ナルサカの鬼   作:雪宮春夏

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 同作品の前回投稿から三年後。
 本人の作品投稿が約一年ぶり。
 一区切りついたので投稿することにしました。
 こんにちは。 雪宮春夏です(土下座)。

 この一年、性懲りもなく、新しく思いついたネタをプロットまで昇華させましたが、ついには書き出しには至らず、半ば読み専になりかけていました。
 
 こちらの近況を長々書いても仕方ないので、それでは本編をご覧下さい。



four 薬鴆堂事変 顛末

 現代において、日没が過ぎても完全な闇が生まれる地域は滅多にない。

 とりわけ都会と呼ばれる場所に置いては、それは顕著といえた。

 人が多く集まればそれだけ利便性を求めるように、明かりは増え、闇は減る。

 それは即ち、闇に生きる生き物が住みにくい世界となることと同義だろう。

 だが同時に、眩いネオンを目眩ましのように用いて、悪意を蠢かせるものも、また存在していた。

 

 

 

 

 路地裏から微かに聞こえる人の声。

 それが聞こえたのは、大半の人々が寝静まった夜間であったが、そこを巡回中の彼ら警察からすれば、どこか聞き慣れたものだった。

 何せここは浮世絵町の中でも昨今治安があまり良いとは言えない繁華街。

 ここ数年で夜の店と呼べる飲食店が増加し、お世辞にも治安があまり良いとは言えなくなった場所であり、しかし小さな町であるが故に商店街や住宅街からもさほど距離が離れておらず、それ故に街全体で子供が夜間を出歩くことに神経質になりつつある原因となっていた。

 毎夜のように起こされる雑多なトラブルに、慣れたくもないのに慣れつつある己に警官である男は苦い顔になる。

 しかし直ぐさま、よそ行きの表情を作り上げて、そこにいるであろう相手に誰何を送るべく声を上げた。

「おい、そこで何して……ひっ!?」

 しかしそこで漏れ出た男の悲鳴は、夜の町であっても似つかわしくない、物々しい異音でかき消される事となる。

 グチャグチャと擬音がつきそうな、何かを踏み潰すようなその音は、実情を知るこちらからしたら、眉をひそめるどころのものではなかった。

「……喰えるものなら、何でも良いのか? お前は」

 建物と建物の間にある細道、その行き止まりに位置するそこは、昼間でも滅多に光が届かない所だ。

 夜ともなれば懐中電灯の明かりでも無ければ至近距離にある障害物であっても分からないだろう。

 蠢く影に光を当てた男が見たものもまた、男以外に見えた相手はいないだろう。

 それらを事実として一瞥のうちに確信した人影が、嫌悪も露わに目の前の相手に呟く。

「嫌だな……流石に俺は選びますよ? これは()()()()の餌なんでね?」

 振り返った相手は理性を大分飛ばした瞳をこちらに向ける、妖怪としての名前の通り、獣としての性の強い瞳に、その人物は僅かに眉を動かしただけで応じた。

「ところで、何か言付けでもあるのかい? 例えば俺達の()()からとかさ」

 目が眇められると同時に、空気が張り詰める。

 功に焦っているのか。隠し切れていない相手の焦燥に敢えて気づかないふりをして、唇だけで微笑を作る。

「そうだな。……そろそろあんたらにも、動いて貰おうか」

 その光景を暗闇の中から凝視する、一対の光には気づかないまま。

 

 

 かみ殺しきれないあくびをお供に学校へ向かうリクオを部屋の奥から見送りながら、俺、キリトは昨夜、リクオが出発してから起きた一つの事件の顛末を、覚醒し切れていない頭で思い返していた。

 蛇太夫の取り巻きをしていた奴らの始末をつけた後、焼け崩れた薬鴆堂跡地に戻ってきた俺が見たのは、見知らぬ人物と盃を交わす主治医の姿。

 新手の敵かと咄嗟に身構えるが、それにしては対面する鴆からは敵意や警戒心は感じない。

 厳かな雰囲気すら感じるそれは、大昔の時代劇などで見るような主従のありようにも似ていて。

(……もしかして)

 浮かんだ可能性に目を見開く。

 確証はない。

 小妖怪達からその時の事は何度も聞かされるが、リクオがその姿になったのは本家の妖怪達の認識でも僅かに一度。

 俺がかのデス・ゲーム……SAOに囚われていた期間に重なる時期だ。

 姿も写真や映像の類いがあるわけでなく、昔の総大将、ぬらりひょんに酷似していたと言われても、まず若かりし頃のかの御大の姿を知らない俺には、結局想像のしようもなかった。

