を確保するために、部活動の類はやっていないらしい。

 そして本日はそこまで放課後を圧迫する程の「奉仕内容」は無かったようで、リクオは十七時過ぎには帰ってきたのだそうだ。

 そして、帰ってきたリクオは本家にて、いつもはある筈の無い高級菓子の箱を見つける。

 日頃の祖父の行いからか、リクオはどのような思考回路をしたかは知らないが、その高級菓子を盗品と決めつけた。

 当然その場で祖父を責め立て……小妖怪達から鴆一派の当主、鴆の来訪を知ったのである。

 この鴆という男。

 年齢はリクオや俺に次いで若輩だが、先代であった父親が早生した為に、既に薬師一派という組を一つ率いている、立派な奴良組の幹部格である。

 とはいえ、その役割は、名で表されている通り、世に言う「武闘派」とは異なり「薬師」……つまり、組に所属する妖怪に対する「医療行為」を一手に引き受ける医療集団であった。

(……ベクトルは違うけど、全然軽視して良い存在じゃないよな……要するに後衛の要みたいなものだし)

 かく言う俺も、この右腕についている義手と「薬」に関しては、完全に鴆がいなければ立ち行かないだろう。

 いや、奴良組と敵対すると言うのならば問題ないかもしれないが、もしそうなれば、どのような形であれ俺は……()()()()()()()()()()()()()()()俺は、早々に死んでいたに違いない。

 変若水(おちみず)によって、とある()()曰く「人を喰らう化生(ばけもの)」である羅刹(らせつ)へと身を転じたのは昨年の秋。

 それから本家に辿り着く今年の春までの間に、俺は日に数度の間隔で飢餓と殺戮衝動に襲われた。

 人を殺す事だけは避けたかった俺はそれを抑える方法を必死に探したが、その結果として一番効果があったと言えるのは、自分で自分を傷つけるという……言うならば自傷行為だけだった。

 勿論、それもまた万能では無かったけれども。

 もし季節が秋から冬にかけて出なければ、野生の動物の数匹はいたかもしれない。……いや、思えばあの当時の俺の気配では、俺が視認する前に、彼らの持つ生存本能が俺に対して恐怖を植えつけられ、逃げていっただろう。

 殺戮衝動も、もし人の寄りつかない未開の地の一つでもあれば、その場所を更地にすることで一時しのぎ程度には出来たかもしれない。

 いや、もしそんなことをしていたら、直ぐさまこちらを折伏しようとしている奴らに居場所が割れ、追っ手が大挙して押し寄せただろうが。

 どちらにしても、現代日本にそのような未開の地はほとんど無く、過疎化が進むとは言え、()()()()()()()()()()()地など、それこそ政府が立ち入りを禁じている危険区域くらいのものだ。

……そことて、ある日いきなり、跡形も無く更地になりましたなどと言ったら、大騒ぎではすまないだろう。

 まぁ、ここまで並べ立てて何が言いたいかと言うと、鴆の「薬」が無ければ俺はそう遠く無い未来で人を喰らうか自身が死ぬかという、究極の二者択一を自らに自らの意思で迫るしか無かったと言うところだ。

 その二択の内、自死を選んでいれば精神的にも肉体的にも俺は命を落としていたし、人を喰らうことを選んでいれば「人と共にある」ことを望んでいた俺は心を失っていただろう。

 もう俺が人外の化け物であることは十分自覚しているが、その一点だけは、()()の為に生きると誓った、「人であった」俺のつまらない矜持でしか無いとしても、外すことは出来なかった。

(……まぁ、それを抜きにしても、結構危険な綱渡りは日常茶飯事ではあるけどな)

 しかも、現在進行形でやっている自覚がある以上、会う度に主治医である鴆に苦言を呈されているのは最早お約束と言うものだ。

 かと言って、自重する気持ちも今の所は無いが。

 そんな彼に対して、酷い言葉を放ってしまったという自覚はこのまだ幼い「若」にもあったのだろう。

 病弱の身ながらも、現総大将代行たる彼の祖父、ぬらりひょんの要請を受けて、わざわざ彼を訪ねたのだから当然の帰結かもしれない。

 しかし酒瓶片手に意気込んだ彼の言葉で、俺は思わず傍らに付き従う奴良組の古株、鴉天狗に目線を向ける事となってしまった。

「それに……ちゃんと説明しなきゃ! ぼくが人間だってこと! きっとわかってくれるよ! 三代目は継がないって!」

「……なぁ鴉天狗。「若」は……鴆に何か恨みでもあるのか?」

 最早ショック死の一つでも狙っているようにしか、俺には感じられなかった。

 

 日が暮れるからと鴉天狗によって手配された朧車。

 本家御用達なそれに、リクオに便乗する形で乗り込んだ俺に、当初リクオのお供として乗り込んだ鴉天狗が渋い顔をした。

 言い訳をさせて貰えるとするならば、別段鴆の住まう薬鴆堂までの道が面倒などという理由では無い。

 単純に、薬の効力がきれるまでの間に彼の元へ辿り着くには、もう朧車でなければ間に合わない。

 それほど物理的な距離が開いていると言うだけだ。

 先代総大将にあたるリクオの父親が逝去してからその勢いは衰えているといわれている奴良組ではあるが、未だにその勢力圏自体の書き換えは何一つされていない、西は滋賀や、兵庫などの近畿地方に近しい捩眼山……そこに根を張る武闘派、牛鬼組の存在があるだろうが、東北の極寒の地、遠野を基盤とする隠れ里とも、上下関係は良くも悪くも無いものの、逆に言えば敵対のない、友好関係を築けていると言う点では、規模自体は何一つ変わっていないのだ。

 少なくとも外見上は。

(その分内部はガタガタ……っと)

 そんなことを考えている俺自身に呼応するように、がたっと大きく朧車が揺れる。

 振動に合わせてフワリと揺れる御簾の向こうに広がる空は、もうかなり暗いものとなっていた。

「もう着きますよ。若」

「う……うん……」

 朧車の外側からの声に頷くリクオはそもそも朧車の使用自体に慣れていないのだろう。

 まぁ、三代目の就任を拒絶し、妖怪世界に足を踏み入れてもいないリクオならば使う機会が無いことも仕方ない。

 そんなことを薬の効力が切れかけている影響から来ているのか、謎の倦怠感を覚えながら、ぼんやりと耳にしていた俺は、そこで風と共に朧車に流れてきた異様な()()に目を見開いた。

「この、匂いは……!!」

 

「……? ……羽根?」

 それとほぼ同時の事、目を見開き、何かを見定めるように目を見張るキリトには気づく余裕が無いことだったが、フワリと朧車の中にひとひらの羽根が舞い込む。

 それを手に取ったリクオが首を傾げたのと、朧車の慌てた声が危急を知らせたのには、時差はほとんど無かった。

「若っ! (ぜん)様の屋敷が……わっ!? か……火事ですよぉー!!」

 戸惑いと焦燥に満ちた朧車の悲鳴。

 バチバチと炎が燃え上がる音すらはっきりと聞き取れるほど鮮明に見えた光景に、息をのんだリクオは、その横を飛び降りた()に、一拍遅れて気づくこととなった。

(ぜん)……っ!!」

 飛び降りたのは、共に朧車に乗っていた、キリトだった。

 既に炎が鮮明に見える距離とは言え、ここから屋敷その物まではかなりの高さがあり、人が飛び降りればただでは済まないだろう。

 だがそこは、やはり彼も妖怪の端くれか、燃え盛る敷地の門瓦を足場に庭先へ降り立ち、そのまま屋敷の中へと駆け込んでいく。

「そ……そのまま!!」

「え!?」

「なんで!?」

 驚愕する、朧車の声も鴉天狗の声も構うことなく。

 それを見たリクオに、迷いも躊躇いも無かった。

「そのまま……つっこんでぇぇ!!」

 

 

 羅刹(らせつ)となってから襲われるようになった極度の飢餓状態において、俺の嗅覚は人並み外れて作用するようになった。

 他の五感や身体能力は常時人とはくらべものにならないものへと変容したが、嗅覚だけは何故か飢餓状態においてのみに作用する。

 その理由は単独で京から江戸……東京へ向かう途中散々考え続けたが、結局の所、飢餓状態によって鈍った己のその他の思考を切り捨てて、全ての能力を「食欲」の一点に特化させる為なのでは無いかと考える。