 だが他に、現状で警戒心の高い鴆が、他の全てを後回しにしても、盃を交わそうとする相手を、俺は思いつかなかった。

 そう、この盃は単なる飲酒だけの意味ではおそらくないのだから。

 認めたのかと、次第に胸に広がったのは納得と安堵で。

 同時に彼の世話になれるのは今日限りかなと、少しだけ不安になる。

 表向きには奴良組に世話になっているとはいえ、俺はいつリクオに危害を加えるのか分からないと本家の者達に認識されている危険人物。

 彼以上の医者をこちら側で見つけるのは至難の業であるし、出来ることならばその繋がりをなくしたいとは思わない。

 しかし、それはこれからの状況次第ではひどく難しいこととなるだろう。

 まだその素振りなど欠片も見せてはいないが、俺の後見となっているあの人が、随分長い間今の奴良組の状況に不信感を抱いているのは理解している。

 二代目亡き後、唯一残った跡取りであるリクオは妖怪を否定し、そのありようも、自らのおかれている立場も分かろうとはせず、外に広がる危険性から目をそらす。

 二代目が亡くなった状況と合わせて考えれば、そもそも最初から制限時間は決まっているのに。

(内外の軋み……それを明確に感じ取るからこそ、あの人は……牛鬼は行動に移そうとしている……) 

 それは確かに、愛しているからなのだろう。

 愛がある故に、許せないのだろう。

 自覚無く、内側から破壊しようとする三代目が。

 それを黙認しようとする、初代が。

 そして……彼らを害そうとする、己自身が。

 ズキリと、痛みを感じて胸を抑える。

 目に見える傷があるわけではなく、それは精神的なものだ。

 息が詰まるような苦痛に、目を閉じて堪える。

 原因は分かっていた。

 解決策など無いことも。

(……だってこれは、俺の罪だ)

 

 

「………で? いつまでそこで隠れてるつもりだ? てめぇは」

 リクオが乗る朧車が去って行くのをやることもなくぼんやりと草陰から眺めていたが、流石に気がついたのか、病人である鴆本人がこちらに近づいてきた。

 なんともフットワークが軽い男である。

 流石に病人まがいの男を歩かせるのも気が引けるが、ふらつく足で数歩こちらが進む間に、既に当人は目の前まで来ていた。

「………てめぇ」

 こちらを見るや否や顔を顰める相手は、流石は優秀な医療者と言うべきか、かなり目ざとい。

 思わず苦笑いを浮かべると、直ぐさま腕をつかみ、今し方まで彼が己の主と飲み交わしていた場所まで引っ張られる。

「座れ……喰ったのか?」

 簡潔すぎる問いに、ただ頷いて俯く。

 ごめんと、零した言葉に、鴆は無言で酒瓶を手に取り……俺の頭上で残りを全てぶちまけた。

「うわっ?! 鴆!? 何を……!!」

「黙ってろ! 消毒だ、消毒っ!」

 ブワッと、広がるアルコール臭に、俺は思わず口を押さえた。もしかしたら、頬も僅かに赤みを帯びているかもしれない。

「おめぇ、自覚ねぇのかもしれねぇが、切り傷で見た目ボロボロだぞ。おまけに血まみれ、衛生面がなっちゃいねぇ……しかも」

 そこまで言って、一段低くなった声音に、ビクリと俺は肩をふるわせた。何度も繰り返された経験が、彼の怒りの琴線を明確に感じ取ったのだ。

 しかし、常とは異なり、彼は怒鳴り散らすことなく、はぁと息を吐き出した。

 全身の力が抜けたかのように、肩も落ちている。

「俺が怒るのも、筋違いだな。ここまで壊れちまった原因の一つは、他ならねぇ俺の弱さだ……リクオが討ち零した奴等をおめぇが片付けた。……結果としては、()()()()()()()