 その証明のように、嗅覚の中で最も敏感に感じるのは敵対する可能性のある妖怪に対する物や、武器などに使われる硝煙の匂いよりも人体の、羅刹(らせつ)にとっての「食物」と呼べる人の匂いだ。

 とりわけ若い女性の芳しい甘さのある匂いは極上の菓子や豪華な食事を俺の中で思い浮かべることがあった。

 昔の俺はその度に誘惑を振り切るように人を避け、人気の無い道なき道にわけ入り……そして、「代わり」になる何かを()()()

 

 

 轟々と火の手が衰える様子のない屋敷の中から、彼らは一目散に逃げていた。

 彼ら自身が起こした炎は本来ならば、この謀反が終わる頃には屋敷を全て焼き尽くし、中から当主である青年の遺体だけを見つけされる為の大義名分として使われるはずのものだった。

 自分たちに与しなかった者達は皆、適当な用事をつけてこの屋敷から離していたし、自分たちの用事を作ることなど造作も無い。

 病床につくことの多い当主の代理として、方々に赴く事も多かったし、当主からの信もあった。

 この謀反が明るみに出ることなど万に一つも無いはずだったのだ。

「くそっ……! 聞いていないぞ、このような……! 単なるうつけでは無かったのか? 蛇太夫殿が殺される等と……」

 歯噛みせんばかりに呻いたのは誰だったか。

 彼の取り巻きであった自分たちが彼が殺された以上生き残れる道は決して多くは無い。

 いくら日和った本家といえどもその実力はある。

 この件が明るみに出れば間違いなく自分たちの命は無い。

 だからこそ、両者の雌雄が決した直後に、彼らがしなければならないのは敗走だった。

 あり得ないと思っていた、敗走に他ならなかった。

「くそっ……! くそおっ……!!」

 どうにもならない事実に負け惜しみのような怨嗟の声を漏らしながらも、彼らは今を生き延びるために駆ける。背後から追ってくる気配は無く、それが勝者の余裕のようにも感じて、更に忌ま忌ましさは積もっていく。

 元々、薬鴆堂があるのは人気の無い山の中。

 妖怪が根を張る以前に、人の手の入ることのない、純粋な自然の中を当主が好む事がその理由である。

 当然、道を一歩外れれば直ぐさま踏み分けられた道は消え、代わりに雑草の生い茂る道なき道を作り出す。

 それは、今の彼らには好都合だった。

「よし、このまま夜陰に紛れてしまえば……」

 直ぐさま逃げられる。

 そう思っていた彼らは、直ぐさまその表情を一変させることとなった。

「逃げんなよ」

 その声が聞こえたのは、遙か頭上。

 仰ぎ見れば、彼らが逃れるために進もうとしていた山林の中、その一本の木の枝に、しゃがみ込むようにして、()()はいた。

「やり始めた連中が……薬鴆堂の中の薬、全て台無しにしておいて、怖じ気づいたので逃げますじゃあ、ないだろう?」

 一言一言区切るように、言い含めるように話すその声の主は、何故か息が荒い。

 その理由をさして気にすることなく、彼らは戦意を漲らせ、殺気立っていく。

「くそっ! 追っ手かぁ!?」

「怯むなっ! 殺せぇ!! 所詮は一人よっ!!」

 敵と認めて身構えるもの。直ぐさま周囲に檄を飛ばすもの。

 なかなか良いチームワークだと思いながらも、()()にいる俺は()()()

「馬鹿だよなぁ。ホント」

 嗤ったのは、(ぜん)を裏切った彼らか。

 それとも、裏切った彼らをまだ、憎むことも、恨むことも出来ずに、助けることが出来たらと思っている自分自身か。

 それとも。

「ホントに、馬鹿で、愚かで、救えない……」

 どちらもか。

 