 暗に、衝動を抑えるため()()に、嘗ての男の仲間を喰い殺した己を責めるなと、そう含められ、俺はただ視線を落とした。

「ごめんな。鴆」

 裏切られた彼にとっては、裏切った彼らは今まで頼りになる相手だったはずだ。

 彼らがいつから鴆に見切りをつけていたのかは分からないが、そうせざるを得ない何かがあったのかもしれない。

 そんな背景も、今となっては知る術はない。

 俺が命を奪ってしまったのだから。

「焼け跡を浚っても材料が残っているかは賭けだな。……無理そうなら俺の血でも用意する。毒ではあるが腹は膨れる筈だ」

「……同時に食中りになりそうだけどな」

 真面目か冗談か叩かれる軽口に思わず泣き笑いのような笑みを浮かべる。

 はぁと大仰に溜息をついた鴆が差し出した手に、条件反射のように片手で持っていた義手を……既に手の形もとっていない物体Xと化しているが……差し出す。

「何ともまぁ、派手にやったなぁ」

 苦笑いで見聞していた鴆であったが、ある一点に目を向けた途端、その目がすうっと細まった。

 次いで、ギロリと向けられた視線には、「薬師」ではなく、「技師」としての怒りが込められていた。

「キリトよぉ……てめぇ、正直に言いやがれ」

 突如豹変した鴆の空気で、かろうじて俺が理解できた事は……どうやら説教は避けられないらしいという、事実だけだった。

 

 

「あら、おはようキリト君。今日は早起きさんなのね」

 昨日の一幕を思い出し、思わず部屋の奥で蹲っていた俺を器用に認めて声をかけたのは、奴良組の奥を仕切る女主人にして、この家で唯一の純粋な人間、若菜さんだ。

 何故か、宴会で振るわれるかのような豪華な舟盛りの器を抱えている。

「良かったら、キリト君も如何?」

 聞けば、本日は朝から宴会らしい。

 差し出された煌びやかな刺身の数々に、しかし俺は首を振った。

 一見だけでも美味そうに見える料理の数々に食欲を感じない俺よりも、腹を空かせている相手に食べられた方が、調理された魚達も喜ぶだろう。

 昨夜「喰った」影響か、飢餓感は無いが、同時に口の中に何かを入れるという行為に忌避感を覚えてもいた。

「俺が食べても、何も感じませんよ」

 それ以前に、羅刹となってから、俺の味覚はそもそも、まともな食事を食事と認識しないのだ。

 何かを口に含んでいる、咀嚼しているという認識はあるものの、匂いや味、感触。そういった食を楽しむ為の機能というものがごっそり抜け落ちているのだ。

 その理由はおそらく、羅刹である己の身には必要ないからだろうが。

「そう。……じゃあ、何か飲み物でも持ってくるわ! 起き抜けに飲まず食わずなんて、ただでさえ細いのに、ガリガリになっちゃうわよ?」

 ほんわりと笑いながら与えられる気遣いに、思わず笑みが零れた。

 帰りがけにお茶を用意すると続けた若菜に、礼を述べつつ、何気なくこの突然の宴の原因を聞くと、案の定、リクオが再び妖怪に変化した記念とのことだ。

(これはもう……牛鬼や他の反対派にも伝わったとみていいな……)

 内密という言葉の存在しない本家の有様に、天を仰ぎつつ溜息を溢す。

 おそらく、俺の平穏も、もう幾日もないのだろう。

 牛鬼達が動くならば、俺は動かざるをえない。

 最初から、それを条件に、東京までの道を進むことを()()()()()のだから。

(……本当に、最期には裏切ることが前提の場所に居着くなんて、すべきじゃないよな)

 楽しいも、嬉しいも、暖かさも、何故己は感じられるのだろうかと思う。

 そんなものがない方が、きっと、今の自分は楽だった。

 

「俺の作った大事な義手を、どういう使い方してんだ! 馬鹿キリトぉ!!」

 怒声の一声。ビリビリと大気が揺れるかと誤認するほどの大声を出す相手は、血を吐いて直ぐさま倒れるほどの重病人であると、一体聞いた相手の何人が信じてくれるだろうか。

 現実から逃れるように、そんなことを思考する俺を睨みつける鴆は、昨日の旧校舎にて、俺が罅をいれてしまった関節の部分に、めざとく気がついたのだ。

 本日の一件で壊れただけならば、笑って許してくれるはずだったのだろう。

 だが、それ以前から壊れていたとなれば、流石に鴆も、事情を把握する必要がある。

 ただでさえ、俺は以前から義手を何度か修理に出していたのだから。

「答えやがれキリト。普通に暮らしてりゃあ、こんな壊れ方はしねぇんだよ」

 淡々と問いかけられる平淡な声音は噴火前の静けさだ。

 普通でない使い方で義手を使っていた自覚がある俺は、ただ口を閉じるしかない。

 流石に、武器の代わりに振り回していたなどと言ったら、薬を貰う前に、本気で鴆の血を飲まされかねなかった。

 ただ鴆にとっては、ここで口を閉ざした俺の行動自体が、普通の使い方をしていない事に対する、無言の肯定となったのだろうが。

「分かった……じゃあ、てめぇにもう義手はやらん」

「え〝……!?」

 壊れた義手を抱えたままの鴆の無情な言葉に、思わず俺は声を上げた。

 溜息交じりに、当たり前だろうと、続けて鴆は俺を睨む。

「何に使われるのか分からねぇ相手に、大事な一品を与えるほど、俺は技師として落ちる気はねぇ」

 「薬師」としても「技師」としても一流な薬師一派の長に、俺は勝ち目がないことを、悟らざるをえなかった。

 