 トンと、枝を踏んでの軽い跳躍。重力に従って落下する途上で、俺は壊れた己の右腕の義手をグルリと旋回される。

 ……セルルト流、輪渦。

 またの名を、SAO(ソードアート・オンライン)両手剣用ソードスキル、サイクロン。

 バギッと、義手から聞こえた異音に、僅かだった義手の寿命が完全に尽きた事を知った。

 そして、たたでさえ刃物でない獲物を使ってのまがい物の剣技では、当然と言うべきか、彼らは即死には至らなかったらしい。

 しかしそれを、幸運と思うことは、俺には出来そうもなかった。

 なぜならば、俺には分かるからだ。

 即死しなかったことは、即ち、命が助かるわけではない。

 死んだ方がマシだったという言葉があるように、死よりも、尚恐怖を抱く瞬間は存在する。

 ……今から俺がやろうとしているのは、そう言うことだ。

 さくっと、徐に立ち上がった俺が見渡すそこには、俺の放った技を受けて、体の一部があらぬ方向にねじ曲がった者達が、三々五々に散らばっている。

 息は荒いものの、全員存命であると言う点は、流石は妖怪と言ったところだろう。

 彼らは一様に、濁った瞳で、恐怖に顔を歪めて、こちらを伺っている。

(……あぁ。のまれているのか)

 恐怖に、畏れに。

 僅かな苦笑を滲ませて顔をあげると、彼らはようやく、俺が何者か分かったらしい。

 奴良組に居候してから何度も、俺は義手の修理や点検で、(ぜん)一派の面々には世話になってきた。

 当然彼らの顔と名前も知っている。 

「……ごめんな」

 だからこそ、これから訥々と語るそれは、俺の単なる自己満足でしかない。

「……俺はまだ、俺を失うわけにはいかないんだ」

 それは、一方的な懺悔だった。

「……俺は、人を傷つけることも、奴良組に味方する妖怪に危害を加えることも許されない」

 己の都合ばかりを述べ、これから命を奪う相手に、許してくれと言い訳をするこれを、己が身勝手と呼ばずになんと呼ぶのか。

「……だからこそ、俺にとって(ぜん)の薬は欠かすことが出来ない。それがなければ俺は、奴良組にとっては直ぐさま危険な爆弾に変わる。……そんなこと、奴良組本家の奴らにとっては周知の事実だ」

 知らないのは、守られる側であるリクオと若菜さんぐらいだろう。

 他は皆、どんなに俺に良くしてくれても、最後の一線で俺を警戒する。

 信用など、絶対におくことはない。

「だけど、何事においても最悪の、「もしも」は絶対に想定しなければならない。……だから、(ぜん)の薬が何らかの理由で入手出来ない場合に限り、俺にはある条件を満たす対象限定での「食事」が許されている」

 はぁと、そこまで話し込んで吐息を零した俺の口腔内は、おそらく既に変化が起きているだろう。

 より、食肉に特化した形に、おそらく、目つきも変わっている。

 俺自身には自覚できない変化だが、確実に起きているそれに、あまり時間は残されていないと散乱しそうになる意識をかき集めた。

「その一つは、奴良組外部の敵対勢力……もう一つは」

 ビリビリと、空気がなる。

 その振動は、目の前にいる相手が放つ悲鳴だろうか。

 ()()()()()()恐怖を目の前に感じながら、彼らが最後に何を思うのか、俺は知ることは出来ない。

「……あんたらみたいな、()()()()

 嗤った、気がした。

 俺の中の、ナニカが、羅刹(らせつ)としての本能が。

 獲物を、馳走を与えられることに歓喜している。

(……ああでも)

 裏切り者の、邪な意識を、負の感情を持つ存在の血肉は。

(……まずい)

 とても酷い匂いがする。

 

 

「……ごちそうさま。……ありがとう」

 空腹が満たされれば、一時的であっても殺戮衝動はおさまる。

 意識がある内に腹を満たせば、意識を無くして無作為に他者を害することはなくなる。

 それが分かっていたからこそ、「代わり」になる何かによる「代用」を思いついた。

 だけれどそれは、結局の所、俺自身のエゴでしかない。

 俺自身の身勝手な理屈によって、殺す対象と生かす対象を選別して。

 俺自身の身勝手な信念で、殺すときに己が記憶を、意識を残す状況を選んでいるに過ぎない。

 なぜならば、殺される側にとっては、その結果こそが全てなのだから。

 己が理不尽に殺される、その結果だけが残されるのだから。

「……ごめんな。……本当に、ごめん……!!」

 結局は……全てはただの自己満足だ。




 暗い。
 癒やしが欲しい。
 その一言につきますね。

 次回は補足しつつの新章開始予定です。

 それではまた次の機会があれば、よろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。