 事情を聞き終えた鴆が何を考えているのか俺には知る術はない。

 弁明させて貰えば牛鬼を介して何度か修理を出した時は彼に稽古を着けて貰っていたのだし、昨日の件に至っては、リクオの護衛の為だった。

 だが同時にこれは、偏に日常的に武器を持ち歩かない己の自業自得でもある。

「まず……何で牛鬼はてめぇに武器を誂えてやってねぇんだ……!」

 無言から復帰した鴆が最初に言及したのは牛鬼について。

 咄嗟に庇おうと口を開いたものの、牛鬼組の内部事情をどこまで話して良いのか分からずに口を閉じる。

 長々と溜息をついた鴆に、自然と縮こまる俺。

 対峙していた俺達の間に入ってきたのは、驚愕と不安と安堵を混ぜた鴆の名を口にするいくつもの声。

 引き離されたまま謀反の一件を知らずに戻ってきた、鴆一派の組員達だった。

 

 蛇太夫の起こした謀反は、彼の立ち位置が高いからこそ大事となりはしたが、それに協力した人数は三人と、ごく僅かだった。

 元より薬師一派となっている鴆一派の面々には、荒事向きの妖怪は殆どいない。

 蛇太夫達が殺意を持って戦えば、元より数分と持たずに皆殺しにされていただろう。

 それを実行に移さなかっただけ、彼らは良心的だったのだろう。

 そんなことを考えてしまう俺を蚊帳の外にしたまま、急遽開催された鴆一派の話し合いは続く。

 下っ端連中が使えそうな薬の原料や道具類を探し回ってはいるが、火をつけられている以上、焼けているものもあるだろうし、損傷具合では作り直さなければならないものも多いだろう。

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」

 しきりに礼を言われるものの、その度に実際に鴆を救ったのは奴良リクオだと訂正をいれる。

 それでも、護衛も一人もいなかった現状、自分達が帰ってくるまでの間鴆の護衛を引き受けてくれていたことを感謝すると言われると、口を出しにくくなる。

 こちらは壊した腕に対する説教を受けていただけなのに、と。

 

 

「どーすんだよ。これ……」

 昨夜のあれこれを思い出して、自然と俺の視線は、部屋の隅に立てかけられた一振りの刀へと視線を向けた。

 結局、薬草の殆どは火に焼かれ、ものによっては使い物にならなくなっていた場所で、更に義手の修理など無理難題なものだった。

 必要な薬はなんとか、効果の似通った類似品で誤魔化せる()()と渡されたが(実証結果なし)義手の類似品などそれこそそこらに転がっているわけがなく。

「腕を刀の代わりに出来るなら、逆も出来るだろ」

 その鴆の一言で彼の愛刀を渡された。

 直前まで腰に下げていた代物をである。

「おい待てっ! これは……」

「壊さねぇなら、問題ねぇだろ?」

 言葉の圧が怖かった。

(あれ……絶対怒ってた……!!)

 暗に、壊せばただではおかないと、いわれたようなものだ。

 使い込まれた愛刀がその当人にとってはどのようなものか。理解できているからこそ、その時抱いた罪悪感は凄まじかった。

「いやだぞ、俺……鴆の刀で、切るなんて……」

 咄嗟に省いた主語となり得る人物を、頭の中で思い描く。

 奴良組の次代と称される人物。

 しかしその当人はあくまでそれを否定する。

 善良な人間を目指し、日々努力する姿は見ていてどこら微笑ましい。

 空回っている所も多々あるものの、悪事を働いている訳ではないから、周囲の住民にも彼は好意的に見られていた。

(本当に……ただの人ならば、良かったのにな)

 決して嫌いでは無い彼を、いざとなったら己は切らねばならない。

 そして、もし覚醒したならば、その時に己はきっと……。

 その先を考えないようにと、目を閉じた。

 障子越しに感じられる空は嫌になるくらい良い天気だった。

 

 

 

 

 

 

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